突撃!隣の人は熱☆病人 真田 幸村 の場合
「 !は居るか!?」
「 お館様、姫様お連れしましたよ〜。」
「 おお、でかしたぞ佐助!」
「 佐助、着物がずれる……そんなに引っ張らなくてもちゃんと居るから。」
日々の稽古を一人黙々としていた途中、不意に誰かに背後を取られたと思った。
長刀を構え直し右足の爪先に力を入れて振り返ると、にこやかに笑う佐助にチョップを貰ってしまった。
悔しくて腹立たしくって、咽喉元に長刀の切っ先を押し付けると、佐助は黒い霧となって消えた。
所謂忍術の、空蝉というやつ……だろう。
「 つっかまっえた〜。」
がしりと。
後ろから抱きすくめられる形で捕縛された。
故に右手から長刀も取りこぼしてしまったし、手も足も一寸たりとも動かせない。
流石、真田忍軍十勇士の長、とでも云うべきなのか。
「 ……放してよ。父上に見つかったら燃やされるよ?」
「 そのお父上様が捜しておいでなんですよー。
さ、行きますよ姫様。」
「 だからってこんな風に捕縛しなくたって良いじゃない。
それに、姫様って呼ぶなって何度云えば判るの佐助。」
「 ほらほら、暴れない暴れない。暴れると余計締め付けがキツクなっちゃいますよ?」
本当に喰えない奴。
笑って、いとも簡単に私を担ぎ上げる。それに私が云った事、軽く流しちゃってるし。
「 姫様って呼ぶならこんな扱いしないでくれる?」
「 はいはい、サマ。」
まぁ役得だからなんて笑いながらもきちんと長刀を片す辺り、佐助は真田の――否、武田の母だと云われちゃうんだろうなぁ。
そもそも何が役得なんだか。
それでも私には抗う術が無く、父上の待つ部屋まで強制連行されるのである。
「 能く来たな、。今日も一段と可愛いぞおおおおおお!!!」
「 ……来たくて来た訳じゃ無いけど。」
正座させられたかと思えば父上に豪快に抱き寄せられる。
これ……ムチウチになるって。痛い痛い。佐助も黙って見てないで助けろよ。
可愛いとか叫びながら頬擦りをするな。痛いと云うかなんか……髭?がこそばゆい。
「 父上、判りましたから落ち着いてください。
今日は如何いった用件でしょうか。」
取り敢えずアッパーカットを入れて落ち着かせ、私は父上の胸倉を掴む。
佐助が壁に寄り掛かりながら小さく声もらして笑ってる…………後でアイツも絞めてやる。
「 おお、そうじゃったそうじゃった。
今な、幸村が風邪ひいて熱出して寝込んどるんだ。」
「 は?あ、ああ、うん、近寄るなって事ね?判った。」
なんでこうなってんの。
幸村は風邪ひいて熱出して寝込んでるんでしょ?
なら普通は近寄るなって云うじゃない。
なんで私が冷水の入った桶と手拭を渡されて幸村の部屋の前に居るの。
父上も佐助も看病してやれって……私が行ったら幸村が気を遣うだけじゃん。
まぁ、私は良いんだけどさ。
幸村は父上に阿呆な位尽くしてくれてるし、娘の私にも稽古つけてくれてるし。
しろって云われりゃするよ?でも幸村が嫌がるかも。――嫌がらないにしても気は遣う。
そんなんじゃ治るもんも治んねっつの。
「 姫様。」
「 姫様。」
「 五月蝿い、判ってるよ入るって行くって。
行きますからもう下がってなさい。」
「 ……は。」
父上も佐助も。
才蔵や小助に監視させてるって如何いう事よ。逃げるに逃げられないじゃん。
……っつーか逃がす気無いんだろう、コレ。
はぁ。
腹を括るしか無い、のかぁ。
桶の水面に映る自分の顔が、酷く惨めに見えるのは何故。
「 幸村、私、だけど入って良い?」
「 ―――はい!?」
随分と間が空いた後、元気とは云えないけど大きな声が返された。勿論、幸村のそれ。
多分、否、十中八九驚いてるよこの声。
「 幸村ぁ、入って良い?大丈夫?」
「 ぅえあぁ、ははははいっ!
