若きウェンハムの






「 兄さん?」
「 ただいま〜。」
「 コムイ室長!?」
な……んで?
なんでコムイ室長がもう療養所に戻って来てんだよ。つい10分程前に別れただけなのに。
そんなにリナリーの事が心配なのかそれとも……?
からの電話、もう終わったの?」
「 うん、すぐに切られちゃった。」
「 兄さんから切ったんじゃなくて?」
リナリーは俺の云いたい事を総て代弁してくれてる。―――俺の気持ちを察してくれてるのか。
室長は愛おしそうに目を細めてリナリーの髪を撫でる。
「 そうなんだよ。なんだか急かすように切られちゃってね。"早くリナリーの傍に行きなさい"って、怒られちゃったよ。」
苦笑いのような、それでも優しい笑みで室長はそうリナリーに話す。

多分それは、嘘なんかじゃない。本当の事だろう。なんだかんだ云ってても、はコムイ室長の事認めてないようで認めてるし、なによりリナリーの事を大切に思ってる。室長に負けず劣らず。
それにリナリーの話だと、拒むリナリーを力尽くで諭して帰らせたのはだって云うし。
まぁ、そのお陰で室長の誕生日に間に合ったんだけどな。
……って、そうじゃなくて。そうじゃねぇだろ。

「 コムイ室長、本当に切られたんですか?もう繋がってないんスか?」
ちゃんと確かめねぇと。
こんな中途半端なままじゃ、明日は俺が仕事に集中出来ねぇよ。
だから頼む、
「 うん、残念ながらブッツリと勢い良く切られちゃったよ。」
「 ……そうっスか。」
なんで……なんだよ。
そもそもなんで室長に電話してきたんだよ。普通そこは俺にするべきだろう、違うか?幾ら今日――っつーか日付変わったからもう昨日だけど、室長の誕生日だったからって、この俺を差し置いて直で電話するか!?せめて俺を通してから、先に俺に電話しろよ。
それが、それが――――そう思うのは仕方ねぇ事だろ!
なんだよ、亦お前は笑って子供みたいだって云うのか。けど仕方ねぇだろそう思っちまうもんはよ。
ガキでもなんでも良いけど、俺は
「 でも今直ぐ掛け直せば、くんに繋がるかもよ。」
――――俺、は………。
「 ……本当、スか?」
「 うん。」
俺は――
「 切られて間もないからねぇ。くん、電話の傍に未だ居るかも。
 ってあれ?リーバーくんは?」
「 凄い勢いで出て行ったわよ。」
「 ……変わったねぇ、リーバーくん。」
が変えたのよ。――ううん、も変わってきてるけど。」



に繋いでくれっ!!」
「 えっ……と、ウェンハム科学班班長、どうされました?」
「 いいから、早くに繋いでくれ!時間がねぇんだよ!!」
「 はっはい!」

今頃、コムイ室長達には笑われてるかもしれねぇな。
けど、仕方ねぇだろ。気付いたら身体が動いてたんだから。俺だって今自分自身が信じらんねぇよ。
なりふり構わず突っ走って、気付いたら走ってて、通信班のもとに走ってて、部屋に駆け込んだと思ったら理由も述べずに叫んで捲くし立てて。班員達も唖然としてるというか、何事ですかって心配されてるしな。
「 いや、ちょっとな……。それから、行き成り声荒げたりして悪かった、よ。すいませんお騒がせして。」

時間が経つにつれて、段々と冷静になってきた。
俺かなり恥ずかしい事してんな。これでに繋がらなかったらもっと恥ずかしい事になるな。
っつーかこれは本当に繋がんのか?
幾らすぐに掛け直したとは云え、室長が電話切られた直後じゃねぇし、もしかしたらもう離れちまったかも。こっちに向かって帰って来てるかもしれねぇし、否、それはそれで良いんだけど。否、良くねぇのか?……判んねぇ。
けど―――いや、なんかもう判んねぇ。判んねぇよ。俺自身なにをどうしたいのか判んねぇけど。
判んねぇけど――――
「 繋がりました!」
取り敢えず、声が聞きたい。
そう思っちまうんだから、仕方ねぇよな。
「 こちらお使い下さい。」
「 ありがとう。」
どうぞとそえられ渡された。
持つ手が、震える。見つめる目が、熱くなる。
この向こうに、が居る。そう思うだけで、そう思えば色々な感情が駆け巡る。

「 ウェンハム班長。」
「 え?あ、なんですか?」



「 俺だ、リーバーだ。」
『 ああ、うん……あー、仕事、お疲れサマ。』
「 そっちこそ。」
暗い教団の廊下を、通信したまま歩く。

通信班のジャスティンが笑って、教団内なら何処でも通信出来ますからと云って俺の背中を押した。
多分、と云うか確実に、俺の気持ちを判っての事だろう。でも、それでも俺は何の気兼ね無く通信班室を出られてと2人きりで、例え電話機越しの不鮮明なやりとりとは云え話せるのだから。ジャスティンには感謝、しねぇとな。
なんとなく俺の足が向くのは科学班室で。
どうして部屋じゃなくて科学班室に向いたかなんて俺にも判んねぇけど、向いたもんは仕方無いんだから従う他ねぇだろ。
歯切れの悪いの声を、不透明な機械越しの声を聞きながら、科学班室のドアを開ける俺が居る。
外は未だ雨が降り続いていて、電話の不鮮明さに拍車を掛ける。
日付が変わって、実に1週間ぶりのの声。
一言聞いただけでこんなに気持ちが和らぐなんて。そんな風に思うのは、俺だけなのか?

