言葉、ウ





神父様ファーザー  おはようございます。」
「 おはようございます、神父さまファーザー。」
「 おはよーございます、しんぷさまーファーザー。」
「 おはよう、神父さんファーザー。今日も良い天気だね。」
「 あっ、神父さまファーザー)おはようございます。今日はクロワッサンがうまく焼けたんですよ。ほら。」
神父さまファーザー、おはよう!」
「 おはよう、神父さまファーザー。」

「 おはようございます。」

からりと晴れた気持ちの良い朝。
街を歩けば人々から明るい声が掛かる。
温かく優しい、朗らかな街だ。
私は両手にパンや花や果物を抱え、日課になりつつある街の巡回をしていた。


私の名前は  
職業は エクソシスト。アクマ退治専門の聖職者クラーヂ
と、されている。
『されている』と云うのは、私が望んでそうなったからではないからだ。
いつだったか、機械仕掛けの物体に襲われそうになった時。
と、話すと長くなるので止めておこう。
取り敢えず私の云うアクマとは、一般的に云われているモノとは違う。誰だったかトチ狂った奴が創り出した、人間を殺戮していく悪性兵器。
それを専門に破壊と云う救済をしていくのが、私達エクソシスト。イノセンスと云う結晶に選ばれた神の使徒。
……
神を信じていない私が云っても、なんの説得力もないけれど。
そんな訳で私は、強制的に聖職者へと就かされている。
まっ。
聖職者なら喰いっぱぐれる事もないし、エクソシスト総本部、『黒の教団』の名を語れば大抵なんだって如何にかできるから。結構便利といえば便利。
そうそう。
云っておくと私は女だ。
だから本来ならば修道女さまシスターと呼ばれる筈なんだけど。
教団の黒いコートに黒いズボン、髪はセミロングで中性的な――と云われる――顔立ち。身長もそこそこあったり。
しかも今ちょっと風邪気味で声が低くなっている。
そんな要素が重なって、神父さまファーザーと呼ばれてしまっている。
イチイチ訂正するのも面倒なので、そのままにしている訳だ。
『聖職者としてそれはどうなんだ』とか突っ込まれそうだけどね。


すれ違いざま、街の人々と挨拶を交わす。
歩みを進めるにつれ、私の両腕には物が増えていく。
……
うん、バランス取るの難しいよ。
しかも両手塞がってる状態でどうやって教会の扉を開けろと?
ふわふわと、風が髪を揺らしている中、私はボー然と考える。

 キイイィィィィ―――
ゆるやかな軋み音を立てて教会の扉が開いた。
「 あ、さんおかえりなさい。」
にっこりと笑って私を出迎えてくれたのは、この教会の神父サマ。
背が高くて顔も整っていて、神父にしておくのは少し勿体無いと思う。
なんて云えば、バチが当たるのだろうか。でも、そう思ってしまうんだ。
「 ただいま、です。今日も沢山戴いちゃいました。」
そう云って、両手で抱えている頂き物を見せる。
「 あははは。さんは、おもてになられるからですよ。街の人達がさんを受け入れている、何よりの証拠ですよ。」
そう、優しく笑って、中へと招き入れてくれる。


私は今、この教会にお世話になっている。
寝起きと食事、此処を拠点に活動をしている。
活動と云うのは、イノセンスの情報集めと回収、それにアクマ退治。
本来ならばそういった事は教団本部の大元帥から室長を通して課せられるのだけど。
面倒臭くてここ数年教団と連絡すら取ってないからなぁ。無線ゴーレムも壊されたまま修復してないし。
だから、好き勝手させてもらってる。
ま、一応お仕事はこなしてるし、(今のところ)文句も云われてないから良いや。


