突撃!隣の人は熱☆病人 比古 清十郎 の場合
「 ちょっ、新津先生、新津覚之進先生!」
「 ああ゛?」
「 新津せん――じゃなかった、比古さん!?」
「 嗚呼、眩暈が……。」
眩暈が、じゃなくてね。
「 重いです、重いです比古さん!」
「 すまんな、眩暈がしたものでな。」
どうせ嘘に決まってるわ、その眩暈も。もう何度目ですか其の手。
子供じゃないんだからせめて変えなさいよ。――否、変えれば良いってものでもないけども。
それより早く退いて下さいよ。
「 比古さん!」
「 退ければ良いんだろう退ければ。
そう怒るな、折角の愛らしい顔が台無しだぞ?」
全く。
私が作品を取りに来ると最近は何時もこうなんだから。
最初の頃の冷静で荘厳な新津覚之進先生は何処へ行ってしまったのよ。凄く恰好良かったのに……これじゃ唯の助兵衛親父じゃない。
それに本名で呼ばないと怒るし……意味判んないわ。
「 今日こそは日が暮れる前に持って帰りますからね。
ちゃんと用意して下さってるんですよねぇ―――えええっ!?」
通された居間へと上がって振り返ると、亦比古さんが圧し掛かってきて。
「 ちょっ、と好い加減にして下さい、比古さん!」
圧し掛かってきた……のか?
「 ……比古さん?」
支えきれなくてその儘豪快に倒れちゃったけど、比古さんはピクリとも動かない。
……なんか、可笑しい。何時もと違う。
もしかして、今のは、―――本当?
本当に、倒れてきたの!?
「 比古さん?しっかりして下さい比古さん!」
肩を揺すってみても叩いてみても反応がない。
どうしよう、先刻の眩暈も本物だったのかもしれない……。
にしても、比古さん重いんだって。息もし辛いし躯痺れてきた。んもーおー!
「 ――っんぅうっしょ………!」
はぁ、はぁ、はぁ……なんとか横に退かせたけど。
うわぁ、汗まで出てる。……もしかして――――やっぱり。
熱い熱い、熱まで出てるよ。若干顔も紅くなってきてるし。
――――……どうしよう。
今から街まで行ってたら帰って来れないし。
かと云って人様の家の中を勝手に漁る訳にもいかない。
でも薬なんて何処に仕舞ってあるのか判らないって。そもそもこの人薬とか常備してなさそうだ、必要なさそうだもん。
「 比古さぁん……。」
厭だ、なに泣きそうになってんの私。
こんな、こんな助兵衛親父が如何なろうと知った事じゃないでしょ。
それに比古さんがこれ位で如何にかなる筈も無いし……。
……でも、苦しそう。全然起きないし。
どうしよう、大丈夫なのかな。否、倒れた人に向かって大丈夫かと考えるのも普通は可笑しいんだけど其処は比古さんだからと云うかもしかしたらずっと無理してたのかもしれない。
比古さんって存外そういうところあるから。誰にも弱ってる処決して見せない強さ。でもどうしよう、どうしよう。
「 比古さん、比古さん。
……厭だ、目、覚まして下さいよ比古さん。……比古さぁん!」
「 色っぽい声出して。
俺の事誘っているのかは。」
「 ひあっっ!?」
くらりと視界が揺らいだ。
次に気付くと、世界が横を向いていて。
「 どうせ連呼されるなら、名前の方がくるんだがな。
まぁ、今は"比古さん"で我慢しといてやるか。」
頭に、暖かで大きな温もりがかぶさる。
こ、これって―――
「 比古さん!?」
「 こんな事位で泣くな。一寸躓いただけだろうが。」
顔を上げると、比古さんは何時もの様に悪戯に笑って私の頬に指を触れさせている。
スッとなぞって、流れた涙を拭っているみたい。
「 でも、でも……行き成りの事で一寸動揺しただけです!
熱出すほど根詰めないで下さい!」
「 泣いたかと思えば怒り出して。
は忙しい奴だな。」
「 っ比古さんこそ……こんな時位慌てたらどうなんですか。
落ち着き過ぎててなんか厭です。」
何云ってんだろう私。涙も全然止まらないし。声が震えてる。
こんな助兵衛親父が倒れた位で動揺しちゃって泣くなんて。莫迦みたい。亦からかわれるだけじゃない。
「 それにしても意外だったな、が泣き出すとは。
なんだ、実は俺に惚れてるんだな?」
「 そんな事ありえませんっ!――って、何処触ってるんですか!?ちょっと比古さん!!?」
やっぱり唯の助兵衛親父じゃない。
心配してやって損したわ。