一目会ったその女は、オレなんかが如何にか出来るような存在では無くて。
幾重にもガードを張り巡らされていた。
それは物理的にも、精神的にも。
何処ぞの貴族の御令嬢とも、何処ぞの王室の嫡子だとも噂されているが真偽の程は上によって隠されている。ふざけんな。
けど溢れ出る気品は隠しようがないらしく、育ちの良さが丸出しだ。

オレは今までに一度も女に不自由した事は無い。
それはこの先も変わらぬと信じていた。
だのに。
一目会っただけのその女に、酷く心奪われたようで。

一目会ったその日から恋の花咲くこともある
このオレ様が、よもやそんな小説のような体験をするとは……事実は小説より奇なりってか?



The World Is Not Enough.




「 アンタが新しいエクソシストか?」
「 クロス元帥、申し訳ありませんがご遠慮下さい。」
最初は禄に会話すらさせてもらえなかった。
何かというと取り巻きに目の敵のように邪険に撒かれた。
けどアイツが戦場に出る度に、その堅く分厚いガードも解かれていった。
それは物理的にも、精神的にも。

アイツの情報を得る度に、それでもオレは打ちのめされた。
知れば知るほど、アイツは完璧で。オレの付け入る隙がまるで無い。有り得ない程に完璧超人なんだ。

スタイルは非の打ち所が無くパーフェクト。端正な目鼻立ちはモデルすら霞ませてしまう。10人いれば10人振り返るだろう。
じゃあ中身は如何かと問えば、リーバーやコムイ、下手をすればオレにすら引けを取らない博学さ。
料理の腕はあのジェリーを唸らせたとか。
戦闘センスも悪くなく、女だからと侮れない。コムイの話によれば臨界者になるのも時間の問題だとか。
その上、酒や煙草といった嗜好品に対する知識も深く、馬鹿に出来ない。
正にパーフェクトプリンセス。

「 貴方が教団(ここ)に居るなんて珍しいわねクロス元帥殿。」
「 ……なんだ、居たのか。」

だから如何接すれば良いのか解らない。
他の女のようには、扱えねぇんだよ。

この眼に映す事すら至難の業なんだ。
名前を呼ばれるだけで胸が熱くなる、情けねぇ。

「 技術的な事で北米支部に行って欲しいんだけど。」
「 あー?面倒臭ぇ。そのままフけても良いのか?」
「 構わないよ、出来るものなら。」
「 ああ゛?」
ちゃんを同行させるから。」
「 ……オレに対するサービスか、お前にしては気が利いてるな。」
「 どうせ何も出来ないくせに。彼女をキズモノにしたら、解ってるよね?
 きっちり責任取ってもらいますから。」
「 ほざいてろ。」
コムイにバレてるなんて、流石年の功とでも言えってか?冗談じゃねぇ。
アイツと任務だ?
如何すりゃ良いんだよ。いくらアクマとの戦闘じゃないとは言え……。
なんてネガティブに考えるのはオレらしく無いか。
例え未だアイツの瞳にオレが映っていなくても、これから映させれば良いだけの話だ。
……それが簡単に出来ればこんなに悩まねぇっつーの。


本当はその細い肩を、小さな体を抱きしめたい。
そっと側で、抱きしめたい。
「 轢かれる。」
「 えっ!?」
「 …………危ねぇぞ。」
だけどそれが出来ないから、仕方無く誤魔化すんだ。言葉少なに、抱き寄せた肩もすぐに手を離して。渋々な。恥ずかしくて顔も見られやしねぇ。
照れ隠しなんて、柄じゃねぇよ。
完璧超人のくせに、少し抜けてるなんてなんだよ。
どんなにパーフェクトプリンセスだ。余計に惹かれるだろうが!
つまらんなんて顔するな、何を話せば良いか解んねぇんだよ。
会話が続かねぇんだよ。

「 ……お、パブがあるじゃねぇか。」
何を話せば良いのか解らない。情けないが素面だと顔すらまともに見られやしない。
だから目敏くパブなんかを見つけちまうんだよな。
「 駄目よ、未だ任務途中なんだから。」
止めた足が動かない。隣で少し怒っているアイツの顔も見られない。
なんて、オレは子供(ガキ)かっての。
ツンと引っ張られる感覚。
横目で盗み見れば、アイツがオレの服の袖を摘んでいる。
「 ちょっと寄るだけだ。」
「 貴方のちょっとはちょっとじゃないじゃない。行くわよ。」
ヤベェ、クる。
少しむくれた顔も綺麗だなんて言えねぇよ。
っと、アイツの顔が上がる。見惚れてたなんて感付かれたら面倒だ。誤魔化すようにパブを見やれば、アイツの手に繋がる袖がより引かれる。
そんなに呆れんなよ。アルコールが入れば未だましになるぜ?多分。だから飲ませてくれよ。
嗚呼、オレの気付け薬…………。

