ガンガンガンガン
……
返事が無い。
「 おい、コムイ。居るのは判ってるんだ。返事位したら如何――」
そう云いながら扉を開けると。
「 ……なにやってんだ……。」
窓枠にスリッパを履いた足を掛け、外を見つめていた。無論窓は開いている、全開だ。
「 かっ……神田くん?
 いや、コレは別に仕事が厭で仕事から逃げる為に窓から飛び降りようとかそういう事を考えている訳じゃ無いよ!?」
あたふたと、必要以上に口が動いている。……こんな奴から任務が下されるなんてな。
はっ。嘲笑。

「 そんな事はどうでも良い。一つ聞きたい事がある。」
ガサガサと足元の資料の山を踏みつけ、前に進む。
ソファーに座るかどうか少し考え、立ったまま話を続けた。
「 聞きたい事?なんだい?
 もしかしてちゃんのスリーサイズとか?うーん、それはちょっと……どうしようかなぁ?」
何考えてんだこの阿呆は。誰か黙らせろ。しかもなにちょっと嬉しそうにしてやがる。なめやがって……。
俺は躯を半回転させ、入ってきたまま開け放してある扉目掛けて少し口を大きく開けた。
「 ――リーバー、コムイが司令室から逃げ……」
トン ガサガサガサガサガサガサガサガサ
「 リーバーくーん、ちゃあんとお仕事してるからねー!大丈夫、安心してー!!」
バタン ガサガサガサガサガサ
「 冗談だよ冗談。まぁ、掛けたまえ、ゆっくり話し合おうじゃないか。ハッハッハッ。」
汗だくじゃねぇか。笑い声も乾いてやがる。
と云うかなんだ、その無駄に素早い動きは。
「 いい、手短に済ませたい。」
俺は肩をがっしりと掴んでいるコムイの手を払いのける。
「 いやいや、そんな遠慮せずに、どーんとゆっくり話していきなよ。
 エクソシスト達の悩みを聞くのも、室長であるボクの大切なお仕事だからね。」
そう、コムイは優しく微笑む。

そんなにも。
「 仕事したくないのか。」
「 ア ハ ハ ハ ハ ハ ハ 。」
まぁ、今はそんな事、如何でも良い。
「 それで、話を戻すけど聞きたい事ってなんだい?」
コムイはコーヒーを淹れながら、背中越しに訊ねてくる。
「 神田くんが質問してくるなんて、珍しいよね。どうしたの?」
ピコピコと歩きながら、司令デスクの椅子に座り、コーヒーを口にする。

「 ――今アイツ、何処に居る?」
ゆっくりと口を開く。
「 アイツって、誰の事だい?」
コムイは酷く嬉しそうに笑っている。
……コイツ、判ってて聞き返してんな。イラつく。
「 アイツだよ、あのチビ。」
顔をそらせ、そう答えた。
「 チビって、酷いなぁ。好い加減、名前で呼んであげたらどうだい?
 彼女にはという、愛くるしー名前が――」
「 御託は如何でも良い。アイツは今、何処に居る?任務に出てるんじゃないのか?」
机に詰め寄り、コムイの眼を見据えながら問う。
「 なにもそんな恐い顔しなくても良いじゃないか〜。人生には余裕も大事だよ?」
フフン、と笑い、亦コーヒーを口に運ぶ。
「 茶化すな。答えろ。」
右手でコーヒーを制す。
コムイはゆっくりと顔を上げた。
「 ……どうしてそう思うんだい?」
「 なにがだ。」
質問を質問で返すなんて、良い度胸してるな。
ちゃんが任務に出てるって思った根拠さ。」
そんな事、判ってる。
「 ……2,3日、アイツの姿見てなかったから・な。普通、そう思うだろ。違うのか?」
「 ……」
沈黙が流れる。俺もコムイも、先程から同じ姿勢の儘だ。

「 ……神田くん。」
コムイが口を開いた。
「 キミにそんな真剣に見つめられても、全然嬉しくないよ、悪いんだけど。」
……コイツ!
真面目な顔して何云いやがる。
「 ――リーバ――」
「 ごめん、冗談だから。」
コーヒーカップを制している俺の右手を強く握り締めながらそう言葉を綴った。

「 貴様の戯言に付き合ってやる時間は無い。」
そのコムイの手を左手で払いのけあしらう。
「 ギャー、酷い、冷たい、鬼ー!!」
「 うるせぇ、さっさと答えろ。」
「 いだだだっ痛い、痛いよ神田くん!コーヒーこぼれちゃうし!!左手放してぇ!
 そそ・そもそもボクにそんな事して良いと思ってんの?
 なんなら今から神田くんを任務に向かわせる事だって出来――」
「 あ゛?」
「 ……いえ、なんでもないです。ハイ。」
193cmの巨体が、酷く収縮しているが気にしてられん。なんかもう疲れた。
「 全く……相変わらずカタイんだから。そんなんじゃちゃんに嫌われちゃうよ〜?」
ギリギリギリ
「 ギャ―――――ッ!!ウソウソ、冗談だってばゴメンよー!!」
コムイはカップを持っていた手をさすっている。自業自得だ。

「 ――で。アイツは今、何処に居るんだ?」
再び、問い直す。
「 ……。」
コムイは黙ったまま、俺の眼を見ている。
「 ……ちゃんなら、2日前から任務についてもらってる。ココには居ないよ。
 この答えで満足してくれたかな?」
にっこりと微笑み、そう返してきた。
やっぱりな。しかし。
「 ――は、それは本当か?任務から帰ってきたとかはねぇのか?」
合点がいかない俺はコムイに詰め寄り。更に問いただす。
「 その報告は未だ受けてないよ。
 それに、任務が終わるのは早くても今晩だろうし。ボクが報告受けるのは、明日の朝以降かな。」
コーヒーを飲みつつ、至極楽しそうにそう答える。
なんか苛つく。
「 だが、が厨房の中に居るのを見たんだよ、一時間ほど前にな。それは如何説明する!?」
そうだ、俺がアイツを見間違える筈は無いし。
「 そーれーはー。うーん……最近ちゃんを見て無かったから脳が見せた幻覚だよ。
 あぁ、なんだかんだ云って、やっぱり神田くんはちゃんが好きなんだね、うふふ。
 いやー、若いって良いねぇ、青春って素晴らしいねぇ。」
コーヒーを飲み終え、コムイは、先程俺が部屋に入ってきた時と同じ場所の窓の前まで歩く。
「 コムイッ!」
「 神田くん、ボクは嘘なんてついてないよ。これ以外の答えなんて存在しないんだ。
 さ、そろそろ出ていてもらおうかな。用件はもう済んだよね?」
こちらに背を向けているので顔は見えないが、隣の窓に映った、勝利に満ち酔いしれているコムイの顔が癪に障る。

「 ……チッ。」
俺はそのまま扉を開け、一度だけコムイを見、廊下を歩き出す。
「 リーバー、コムイが仕事放棄して逃げ出そうとしてる。」
「 何!?室長!!」
 バタバタバタバタ
「 神田くんの裏切り者ー!!あっ、リーバーくん、いや、別に放棄した訳じゃないし、逃げ出そうだなんてそんな……」
「 じゃあなんで全開の窓の前に立ってヘリに足掛けてんですか!逃がしませんよ!!」
俺は司令室を後にした。リーバーとコムイの遣り取りは尚も続いている。ざまぁ見やがれ。    






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