大人の 称 号
「 なんなんだよ、全く。どいつもこいつも、人の事莫迦にしてんのか!? 私の人権は無視か?人権擁護団体に訴えるぞちくしょー!!」 アクマを破壊しつつそう絶叫しているのは黒い団服に身を包んだ人間。 「 人のっ!行く手をっ!ことごとく阻みやがってええぇっっ!! っていうかお前ら邪魔なんだよ退けっ!!ブッ飛ばす!!」 眼を据わらせてそう叫びながらアクマを消し屑にしていくのは、黒い団服に身を包んだ人間。 「 それに仕事・仕事って!休暇貰ってたのに!久しぶりの休暇だったのに!! 折角故郷にまで帰って来てまったりしてたのにィッ!!」 通った道には機械 「 この仕事がどれだけ大変でどれほど大事なのかも解ってるよ!?解ってるよ。だけど、だけど……。」 破壊し尽くした後、立ち止まって声にならない声で涙を流すのは。 「 私だって、生きてるんだよ。私にだって……感情はちゃんとあるんだよ。」 黒い団服に身を包んだ、少女。 ――数時間前―― 黒い団服を身に纏った少女、 はフランス領の小島、ユー島に降り立っていた。 『黒の教団』に属するエクソシストの名をフル活用し、仕事を片付けたその足ですぐに。 なので装いは勿論、エクソシストのそれだ。黒いロングコート、黒いブーツ、黒いロングパンツ。 肌の露出は最小限。コートの丈もフルレングスだ。 肩甲骨辺りまで伸びたブリュネットの緩いウェーブのかかった髪は団服の中に納められ、どちらかと云えば凛凛しい其の外見から、一見しただけでは男性なのか女性なのか迷ってしまう。 しかしそれすらも如何でも良いの一蹴で終わらせてしまう性格。 「 やっと、念願の、休暇がもらえたー!!! これも総ては、今まで休暇らしい休暇も取らず身を粉にして働いていたお陰だよね!ビバ、私!!」 と、全身黒ずくめの上、英語(外来語)を使っているは、周りから見れば至極浮いた存在である。 「 あぁ、でも休暇が3日ってどうなんだ。3日でどうしろと。 しかも移動日も含めて3日て。私に休ませる気無いんだろコムイの奴……。 でも良いもんね。関係なく心ゆくまでサン=ソヴァールに滞在してやるわっ!」 しかし彼女はそんな周りの目もお構い無しに歩みを進める。すたすたと真っ直ぐに。 その歩みに迷いは無く、どうやら目的地が有るようだ。 「 しかし、今日休みなのかな?もし仕事だったとすれば、夜しか一緒に居られない? うー……まぁ、でも仕方ないか。一目逢えるだけでも良し、としなきゃね。贅沢はイカン、贅沢は。」 そう云って、その歩みを速めた。 本来ならばエクソシスト含め黒の教団に属する者は、外界の者とは極力関係を絶たねばならない。双方の安全の為に。 極力と云うか、強制的に絶たれる。 しかしまぁ、スッパリと断ち切れるような関係ばかりなら、この世にアクマなど存在しないのだ。 世界とは、大抵なんとも因果なもので構成されているのだから。 『ルソー』 ドアプレートにそう書かれている一つの家の前で、は足を止める。 「 あー、ちょっと緊張するぅー……逢うのって、どれくらいぶりだっけ?4、5ヶ月? あ、そうだフランス語に直しとかないと。」 服を正して眼を閉じて。 「 すぅーはぁー。」 深呼吸を一つした後。 ぱち。と、その力の篭った眼を開け、ドアのノブに手を掛ける。 ガチャ―― 「 お、開いた。と云う事は居るんだ。良かった。」 ふうっと息を吐いて、張っていた糸をとくように、ゆっくりと表情を変えていく。 喜びのそれに。 「 ――ユベールー、どこー?急なんだけど、今日一日休み取れたから帰ってきちゃったー。」 少し弾んだ声で、勝手を知ったは奥へ奥へと進んで行く。 ドアを開けては閉め、奥へ、奥へと。 「 ユベールー、居ないのー?折角取れた休みなのにー……あ。」 キッチンに顔を覗かせた瞬間、目当ての人物を見つけたようだ。ぴたりと、其処で足が止まる。 「 おー……随分急だな、いつもいつも。俺の予定はどうなんだよ。」 右手にレイドルを持ちながら、溜め息を吐きゆっくりと振り向く男性に。 「 逢いたかった、ユベール!」 云うが早いか、は抱きついていた。 そんなの頭を撫でて、男性―ユベール―は笑う。 「 おかえり、。」 それからというもの、はユベールにべったりと引っ付いて一時も離れなかった。 久しぶりの恋人の再会だ、当然といえば当然だろう。 何よりはエクソシストである。次に逢えるのはいつだか判らない。