突撃!隣の人は熱☆病人 ノイズ マリ の場合
「 なーんかさ、拍子抜けだよね。」
「 ……そうだな。」
石壁の上をカツカツとブーツのかかとを鳴らしながら、私は下方の道路を歩くマリに溜め息と共に話しかける。
と、マリも溜め息交じりに同意を返してくれた。
街は橙色の優しい光に包まれて、反射を繰り返している。
「 イノセンスも無いわ、アクマも居ないわ。」
「 アクマは居ないに越した事は無い、がな。」
「 〜それはそうだけどぉ!」
この街で起きていた怪奇現象のイノセンス有無を確かめる為、マリと私が此処に寄越されたのが2日前。
残念ながら調査の結果は、イノセンスではなくて。
しかもアクマも居なかったから張り詰めてた糸が急に緩んで、どうすれば良いのか判らずにいた。
私は少し―――
「 は少し気負い過ぎるきらいがあるからな。
もう少し力を抜いて取り組んで良いんだぞ?」
―――らしい。
夕暮れの光と同じく、優しく微笑んでマリは私を見上げる。
その顔は、橙色の光に包まれていて、何故だか酷く素直に受け入れられそうで。
それでも。
「 そんなんじゃ、アクマと対峙した時素早く反応出来ないじゃない。
私達は気負い過ぎる位で丁度良いんだよ。」
地団太を踏むように私の意地っ張りな性格は、直ってはくれない。
するとマリは、困った様に眉根を寄せて笑って黙ってしまう。
いつも、こうだ。
私は可愛くない子で、いつも人の忠告を素直に受け入れようとはしない。
そして相手を、困らせてしまう。
悪いクセだとは判ってるんだけど……どうにも直らない。
特に相手がマリだと、我武者羅に武装してしまうらしい。
弱いところ、みっともないところ、恰好悪いところ―――そういった類のものは、奥底へと追いやってしまう。
自然、可愛くない女が出来上がる訳だ。
……きっと私はマリの事が好きなんだと思う。
けど、好きな相手に弱い部分も見せられないでどうするんだ私!
甘えちゃえば良いのに、女らしく。
―――――いやいや、私はエクソシストなんだからそんな事許されないんだって。
好きとか愛おしいなんて感情、今は伝えちゃ駄目なんだから……。
「 ―――!前!!」
「 はい?」
突然マリの声が聞こえてきたかと思うと、私の身体は傾いて。
なにが起こったのか理解するのに、3秒を要した。
その3秒というのは、私の身体が傾いて石壁の上から落ちていき、私の身体が傾いた原因であろう石壁の崩れを確認するまでの時間で。
その後どうなるかなんて考える余裕も無くて。
激しくなにかが落ちる水音だけが、辺りに響いていた。
「 ……ごめんね、マリ。」
「 いや、俺の方こそすまない……、大丈夫か?」
「 うん、大丈夫。」
それから更に1分程経ってから、私は自分の置かれた状況を理解した。
マリをお尻の下に敷いて、川の中に浸かっているのだ。
「 マリも大丈夫?」
「 ああ、平気だ。」
すぐにマリの上から降りて、彼の手を取る。
私達が歩いていたすぐ横には、小さな川が流れていて。
バランスを崩した私はマリを巻き込み川へとダイヴしたらしい。……なんて恥ずかしい。
ここに神田が居たら間違いなく、どやされてるわ私。
それにしても。
私だけならいざ知らず、マリまで川の中に入っちゃうなんて珍しい。
いつものマリなら避けるか受け止めてくれるかするのに。――と云うか避ける事は先ず無いか、神田じゃないし。
どうかしたのかな―――――
「 ――……マリ?」
どうかしてる。
「 なんだ?」
どうして気付かなかったんだろう。
「 マリ……マリ……――」
どうして私は、私の事しか考えられないんだろう。
「 ?どこかぶつけたのか!?」
マリはいつだって、私の事を気にかけてくれるのに。
マリはいつだって、私の事を見ていてくれるのに。
「 マリ―――ごめん……。」
どうして私はマリを、マリを見ていなかったんだろう。
どうして私は好きな人の異変に気付かなかったんだろう。気付けなかったんだろう。
「どうして謝る?落ちたのはのせいでは……受け止め切れなかった俺の―――」
「 気付けなくて、ごめん。
マリ、辛かったでしょ?」
自分の不甲斐なさに、そしてマリの深い優しさに、恥ずかしい程泣きたくなった。
「 ごめんね、マリ……。」
けど泣く事なんて許されない。
それは、決して。
「 ……すまない。」
私の云わんとしている事に気付いたマリが謝る。
謝らなくちゃいけないのは、マリじゃなくて私なのに……。
「 違うよ、マリが謝る事じゃない。気付けなかった、私が悪いの。
本当に、ごめんなさい。」
強く、マリの大きな手を握り締めて、私は苦虫を噛み潰す。
熱くて、青白い顔をしたマリは本当に申し訳無さそうに困った顔をしている。
――否、私がそうさせてるんだ。
私は、私の無力さを改めて思い知った。
けれど今はそんな事を呪っている場合じゃない。
「 私が頼りないから云い出せなかったんでしょ?判ってるよ。
でももう、駄目だからね。」
力いっぱい、握ったマリの手を引っ張って川から上がり、私は歩き出す。
マリの顔を見ない様―――
「 病院行って、熱が下がるまで私が看病するから。」
―――マリに顔を見られない様。
「 無理はしないで。」
涙で視界がぼやけても、それは川に落ちたからだと云えるから。
「 すまない、。
ありがとう。」
マリはそう云って、優しく笑う。
「 迷惑なのよ、大事になったら。だからよ。」
素直じゃない意地っ張りな私には、こういうのがお似合いなのよ。
だけど上ずった声はどう説明すれば良いんだろう―――?