「 この街の方々は皆、気さくで優しい方ばかりで。私としても、とても気持ちが良いです。
 それになにより、リーランド神父が私達『黒の教団』のサポーターをして下さってるから……。
 色々と良くして頂いて、本当にありがたいです。」
にこりと、いつの間にか身についた営業スマイルと共に言葉を吐いた。
前半は本音だ。
この街の人々はとても優しく素敵。街の雰囲気も穏やかで良い。
その事を想うと自然と笑みがこぼる。
問題は、後半。
別段やりたくてやっている仕事ではない。ほぼ強制だ。私に拒否権などなかった。
だけど生きる為に面倒臭いながらもやってきた。
そんな人間が善意の気持ちで、支援してくれる人間に礼などを云うだろうか?
否、云わない(反語)。
サポーターなんて、私からすればお人よしで利用価値のあるモノに過ぎない。
まぁ、支援する事自体は素晴らしいとは思うけど。頭も下がるよ。
けど、何を好き好んで?と思ってしまう。
何か下心があるんじゃないか、とか。サポーターのふりをしたブローカーではないかとか。まぁ流石にそれは未だ見た事ないけど。

「 ああ、そうだ。」
リーランド氏がモーニングティーを私に差し出しながら、何かを思い出した物云いをした。
「 今朝、たった今し方届いたところなのですが、封書が一通届きまして。
 『黒の教団』関係者からの様なのですが。」
ごそごそと、氏は胸の内ポケットから一通の封筒を取り出し、私へと差し向けた。
受け取ってみると、宛名は此処の教会となっている。未開封だ。
何故そんな物を私に渡したのか、不可解に思い氏の顔を見上げる。
「 僕宛てなのかさん宛てなのか判らなかったので、そのまま開けずに待ってました。どうぞ、開けてみてください。」
にこりと微笑みながら、それでもその眼は真剣なそれだ。
言葉と共にペーパーナイフを差し出されたので、それで封を切る。
能く見ると、封筒は少しくたびれている。
「 あ。」
中から便箋を取り出し二つに折りたたまれたそれを開くと、其処にはいつかどこかで見た気がする文字が並んでいた。
「 どうかしましたか?」
酷く間抜けな声が出てしまった私に、リーランド氏は真剣な眼差しを向けるばかりだ。
「 いえ……。」
濁した言葉を吐き間を繋ぐ。
急いで下へと視線を落とし、差出人の名を確かめる。

ああ。
やはり、か。
そうでない事を祈っていたが、その祈りは届かなかった。
これが神を信じない結果かと、笑えた。
嘘、笑えない。
冗談ではない、この手紙を寄越した人間となんか会いたくない。
中身を読まず、氏へと封筒と便箋を押し渡す。
「 如何やら私へではなく、此方の教会へのようです。詳しくは見ていないので、御自分の眼でお確かめ下さい。」
端から、私宛だとは考えていなかった。
リーランド氏や他の教会職員が教団へ連絡しない限り、私の所在は不明なのだから。
しかし氏や職員が教団へ連絡した素振りや気配は微塵も無かった。
だから、私宛てな筈はない。
先程差し出されたモーニングティーに、私は手をつける。

「 ……そうですか。」
リーランド氏の声が聞こえた。
そちらへ顔を向けると、氏は読み終えたのか便箋を封筒に仕舞っているところだった。
私の視線に気付き、氏は微笑みながら私が戴いてきたクロワッサンを薦めてくれた。
「 冷めないうちにどうぞ。」
いつでも笑みを絶やさない人だ。神父とはこう在るべきなのか。
「 ありがとうございます、頂きます。」
軽い会釈をし、お皿を貰い受ける。
クロワッサンは、温かかった。


