突撃!隣の人は熱☆病人  神田 ユウ の場合






 ッ、たっだいま帰還致しましたあっ!!」
ぷはっ、と息をひとつ吐き出して、私は声を張り上げた。
エクソシストの総本部・黒の教団は、なにを考えてか断崖絶壁と云う辺鄙な所にある。所謂『自然の要塞』って感じ。
多分外部の者の侵入を阻む為なのだろうけど、此処に籍を置く者にとっても、非常に厳しい環境。
いやまぁ、地下水路という手段もある事はあるんだけど……何故か私はこの崖を登るのが好きで。
大抵任務から帰還する時は、一人でせっせと登っている。
そして。
「 よっ、アレスティーナ=ドロエ=ギョナサン=P=ルーボーソン=ギア=アマデウス5号、通称アル!久しぶり。
 それじゃ早速検査よろしくね。」
「 おうよ、
 まぁ、アルって呼んでるのはくらいだけど。
 X線検査開始!」
アクマのウィルスに感染していないかのチェックを受ける。
つまり、私がアクマになっていないかどうかを調べる訳で……。
でも、私には死者の世界から、例え禁忌であろうと呼び戻したいと願う人なんて、居ないんだけどなぁ。
「 終了、異常無し!と云う事で、通って良し。」
なんて考えてると、アルからのO.K.が出されて開かれた。
「 ありがとう、アル。」
ぽんと触れて、私は門をくぐる。
『 おかえり。』
、おかえりー。』
その時、周りを飛ぶゴーレムからリナリーとリーバーちゃんの声が聞こえてきた。
私はゴーレムに向かってにっこりと微笑み、一言ただいまとだけ伝えて走り出す。

2分後。
「 たっだいまー!」
バッタンと大きな音を立てて科学室のドアを開け中へと飛び込む。
「 おかえり。」
笑顔と共に私を迎え入れるサラウンド。
つられて私も笑顔になる。
「 リーバーちゃん、コムイは?」
きょろきょろと周りを見回すと、リナリーは皆にコーヒーを配っていたけど、コムイの姿は何処にも無かった。
なのでリーバーちゃんの傍に行きコムイの所在を確かめる。
コムイが科学室に居ないなんて、珍しい。
「 コムイ室長なら司令室に居ると思うぜ。」
ガリガリとペンを滑らせながら声だけが返される。
リーバーちゃん、忙しいのは判るけど、せめて顔くらい見せてくれたって……。
「 そっか、ありがとっ。」
ぽんとリーバーちゃんの肩を叩いて、私はコムイの居る(であろう)司令室へと走った。

