何年ぶりだろうか、他人に誕生日を祝われたのは。


「 か〜んだ〜!」
ドスッ。
「 ぐっ!……重い、退けろ。」
亦ラビが後ろから背中に圧し掛かってきた。若干殺気立っている気もしない。
まぁ、今回は乗せてやったと云った方が正しいかもしれないが。
「 ……神田、さっきはごめん、ちょっとやり過ぎたさ……。」
らしくない、弱々しい声量だ。俺のせい、か?
「 いや、俺の方こそ……。悪かったよ。」
だから、さ。
「 毎回毎回、人に圧し掛かんな!」
「 ――ちょっと優しいじゃんとか思った途端それかいっ!
 いたっ、痛たたっっ!!ちょっ、神田!腕が俺のプリティーな顔にクリーンヒット中!!」
背中に乗ったラビを力任せに退けさせようとすると、いつもの元気な声が返ってきた。
「 うるせぇよ。」
らしくねぇ、俺の口元が緩んでるなんてな。

「 せーっかくわざわざ、パンダジジィに無理云って帰らせてもらってきたのに。
 相変わらずの可愛げの無ささ。ちょいめげそ。」
そう云いながらも、オレンジ頭は柔らかく笑っている。
「 ……フン。」
口元の緩みを戻し、オレンジ頭を軽く小突く。
「 あーあ。もーちょい神田と遊んでたいんだけど、俺、そろそろ時間だから。もう行くさ。」
ラビは、少し名残惜しそうに笑い、俺にそう告げた。
「 ああ。」
結局、何しに来たのか云わなかったが、なんだか俺は満たされている自分に気付いた。
短く返し、俺は食堂へ、ラビは教団の出入り口へと歩みを進める。

「 神田!」
数秒後、大声で叫ばれた。
歩みを止め振り向くと、ラビはこちらに背を向けたまま、立ち止まっている。
「 誕生日、オメデトさー!!」
右手を大きく2回振り、そのまま歩きさっていった。

はは、本当に。
口元が緩みっぱなしだ。


「 神田くーん、誕生日おめでとー。」

「 神田、誕生日おめでとう。」

「 あぁ、神田、今日誕生日だったな、おめでとさん。」

「 ハッピーバースデー、神田!」

「 おめでとう。」

コムイやリナリー、それにリーバー、デイシャ、マリ達が、出会い頭にこう口にする。
適当に返事をして、朝食をとる為ジェリーの居る食堂窓口へと向かう。
それともう一つ。


「 お次は何かしらー?
 アラ?神田じゃない。ちょ、ちょっと今日は早いわねぇ?」
ふふふ、と笑いながら云うが、何処と無くいつもとは違う。
「 えーっと……それじゃ、いつもので良いかしら?」
急く様に、ジェリーはそう云った。
「 ああ……。」
サングラスの奥を覗くように見つめる。……何か隠してんな。
「 ……。」
「 ……や、やだわぁ、神田。そんなに見つめられたらアタシ……。」
と、恥ずかしそうに云いながらも、顔は何処と無く青い。何隠してんだよ。
「 おい、ジェリー。」
「 ははハイ!?」
何をそんなに慌てる。
「 ……声、裏返ってる――。」
「 ええ!?や、やだわー、そんな事。今ちょっと油がハネて熱かったのよー。ああ、はい、天ぷらそば、おまちどうサマ。」
ずいっ、とトレイを差し出し(押し出したと云った方が正しいか)、引き攣った笑顔を寄越す。
「 はいはい、それ受け取ったらさっさと席に着いて食べちゃって頂戴。
 伸びると美味しくないでしょ?ちゃっちゃと行きな!
 はーい、お次の注文聞くわよー。」
中華なべと菜箸を持ち、俺を急かし追い払おうとする。
だが此処でこのまま引き下がる訳にはいかない。コイツに聞いておく事が、俺にはあるからだ。

「 ジェリー。」
「 はーい、AセットとC定食おまちどーん!」
「 一つ聞きたい事がある。」
「 Bセット出来たわよー!」
「 其処に、居るだろ。」
ガラガシャーン ガランガランガラン――
「 ――なべ、落ちたぞ。」
「 やややや、やーねー神田ぁ。此処は神聖な調理場よ?皆の胃袋を満たす為の戦場よ!?
 そんな場所に、か弱い女のコを入れる訳ないじゃない。
 バカな事云ってないで、さっさと食べちゃって頂戴。後が詰まっちゃうでしょ!!」
なんて捲くし立てるが、動揺しているのは火を見るより明らかだ。なべも豪快に落としたしな。
「 でも俺、見たんだがな。が厨房内をチョコマカと動いてんの――」
「 もう!グダグダと五月蠅いコね、このコは!!」
「 ――は?」
「 ほら、レンコンとかぼちゃの天ぷらおまけしてあげるから、今はもう行って頂戴。ね?」
鬼気迫る様子で脅しかけるジェリー。それはどう見てもオッサンだ。否、何も云うまい。
それよりも、だ。
「 今はって……如何いう事だ?」
ジェリーの言葉により、亦一つ疑問が増えた。
「 ああ、もう本当にこのコは!野暮な男は嫌われちゃうわよ?
 はい、レンコンとかぼちゃの天ぷら。これはアタシからの誕生日プレゼントね。」
サングラスの奥でウィンクをし、トレイの上に天ぷらを上乗せする。
「 は?」
「 誕生日おめでとう、神田。さぁさ、もう行った行った!」
そう云って窓口から腕を出し俺の躯を強引に押した。若干力を込め気味で。


「 ……意味が判んねぇ……。」
暫くトレイを持ったまま立ち尽くしジェリーを見ていたが、段々と混んできたので取り敢えず座って喰う事にした。

判んねぇ事だらけだ。
そもそも、アイツは今任務中じゃなかったのかよ。
それが厨房に居たかと思えばジェリーは居ないと云うし。
しかしかぼちゃの天ぷらは美味いな。
……云ってる場合じゃねぇ。
これからどうするか……ジェリーは相変わらず忙しそうに声を張り上げてるし。
アイツ、任務から帰ってきてたのか?
……
………
…………
なら、聞きに行くまでだな。
 ガタッ
席を立ち、返却窓口に食器とトレイを置く。
未だジェリーは調理に追われていた。

後で天ぷらの礼でもしておくか。
俺は食堂を後にする。    






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