空を駆る者達
追う背中、見せる背中
「 ユウはさ、もう少し彼女に優しくしてあげるべきだよ。」
ティエドール元帥に新しい団服を届ける任務を受けた神田とは2人、仲良く教団の地下水路へと並んで歩いていた。
手には旅の準備が握られている。
そんな中ふと思い出したかのようにが口を開き伝える。
「 彼女にしてみればユウはこの教団内においてたった一人、心許せる存在なんだから。」
「 スイス人なんざ教団( にはごまんと居るだろ。同じ国の奴の方が気心知れて良いんじゃねぇのか。」
「 ……同じエクソシストで。」
言葉だって不便なく伝わるしと正論を面倒臭そうに口にする神田に、は不服だと眉根を寄せ言葉を加えた。
「 ……確かに、それはそうかもしれないけど……やっぱり頼れるのはユウだけなんだよ、きっと。
いきなり言葉も何もかもが全然違う環境に投げ込まれたら、誰だって心細いじゃない。
それにさ、彼女を連れてきたのはユウなんだから、最低限の面倒は――」
「 俺が連れて来たんじゃない、あの女が勝手について来ただけだ。」
きっぱりと効果音が付きそうな勢いでの言葉を遮る神田のその声と表情には、苛立ちが隠される事無く清々しい程に表れている。
2人はその足を止め、互いに見つめ――もとい、睨み合う。
「 だけどさ、彼女は――」
「 くどい。」
ヘビとネコ。
互いの背後にそれらが見える気がする。
自然、その場を沈黙が支配する。
「 好きなんだよ、ユウの事が。」
「 知るか。」
「 知るか、じゃなくてえ!」
「 知るか。」
先に沈黙を破ったのはで。
それに続く様に神田も言葉を重ねる。眉間に深く皺を刻みつつ。
「 ユーウ!」
「 関係無いな。」
カツカツと厳かな音を立て、薄暗い地下廊へと再び足早に歩を進める。
その神田の背中を追いかけも暗い闇へと溶けて往く。
「 俺が持って帰って来たのはイノセンスだけだ。あの女は拾ってねぇ。
あの女が勝手について来たんだよ。だから俺が面倒見たり修錬つけたりしなけりゃならない義務はねぇな。」
歩きながら、神田は言う。そういうのは元帥の仕事だと。
むすっと眉を寄せたその顔で。
「 でもユウが彼女を助けたのは事実でしょ?」
「 イノセンス保護の為だ。」
その神田の後を少し遅れては歩く。
「 それで惚れられちゃったんだよ。」
「 興味無い。」
「 またまた〜。」
「 迷惑だ。」
「 そんな事言って実はぁ――」
「 迷惑以外の何物でも無い。好い加減にしろ。幾らお前でも斬るぞ。」
「 ね、お前じゃなくて。」
カツカツと2つの異なる足音を立てながら、2人は顔色一つ変えずに言葉を交わす。
「 ……ともかく、おま――……には関係の無い事だろ。なんでそんなに突っ掛かってくるんだよ。」
「 それは……――。」
今まで、あの神田相手に一歩も引かず対等にやってきたが初めて口ごもった。
神田も不思議に思ったのか、しかし足は止めずに少し首を後ろに動かす。
当のは下を向き、口を噤んだまま歩いている。
若干きつく眉を寄せ、神田は進めていた足を唐突に止めた。
「 ぶっ……!?」
当然、俯いたまま神田の後を歩いていたは足を止めた神田の背中にぶつかる。
間の抜けた声と共に。
「 なに、よ?いきなり立ち止まったりして。」
ぶつけた頭を右手で押さえ、上目遣いで睨む。
「 ――別に。」
わしり。
頭を押さえている右手ごと、神田は自身の右手で包んだ。
「 な、なにすん――」
「 別に。」
の言葉を遮り、わしわし・がしがしと右手を動かし髪を掻き乱す。
「なにすんの!」
「 別に。」
きゃあと抗議の声を上げ、は神田の手を払う。
が、神田は相も変わらず眉を寄せた顔で言葉を変えずにいた。
「 ユウ!」
「 別に。」
「 別に、じゃないでしょ!!こら、ユウ!」
くるりと踵を返し、神田は再び歩き始める。
その顔はどこか嬉しそうで、口元は若干緩み目も優しさを湛えている。
しかしそんな神田の様子を知る由も無いは、からかわれた怒りに燃えていた。
「 あ、きたきた。はい、これがティエドール元帥の新しい団服ね。」
地下水路の舟の傍で待っていたコムイは、階段を下りてきた神田を見つけると笑って手を上げ振った。
逆の手には教団の鞄が握られており、それを神田へと差し出す。
「 ああ。」
その鞄を受け取り、神田はそそくさと舟へと乗り込む。
「 それで?パートナーには誰を選んだんだい?」
にやりと不敵に笑い、コムイは訊ねる。
「 ……誰だろうとお前にはか」
「 あれ、コムイじゃん。なにしてんの?」
誰だろうとお前には関係無い。
そう言おうとした神田の言葉に重ね、声と共にが現れる。
「 へ〜え?なるほどねぇ。ふ―――ん?」
「 何が言いたい?」
「 べ・つ・に?」
低くドスの効いた声で凄む神田にコムイは飄々と受け答える。には聞こえないように口に手を当てニヤニヤと笑って。
それに対しますます深く、深く神田は眉間に皺を刻む。
「 こんな所で油売ってて良いの?亦リーバーちゃんに怒られちゃうよ?」
くすくすと眉根を寄せは苦く笑う。
対し、コムイは明るくにこやかに笑って迎える。
「 これも大切なお仕事だから大丈夫です〜。
今ね、神田くんにティエドール元帥の新しい団服を渡してたところだよ。今回はちゃんが神田くんのパートナーかい?」
「 ああ、うん。デイシャもマリちゃんも出払ってるみたいだから。」
と、軽く会釈をし、も舟に乗り込む。
「 そう。それじゃあ、気を付けてね。別の任務も待ってたりするから、なるべく早く帰ってきてね〜。」
微笑んで、コムイは手を上げる。
「 コムイもちゃんと仕事してるんだよ。リーバーちゃん達、困らせたりしちゃ駄目だよ〜?」
子供のように悪戯に笑い、も手を上げ、2回、ゆっくりと振る。
「 行ってらっしゃい。」
ゆっくりと手を振り、闇に溶け往く2人をコムイは見送る。2人を乗せた船が小さく見えなくなるまで。
眼鏡の奥に、鈍い光を宿らせながら。