「 それじゃ、イノセンスではなかったんだね?」
「 うん、残念ながらね。」
と、私が渡した報告書を読みながら、落胆した声でコムイが話すので、苦笑混じりに返してしまった。
「 そう……。
 うん、いやぁ、ごめんねぇ。ありがとう、お疲れさまちゃん。」
暫くなにかを考えていたコムイは、眉根を寄せて複雑に、それでも優しく笑って私をねぎらう。
「 ううん、楽しかったから大丈夫だって。」
コムイがなにを考えていたかなんて、なんとなく判る。
だから、なんて声を掛ければ良いのか判らなくなってしまう。コムイが悪い訳じゃないのだから。
結局、笑いながらこう云うしか出来なかった。
気の利いた台詞のひとつも云えない自分の無力さに、笑ったのかもしれない。
それでもコムイは笑ってありがとうと云ってくれるから、少しは―――――
「 あ、そうそう。」
突然、コムイは書類で埋め尽くされた机の上をガサガサと漁り出し、ある書類を取り出した。
その時、眼鏡が怪しく光ったと思ったのは、私の気のせいだろうか?
「 悪いんだけど、コレを神田くんに渡してくれないかなぁ?」
「 …………はい?」
ピラピラと顔の前で書類を左右に振りながら、にこやかに微笑むコムイ。
たくらんでる。
きっとなにか企んでるよこの人。
どうして神田に渡す書類を私に頼むのさ。おかしいじゃない。
そりゃ私は神田と同い年で同郷で同じエクソシストで部屋も近いけども。
わざわざ渡しに行く事ないじゃん。神田を此処に呼び出せば良いじゃないか。
「 だからぁ、この書類を―――」
「 何故私が?」
そんな事を考えていると、再びコムイが口を開いた。
けど。
最後まで云い終わる前に私が口を開いて割り込んでやったわ。
瞬間、ピラピラと動かしていた手と笑顔が止まった。
「 ここからの帰り道に神田くんの部屋があるでしょう?ついでじゃないか〜。」
のも束の間。亦すぐににこやかに笑って飄々とこう云ってのける。
本当に喰えない奴だわ。
「 それはそうだけど、神田が部屋に居る確証は無いでしょ?
 それなら此処に呼んだ方が早いし確実じゃない。」
「 でも急ぎの用って訳じゃないし、呼ぶほどの事でもないんだよ〜。
 お願い、ちゃん。」
手を合わせてウインクされた。
「 神田くんなら部屋に居るから〜。」
「 だからどうして云い切れるのさ。」
「 ツベコベ云わない!ほら、コレよろしくね!」
「 だあっ!?
 ちょ、ちょっとコムイ!私は未だ引き受けるなんて一言も――――っっ!!」
バッタン。
書類を私に押し付けて部屋から追い出しやがった。
ちょっと待とうよコムイ室長さんよ。
……なんて云ってても仕方無いし、取り敢えず渡してやりますか?
――――――かなり癪だけど。
「 本当に部屋に居るのかよ。」
小さく呟いた独り言は、私の事なんてお構い無しに消えてしまった。