永遠に、逢えなくなる可能性も無きにしも非ずである。 否、その可能性の方が非常に高い。 恋人の元に来ている事は教団には秘密にしている。 もし教団に知れてしまえば――中央庁や大元帥に知れてしまえば、どんな罰が待っているか分かったものではない。 そんな不安を少しでも消そうとしているのか、はユベールから離れない。 「 ……、そんなにひっつかれたら……いや、嬉しいんだけどな?ちょっと……。」 「 やだ。離さない。久々に逢えたんだから、ちょっとでも傍に居たいの。」 「ジリリリリリン」 そんな甘い一時を過ごしていた時だった。 掛けていたの団服の中から無線ゴーレムが音と共に勢いよく飛び出してきた。 「……、あれ、何?」 当然、ユベールはびっくりした様子で訊ねる。 「 ――無線ゴーレム。仕事の道具よ。」 気にしないでと眼を伏せて、はユベールの胸に顔を埋める。 眼の前のそれを、無かった事にするかの如く。 「 仕事のって……じゃあ、仕事の呼び出しとかじゃねぇの?アレ。大丈夫なのか?」 の髪を梳きながら、顔を上に向けさせ訊ねる。 初めて見る物体に、いささか戸惑いを隠せない様子ではあるが。 「 いーのー。今日一日は休み貰ってるんだから。放っといてもだ――」 『 殿』 大丈夫。そう云おうとした瞬間、無線ゴーレムから聞こえてくる声にの声は無情にも遮られた。 「 な、なんか、聞こえたんだけど?」 少しの間の後、恐る恐るユベールは口を割った。 その顔は少し青ざめている。それは恐怖に近いものかもしれない。 未知なる物へのそれなのか、はたまた。 「 えー、気のせいじゃない?それよりサロン・ドゥ・テに行こう?甘いもの食べたくなっちゃった。」 そう云っては、ユベールを無線ゴーレムより離そうと立ち上がって腕を引っ張る。 早く早くと、急かしながら。 『 殿、聞こえておりますよね?探索部隊 しかし尚も声は流れてくる。 「 絶対気のせいじゃないって。聞こえてる!ほ、ほら、返事してやれよ。」 ユベールは立ち上がり壁にもたれて、をゴーレムへと押しやる。 その額や頬には、冷や汗がじんわりと、浮かんできている。 「 えー!?もー、折角の休暇なのにぃ。 トマさん?私は今、休暇を楽しんでるところなの。悪いけど、仕事ならヨソ当たってよね!」 と、ゴーレムに向かって英語で話し始めた。 『 あ、あー、くん、聞こえてるー?室長のコムイでぇす。 いやー、故郷での休暇中に非常に!悪いんだけどさ……。』 「 え、は?コムイ?なんでコムイが!?」 突然のコムイの声に、は驚きを隠せないで居た。 だってこれ、トマさんからの入電でしょともれる口元は小さく、眉は下がり気味になっている。 『 うん。トマくんの電話にボクが電話してて、更にトマくんのゴーレムがくんのゴーレムに、ね。 それで、話戻すけど、今入った情報によるとソッチにイノセンスがあるようなんだ。 場所的にくんが一番近いから、ヨロシク頼んだよー。詳しくは、トマくんに聞いてね、それじゃ、バイバーイ。』 ガチャ、ブツン。ツーツーツーツー 明朗に、云うべき事のみを伝えコムイは電話を切った様だ。それも勢い良く。 はというと、唖然としている。 『 殿、場所はフランス本土の―――』 無線ゴーレムから流れるトマの声など、今のには届いておらず。 膝から崩れおれ、視線を宙に漂わせている。 『 殿、聞いておられますか?取り急ぎ、今申し上げた場所までお越し下さい。お待ちしております。』 それだけ伝えると、パタパタと宙に浮いていた無線ゴーレムはの膝の上へと下りた。仕事だと急かしているのだろうか。 「 ――わかったよ、もう。」 力なく、そう漏れた。 くるりと振り返り、はユベールを見上げる。 「 あ、えっと、なんだったの?今の……。」 ユベールは引き攣りながらも必死に笑って、優しくそう紡ぐ。 の顔はと云うと、少し――否、かなりむくれている。 「 もー、聞いてよユベールー。うちの上司ときたら人遣い荒くてー! 今から仕事に行けって云うんだよ、信じらんないよもー。」 そう云いながら、ユベールの傍へと歩み寄る。 「 あのボケボケコムイめ。こうなりゃ休暇延ばしてやるんだから―――ッッ!?」 ブツブツと文句を云っていると、突然ユベールに引き寄せられ抱きしめられた。 「 あっ、えっ?ユ、ユベール……?」 普段、ユベールから抱きしめられる事などないは、頬を赤く染め少し戸惑っている。 