共に歩いて行こう あの日、あの白衣に、そう誓ったんだ |
「 班長、コーラと紅茶どっちが良い?」 右手にコーラ、左手に紅茶。 私はおでこに濡れた物体を張り付けた人に向かってこう聞いた。 「 あー、じゃあコーラで。」 「 ん、了解。」 背中でそう返事した人は、白衣に身を包んでいるけどボロボロでヨレヨレ。 邪魔にならない場所にコーラを置いて、自分の席に腰を落とした。 暗い部屋には、灯りが2つとガリガリと紙の上を滑るペンの音しかなくて。 良い雰囲気とはとても云えない。 けれど私はいつからか、このおでこに濡れた物体を張り付けて白目をむきそうになりつつそれでも机に噛り付いている男に、惚れていた。 科学班 班長 リーバー=ウェンハム この人に。 ねぇ、班長。 今、さ、今。 2人きりなんだよ。私達。 そんな事、紅茶を飲みながら強く想ってみたところで通じる筈も無く。 そろそろ日付が変わろうとしているのに、班長は只管ペンを滑らせている。 他の皆はキリの良いところで切り上げて帰って行った。 もう少し、もう少しだけだと云って班長が残ってからかれこれ2時間。 忘れ物を思い出して戻ってきてみれば、部屋を出て行った時と殆ど同じ状況で。 全くこの人は、本当に。 変わっているのは積まれている書類の場所くらい。 色気もクソも無い。 本当は、部屋に行く筈だったのに。 仕事が終わってまったりしてるところに行く予定だったのに。 おでこに濡れた物体を張り付けたままなんて。 気合入れた私が、バカみたい。 「 班長。」 「 あー、もう少しで終わるからー。」 だからソレ、もう聞き飽きたって。 紅茶だってもう飲み干して片したし。 右手にまっさらな白衣、左手に幾つかのメイプルマフィン。 好きな人だけど、好きな物なんてなにか知らない。 けどやっぱり、何かしたいじゃない、その人が生まれた日には、その人のためだけに。 立派な事じゃなくても、例えささやかな事だとしても。 その人が生まれてきてくれた日はやっぱり、特別な日であって。 それはきっと、教団内であろうが、変わる筈は無い。多分。 「 時間もあと少ししかありませんから。」 「 んー、もうちょい待ってー。」 ガリガリガリガリ いや、まぁ、うん。 良いよ、うん、良い。予想は多少なりともしてたし。 「 そのままで良いですよ。」 「 おー、何?」 ガリガリガリガリ はい。 「 あとほんの、2分足らずしかないですけど。 お誕生日、おめでとうございま……した。」 ガリ―― あれ?ペンが滑る音が、消えた? 「 ……マジ?」 そんな、班長。 くるりと振り返って、そんな切なげな眼を、しないで下さい班長。 こっちまで泣けてくる。 「 今日は9月8日、です。 まぁ、あと1分もすれば9日に――なりますけどね。」 「 ……忘れてたよ。」 「 だろうと思いました。はい、これ。」 がっくりと大きく肩を落とした班長に、左手を差し出す。 「 これは……?が?」 ああ、なんか微妙な顔されてる。 「 ええ、まぁ。一応ジェリーちゃんにも味みてもらってるので、大丈夫ですよ。 そりゃまぁ、既製品よりは味落ちるでしょうが。」 「 いや、そんな事ないだろ。ありがとう、嬉しいよ。」 ああ、もう、畜生。 そんな顔されたら、こっちの方が嬉しいっつーの。 「 いえ。あと、これ……。」 目を輝かせながらマフィンを見ている班長に、すっと右手を差し出す。 そりゃ、お腹すいてるでしょうしねぇ。でも、なにも、そんな。 「 これは?」 目を白黒させて、私の右手にある白い布を見てる。 まぁ、そりゃそうだよね、うん。 「 新しい白衣です。特別何って訳じゃないですけど、今の班長の白衣。 ――以前のコムリン騒動のせいでボロボロだから、丁度良いかと……。 あー、余計なお世話でしたら、すいません。」 そう云って視線を外したら、がっしりと白衣を掴まれた。 「 ありがとう。俺、そういうところまで気が廻んねぇし、着られりゃ別にそれで良いかと思ってたから。 でも、ありがとう。明日から大切に着させてもらうよ。……と云っても、コレの二の舞になるかもだけどな。」 「 ……はい。」 そう云って苦笑いをもらしながら今着ている白衣を摘む班長。 恰好良い。 やっぱり、好きだ。自然と私も顔が緩む。 けど、おでこに濡れた物体を張り付けたままなので、どこか可愛い。 「 それじゃ、お仕事に戻って下さい。お邪魔しました。」 「 あ、。」 帰ろうと会釈して歩き出したら呼び止められた。 「 なんですか?」 「 送ってくよ。仕事も終わったし。」 そう云って班長が、机の灯りを消した。 流れる時間は速くて、気付けばもう日付が変わって半刻程過ぎていた。 他愛の無い会話をしながら、薄暗い廊下を2人で歩く。 多分班長は気付かないだろうけど、白衣の裾にお守りを仕込んでおいたんだ。 『家内安全』 『無病息災』 多分きっとこのチョイスは、乙女としては間違ってるだろうけど。けど、これで良いんだ。 「 ありがとうございました、わざわざ私の部屋の前まで。」 「 いや、コレのお礼も云いたかったしな。……それに――。」 ボリボリと頭を掻いて黙ってしまった。 「 それに?」 あのう、班長、起きてますか?いやに無言が長いですけど、寝てませんよね? 「 ら、来年は白衣じゃない服が良いなとか、そんな、……独り言だよ。」 じゃあな、良い夢見ろよ。 そう付け加えて班長は足早に行ってしまった。 「 ……来年は――そうだな。この戦争が終わっていればセーターかなにかを。」 そんな独り言を、小さくなっていく班長の背中に向かって投げかけた。 でも、なんだかんだ云って。 来年も白衣になりそうだな。なんて。悪い意味じゃなくてね。 |