落としモノは誰のモノ
「 おや?何が落ちているのかと思って来て見れば、これはこれは……。」 灼熱の太陽が踊る砂の海。 フィガロの砂漠でチョコボに乗ったブロンドの髪が眩しいエドガーは砂の上へと降り立つ。 そして、見つけたものを拾い上げ、再びチョコボに跨り手綱を引く。 「 さあ、帰ろう。皆が待っている。」 クエー、と一鳴きしたチョコボは、エドガーの意のままその可愛らしい2本の足を動かす。 ザクリザクリと砂を蹴り、目指すは彼が城。 日が暮れなずむ時分、砂漠の真っ只中とはいえ気温は随分と下がり、冷える。 しかしそれに反し城の中は心地の良い暖かさで、快適が約束されていた。 此処はフィガロ城。先のエドガーの城である。 長いマントをなびかせ歩けば、おかえりなさいませとの声が幾つも木霊する。 「 よお兄貴おかえり!……って、それは?」 長い廊下を歩いていると、エドガーは双子の弟マッシュと出逢った。 にこりと微笑むエドガーは、ただいまと返す。 「 砂漠の中で見つけてな。息があったので連れ帰ってきたところだ。今から医務室へ運ぶ。」 「 ―――に、しては。 医務室は逆だぜ?」 歩き過ぎようとする兄の腕をがっしり掴み、眉間に皺を寄せ声を落とす。流石我が弟、と云わんばかりに苦く笑い、先に砂を落とす為シャワーをと云ったところでマッシュの人を呼ぶ声が上がった。 エドガーの顔には、落胆の色が隠される事なく色濃く浮かび上がったとか、どうとか。 「 まーた凄いものを拾ってきたものね、エドガーは。」 「 流石だぜ。」 「 と云うかもう、怖いわ。」 セリス、ロック、ティナといった顔ぶれが、思った事を思ったまま口にする。国王陛下に対して普段の口調その儘に。 まったくだぜと笑うマッシュに、エドガーはふんと鼻を鳴らす。 「 世の女性が困っているところに俺はいつでも駆けつけるからな。 しかし良かったよ。命になんら別状が無くて。」 ベッドの上で静かに眠る女性を優しく見つめながら安堵の溜め息を吐くエドガーは、ベッドサイドへ椅子を引きそれに座った。それを囲む様に立つ4人も、本当にねと息を吐く。 そう。 エドガーが砂漠のど真ん中で見つけたのは、倒れ砂に埋まっていた一人の女性であった。 砂や泥汚れを落とし手当てをしてみれば、如何だろうその女性は相当の美人で。 嗚呼エドガーは全く、といった雰囲気になっていたのだ。 女性と在らば誰彼構わず手を差し伸べるエドガーは、まぁ、良いヤツなのだけれど。 「 それにしても綺麗な人よね。」 不意に口を開いたのはセリスで。 皆その言葉にはうんうんと首を縦に振る。 「 しかしこの顔……どっかで見た事あるような気がするんだけどなぁ。」 「 あ、ロックもそう思う?実は私もさっきからそう思ってて。」 「 俺も俺も。」 と。 ロックが口にするとティナやマッシュも同意する。 云われてみればと能く能く見てみたエドガーとセリスも、そんな気がしてきたと云う。 規則正しい小さな寝息を立てる女性とは確かに今が初対面の筈で。それでもどこか会った事のあるような雰囲気が、部屋中を取り囲む。 「 おいエドガー!面白いものを拾ったんだってな。」 バンとドアが開けられる音が、元気の良い明るい声と共に部屋へと入っていくる。 全員が振り返り音源へと目をやると、そこにはシルバーアッシュの長髪を風に揺らすセッツァーの姿と、その隣にちょこんと居るリルムの姿が見つけられた。 「 女性を拾ってくるなんてエドガーらしいわね。」 と、リルムはませた事を云いながらベッドへと近づく。 世の女性が俺を呼ぶのさと云って笑うエドガーは、セッツァーともいつもの様に軽口を交わす。 「 なかなかの美人だぞ。これを機に、俺も后を娶 「 はっ!なら俺が奪ってやるよ、心ご……と……―――――」 はははと高く笑いながらゆっくりと歩み寄っていたセッツァーは、突如言葉を失った。 ベッドに横たわり静かに眠る、女性を一目見た瞬間。 その隣では、まあまあだけどアタシの方が美人ねとリルムが云う。 「 如何した、見惚れたか?」 「 っ――――……いや。」 言葉を詰まらせたセッツァーに悪戯に笑いながらエドガーは云うが、生返事が寄越されるだけでいつもの軽口が返ってこない。不思議に思ったエドガーが顔を見ると、そこには驚きを隠せないでいる珍しい光景が眼の前に広がっていた。 けれど、はたとセッツァーと目が合うと、刹那にその色は消されいつもの不敵で自信満々なそれが作られる。 