奴から手紙が届いた。教会に手紙が届いた。
あまり足跡を残さないあの男が、手紙を教会へと寄越した。
これはきっとそうだ。
十中八九。
奴は此処に現れる。
正直遭いたくない、あんな―――人を莫迦にした態度しか取らないあんな人間になんて。
  コンコンコンコン――
「 失礼します。」
ドアをノックする音と共に、一人の修道士がやってきた。
「 おはようございます、セイジ神父、神父。」
ペコリと一礼をし、此方へと歩み寄る。
やはりと云うべきか、とても礼儀正しい。
「 おはよう。どうかしましたか?」
リーランド氏は飲んでいたモーニングティーをソーサーの上へ置き、修道士へと向き直る。
私はにこりと笑っただけで、食事をしながら静観する事にした。
「 はい。あの、それが、一人の男性が教会へ来られまして。
 ご用件をお聞きしたところ、セイジ神父に話は通しているとおっしゃられまして……。」
そう云う修道士の眼は、ちらちらと私を捉える。
「 どのような方ですか?」
氏は尤もな質問をする。
「 はい。
 それがその……神父と同じコートをお召しになられていまして。
 赤い髪に帽子、顔は半分程仮面に覆われています……。
 セイジ神父、お話は伺っておられますか?」
迷える子羊の様に震えた眼ですがる様は、気の毒でならなかった。きっとあの男に、酷い物云いをされたのだろう。
ああ、そんな君に、アーメン。 
「 ええっと、それはその……。」
氏は言葉を濁し、困惑の色を一杯にして私を見返る。
そりゃそうだ。
今し方、件の男からの手紙を読んだだけだ。その男の容姿など判る筈もなく。
「 安心して下さい。そのお話しなら伺っております。どうぞ、教会の中へ招いて、待たせておいてくださいませ。
 すぐにリーランド神父も向かいますから。」
にっこりと、ありったけの笑顔を2人へ向けてやる。
取り敢えず、安心させてやらねばと、本能がそう告げたから。
「 は、はい、判りました。すぐに行って参ります。」
少しの間を空け、修道士は『失礼しました』と一言残し、一礼をして出て行った。
相変わらず、礼儀が良い。誰かさんにも見習わせてやりたい。

「 あの、さん……。」
遠慮がちにリーランド氏は声を掛ける。合点がしたようなしていないような、複雑な顔をしたまま。
私はナフキンで手と口を拭き、最後のモーニングティーを躯へと入れる。
「 今来た男が、その手紙を寄越した男です。
 安心して下さい。
 妙な出で立ちですが、決して不審者ではありません。私と同じく、エクソシストです。
 それも、私達の様な平のエクソシストの師であり束ねる、元帥です。
 何か申し入れをしてきましたら、可能な限りで結構です。お力添えをお願い致します。」
深くこうべを垂れ、にこりと笑みを添える。
「 あ……さんがそこまで仰られるならば、勿論です。
 そもそも此処は、その様な事の為に在ると云ってもいい所ですし。
 いや、いきなりの事で、少し戸惑ってしまって。」
あははと苦笑いをもらす。
「 全く、その通りです。手紙が届いたその日に来るだなんて、非常識もいいところです。
 それでは、私はこれで。」
立ち上がり、裏口へと通じる廊下へと足を向けた。
「 え、さんは、会われないのですか?
 折角エクソシストの方が来られたのですから。積もる話もありましょう、僕達の事は気にせず、どうぞ。」
にこにこと、屈託の無い笑顔でそう云ってくれる。
……否、確かに他のエクソシストなら会うだけは会うけど。
この男だけは躯の総てが拒むのですよ。
「 いえ、時間も時間ですし、外が気になります。戻ってきた時にでも、話は出来ますよ。」
と、口から嘘800を並べ立てる。今日は戻ってくるつもりないし、念のため。
「 そうですか?それじゃ、僕は行ってきますね。さんも、お気を―――」
「ちょっ!待ち下さい!勝手に行かれては困ります!!」
「じきにリーランド神父が参りますので、申し訳ありませんがあちらの長椅子でっっ……!!」

教会の方からの騒がしい声が、リーランド氏の声を掻き消した。
「 騒がしいですね、何事でしょうか。」
疑問の色を浮かべ、リーランド氏は教会へと続くドアを見つめる。
「 それでは、私はこれで。」
再び、同じ言葉を吐き、私は裏口へのドアへと近づく。
判ってしまったのだ、この騒ぎの原因が。
きっと、修道士の誰かが私の名を奴に云ったのだろう。
それを聞いた奴が周りの静止を蹴散らし、こちらへ向かっている。
だから。
だから、一刻も早く・速く、この場から去らねばならない。
ドアまであと、数メートル。
  ゴッ バッタンッッ
なにかが盛大な音を立てた。

っくそ、間に合わなかったのか!?否、未だ、未だ大丈夫だろう!!
「 よぉ、久しぶりだな、。」
この言葉で、この声で。
私の願いは虚しくも宙へと舞って消滅した。    






継→