『 リナリー、無事に着いたってね。』
「 ああ。室長もリナリーも喜んでたよ。でもあんま無茶させんなよな。」
『 あはは、コムイにも怒られたよそれ。でも、リナリーなら大丈夫だって確信があったから。』
「 ……そっか。例え外は雷雨でも、か?」
『 落ちないよう、見張ってたから。』
笑うの声はまるで子供のように明るい。さっきまでの歯切れの悪さが嘘みたいだ。
どっちがの……本当の姿なのか、疑う俺は、駄目なんだろうか。
「 ま、"雷の女王"に見張られてりゃ、雷もそうそう落ちらんねぇよな。」
それでもと、儚い希望に縋りつきたいと願う気持ちは、俺の弱さなんだろうか。
『 まぁね〜え。流石雷の女王ってカンジ?』
「 ああ。
 それで、はいつ帰ってくんだ?」
ゴロ ピシャーン
後ろで一瞬、明るく光った。
振り返ると、分厚いカーテン越しでも判る程嫌に雷が光っている。何本も、何本も、幾筋も。暗い闇夜を彩る不気味な青光り。
なんてタイミング良く、と思ってしまったのも、事実だ。
『 ……リ……バ―――ィバ……ちゃ……聞こ―え――――』
?聞こえねぇ、聞こえてっか!?」
ザーザーと不規則に入るノイズに、不鮮明なの声が更に不鮮明になる。

こんな時にまで邪魔する雷は、何を考えて誰が落としてんだよ。
俺の気持ちだけが独り空廻って。外を流れ落ちる雨のように誰の気にも留められず、過ぎ去ってしまうんだろうか。落雷にあって、消し炭になってしまうんだろうか。
お前は、何を考えてんだよ。何を考えて、雷を落としてんだよ。
俺はただ、ただ―――――――――……

。」
外に落とされる雷に比例してノイズの数は増え、不鮮明なの声を完璧に掻き消した。
と云う事はつまり、俺の声もには聞こえてなくて届いてなくて。
結局俺の気持ちは、に届く事も無く消し炭となって崩れてしまう。今の俺の心の中を表現するかの如く、外の雨はその勢いを一層強める。
こんな事なら、いっそ総て流れてしまえば、いっそ総てを流して失くしてしまえば良いのに。こんな、気持ちになるくらいなら、いっそ。

。」
耳元では煩くノイズがザーザーと鳴り響いてる。窓の外では煩く雷が咆哮している。
お前は何を思って雷を落としてんだよ
「 なんで俺じゃなくてコムイ室長なんかに電話してきたんだよ。しかも俺に代わる隙も与えず切りやがって。
 俺から掛けなきゃ今日だって電話出来なかっただろうし。その電話だって、雷に邪魔させやがって。」

なんて、口をつくのはどれも愚痴ばかり。
それでもこれは俺の本音だ。―――どうせノイズに阻まれて聞こえてねぇだろうけど。それを判ってて、判っているからこそしか云えない俺にも問題は有るんだろうけどな。どうせ俺は、俺はその程度の男だよ。真実を知りたくて、本音を知りたくて。けど知るのが怖くて恐れてて、結局逃げてんのは俺自身、か?
「 そりゃこんな俺じゃにはつり合わねぇんだろ。つり合わねぇんだろうけど、好きなもんは仕方ねぇだろ。
 好きだって云う気持ちには嘘つけねぇし、コントロールする事だって出来ねぇ。
 好きな女の事、心配しちゃいけねぇのか?心配しちゃ迷惑なのか?
 俺のこの気持ちはにとって、迷惑、なのか……教えてくれよ……。」
云った処で、聞こえてる筈も無い。届いてる筈が無い。
返ってくるのは無言だけ。

俺は、どうしたいんだ。に何を求めてるんだ。
判んねぇ、判んねぇけど今はただ、に逢いたい。逢いたくないけど逢いたい、ただそれだけを思ってる。
それだけを、ただそれだけを。の無事な姿だけを――――
「 ―――、切るな。つっても聞こえてねぇだろうけど。」
『 ザー―――ザザ……―――ザ――』
「 じゃあ、亦な。おやすみ。」
ブツン、ザー…………


お前に触れたい、例え声だけだとしても。
そう願っただけなのに、それすらままならねぇんだな。






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