富も地位も名声もある。 大抵の事は思い通りに運ぶ。 誰も私に逆らえない。 誰も私の邪魔なんて出来ない。 誰も私の存在を否定出来やしない。 なのに。 「 クラウド、お前は相変わらず良い女だな。」 「 お前は相変わらずどうしようもないな。」 アイツは私を見ない。 「 コムイの妹、リナリーか。良い女になったな。」 「 そんな、クロス元帥!」 アイツは私を見ようとしない。 「 ミランダ・ロットー?なかなか良い女じゃねぇか。」 「 師匠、いい加減にして下さい。」 アイツは私をその眼に捉えはしない。 どうして? 私には富も地位も名声もあるのに。 アイツが望む物は何だって買ってやれるのに。 アイツの好きな物だって調べて詳しくなったのに。 |
「 貴方が教団に居るなんて珍しいわねクロス元帥殿。」 「 なんだ、居たのか。」 アイツは私を、視界の端ですら捉えない。 酔っ払ったその鈍い光を宿す眼球に映さない。 私はこんなに努力しているのに。 釣り合うようにと美容に人一倍気を付けてる。体型だって捨てたものじゃない。 出るとこは出て引っ込むとこは引っ込んでる。それをずっと維持して昇華させてる。 10人いれば8人は振り返るだろう。 それにお酒の知識だって付けた。すぐに倒れないように鍛えもした。 料理だって修行して、ジェリーに美味しいと言わせるまでの腕になった。 大学の博士号だって取得してる。馬鹿な女は見てられないでしょ? イノセンスの適合率だって悪くない。臨界者になるのも遠くない筈。 だから戦闘だって慣れたわ。助けられたり足を引っ張ったりはしないのよ。 戦場に於いて弱い人間なんて邪魔なお荷物以外の何者でもないでしょう。 なのにどうして、アイツは私を見ようとしないの? 世界が放っておかない私を見てくれないの! 「 ちゃん、悪いんだけど任務に就いてくれないかな? ちゃんが適任なんだよね〜。」 「 構わないわよ。」 「 クロス元帥と北米支部に行って欲しいんだ。」 「 ……は?」 「 クロスの事を頼めるのはちゃんくらいだからね、ヨロシク頼んだよ。」 私に頼むより、妹のリナリーやミランダに頼んだ方が手綱を握り易いんじゃないの?アイツは女性に弱いんだから。 どうしてアイツの面倒を見るのが私が適任なんだか。 アイツは私をその瞳に映さないというのに。 「 轢かれる。」 「 えっ!?」 「 ……危ねぇぞ。」 急に肩を抱かれたと思ったら。 すぐ横を馬車が勢い良く通り過ぎて行った。 どうしよう、顔から火が出そう。 アイツはもうそっぽ向いてるけど。肩を抱いた手も離れてしまったけど。 そんな事されたら、諦めた心が再び燃えだして、惹かれるでしょう。 嬉しくて、緊張してしまうわ! 「 お、パブがあるじゃねぇか。」 「 駄目よ、未だ任務途中なんだから。」 「 ちょっと寄るだけだ。」 「 貴方のちょっとはちょっとじゃないじゃない。行くわよ。」 往来で立ち止まったアイツの服を引っ張ると、恨めしそうにパブの中を窓越しに見つめ、引き摺るようにして足を動かす。そしてカウンターに腰掛けるウェイトレスに手を振った。 ほら、私なんて見てないじゃない。こんな私が如何して手綱を握れよう。コムイ室長は私を馬鹿にしているの?ボクの妹と違ってキミには女性としての魅力が無いんだとでも言っているの? 「 ストリート-エンゼルが」 「 任務中。」 埃っぽい道を歩いていると、ふと煙草の匂いがした。 少し振り返るとアイツは面白くないといった顔で煙草を吸っている。 「 埃で服が汚れた。風呂に入らせろ。」 「 支部に着いたら幾らでもどうぞ。」 「 それじゃ意味がねぇんだよ。」 「 なによ、コールガールを侍らせたいとでも言うの?」 「 はっ、そうだよ。流石鋭いな。」 「 それは経費で落ちないのよ、お酒で我慢して頂戴。」 「 仕方ねぇな。」 そう言って煙草の灰を風に乗せると、アイツは言葉を閉じた。 なによ、女なら此処に居るじゃない。良い女が目の前に居るじゃない。 お前で手を打つかくらい言っても良いじゃない! そんなに私は魅力が無いとでも言うの? でも……じゃあ、如何すれば良いのよ。これ以上、何をしろって言うのよ。 言葉にしてくれないと解らないでしょ!! 「 何時まで引っ張ってるつもりだ。型崩れするだろう。」 「 支部に着くまでよ。雲隠れでもされたら私が怒られるんだから。」 本当は手を繋ぎたい。アイツを逃がさない為に。 アイツの肌に触れたい。触れて、そのぬくもりを知りたい。 「 一緒に雲隠れすりゃ良いだろ。」 「 馬鹿な事言わないで。」 そんな嬉しい事言わないで。期待してしまうじゃない。 本当は何もかもかなぐり捨ててアイツの側に居たい。出来るなら一緒に生きていきたい。 だけど私はエクソシスト。そんな甘い世迷い言なんて吐けやしない。 「 だったら。」 「 なによ。」 動かなくなったアイツへと振り向くと同時に手を払われた。 そして、 「 せめてその手でしっかりと掴んでおけ。」 優しく強い、ぬくもりを感じた。 「 な……ば……て…………!?」 「 早く支部に行って酒飲ませてくれんだろ?立ち止まってんならパブに寄るぜ?」 「 ばっ馬鹿言わないで。お酒を与えるのは任務が終わってからよ!」 「 解ってる。」 そう言って笑うアイツは紫煙を風に運ばせる。 揺れる赤毛に、胸が高鳴った。 恥ずかしくて、でもとても嬉しくて泣いてしまいそう。 誤魔化すように背を向けて歩き出せば、繋がった手が伸びてアイツの手に力が籠められる。それはまるで手放すまいとしているかのように。 「 疲れた。未だ着かねぇのか。」 「 もう少し我慢しなさいよ。」 「 其処にモーテルがあるなぁ。」 「 駄目よ、今日中に支部に着くんだから。」 「 良いだろ。」 「 駄目なものは駄目なの。それにコールガールは連れ込ませないわよ。」 「 堅い女だな」 「 悪かったわね。」 「 相変わらずは。」 その言葉に、足が止まった。 |