そうだ、水族館へ行こう。






   
パラパラと高い音が落とされる。
つい先程まで空は高く青く晴れていたのに、雲は走り空は泣き出してしまっていた。

「 雨だあ。」
「 ん?ああ、降ってきたのか。」

ころりとうつ伏せに寝転がりながら窓の外を一人の女性が見ている。足をぷらぷらと泳がせながら。
その女性に背中を向け新聞に視線を落としている男性は、興味が無いと云った風に答える。
視線を女性に移す事も動く事もせず。
女性は如何かと云えば、その男性の言葉に特に反応する事も無く寝転がったまま足や腕をぶらぶらと弄ぶ様に動かしていた。
窓の外を落つる雨粒を伏し目がちに見ながら。
その顔色は、暇だと絶叫しているものそのものであるが、何故か決して言葉には出さずに居た。
唯、窓の外を落つる雨粒を、窓ガラスを走り落ちる雨粒を眺めている。
口をつぐんだまま、ごろごろと寝転がったまま。

2人が居る部屋は、雨が降り落ちる音とページを捲る紙の擦れる音で満ちている。


暫くしてから、小さな音達が支配する部屋の中で一際大きな音がした。ガサガサと、紙が擦れる音が。
見れば男性は新聞を一通り読み終えた様で、無言のままそれを片している。

この2人。
取り分け、仲が悪いと云う訳では無い。寧ろ、そう広くない閉め切られた部屋の中に2人だけで居るくらいなのだから仲は良い。筈だ。
唯互いにどちらかと云えば無口な方なだけであろう。
雨が降り出してからもう随分経ったけれど、2人が交わした会話は冒頭の一言ずつのみであった。
互いに、心此処に在らずと云った声音の。


。」

そんな中で、この無言が支配する世界の拮抗を先に破ったのは男性の方であった。
2人しか居ない部屋であるが故、この言葉は女性に向けられたもので。女性の名前はどうやらというみたいだ。
呼ばれた女性、はなぁにと間延びした声でその儘の姿勢で答えた。

「 雨はどうだ?」
とた、とた、とゆっくりと窓辺、へと近づき窓の外の空を見上げながら声を掛ける。
長い黒髪を揺らしながら泣き割れる天を見上げる姿はどこか、色気を纏っておりついつい魅入ってしまう様である。
そんな男性を更に下から見上げ、は足をぷらぷらと動かしながらゆっくりと口を開けた。

「 強まってる。」
「 そのようだな。」

スッと顔を空へと戻し興味なさ気に答えたに苦笑交じりに男性は言葉を返す。
ガラスを流れる雨粒をなぞる様に添えられた左手は、手持ち無沙汰を物語っている様で。
下を見れば自分とは決して目を合わせようとしないが、暇だと云わんばかりに窓の外を伏し目がちに見ている。
男性は優しくながらも苦笑をもらし、軽く目を瞑る。
そしてゆっくりと目を開け、こう告げる。

「 外へ行くか。」

窓の外を流れる雨を眺めながら、男性は唐突に。
そう広くない部屋にこの言葉は響き渡り、そして外に降る雨音が亦支配を始める。

暫く、意味も無く無言の間が続く。


「 雨、降ってる。」

忘れた頃に、が男性の顔を見上げこう口を開いた。
行き成り何を云い出すのと云いたげな顔色を付け加え。

「 良いじゃないか。春の雨というのも中々乙なもので―――」
「 濡れる。」

にこり優しく笑い目線を合わせるべくしゃがみ込んだ男性をは一言で斬り捨てた。バサリと小気味の良い綺麗な効果音がつきそうな程さらりと。
自分の言葉を途中でしかもたった一言で遮られてしまった男性は僅かに方眉を動かしたが、それでも笑顔を崩さないで居る。

「 それに天下の桂小太郎様と一緒に出掛けてゆっくり出来た事無いしー。」
ころんと仰向けに寝返りを打ち、男性に鬱陶しいと云う顔を向けこう云ってのける。
云われた男性――桂――は、流石にこの態度に不快感を覚えたのか、方眉をピクピクと動かした。

「 まぁそう云ってくれるな、
 雨が降っているから傘を差していても変じゃない。怪しまれることも無いだろう。
 それになんだ、が望むのであれば変装だってしようじゃないか。」

と、力説を試み始めた。

雨が降っているのにそれ程までに外へ出て遊びたいのか。それともとだからこそ行きたいのか。
多くは語らない桂ではあるが、その態度を見れば一目瞭然であろう。

真面目な顔でこう迫られては、の出せる答えは一つでしかなかった。
何度真選組に追いかけられようと、何度真選組に銃火器を向けられようと。
きっとこれが所謂、惚れた弱みと云うやつなのであろう。

やれやれと観念した風に短く息を吐き、は桂の手を借りて起き上がる。

「 判った、判ったよ。行けば良いんでしょうが。
 無意味な変装はしてくれなくて良いから。
 ―――それで、コタは何処行きたいの?」

視線をわざと外し髪を掻くの頬は僅かに桃色に染まっているが、桂は気付く素振りも見せず考え込んでいる。
腕組みをし目を瞑り、小さくうーんと捻っている。
暫く、数分経った後、ふいに目を開きぽんと軽く手を叩いた桂はにっこりと微笑む。

「 そうだ、水族館へ行こう。な?」    






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