「 何処で見つけてきたんだ?」 ふわと髪を掻き揚げ笑うセッツァーに、酷く引っかかりながらもこの近く出だと説明すると、そうかと一言返される。 心此処に在らずといった様にも聞こえる、その声音で。 見上げる先の男は、何かを隠している。エドガーは心の中でそう確信を持つ。 「 綺麗な人よね。」 「 え?そう、か?まあまあだとは思うがセリス程ではないだろう。」 「 おお、珍しい意見。」 セリスに問われたセッツァーは言葉を濁し、そしてロックに突っ込まれる。 思ったまでの事を口にしたまでだと云い張るが、エドガーにはそれがやはり何処か引っかかっている様で。 探る様に見るも、ロック達と茶けるばかりで真意は覗きすらしない。 流石はギャンブラーか。 そうエドガーが思った瞬間。 「 ……あ。」 声が漏れた。 ふうと息を吐き双眸を閉じたセッツァーの顔が、見えたのだ。 ベッドの上ですやすやと眠る女性の顔と、酷く似ていると。 「 どうかしたか兄貴?」 「 あ、いやなんでも。さ、そろそろ皆出ようか。彼女も暫くは目覚める事も無いだろうし。」 目覚めてこれだけの人間に囲まれていては、驚いていしまうだろうと加え、皆を部屋の外へと促す。 「 エドガー、そんな事云って2人きりになって何するつもりだ?」 「 ロック、誤解を招くような事を軽々しく云うな。俺は国王だぞ?今から仕事に戻るに決まってるだろ。」 「 怪しいもんだぜ。」 と、お約束のやり取りを交わし、全員で女性が眠る部屋を後にする。 パタンと音を立て、部屋のドアは静かに閉められる。 「 ――……。……。、起きろ。」 暗い部屋の中。 響くくぐもった声の持主はセッツァーで。 呼ぶ女性の名は初めて聞くものだ。 声が向けられた先には一人の女性がベッドの中で眠っており、それは昼間エドガーが砂漠から保護した女性で。 長い髪をベッドに流しセッツァーは眠る女性の肩を揺すりながら、落とした声で尚も名を呼ぶ。 「 、………頼む、起きてくれ。」 焦った様な困惑した様な表情でセッツァーは懇願するかの如く続ける。 それでも声は落とされ灯りも点けず、外に漏れないようにと細心の注意を払われている。 数分後。 名を呼んでいた女性に僅かにだが確かに、反応が起こる。 ぴくりと、指先が動いたのだ。 それを見逃さなかったセッツァーは、僅かに喜色を浮かべ、そして続けて女性の名を呼び続ける。 「 、、起きろ!」 「 ――――ん……んん……せ――、つぁあ……?」 「 !」 うっすらと目を開け小さく己の名を口にする女性を、セッツァーは喜びの色を隠す事無く濃くして抱き起こす。 「 ああ……良かった、良かった――本当に良かった。」 うわ言の様に女性の名と安堵の言葉を繰り返し、セッツァーは女性――をきつく抱きしめる。 しかし永い眠りから無理矢理覚醒させられたは、頭の中を整理できずにされるが儘に居た。 「 ……セッ……ツァー?」 「 ああ、そうだ俺だ。セッツァーだ、。」 確かめる様に呟くに、能く見えるように顔を見せセッツァーは微笑む。 それからもう一度強く抱きしめ、背中を優しく叩く。 今まで何度も、とそうしてきた様に。同じ様に。背中を優しく叩く。 「 ……本当に、セッツァーなのね……。」 「 ああ。」 「 久し振り―――逢いたかったわ。」 「 俺もだ、。」 小さく、2人だけに聞こえる様な声音で言葉を交わす。 抱きしめられているもセッツァーの背中へと腕を回し、そして同じ様にそっと背中を優しく叩いた。 これが、2人の、2人だけの挨拶なのだろう。 「 元気に、してたみたいね。」 「 ああ、当たり前だろ。の方こそ大丈夫なのか?」 「 ええ、元気よ大丈夫。 唯ちょっと―――此処にどうやって来たかは記憶に無いけれど。」 見つめ合い、やんわりと苦く笑うにセッツァーは幾度目かの安堵を覚えた様に息を吐き出す。 未だ少し湿った柔らかいプラチナブロンドの長い髪を撫で、大丈夫だと笑み返し。 自身の頬に触れるの手に手を重ね、本当に久し振りだともらす。 「 此処は?」 「 俺の――――……知人の城、だ。 安心しろ、怪しい奴じゃない。砂漠で行き倒れてたを此処まで連れ帰ってきてくれた奴で。」 「 まあ。それじゃあ私の白馬の王子様ならぬ王様ね?いつの間に王様とまで知り合ったの?」 「 それは……話せば長――」 「 それは私からお話しましょう、お嬢さん。」 髪を梳きながら見つめ合う2人だけの空間に、突如異物が紛れ込んだ。 