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空を駆る者達
向かう先
ガタンゴトンと不規則な音を上げ、汽車は目的地へと迷う事無く進む。
「 ったくよ。」
「 怒ってるの?」
ぶすっとむくれた仏頂面で狭い汽車の中を歩く神田の後ろに、苦笑いを浮かべるレイチェルがついている。
小さな溜め息と共に出した言葉に律儀にも聞き返してくるレイチェルを横目でこっそりと見ながら、神田は個室のドアノブに静かに手を掛ける。
乗務員を脅してもぎ取った、個室の。
六幻を壁に立て掛け柔らかいソファにどっかりと座り、一段と大きな溜め息をこれ見よがしに落としそのまま口を開いた。
「 呆れてんだよ。」
その様子を、ああやっぱりという苦笑いのような微笑のような笑みを湛えながらレイチェルは見守る。
個室のドアを丁寧に閉め、神田と対面する位置に深く腰掛けて蒼穹の風を神田同様、壁に立て掛けさせ。
神田がレイチェルからの無線を受け個室を出たのは、ほんの10分程前。
珍しく大慌てで出て行ったものの、帰ってきたその顔は苛立ちのそれに似ている。
「 どうしてよ。私がピンチだった事には変わりないでしょ?」
対するレイチェルは神田の腹具合を知っているのか、からかうように軽く笑いながら言葉を返している。
「 屁理屈だ。」
その笑顔の意味を見抜いている神田は盛大に舌打ちをした。不機嫌最高潮、といった顔付きで。
「 酷い、それじゃ私があのままでも良かったって言うの?ユウの冷徹漢。」
「 実害なんてないだろ、ネコにじゃれつかれたくらい。」
「 でもゴーレムの配線何本か切れちゃったよ。お陰で珍しいモノが観れたけど。」
「 ブッた斬るぞ。」
笑顔でねぇユウ?と小首を傾げるレイチェルに、神田は目を見開いて一言斬り捨てた。
そう、神田がレイチェルに呼び出された理由。
それは、ネコ。
気分転換にと、眠る神田を一人残しレイチェルは個室を後にした。
最後尾の外に出て流れる穏やかな風景でも見れば、この幾分沈んだ気持ちも持ち直すだろうと考え汽車の中を蒼穹の風片手に歩いていた。
必然的に、一般車両を通ることになったのだが、ここで先の事にぶち当たったのだ。
一般車両の最後尾にて。
人がまばらに座っている中、無数の殺気だった気配があった。
なんだろうと不穏に思いながらもアクマではないと確信していたレイチェルに、若干の心の隙が出来ていたのも事実だろう。
2つの向かい合うボックスシートを大量の荷物で占領している一人の初老の男性の横を通り過ぎようとした時。
布を被せられた荷物から、黒い小さな物体が飛び出してきたのだ。
何事かと身構えるも、それが仔ネコだとすぐに判り腕と胸を撫で下ろした次の瞬間。
布の下から次々と、仔ネコが跳びかかって来たのだ。
初めの一匹に注意がいっており尚且つそれを片手でキャッチしていた為、次のもの達への対処が巧く出来ず。
顔や身体と関係無く、次々に跳びかかられ襲われてしまったのだ。
なんて情けないんだと思いつつも、アクマでも無いましてや可愛らしい仔ネコを邪険に扱える訳も無く、レイチェルは為されるがままにされていた。
この仔ネコ達の飼い主であろう初老の男性が、辞めなさいお前達と言って抑え付けようとするも、そのすばしっこく機敏な動き、かつ相手が多勢である事も手伝い収拾がつかなくなっていた。
申し訳ないと謝る男性に、いえいえ大丈夫ですと返しはしたものの、このままでは明らかに他の乗客に迷惑を掛けてしまう。
そう判断したレイチェルは、どうせ迷惑を掛けるなら気心知れた奴の方が―――と思い、長い団服の内ポケットから無線ゴーレムを呼び出す。そして神田へと繋げ口を開いた刹那。
「 ユウ!起きてる!?今直ぐ最後尾に来うわあぁっっ!」
ゴーレムが物珍しいのかそれとも飛んでいるからなのか、狙いをレイチェルからそれへと移した仔ネコが一匹。
その可愛らしい小さな口で、ゴーレムをがぶりと捕らえて。それと同時に他の仔ネコのうち一匹がレイチェルの顔面へとダイヴしており、レイチェルは情けの無い叫び声を上げていたのだ。
途中で、レイチェルの叫び声が途中で切れた無線を聞いた神田は神速の如き1分でその場に駆けつけたという。
しかし目の前には神田の予想を遥か斜め上を上回るもので。
脱力。
それ以外の言葉は当てはまらないだろう。
右手に握った六幻を落としそうになりつつ、神田は小さな溜め息をひとつこぼす。
それから近寄ってくる一匹の仔ネコを拾い上げ、その仔ネコを見つめ、周りでミャアミャアと鳴き動き回る仔ネコ達を睨み付けると薄く口を開く。
「 喰われたくなければ大人しくしろ。」
低く凄んだ神田の声は決して大きなものではなかったが、確かに車両中に響いていた。
その声と眼力に気圧された仔ネコ達は、言わずもがな大人しく初老の男性に捕まり言う事を聞きました。
「 どうすればあんな――」
「 わあ、見て見てユウ海だよ海!」
ガタンゴトンと不規則な音を上げながら汽車は目的地へと迷う事無く向かう。
多数の人を乗せ、多数の荷物を乗せ、幾つもの気持ちを乗せ、それぞれの目的地へと運んで行く。
「 ……海くらい珍しくもなんともねぇだろ。」
それは一つの例外も無く、総てを運び往く。
「 それはそうだけど―――あ、もうすぐ駅に着くよ。
ティエドール元帥、早く見つかると良いね。」
「 ―――――ああ。」