あこがれと
ソレ
「 し、師匠……何処に行くんで……す、か……。」 「 着きゃあ判るだろ。」 げふっ。 な、なんでこんな小さな船にこんな人数の人達が……。船酔いに加えて人酔いもだよ。 本当に、師匠の気まぐれにも困ったものだな。 ゴゴ……ウゥン 「 ぉおわあぁあっっ!?」 「 行くぞ。」 「 え?はっ……!?」 って、ちょっと待ってくださいよ! そんな1人でさっさと……それに今一瞬、凄く揺れませんでしたか!? 「 まっ、待ってくださいししょ――うぷっ……!」 出る。口からなんか出る。 口を右手で押さえ船の外へ出ると、師匠はもう下船していた。 いつになく先を急いでいるみたいだけど……この先にイノセンスかアクマが? ・・・・・・ なんて事はないだろう。 あの人が自ら進んで仕事をする筈が無い。 「 おい、何してる。置いてくぞ!」 師匠が振り返って叫んでる。 って、ちょっと待ってくださいってば! 「 すぐ行きますっ!!」 荷物を引っ掴んで、僕も船を飛び降りた。 「 師匠、此処はなんと云う国ですか?」 師匠の後ろ隣を早足で歩きながら、周りを見渡す。 いつもながら僕の事なんてお構い無しに師匠は自分のコンパスで、しかも早足で歩いている。 ついて行く方の身にもなって欲しいものだ。 「 ――日本。」 ぼそりと一言そう云った。筈。 「 え?なんですか?」 周りの景色に気をとられ、きちんと聞き取れなかった。 凄く異国情緒溢れる町だ。 西洋の服を着ている人も入るけど、殆どの人が違う。この国独特の服装だ。 「 師匠。なんだか凄く独特な国ですね。――……此処に来るまでも独特な方法で来ましたが。 あの、まさかとは思いますが、密入国……とかではないです、よ、ね?」 先ほどの船の中を思い出す。 走り寄って師匠の顔を下方から覗いて見た。 「 ……フッ。」 な、 なんでそんな不敵に笑うんですか。仮面と相まって凄く怖いんですけど!! っと、師匠が一つのお店に入って行った。 えーっと……『甘味処』?なんて読むんだろう?どういうお店? なんだか、女性の方が多い気がするんですけど……僕、入って行っても良いのかな。 それにしても、此処の人達が使ってる言葉、何語なんだろう。英語とは全然雰囲気が違う。 それに、なんだか、凄く視線を感じるのですが……。 「 アレン!とろとろしてんな、さっさと来い。」 師匠が英語で叫んだ。 「 あ、はいっ!!」 なんだか少し、落ち着いた気がする。 すぐに師匠の元へと走った。 「 あ、わあ!凄い!可愛いですね、なんですかコレ?ん?それになんだか少し、甘い香りが――」 「 うるせぇ、チョロチョロ動くな。」 ゴスッ 「 ったぁー!!?なっ!なにも殴る事ないじゃないですか!酷い!! 初めて見る物ばかりで、少しワクワクしてるんですよ!」 殴られた。 師匠にカナヅチで殴られた。 目から火が出るかと思った。 「 ピーチクパーチク喚くな莫迦垂れ!五月蝿いと云っ――」 「 いらっしゃいませ。」 師匠と向かい合って云い合っていたら。 師匠の言葉を遮って話しかけてきた人が居た。 その時は師匠の身体で見えなかったけど、とても綺麗な声の持ち主だと思った。 ……ん? 今、もしかしなくても、英語だった気が。する。 「 全く。来るなら来るって一言くらい連絡くれても良いのに。 それに、来て早々、人の店の真ん中で師弟喧嘩繰り広げてくれちゃって。悪目立ちし過ぎ。 そうでなくても充分目立ってるんだから、貴方は。」 やっぱり、英語だ。凄く、綺麗な。 「 ……フン。オレが悪いんじゃない。この莫迦弟子が――」 「 う・る・さ・い。師匠なら師匠らしく、弟子を庇うとかしなさい。 兎に角。此処で立ち話もなんだし、奥 入って。」 ……アレ? なんか師匠、押されてる……? 「 おい、莫迦弟子。黙ってついて来い。一言でも発したら、その瞬間にお前の血の雨が降ると思え。」 ゴゴゴゴゴゴゴ そんな効果音が聞こえてきそうな程の迫力。 僕は唯唯首を縦に振るので精一杯だった。 「 じゃあ、此処で適当にくつろいでいてくれる?今お茶とお茶請け持ってくるから。」 ふわりと、優しく微笑んでその女性は部屋を出て行かれた。 初めてきちんと全身見たけど。 なんて云うか、その、声と一緒……否、それ以上に綺麗な方だ。 この国独特の服に身を包み、きびきびとした行動。それでも優しさや柔らかさが溢れ出ている。 それにしても。 この部屋……椅子が無いんですけど。 クッションを潰した様な物が何枚か置いてあるだけで……。 って、えぇ!? それに直接座るんですか!?そんな、当たり前の様に――しかもコートを畳んで横に置いて……? 「 何見てやがる。お前もさっさと座れ。」 