「 神田。神田。」
黒く冷たいドアをコツコツと叩きながら、この部屋の主の名を呼ぶ。
が、返事は無い。
本当にこの中に居るのかと疑ってしまうほどの静寂だけが、この場を支配している。
「 神田、居るの?居ないの?
 コムイから預かってきてる物があるんだけど。
 かんだぁ〜?」
自分でも酷く間抜けだと思う。
返事のないドアに向かって話しかけているなんて。
呆れると云うか、虚しい。切ないよ。
コムイのやろう……!
「 居ないじゃないー。コムイの嘘吐きー。
 神田のバカー。」
「 誰がバカだ。
 ドサクサに紛れて何云ってやがる。」
「 !?
 ……居るならさっさと開けなよ。意地の悪い姑か。」
「 意味判んねぇよ。」
力なく悪態をついていると、不意にドアが少し開かれ中から溜め息と低い声がもれ聞こえてきた。
低いと云うか、擦れているみたいな……。
キィと細い軋み音を立てながらドアが開けられると、其処には当たり前だけど神田が立っていた。
ただいつもと違ったのは―――
高く一つに結い上げられている筈の髪は解かれて流されており、黒い団服(コート)を纏っている筈の躯には寝間着の浴衣が着流されていたのだ。
そして、未だ外は明るいというのに部屋の中は暗くされていた。
「 寝てた?」
「 ……ああ。」
見上げると神田は、いつもの仏頂面で腕組みをして壁に寄り掛かっている。
まぁ、あれだね。不機嫌そうってやつ。
「それで、コムイがなんだって?」
さらりと髪が動いて、神田はいつもより低い声で私に問う。
少し擦れた感じの声が上から降ってきて、不覚にも少し胸が鳴ってしまった。
不自然に思われないように、限りなく自然を装って顔を下に向け、コムイから預かっている書類をすっと差し出す。
「 これ、渡してくれって頼まれて……。」
「 ……。」
神田は無言でそれを受け取る。
ど、どうしよう。
特別話す事なんてなにもないんだけど。もう用も済んだんだけど。
どうしてか、動けない。
「 チッ……あのバカが………。」
「 え?」
ボソッとなにかを云った神田に、思わず反応して顔を上げてしまった。
能くは聞き取れなかったんだけど、今、舌打ち……した?
「 なに……どしたの?」
「 なんでもない。」
今まで神田の顔ってシゲシゲと能く見た事無かったんだけど。
意外と睫、長いんだ。瞳も若干濡れてて……妖艶って感じ?
肌も綺麗だし、透けるような白で。
勿論、顔が整ってるのは知ってたけど、こんな間近で見る事なんて今までなかったしなぁ。
燃える様な紅い頬も……本当にコイツ、男か?
実は白雪姫の生まれ変わりとかじゃないの?あ、目つきは鬼の様に悪いけどね。
でも―――――――――――――――――……ん?
紅い頬?燃える様な、紅い、頬?
え、ちょっと待って。
そういやいつもより声が低かった、よね?擦れてるし。
いつもは壁に寄り掛かったり――しない。うん、しないしない。
瞳が潤んでるのも、もしかして?
そうなの?頬が紅いのもそのせいなの?
「 かっ、神田?」
「 ……なんだ。」
俯いて恐る恐る神田の名前を呼ぶと、いつもの様に面倒臭そうな声が返ってくる。
けど、今日は本当に面倒臭いのかもしれない。
「もしかして、……風邪ひいて、熱……出てる?」
何故だか、胸がドキドキしてくる。
どうして、相手はあの神田なんだよ!?って、そうじゃないでしょ私!!
「 ……出てるが、関係ないだろ。」
「 え?あ、いや、は、あの、うん……。」
や、やばいって。
なに焦ってどもってるのよ。
ちょっと擦れた声が色っぽいとか、そんな事考えてる場合じゃないでしょ!?
「 なんだよ、そのリアクションは?」
「 はっはい!?」
ちょっ……と、待って!
ひ、人の前髪に指かけて上向かせるとか反則!
いやまぁ今までに何度もそうされた事はあったけど、今は駄目でしょ!?
顔が熱帯び始めてるって!
幾ら部屋が暗いからって、バレる無理無理!!
?」
「 なっなんでもないからっ!!」
たまらず神田の手を払ってしまったけど、なんでもない反応じゃないよねこれ。
どどどどどうしよう!!?
「 かっ……」
「 ……か?」
「 かっかっ風邪ひいてるんだったら、寝た方が良いようん。
 すぐ、すぐ、今すぐ。」
って、なにドサクサ紛れに私は払った神田の手を握ってるの!?
「 どうした?大丈夫か?」
「 だい、大丈夫だから!大丈夫だから、うん。
 神田こそ大丈夫?もう寝て良いんだよ?」
「 ああ……。」
な、なにかおかしいよこのテンポ。いつもと違う。
違うというか、恥ずかしくなってきた。無理無理。どうしてか判らないけど、無理。
神田もどうして手、離してくれないの?
「 そ、れじゃあ、コムイの用も済んだし、私もう帰るね?
 あったかくして寝るんだよ。
 おやすみっっ!!」
「 !おい、ちょっ……!?」


無我夢中で自分の部屋に飛び帰ってきた。
未だ胸がドキドキしてる。
そういや今まで神田って、私の事名前で呼んでたっけ?

しんどいよぅ……。
もしかして、神田の風邪がうつったのか、な。
いやきっとそうだ。そうにきまってる。そうに違いない。
誰か、そうだと肯定してお願い!












――――おまけ――――

「コムイ!」
「やあ神田くん。熱はもう良いのかい?」
「どういうつもりだ貴様は。」
「フフ、なんの事だい?」
「とぼけるな!お前から預かってきたと云ってに渡された紙の事だ。」
「ああ〜、うん、アレね。どうだった?上手くいったかい?」
「な ん の こ と だ 。」
「なにって勿論、看病とかしてもらったんでしょ〜?
 熱出した神田くんの為にボクが口実作ってちゃんを向かわせたんだから〜。」
「余計なお世話だ。」
「またまたー、嬉しいくせにー。
 で?なにしたのなにしたの??」
「(無言で六幻抜刀)」
「ゆる許して神田くーーん!!」






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