突撃!隣の人は熱☆病人  北見 柊一 の場合






「 じゃあ今日は出て来られねーんだな?」
『 はい、申し訳ありませんが―――』
「 いや、いーっていーって大丈夫だ。
 ここんとこ無理し過ぎてたみてぇだし、ゆっくり休めや。」
『 申し訳御座いません。』
「 気にすんなって。
 ――――ああ、そうそう。
 栄養のあるもん作りに行ってやるから玄関の鍵、開けとけよな。」
『 ……は?
 いえ、院長そのような事は―――』
「 開けとけよ、いいな?じゃあ切るぞー。」
『 っあの、ちょっと待――』
ガチャン
……。
一見するとその筋の方と思える人が、今私の隣で右腕に点滴の管を繋げ煙草の煙を燻らせ立っている。
楽しげに笑って、受話器を下ろし終えながら。
「 っつー訳で。」
「 あ、はい?」
片岡先生に確認のサインを戴いていると、その人に肩を叩かれ名を呼ばれた。
ペコと片岡先生に会釈をしてからその人へと振り向く。
「 なんですか院――……長?」
にんまり。
怪しげな笑顔満開で、私は一見するとその筋の方と思える私の勤め先である安田記念病院の、安田院長に両肩をがしりと掴まれる。
「 確か今日は夜勤明けで、休みだったよな?」
「 は、はい………。」
凄む様な微笑みで迫られ、私は声を振り絞って小さく頷くので、精一杯だった。

「 どうしてこうなってるんだろう……不思議。
 と云うか院長は何を考えて私なんかを……はぁ。
 四宮先生とかなら喜んで行かれるだろうに。」
買い物袋をぶら下げて、高層マンションを見上げながら口をつくのはボヤキと白い息。
と、溜め息も。
げんなりとしちゃう。
色々な事が走馬灯の如く駆け巡る。ああ、私うまくやれるかしら。
失敗すればブリザードが吹き荒ぶのに。テル先生の様に。
でも北見先生が風邪だなんて珍しい。
体調管理とかも厳しそうなのになぁ。そんなにここ最近忙しかったのかな。
んまぁ、救急も多かったと云えば多かったかもしれない、けど。

……とか考えてたら部屋の前まで来てしまった。
ああもう腹括るしかないのか。
インターホン……押す指が震えてる。怖い、怖い、恐怖。
ピンポーンピンポーン
……
………
『 ―――はい。』
「 あ、ワタクシ安田記念病院から参りましたナースのと申します。」
『 ―――――……ああ、開いてるから入ってくれ。』
「 はい……。」
今、声が裏返った。
というかなんですか今の間は。長い長い。
私が新人ナースだから名前と顔、覚えてなかったからとか?一致しなかった?判らなかったのか。
北見先生って、仕事出来て腕も良いし恰好良いんだけど、なんかこう、怖いんだよねぇ。
仕事に対して凄く真面目なのは判るんだけど、厳し過ぎると云うか――否、厳しいのは良いんだけど、チャラチャラ仕事する人間よりも、うん。それに私達の仕事には厳し過ぎるって言葉は無いんだろうし。
でも北見先生の場合、厳しいを超えてると云うかなんと云うか、もう、鬼の様な恐怖しかないと云うか。
先輩達はそんな事無いって云うけど、でもなんか、近寄りがたいんだよなぁ。