え……今 睨まれた?ジロリって、睨まれた? なんでそんなに、いつも以上に機嫌悪いんですか。僕なにかしましたか!? 「 失礼致します。」 不意にドア――と云って良いのかな?――の向こう側から声がした。 でも先程の方の声とは違っていた。 スラリとドアが開いて、やはり先程とは違う女性が座りながら一礼した後に入って来た。 手にはお茶とお茶請けの乗ったトレーを持って。 「 どうぞ。」 そうなにか一言云って師匠の前と、その横のクッションの前に差し出された。 「 ありがとう。」 師匠はそう云って軽く会釈をした。 女性はその後、ドアの前で座り深く一礼してから出て行った。 何が如何なっているのか判らない。言葉の総ても判らない。 うぅ、此処が異国であると、突きつけられた気がする。 言葉が通じないって……凄く不便。 伺う様に師匠を見ていたら、お茶に手をつけた。 どうしようかとも思ったけど、僕も師匠の横に座ってお茶に手を伸ばす。 「 ぬっ!?……に、にがい……。」 「 ガキが。」 くっ……自分は大人だからって涼しい顔して飲んじゃって。 このお茶、僕には未だ早いみたいです。なんか緑色だし。 と、お茶を戻しつつお茶請けについつい眼が行ってしまう。 とても美味しそうなにおいと共に、柔らかな湯気が。食欲を誘う。 これは、大丈夫だろうか。 取り敢えず棒の部分を持って顔の前まで上げる。 うーん……やっぱり美味しそうなにおいが。 考えてても仕方ない、か。 えーい、いただきますっ!! …… ……… ………… 「 美味しい……。」 入れた途端、口の中一杯に広がるこの甘めのタレ。 もちもちとした食感。 美味しい。なんて美味しいんだこれは!!! 「 ……美味い、か?」 「 ふぇっ!?あ、はいっ!とても美味しいです!」 あまりの美味しさに浸っていると、突然師匠から声を掛けられた。 僕がそう返すと、ふっと優しい顔になって、笑った。 こんな師匠の顔、凄く久しぶりに見た気がする。 「 これはなんて云うお菓子なんですか?」 そう師匠にたずねた。 「 ……。」 ゆっくりと師匠の口が開かれる。 「 『みたらし団子』だ。この店で一番美味い。それに――」 「 この店の原点。」 スゥッとドアが横にスライドされ、先程の綺麗な声と綺麗な姿が現れた。 優しいその笑みに、ドキドキが、止まらない。 「 ごめんなさいね、お店のほうがちょっと忙しくなって遅くなってしまって。 気に入っていただけたのかしら?」 ゆっくりと歩いてきて、すっと僕らの斜め前に座られた。 「 はっ、はい。とても美味しかったです。」 なんだか気恥ずかしくて、下を向いてしまう。 今までに幾人もの師匠の恋人さんや愛人さんとお会いしたけど、そのどの人達よりも……。 「 ふふ、ありがとう。えーっと、何・君、かな?私は と云います。」 あ、自己紹介まだだったっけ。 「 あ、えと、クロス=マリアン神父の弟子、アレン=ウォーカーと申します。」 ぱっと顔を上げると、さんと眼が合った。 するとにっこりと笑いかけてくれて。 今の、今の笑顔だけは、僕だけに向けられた笑顔だと思っても良いよね。 綺麗過ぎて、ドキドキが止まらない。顔が、熱い。 「 アレン君、ね。素敵な名前ね。 あ。お茶、口に合わなかった?ごめんね、苦かったかな。」 さんの顔が曇った。僕が一口しか飲まなかったカップを見つめて。 「 い、いえ!そんな、あの……。」 苦かったのは事実だ。だから、言葉が出てこない。 くそ、僕のせいで。さんに申し訳なさそうな顔をさせてしまった。 「 コイツがお子ちゃまなのが悪いんだよ。いつ飲んでも、が淹れてくれる茶は美味い。特別にな。」 横からさらっと、師匠がフォローを入れてくれた。 その言葉を聴いて、さんは照れた様に笑っている。 そんな姿が亦可愛過ぎて。 でも。 眼の前で仲良く話している二人を見て、少し疎外感を感じてしまった。 師匠がフォローを入れるなんて珍しい。 いつもは『オレが聖典だ』みたいな態度しか取らないのに。 それに未だ、一度もさんに触れていない。 いつもなら、会ってすぐにでも肩を抱いたりしているのに。 それ程さんは、特別な存在なんだろうか。 「 あ、アレン君。みたらし団子、もっと食べる?今なら焼きたての物が出せるんだけど。」 ふっと、僕に微笑を向けられた。 その仕草一つ一つに、僕の心臓は五月蝿くなる。 「 はい、ぜひ、いただきたいです。」 僕も精一杯の笑顔で答える。 「 そう。それじゃ、すぐに持ってくるわね。」 にっこりと、優しく。 今は僕だけを見ていてくれている。 僕も笑顔で、さんだけを見つめる。 ああ。 この気持ちは、なんだろう。 こんな感じは、初めてだ。 |