勢い良く振り返るセッツァーの顔は、優しいそれから険しいそれへと瞬時に移ろう。 大きな窓から、厚い雲に覆われていた月の光が差し込み、ぼうと人影を浮かび上がらせた。 ブロンドの髪を携えた、エドガーその人だ。 怖れていた事が起きたかの様に、セッツァーは小さく舌打ちをする。険しい表情その儘に。 「 貴方は?」 「 こんばんはマドモアゼル。こんな夜更けに失礼とは承知していますがどうか無礼をお許し下さい。 私はセッツァー君の友人の、エドガーと申します。」 とセッツァーが座るベッドへと歩み、ペコリと一礼をする。 そしてその綺麗な笑顔を沿えの手を取り甲へと唇を落とす―――も、寸での処でセッツァーにより阻まれてしまった。 エドガーとセッツァーの間に、人知れずばちりと火花が散る。 まぁと声を上げるは口元に手をそえ、随分に驚いている、様子だ。 「 貴方が……貴方様があの御高名なエドガー王で?」 「 私なんかをご存知で?とても嬉しいです、貴女の様なお美しい方にご記憶戴けるとは。」 「 いやですわそんな。ご高名に違わずお上手ですわね。 ……と云う事は、つまり、貴方様が私、を……?」 「 エドガーとお呼び下さいマドモアゼル。」 ベッドの上でセッツァーから離れ姿勢を正すに、エドガーは優しく柔らか話しかける。 得意の美麗な笑顔と共ににこやかに。 「 失礼致しました、私はと申します。=ギ――」 「 いつから居た。」 ペコリと項を垂れ名乗るを他所に、セッツァーは明らかに不機嫌に低く凄む。 いつの間にやら楽しくお喋りを始めている、エドガーに。 しかしそれは、すぐに咎められてしまった。 眉間に浅く皺を寄せた、によって。 「 なんて失礼な事をセッツァー。この方は、エドガー様は私の命の恩人なのよ。 本当に、この度は私なんぞの命を救っていただき誠に有難う御座いました。」 「 いえいえ、私とセッツァーは友人ですので。それに、困っている人を見ると、放ってはおけませんしね。」 パチとウィンクを飛ばし、微笑む。 様なんて要りませんよ、是非エドガーとお呼び下さいと加える事も忘れず。しかしと困惑するの手をそっと取り、私もと呼びますからとの駄目押しで。そうなれば頷く他は無く、はにかんだ笑みではいと返すしかないだろう。 本当にエドガーは、処世術を完璧と云っていいくらいにマスターしている。流石国王陛下と云ったところか。 「 いつまで馴れ馴れしく触っているつもりだ。さっさと離せ!」 ぱん、と2人の手を――否、エドガーの手を叩き2人の手を引き離すその声は、相当に怒りが含まれており。 相当に、苛立ちを露にしている。 「 ……セッツァー。」 「 構いませんよ。いつもの事です。」 「 気安く名を呼ぶな呼び捨てるな!」 再度、2人の間にはバチバチと火花が飛び散る。 如何していいのか判らないはおろおろとするばかりで、2人の顔を交互に見やっている。 そして不意に。 「 申し訳御座いません!うちの愚弟がいつもいつも御迷惑をお掛けしている様で……!」 セッツァーの後頭部をがしりと掴み、ぐんと力を入れベッドへと深く沈め自分も顔を伏せる。 片手を付き正座をした、その体勢で。 突然の行動に驚いたエドガーは、それでもすぐに柔らかく笑み言葉を掛ける。 「 とんでもない!寧ろ迷惑を掛けているのは私の方で、弟さんとは大変仲良くして―――……い、ます、よ……? ―――あれ……今………え?」 云ってみたものの、自分と先程のの言葉を思い返し、はたと思い留まるエドガー。 少し、固まっている。 押さえつけられている手を優しく払い、セッツァーはの手を握りながら顔を挙げにもそうする様にと促す。 恐る恐る顔を上げたは、ええとと固まるエドガーの目を、真っ直ぐに見つめた。 「 本当に、申し訳御座いません。セッツァーときたら、もう……。」 「 いえ、いえ、それは良いんですよ、……。」 理解しきれていないエドガーは、若干目が泳いでいる。 事の真意を一人だけ理解しているセッツァーは、盛大に溜め息を漏らした後、面倒臭そうに口を開く。 「 。ちゃんと自己紹介してやれ。」 ああ、うんと頷くは柔らかに笑んで、エドガーへと真っ直ぐ言葉を掛ける。 「 =ギャッビアーニと申します。 セッツァーの、双子の姉にございます。」 対するエドガーは、目をぱちくりとさせ、自分の耳を疑っている。 現実を、受け入れられないのか、はたまた受け入れたくないのだろうか。 「 う、そ……。」 小さく漏れ聞こえたのは、なんとも力ない呟きであった。 |