空を駆る者達
空よりの使者






もうもうと白煙が上がる。突き抜ける程青い空に、白煙は昇る。
黒い、鉄の塊から、白煙は立ち昇る。
ガタンゴトンと大きな音を撒きながら、白煙を上げる黒い鉄の塊は目指すべき土地を目指し進んで往く。


「 超絶寒っ!風強いって。ねぇ!?」
その黒い鉄の塊、動き出している汽車を追いかけは声を張り上げる。
珍しく、と見えるかもしれないが、はなかなかにして陽気な性格であるが故、まぁこんな事も言うだろう。
その少し前では、愛刀(相刀)の六幻を背負い眉間に皺を寄せた神田が、無言で駆けている。
これはそう、無茶無理無謀が大得意な黒の教団通例の、走っている汽車への飛び込み―――ではなく、汽車への飛び乗りを図っているところである。

「 ……今日、タイミング悪くない?もう既に結構な距離が。」
「 口動かしてる暇あんなら足動かせ。遅れたら置いてくからな。」
うるせぇんだよと加えて、神田はチラリとを見やり、それでも足を止めず動かし続けている。
その神田の後ろ2〜3メートルといった処で、も忙しく足を動かしている。
黒の教団もさ、専用の汽車とか用意しろよ、とかなんとかブツクサと愚痴を言いながら。
彼女の言い分も最もだと思われる、けれど、黒の教団の財政を考えてみればそこまで贅沢は。
言えない、かな。



「 あーいかわらず、スリリングな乗車よね。」
カンカンと高い金属音を響かせ汽車の屋根部分に飛び乗った2人は、慣れた手付きで天窓を開け、するりとその黒衣の躯を車内へと滑り込ませた。神田、とその順で。
開けた天窓を少しずつずらして元の様に閉め、トン、と身軽な音を立てて降り立ったは、長い自身の団服に付いた埃を払いながらぼやく。
短く漏らした溜め息を添えて。

やれやれと伸びをするそんなを横目で見ながら神田は、青い顔をしながら慌てて近づいてくる乗務員をその眼で捉えていた。
お客様困ります、と冷や汗混じりに出て行くようやんわりと促す乗務員に、さも当然と言わんばかりに胸を張り、こう言い放つ。
「 黒の教団だ。一室用意しろ。」
「 お願いします。」
その直後に、隣に並んだはこう付け加え、ペコリとこうべを垂れる。
右足で、神田の足を蹴り上げる事も忘れず。
大きく上に動く眉は、神田の表情をより険しいものへと変え、それは総て乗務員の若い男性へと向けられ。
ラインハートと彫られたネームプレートを付けた乗務員は、嫌な汗を掻きながら怯えている。
しかし、神田との胸に鎮座するローズクロスを確認するや否や、畏まりましたと慌てた様に足早に踵を返して行った。

「 ユウちゃ〜ん?」
「 気色の悪い呼び方すんな。」
「 人にものを頼む時の態度かそれは?それが侍の筋なのか?」
「 ……うるせぇ。」
隣から自身の顔を覗き込んでくるを軽くあしらうも、じいと下から上目遣いで見上げてくるので、ついついふいと目と顔を窓の外を流れる景色へと逸らせる。
眉間に深く皺を刻み、チッと盛大に舌打ちをし、それでも何故か口の端は僅かに上がっており。
視界の端に再び若い乗務員を捉えると、しかし瞬時に喜色をかき消す辺り、やはり神田も当たり前ではあるが人間であって男であって思春期のそれに見える可愛らしい面も持ち合わせているとは、なんとも初々しいではないか。

「 お待たせ致しました、すみません。
 此方へどうぞ。」
ペコと会釈し自身の右手で客室へと促すラインハートは、出会った当初とは随分に態度が違い、腰が低い。
これが所謂、黒の教団――ヴァチカン――の力なのだ。
と、は神田の後ろに続きながら、改めて思いふけっていた。



上等客室の一室。
広過ぎず狭過ぎずのその個室に、神田は左手、は右手に窓を据え、対面して座っている。
ガタンゴトンと不規則に揺れる車体に身を預け。

「 ねぇ、ユウ。」
「 あ?」
「 ティエドール元帥、すぐ見つかるかな?」
「 ……チィッ!
 ――――――さあな。」
軽く目を閉じていた神田に、は静かに声を掛けた。
ガタンゴトンと不規則に上がる汽車の音をBGMにしながら。