「 仕事行くまで、少し時間あるか?」 いつもより低い声で、耳元でそう囁かれ。 「 あ、多分、少しなら大丈夫だと思うけど、どしたの?」 ドキドキと、の心拍数が跳ね上がる。 少しの間を置いて、ユベールは口を開けた。 「 じゃあ、一回しようぜ。」 「 ……はい?」 は耳を疑った。 今、この人はなんと云ったのだろう、と。 随分と間抜けな程の声で、反射的に聞き返してしまったくらいだ。 「 だから、仕事に行く前に一回しようって。」 そう云ってユベールは、の腕を引いてベッドルームへと足を運ぶ。 「 え?は?ちょ、ちょっと待ってよ。いきなりそんな事云われても、私、心の準備が出来て……。 そ、それにほら、外未だ明るいしーって、何云ってんだろ私、ははっ。」 苦笑いを漏らすが、ユベールはお構い無しにと進んでいる。 「 ユ、ユベールー、聞いてるー?って、ひゃあっっ!!?」 は簡素なベッドの上に突き飛ばされた。 間を空けず、その上にユベールが組み敷くようにと迫ってくる。 「 いつもいつも、えくなんとかってヤツの仕事で忙しそうにしてて。 たまーに帰ってきたとか思ったら、亦直ぐ行っちまうし。 なぁ、俺だってさ、溜まってんだよ。すぐスむから、一回だけヤらせろって。な?」 ユベールはの胸元に手を掛ける。 手馴れた様子で、何の迷いも無く。 「 !?やっ、ユベール、ちょっと待って!確かに私は長い時間ユベールと一緒に居られないけどっ! だからって、こんな、急に云われても……その、困るよ。私未だ、ユベールとそんな事したい訳じゃ……。」 と、はユベールから視線を外しもごもごと言葉を濁す。 その頬は紅潮しており、耳まで少し紅くなっている。 「 大丈夫大丈夫、怖くないし痛くしねぇから。」 尚もユベールは進めようと服に手を掛け、首筋に唇を寄せた。柔らかい調子の声を掛けながら。 「 だっ、だからユベール!ちょっと待ってってば!あの、だから、私……私は未だ、したくない……。」 そう、が云った次の瞬間。 「 はぁ?ふざけてんのかテメェ。"付き合って"んだったらこういう事すんのが当たり前じゃねーか! それが何?未だしたくない、だぁ?なぁにカマトトぶってんだよ。 っつーかそもそも、お前の気持ちなんてどうでも良いの。一回ヤらせてくれたら、もうお前要らないし。 好きな時に会ったりヤッたり出来ないなんて、俺はゴメンだね。」 そう云って、強引にの服を脱がしにかかる。 「 ユ、ユベール?何云ってんの――?」 呆然とするに追い討ちを掛ける様に、ユベールは言葉を吐く。 「 っつーかさ、俺別にお前の事好きでもないし?ただちょっと顔がいいから、付き合ってやったらこのザマでしょ。 散々振り回してくれた挙句、一回もデキねぇとかワリに合わねぇから。一回ヤッたら、もう終わりにしてやるからさ。 会いたい時に会えない様なヤツ、俺要らねーもん。アハハハハ!」 ヒュオッ ドゴオッッ 「 うご……う、あ、……?」 高く笑っていたユベールの急所を蹴り上げ、はゆっくりと立ち上がる。 ゆらり、と乱れた髪を揺らし。 「 ……なる程。それがユベールの本音?よーっく解ったわ。そんなに云うなら、別れてやるよ、一回ヤッタ後で ね 。」 メキメキ ミシッメキィッ 「ギャ――――――ッッッ!!!」 何かが圧し折られる音がした後すぐ、男の叫び声が上がったが、段々とその叫び声はフェードアウトしていった。 澄んだ青空に溶けてゆくように。 「 はぁ。 私、騙されてたんだ。男って、結局ソレが目的なの?」 手にした新しいイノセンスを眺めながら、静かに涙を零しは呟く。 「 殿、ご無事でっ!」 後方から、探索部隊のトマが声を上げながら駆け寄ってくる。 「 ――――私は、エクソシストなんだよね……。」 ぐいっと、イノセンスを手にした団服の袖で涙をふき取り。 「 トマさーん、イノセンス無事ゲットしたよー。さっさとコレ持って、帰ろっかー!」 必死に笑顔をつくり、トマへと振り向く。 「 しかし、殿は今、休暇中では……?」 「 いーのいーの。もう此処に居る理由 あ、そーだ。折角ニースに来たんだから、お土産くらい買って帰らないとだねー。」 そう、笑顔で云いながら、は教団へと帰る準備を始める。 街はすっかり橙に染まり、静けさを取り戻していく。 少女は黒い団服を着正し、白い服に身を包んだ者と共にバカンスの地を去る。 |