空を駆る者達
空を、空へ
上を見れば果てが無く、下を見ればきりが無い。
此処に居る。唯それだけで良い。もっとと求めてしまうのはヒトの性?慢心したい訳では無い。けれど満足はしたい?
求めれば求める程、答えは遠く闇に閉ざされ見失ってしまいそう。
ボオオオウと轟音を引き連れ、汽車は更なる目的地へとガタンゴトンとその車体をゆっくりと揺らしながら走り出した。
疎らに見受けられる人影はそれぞれに駅口へと流れるように吸い寄せられている。
「 さてと。」
黒いレザーのトランクと相棒の蒼穹の風を手にするは辺りを見渡し息を一つ落とす。
隣に立つ神田は仏頂面を――更に険しくしているようだ。
ひゅるりと乾いた風が吹く。
どちらともなく歩き出し、改札を抜け町へと出る。
賑わいを見せる小さな町に、尋ね人は居るのだろうか。
「 それじゃあ私は」
「 酒場に当たる。」
何処へ行こうと、言い切る前に言われてしまった。
言うや否や神田は一人我が道を歩き出した。
くすりとひとつ苦い笑みがもれる。それは彼なりの気遣いなのだと、瞬時に覚って笑みがもれる。
「 リョーカイ。それじゃ、亦後で。」
弾む言葉に、返されたのは声では無く。
右手が肩の辺りに上がり、二歩進んだところで下ろされた。見つめる背中は少しずつ小さくなりやがて人の波に消されて往く。
――今生の別れ――
ふとそんな言葉が脳裏を過ぎる。
「 宿にでも当たりますか。」
いつの間にか笑みが消えた顔でぽつりと確認するかの如く呟いたのは、不安を払拭する為だろうか。は人の波に埋もれ往く神田の背中から目を離し、きゅ、と弓を握りしめ歩き始める。
神田とは異なる、目的地を目指し。
『 昨日は確かに泊まったって。』
『 こっちも昨夜は飲んだそうだ。』
『 今朝は画材屋にも寄って買い物したって。』
『 チェックアウトは?』
『 それが初日に済ませてて。』
『 チィッ!……次の町にでも向かったか。』
『 どうする、馬でも手配しようか?』
『 生き物は邪魔になるだけだ。』
『 だよねー。町長曰く旅人が次に向かうとすれば北北東にあるデイプって村じゃないかって言ってたけど。』
『 ……。』
『 地図で確かめてみるとね、そこの村へ行く道以外道らしき道は無いのよね。』
『 そうか。』
『 うん。――――――――――――あ、』
『 なんだ。』
『 人影……1人だ。』
『 あの親父か?っつーか今何処に居ンだよ。』
『 教会の鐘の上――――……うん、そうだ。』
『 奴、か?』
『 9割9分。急げば追いつけそう。』
『 "追いつけそう"じゃねえ、追いつくんだよ。で、例の村に向かってんのか?』
『 うん、いつも通りスケッチしながらっぽい。』
『 早くしろ、行くぞ。』
『 オーライ、先に発って。』
『 ……判った。』
回線がブツリと切れ飛んでいた無線ゴーレムが元居た場所に無事収まる。
それを見届け、神田は爪先にぐっと力を籠め重心を下へと移す。
刹那、風を斬る音も忘れ走り出した。それは鳥が羽ばたくかの如く流麗でしなやか。且つ、正確に。町の人々の間を針に糸を通すようにすり抜けて行く。
ふと暗くなった気がした。
次の瞬間、タンと軽やかな音が上がるのと同時に黒い影が隣に並んだ。
それは目で確かめなくともナニカなんて直ぐに判る。
「 サルか。」
「 酷いー。せめてカモシカとか言えないの?」
「 なんとかと煙は高い所が好きだと言うからな。」
「 ああ、ユウの事でしょ?」
風の隙間を縫うように、長い髪をなびかせ駆ける神田は楽しげに笑っている。
それに返す事を忘れず並ぶもくすりと黒く笑う。
「 誰がバカだと!?」
「 ほらほら、喋ってると舌噛んじゃうよ。」
「 ……フン。そんなに雲が好きなら飛んで行けば良いだろう。」