「 ……だからどうしていつも舌打ちするのさ。」
「 俺はあのオヤジが大嫌いだ。」
「 ……ユウってさ、好きな人、居るの?」
「 どういう意味だ。」
声を掛けられた神田は薄く目を開けを見やった、かと思うと、の声に大きく反応しカッと眼を見開く。そして盛大に舌を打つや否や左手で頬杖をつき窓の外へと眼をやった。
そんな神田に苦笑いを向け、言葉を続ける。
嫌いな人の名前は聞くけど、その逆は聞かないよね、と。
「 ……フン。」
鼻で返す神田は、頬杖をついた儘その鋭い眼を細め流れ往く景色を見送る。
は苦く笑んだ儘、神田を見つめている。

「 すぐ見つかると良いよね。」
同じ様に右を向き窓の外を見るに、少しの間を置いた後神田は捜すの面倒臭ぇからなとぶっきら棒に続ける。

ガタンゴトンと不規則に揺れる汽車は、日々の任務や修錬で疲れた2人の躯を、まどろみへと(いざな)う。

 ガタン、ゴトン、
    ガタン、ゴトン。

いつしか、神田とは浅い眠りへと落ちていた。
神田は頬杖をついた儘、は壁に寄り掛かる様に。
穏やかで静かな空間が、2人を優しく包み込む。

 ガタン、ゴトン、
    ガタン、ゴトン。



ふと、浅い眠りから目覚めたは、習慣なのか辺りを見回す。
そして小さく息を吐くと、その大きな瞳を一度ゆっくりと閉じそして、再びゆっくりと開く。
見つめる先は真っ直ぐで、ずっと遠く先の事を見ている様で、ずっと遠く昔の事を見ている様で。

「 こんな戦争、早く終われば良いのに。」
小さく吐き出された言葉は切に篭っており、眼は強い火を燈している。
握る拳が痛々しくて、2人がその身体を沈めているのは正に命懸けの闘争なのだと、改めて思い知らされる。

それでも汽車は2人を乗せガタンゴトンと不規則に音を上げながら目的地へと進んで行く。
着実に、確実に。

何時からか起きていた神田は、未だ頬杖をついた儘、細めた眼を窓の外の流れる景色へと向けている。
何を語る事無く、その綺麗な口は鎖されたままだ。
「 ……兵士に、感情は要らない――――か。
 尽きるまで、闘うのみだよね。」
伏せた目に感情の色を消し、自嘲気味に吐くは何処か儚げで、今にも消え入りそうで。
そんなの独り言を、神田は無言で受け止める。
そっと眼を閉じ、何も聞かなかったかの様に。

少しした後、おもむろには立ち上がった。
左手で自身の相棒(イノセンス)の蒼穹の風を持ち上げ、キィと軽い軋み音を上げる個室のドアを右手で開けて外へと出て行く。
一人、神田を残し。

カチャンと音がして、カツカツと響く足音が遠のいた頃、神田はその鋭い眼をゆっくりと見開く。
つい先程迄あったの温もりを見つめ、開け閉めたドアへと視線の先を移す。
「 ……バカが。」
口をついた言葉は、神田独特のいつものそれで。
けれどその顔は苦虫を噛み潰したかのようなそれで。
不器用な性格なのか神田は、例え小言は言えど人を慰める類の言葉はかけない人間であって。
しかしに対してはその限りではなく。
けれど今回ばかりは、それには当てはまらなかった様で。
苛苛とした雰囲気で小さく舌打ちを落とす。
ガタンゴトンと不規則に揺れる、僅かに広くなった密室の中で。



――――――――――ジリリリリリリリリリリリリン。

汽車が不規則に上げる音が支配する部屋に、突然機械的な音が鳴り響いた。
ぴょこんと神田の懐から言葉通り飛び出てきたのは、無線ゴーレムで。
『 ユウ!起きてる!?』
無線ゴーレムから聞こえてきたのは、何かに通したような不透明なの、切迫した声で。
『 今直ぐ最後尾に来うわあぁっっ!』

ザ―――――とノイズが入った後、亦突然に切れ、神田の居る個室を再び汽車の上げる不規則な音だけが包み込む。
次の瞬間。
刹那の間を空ける事無く神田は六幻を手にし、ドアを蹴破り駆け出す。

伝令元の、汽車最後尾へと。






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