もももももちもち勿論でござる!!」
「 ん、入るよ。」
すらりと襖を開ければ、幸村は布団の横に居る。
両手は揃えて畳みの上に行儀良く置かれ、頭は畳すれすれまで深く下げられている。勿論膝は2つに折られている。
私の声を聞いて飛び出したんだろう、掛け布団はくしゃりと乱暴に捲れている。
……本当にこの子は。
「 え?」
その儘隣まで歩いて幸村の首根っこをわしりと掴むと、声が漏れた。
幸村の、驚いた声が。
「 姫君様何を――おうっ!?」
「 病気の時位特に良いから。ほら顔上げて。
布団に戻る。」
ぐいと引っ張って上半身を起き上がらせ、桶を持った儘の左手で布団を指す。
おとと、水が零れる。
顔を覗き込めば、幸村は面食らった顔を寄越している。
「 しかし姫君様……。
それは、それはなりませぬ!」
ええいこの真面目っ子め。
熱出してるくせに自分の立場を弁えやがって。……否、家臣であるが故それは正しい事だけど。
だけどこんな時位……自分の立場とか身上とか、一緒だけど、忘れてよ莫迦。莫迦幸村。
「 五月蝿い力むな無理するな。
とっとと寝る。ほら早く。」
布団へと肩を押しても、幸村は布団の中へと戻ろうとはしない。決して。
バランスを崩したけど直ぐに持ち直して再び両手を畳に付けてる。
口をへの字にして、眉根を寄せて。困った顔をして。
ああもう、本当にこの子は。
可愛い、可愛すぎる。何このおっきい赤いわんこ。本当に私より2歳年上なの?
「 寝なさい。」
「 なりませぬ。」
「 寝るの。」
「 なりませぬ。」
「寝ろ。」
「なりませぬ。」
強情。
なによこの偏固。頑固者。私の気を汲めよ畜生。
というか、そんなに真っ直ぐ見つめないでよ。
「 あと、姫様って呼ばないでって云ってるでしょ。」
「 しかし姫君様はお館様のお嬢様にござる。
故に姫君様とお呼びしませぬと―――。」
くそ、莫迦のくせに正論かましてくれるじゃない。
「 ……じゃあ、……じゃあせめて名前も呼んでよ。
姫様なんてそんな冠名、――やだ。」
「 ……姫、君様?」
はわっ!!何口走ってんだ私は!?
幸村が頭の上に疑問符飛ばしてるじゃない。
「 だ、だからそれはつまりその、ひ、1人の人間として見て貰えてないんじゃないかって思ってだね。
そいういう意味からだから!他意は無いよ!?」
って、なんだよこの慌てぶりは。しどろもどろもいいところ。
「 その様な事はござりませぬ!
この真田源二郎幸村、姫君様を――否、姫様を1人の女子として好いております故!!」
「 ……はい?」
え、一寸待ってくれその――――――今なんつった?
好……は?嘘でしょ?
いやでも嬉しい……どうしよう顔が熱い。躯も熱い。
「 あ、いえあの今のはその、つまり………!!」
「 ゆっ幸村!?ちょっと大丈夫!!?」
わたわたと慌てていた幸村の顔も、風邪による熱のそれとは別に紅かった。
と、思う。
手をぱたぱたと動かしながら真っ赤な顔でしどろもどろ云ってたかと思うと、急にその儘後ろへと倒れた。
かあーっと紅く染め上がったその顔で。
慌てて近寄って肩を揺すってみても、反応は全く無い。
嗚呼、でも布団の上で良かったかな……。
じゃ、なくて。
「 幸村、ねぇ幸村!?」
……駄目だ、全然駄目。
冷水と手拭がこんな形で役に立つなんて思っても見なかった。
と、取り敢えずちゃんと寝かせないと。風邪も悪化しちゃう。
「 ………一歩前進、かな?ねぇ、幸村――。」
初めて名前、呼んでくれたもんね。―――――倒れたけど。
―――――おまけ―――――
「 なにやってんだか、真田の旦那。」
「 もう少しだったのにのう……しようの無い奴め。」
「 しっかし、良いんですか本当に?
姫様のお相手があの旦那で……。」
「 うむ、ワシは佐助の方が良いと思ったんじゃが、が幸村を好いていたからのう。」
「 ……マジですか。」
「 残念じゃったのう、佐助よ。」
「 いやいや、振り向かせるまでの事ですよ。」
「 はっはっは!ほんに面白い男よのう、佐助は。
しかし、天井裏は狭いのう……肩がこりそうじゃわい。」