「 あれ?高い所から飛び降りたか弱き乙女に心配の言葉は?」
「 誰がか弱き乙女だ。」
クッと口角を上げ神田は笑う。
しかしながら次にくるであろう相手からのリアクションが長らく訪れず不審に思いちらりと横目で盗み見れば、いつか見た儚げな苦い笑みが確かめられた。
刹那に訪れる沈黙。風を斬る音だけが耳を劈く。
「 トバすよ。」
口を開きかけた瞬間、隣からそう届いた。
驚いて首ごと其方にやってみれば、至極楽しそうに笑い愛器の蒼穹の風を発動させ今にも撃ち出さんとしているが、此方を向き左腕を絡めてきた。
「 っおま――」
強引に引き寄せられバランスが崩れる。
抗議の声を上げたところで音は何処かに吸い込まれ、強い力で前方へと身体をもって行かれる。
「 ふざけるなっ!」
そう声を上げる事も叶わず、神田は自らの意思とは異なる如何抗えど逆らえぬ力に已む無く身体を任せる事となった。
「 ティエドール元帥!」
スケッチブックを広げながら歩いていると、不意に小さな聞き慣れた声が降ってきた。
「 ッザケンナ!」
次にこれ亦聞き慣れた悪態をつく声が降ってくる。
聞き間違いでは無いとティエドールが歩みを止め振り返ると、一本の小さな竜巻らしきものが近くに出来ていた。其処から元気良く手を振り走り寄って来るのはで、神田は肩で息をしながらその後を追っている。
「 、それに神田じゃないか。久しぶりんりーん。」
愛弟子の顔を見た途端、パッと明るく笑顔を咲かせティエドールはスケッチブックを背中の大きなリュックへと仕舞う。
「 お久しぶりですティエドール元帥!お変わりありませんか?」
「 ああ、私は元気だよ。も、元気そうだね。」
「 ハイ、勿論!」
「 ……フン。」
「 それはなによりだ。」
勢い良く抱きつくを抱きとめ、目を細め髪を撫でる。ちらと視線を移せば肩で息をしながらも、目が合うと途端に息を整え面白くないと顔色を変える神田が見える。
微笑めば視線が外された。その反応が懐かしくて、つい頬が弛む。
「 早く用件を済ませろ。」
ティエドールがの頭を撫でていると急に身体が離れた。
温もりが消えた原因を探してみれば、神田がの首根っこを掴みなにやら催促をしているではないか。それに逆らう事も無くそうだったと背負っていたトランクを下ろしは鍵を開ける。
「 新しい団服です。今回はコート型となってます。」
にこりと笑みをそえ、開いたトランクから綺麗に畳まれた一着の黒い団服を取り出す。
どうぞと差し出せばありがとうと返され、今着ている物と交換となった。
「 初めは慣れないかと思いますが従来の物より防御力が上がっており、防寒防暑の性能も―――」
「 うん、ありがとうぴったりだよ。」
説明の途中、ティエドールが口を割って入ってきた。
その表情は笑んでさえいれど、ピリと張りつめられている。
察したは言葉を折り、にこりと笑いハイと返す。
同時に、左手で持っている蒼穹の風を発動させた。隣を見れば神田も亦六幻を発動させている。
「 久方振りの再会だというのに忙しないねぇ。」
なんて暢気にもらしつつ、ティエドールは新しく袖を通した団服のボタンをかけ、に預けていた古い団服を受け取った。
「 仕方ありませんよ。先方がお待ちですから。」
ふと息をひとつ吐いて。
身体を反転させ神田の隣に立ち並ぶ。
見据える先には、3つの影。
「 遅れを取るなよ。」
「 Youこそ。」
一言交わし笑みを顰める。
ひゅるりと、追い風が吹いた。
「 さあ、行ってきなさい。」
「 はい!」
「 ……ふん。」
向かい来る3つの影と対峙し、地を蹴り風を蹴って2人は空へと飛び上がった。
上を見れば空は果てが無く、下を見れば地は終わり無く続いている。
此処に居る。
共に闘う仲間と今も大きく空を駆る。
果ての無い空の果てへと、終わり無い明日を生きる為に。