重い沈黙が圧しかかる。 テーブルを挟んで眼の前には、赤髪の仮面男が。 居るのみだ。 この男は、エクソシスト元帥という地位と自らが発するオーラにより、教会の者をこの部屋から一人残らず排斥したのだ。例外は無く、勿論の如くリーランド氏をも。 てめ、氏に用が有ったんじゃねぇのかよ。 先程の盛大な音は、足でドアを蹴破った音だった。 ドアは修復される間も与えられず、可哀想に壁に立てかけられている。 ああ、ドアと私よ、アーメン。 「 。」 ゆっくりと、沈黙を先に破ったのは赤(以下略)男だった。 「 久しぶりだな。元気にしていたか?」 どこかその声は、嬉しそうでもあり、楽しそうでもある。 私は押し黙り、躯を小さくして斜め下を見つめる。 リアクションなど、してやるものか。 「 どうした。久しぶりの突然の再会、嬉し過ぎて一言も発することが出来ない、か? 相変わらず、可愛い奴よ。」 ふっと、視界が暗くなった。 次の瞬間。 激しく脳と躯が揺さぶられた。突然すぎる。しかし注意を怠っていた筈はない、ありえない。 この男、無音、無気配で移動しやがったな!!! 「 久しぶりだな、。」 荒々しく私を抱き寄せた男は、少し満足気だ。 普通ならば此処で、抵抗するなり声を出すなりするだろう。 しかしそこは私。 先程から一貫して沈黙を守る。視線も動かさない。飛び跳ねた心拍数も、徐々に落ち着きを取り戻している。 「 。」 より強く、抱きしめられる。 私がリアクションを見せないのが気に喰わないのだろう。しかしそうそう、相手のペースになど落ちてやる私ではない。 「 いつまでそうしている気だ?温和なオレも、怒るぞ?」 じりじりと、締めていた力を解き、躯と躯を少し離す。 と云うか、誰が温和だって? 「 。」 私の名を呼ぶ声に、哀愁が漂う。 憐れ、元帥ともあろうお方が。 「 っ!?」 顎に手が触れたかと思うと、即座に上を向かされた。 視線が重なる。眼が、合ってしまった。 こうなってはもう、眼を逸らす事は出来ない。それは負けを意味するから。 「 可愛さに、益々磨きがかかった、か。暫く逢わないうちに、随分可愛く、綺麗になったな。」 しげしげと、仮面と帽子の隙間から私を見下ろしてくる。 「 どうした、抵抗しないのか?」 口元を緩めたまま、私の顎に掛けた指、親指の腹で頬を撫でる。 勿論もう片方の腕は、私の腰に廻されており、ガッチリと掴まれている。 吐き気がする程、めまいがする。 頗る気分が悪い。 ああ、なんか助けてくれないかなぁ、私を。 などと思いながらも視線は外さない。これは一種の根競べだ。 この状況を、どうしようか。 「 。」 再び、名を呼ばれた。 「 そんなに見つめられると、オレも我慢が出来なくなってしまう……。」 云うが早いか、赤(以下略)男の顔が此方へと。 迫って―― 「 !!?」 ドゴッッ 鈍い音が、コンクリートの部屋に響いた。 「 お……おう。相変わらず、良い……ニー、だ……。」 どすりと、重い音を立てて男は膝から崩れ落ちた。 否、私がそうさせたんだけどね。 いかんいかん。 顔が近づいてきたから、パブロフの犬よろしく膝を入れてしまった。 リアクションを起こしてしまった、か。私も未だ未だだな。要精進と云った処か。 「 そっちこそ、相変わらずね。世の女性は総て自分になびくとでも思ってるの? そもそも私は貴様と同じエクソシストなんだから、甘い言葉を吐かれても何も出さないわよ。」 ふんと、鼻を鳴らす。 「 やっと、声を……聞かせてくれたか。麗しい、その声を……。」 悶絶したままで、この言葉を綴る貴様にカンパイだ。 おーい。 貴様の頭の中はどうなっていますか。 「 ……その状態じゃ、ナニを云っても様にならないよ、マリアン。」 はぁと、溜め息が漏れた。 軽く眼を瞑る。やれやれだ。 「 やっと名を呼んだか。 しかし。 マリアンでなくクロスと呼べと、何度云えば判るんだ?。」 躯が揺れたと思ったら。 再び私はマリアンの大きな腕に包まれていた。 先程とは違い、優しく、だったが。 「 ……悶絶してたんじゃないの……。」 吐き捨てるように言葉を紡ぐ。 ああ、なんか助けてくれないかなぁ、私を。 「 あれしきの事。以外の女性を見ていた事への罰だと思えば、微塵も痛くない。」 ハハハと笑うが、どこか無理が見える。 「 離して。」 素直に、今の気持ちを伝えてみた。 「 髪、切ったのか。今の髪型も似合っているが、オレは前の方が好きだな。」 私の髪に、さらりと触れる、マリアンの右手。 「 触んな。放して。」 更にストレートに伝えてみた。 「 厭よ厭よも好きのうち、か。」 ヲイ、なに納得してんの。 「 マリアン。」 「 。 口付けて良いか?」 酷く真面目な声で、何を云いますか何を。 「 もう一回、蹴り上げられたいの?」 にっこりと、笑みをくれてやった。 「 なんでも良い。もっと深く、お前を感じたい。だから。」 「 エロ親父か、貴様は。まさか底まで落ちぶれていたとはね。笑えるわ。」 言葉を遮り、怒りをあらわにして睨む。 「 出直してらっしゃい。」 仮面とは反対側の、マリアンの素肌にそっと右手を触れさせる。 「 ……?」 私の突然の行動に驚いたのか、微かに声が揺れた。 「 ――この世にはね。 口付けよりも甘い握手があると私は思ってる。 マリアン。 貴方は、どう?」 先程された様に、今度は私が親指の腹で頬を撫でてやった。 赤(以下略)男は、唯黙って私の行為を受け入れている。 「 無言は肯定かしら?まぁ、どちらでも私には関係ないわね。好い加減、放して。」 少し力を入れて押すと、思いのほかすんなりと躯が放れた。 「 それじゃ私はこれで。リーランド氏に、あまり無茶は云わない様に。 行く先々で、貴方の噂を耳にするわ。ほどほどにね。」 左手で赤(以下略)男の左肩にポンポンと2度触れて、すれ違い部屋を出た。 ああ、もう。 なんか助けてくれないかなぁ 私を。 |