「 失礼……します。」
ああ、ノブに掛けた手が重いわ。
ガッチャンと、まるで要塞の扉が閉められるかの如く玄関の扉が重い音を立てて閉まる。
逃げられない……もう逃げられない。冷たい鉄の扉に院長の怪しい笑みが見える様だわ。
くん……?」
「 うわっぅはい!?」
玄関の扉に躯を預けてうな垂れてたら後ろから北見先生の声が向けられた。
「 すすすみませんお邪魔してしまいます。」
ガン。
恐怖の余り条件反射か、ペコと頭を下げてしまった。しかも勢い良く。
「 ……大丈夫か?」
「 あいっダイジョブです……うぅ。」
「 取り敢えず上がってくれ。それから何か冷やす物を……。」
「 あ、いえあのはい、本当に大丈夫ですからご心配なさらず。すみません、ありがとうございます。」
眉間に皺を寄せられたお顔を拝見した。してしまった。
……呆れられた、明らかに呆れられたってこれは。無言は怖いってだから。
いやだもう、帰りたいですよ院長。恥ずかしいし。帰らせて、否寧ろ誰でもいいので助けてくださいお願いします。
買い物袋が虚しくガサガサと鳴ってる。
風邪ひいて熱出してるって聞いて来たんだけど、それでも北見先生はやっぱり律儀で、私なんかにスリッパを差し出して下さる。
ある場所を仰って戴ければ自分で出しますのに。
けど、パジャマの胸元のボタンが一つ、外されてるのは意外だな。
いつもきっちりと上までネクタイ締めてる北見先生なのに。
あ、いや、でも熱くて仕方ないのかも。そうだそうだ、きっと。
それにパジャマの上からセーター羽織ってるし、能く見れば靴下も穿いてらっしゃるし、きっちりしてると云えばきっちりしてる。
でも起き抜けだからか休日だからか、前髪がいつもみたくセットされてなくて流されてる。
私は―――――こっちの北見先生の方が好きだな。
「 ……くん、くん!?」
「 え?」
「 どうかしたのか?ボーっとしていたみたいだが。」
少し紅い顔をした北見先生が潤んだ瞳で私を見つめてる。
顔の前で手をヒラヒラさせて。
「 やはりさっき玄関での―――」
「 いえっ!あの……大丈夫です。なんでも、ないです。はい。」
「 ……そうか。」
重い。空気が重い。
取り敢えずさっさと作ってさっさと帰ってしまおう。
ちょっと北見先生に見惚れてました――なんて、云える筈も無いし。口が裂けても云えないわ。
これ以上重くしてたまるか。
それにしても……なんとかと風邪ひき男子とは能く云ったものだわ。
今まで北見先生の事、色っぽいとかそういう風に思った事怖くて無いしそんな眼で見てなかったけど、今なら先輩達の云ってた事も判る気がする。
色っぽいと云うか―――妖艶?
妖しいと云うか危ういと云うか。
なんか、ちょっと、緊張してきたかも。
「 や、夜勤明けで、少し疲れてるかな?……という感じがするだけですから、本当に大丈夫です。」
「 そうだったのか?――それはすまない事を……。」
「 いえ、院長命令ですし。
 あの、それじゃちょっとお台所―――お借りしても宜しいですか?」
この上ないくらいぎこちない笑顔とも取れない笑顔でそう云うと、少し間が空いてからああと返される。
なんだろう、この間は。
否、北見先生独特の間と云えばそれまでだけど。
他人に触られたくないのかな。
……汚したり傷つけでもしたら弁償ものだよね。気をつけよう。いつも以上に気をつけよう。
気合も入れよう。
「 あ、北見先生。」
「 なんだ?」
キッチンカウンターの中に居る私と対面する形で北見先生はダイニングテーブルに座られたから。
つい、余計なお世話なんだろうけど云ってしまう。
――見張られてるみたいで余計緊張しちゃうし。
新聞から目を離して上げた顔も、やっぱり少し紅潮していて色っぽい。
「 出来上がりましたらお持ちしますのでリビングか寝室でお休みいただいて構いませんよ。」
買い物袋の中身を取り出しながら、逸る鼓動を抑える様に私は口を動かす。
暫くしても返事がこないので顔を上げると、ブリザード。
え、なに、私気に障るような事云っちゃったの!?
眉間の皺が、深い。
「 む、無理にとは云いませんが……。」
「 此処で良い。」
「 はい、畏まりました。」
睨みつけられてしまった。紅い顔で睨みつけられてしまった。
助けて、助けてテル先生……!






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