発展途上な土地では往来の人々と比例して街角に立つ人間の数も増える。
それは女だけじゃなく年端もいかない子供や、中には男も居る。あれなんて拾った頃の馬鹿弟子と同じくらいじゃないのか?
何時でも何処でも、世界は喜劇の中の悲劇で満ちてる。
素面でなんか、やってられるか。
ん?
待て待て、アイツが握る手の力が弱まってないか!?
あまりにも大人しく付いて歩き過ぎたか?
もう手を放しても大丈夫とか思われてんのか!?
暢気に煙草なんか吸ってる場合じゃねぇだろがこのダボ!なんとかしねぇと!!
「 ストリート-エンゼルが 」
「 任務中。」
よしよし、振り返ってオレが居るのを確かめたな。指先にも力が加えられた。
これで一安心。
……って、志低いなオレ。
如何にか出来ないもんか。今のこの現状も、この関係も。
女なら貴方の目の前に良い女が居るでしょとか言ってくれよ。そうすりゃ合法的に抱けんだろ。
否、アイツがそういう事言うわけ無いけど。
本当は今すぐホテルに直行して掻き抱きたい。赤らめた頬に口付けたい。
正攻法で誘ったって、難無くサラッと交わされんのがオチなんだろ?アイツはオレに興味なんて微塵も持ち合わせて無いもんな。
綺麗に交わされんのが関の山だよな。
だが挑戦せずにはいられねぇぜ。折角2人っきりの旅行なんだからな。
「 ……埃で服が汚れた。風呂に入らせろ。」
さあ、如何出る!?
「 支部に着いたら幾らでもどうぞ。」
瞬殺かよ……いや、流石と言うべきか。
それともちと回りくどかったか?真意が通じて無い?
じゃあ、これで如何だ!
「 それじゃ意味がねぇんだよ。」
オレはお前と入りたいんだよ、!!
「 なによ、コールガールを侍らせたいとでも言うの?」
違ぇよ!オレはお前と入りてぇんだよ!!
素か?それは素で答えてんのか!?
それともオレとは一緒に居たくないとの意思表示か!!?どっちだ!!
「 はっ、そうだよ。流石鋭いな。」
「 それは経費で落ちないのよ、お酒で我慢して頂戴。」
「 仕方ねぇな。」
最早自嘲の念しか出てこねぇよ。
経費で落ちねぇんだったら経費の掛からない私で手を打ちなさいよくらい言ってくれよ、頼む。
そんなにオレは男として魅力が無いか?
女遊びと酒は男の甲斐性だろ?辞めろっつうなら女は辞める。アイツが居るなら他の女なんか意味も価値も無い。
なあ、オレの何が悪いんだ?言葉にしてくれねぇと解んねぇよ。

「 何時まで引っ張ってるつもりだ。型崩れするだろう。」
そんな所じゃなくて、手を握ってくれよ。手を繋いで、離さないでくれ。オレもしっかりと握って、逃がさねぇよ。
アイツの肌に、ぬくもりに触れさせてくれ。
「 支部に着くまでよ。雲隠れでもされたら私が怒られるんだから。」
「 一緒に雲隠れすりゃ良いだろ。」
「 馬鹿な事言わないで。」
誰がアイツを怒れるか。誰がアイツに意見出来るか。しようものなら抹殺されるだろ、このオレに。
馬鹿な事なんて言ってくれるな、オレは本気だ。
アイツが隣に居てくれるなら、世界も何も、他には何も必要無い。総てを捨て去れる。
例えオレもアイツもエクソシストであっても、邪魔する者はデブでも機械でも官庁でも誰であろうと排斥してくれる。
世迷い言なんかじゃ無い。それだけオレにはアイツが必要なんだよ、
「 ……だったら、」
「 なによ。」
再び足を止めたオレを不審がってアイツが振り向く。
そんな何気ない動作すら画になるな、なんて。
タイミングは、今此処しか無いだろ?
「 せめてその手で、しっかりと掴んでおけ。」
自然だよな?不自然じゃないよな?この流れで手を握っても、可笑しくないだろ?
突然の事に驚いた顔すら綺麗過ぎる。他の誰にも見せたくない。
「 なっ、ば……て………!」
馬鹿なんて言ってくれるな。出逢った瞬間からそうなってんだよ。
頼むから、振り払ってくれるなよ。
「 早く支部に行って酒飲ませてくれんだろ?」
無論酌をするのは他でもない
「 立ち止まってんならパブに寄るぜ?」
パブの女じゃ満足出来ない
「 っ馬鹿言わないで。お酒を与えるのは任務が終わってからよ!」
そうオレを叱責する、アイツだ。
「 解ってる。」
アイツの言葉だから、アイツだから我慢も理性も利かせられる。
……否、強引に出来ないだけか?
いつもと違い、少し崩れたアイツの顔が忘れられない。オレでも意表を突く事は出来るんだな。
背けられた顔に、胸が詰まる。
それでも繋がったままの手と手を見つめ、安堵の溜め息と共に紫煙を吐き出した。
嬉しくて、このまま掻っ攫ってしまいたい。
歩き出すアイツの髪が風に揺れ、繋がった手が糸を張るように伸びる。
刹那的に、手放すまいと指先に力を籠めたが、オレの心の中はバレてないよな?

「 疲れた。未だ着かねぇのか。」
「 もう少し我慢しなさいよ。」
本当は疲れてなんかいない。唯会話をしたくて、少しでも共に居たくて。
少しでも、長く。
「 其処にモーテルがあるなぁ。」
「 駄目よ、今日中に支部に着くんだから。」
「 良いだろ。」
「 駄目なものは駄目なの。それにコールガールは連れ込ませないわよ。」
その女性にお前自身は含まれてるのか?
オレが抱きたいのは、触れていたいのは、お前だけだ
解ってるのか?
「 堅い女だな」
「 悪かったわね。」
「 相変わらずは。」
その言葉に、アイツの足が止まった。
どの言葉に反応したのか解らない。
だが振り返ったアイツの顔は、少しだけ、ほんの少しだけだが、笑っていた気がする。



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