空を駆る者達
きみのとなり






。」
「 あぁ、ユウ。どうしたの?」

長く綺麗な黒髪を高く一つに結い上げた、整った顔の東洋系の少年が仄暗い黒の教団の廊下を歩いていた。
名を、神田ユウと言う。
その彼の前を歩いていたのは1人の少女、名をと言う。
緩やかなウェーブのかかったパールピンクの髪が、肩で静かに揺れている。
自分の名を呼ばれたはその歩みを止め、くるりと反転する。

「 ……今少し良いか?」
共に黒い団服(ロングコート)に身を包んでおり、外見年齢も近く見える。
薄暗く長く続く廊下の隅に2人、立ち止まって顔を合わせる。
「 うん、大丈夫。どうしたの?」
小さく頷き、は再び問う。
神田は少し周囲を見廻し、ふっと短く息を吐き出す。

「 先刻……コムイから任務が下ってな。」
綺麗に整った顔でじいっと、神田はの眼を見つめ、口を開いた。
「 ……うん。」
見つめ返すの眼は、澄んだ碧眼(みどりいろ)をしている。

いささか重い空気が2人を取り巻く。

「 ……それで?」
暫しの沈黙の後、どうかしたのと付け加えは笑う。
眉間に浅く皺を寄せた後、さらりと髪を揺らし神田は噤んでいた口を開く。
「 師匠に……ティエドール師匠にあた」
「 あ―――――っ!!!」
口を開いた途端、後方から大きな甲高い叫び声が響いた。

「 ――――……新しい団服をだな。」
ゆっくりと瞳を閉じ、徐々に眉間の皺を深くしながら神田は言葉を続けた。
が。
「 神田さん!神田さんですよね!?」
相変わらずの叫びに近い大声が、神田の指をこめかみへと(いざな)う。

「 届ける任が、下ったのね。」
苦笑をもらしながら、は神田を見つめる。
「 ……ああ。」
そっと瞼を開け、の眼を見つめる神田は短く返す。
後方の、自分の名を呼ぶ声を気のせいにする様に。

「 やっぱり神田さんだ!!やった、ついてるぅ!」
いつの間にか、先程の大声の音源が自分のごく近くに移動している事に気付きたく無くても気付いてしまい、神田は瞳を軽く閉じた。

「 それで……私も同行しろって、コムイが?」
苦笑をもらすのを止めず、それでもは神田との会話を続ける。
神田の隣で、神田の団服の袖を握り締めている少女の事に少しも触れず。
「 いや、誰か暇してる奴を連れて行けって。デイシャかマリでも連れて行くかと思ったんだが、タイミングが悪ぃ、2人共任務だってよ。」
「 あはは、それで私に、か。オケ、判ったよ。」
チッと短く舌打ちし、握り締められている腕を勢いよく振り払い神田は説明をする。
その説明を受け、は眉を寄せて判ったと笑う。
「 んだよ、その笑いは。」
「 別に、特に深い意味は無いよ。」
「 何が言いたい。」
「 言って欲しいの?相変わらず、気難しい人だなぁって。」
「 言ってろ。」
凄む神田に臆せず笑って応える

この2人を包む空気は、独特で、唯一のもの。
神田の好き嫌い――特に後者――が激しい事を能く知っている様に、その言葉一つ一つに深みが含まれている。

「 神田さん!無視しないで下さい!!」
そんな2人を黙って見ていた――見せ付けられていたと言った方が正しいかもしれない――少女が、ここぞとばかりに声を張り上げた。
「 それと、もう少しゆっくり話してください。何言ってるのかさっぱり判らないじゃないですか!」
と、少し怒気を含ませた声量でたどたどしい英語を使う少女は、くるくると波打った黒髪を耳の下で揺らす。
「 うるせぇ。お前にはなんの関係も無い話だ。すっこんでろ。」
神田は視線も合わせず、不機嫌にしかし少々ゆっくりとそう吐き捨てる。
「 ユウ……もう少し言葉選んであげても……。」
「 知るか。行くぞ、。」
「 あはは……。」
「 だっ……!!待って下さい神田さん!また早くなってるし!!任務ですか?任務ですよね!?」
少女を無視し、話を進めた神田は歩き出そうとした。
しかし、少女に腕をがっしりと両手で捕まれてしまった。引き止めの言葉と共に。
「 お前には関係ねぇだろ。放せ。」
再び腕を振り払い厳しい言葉を吐き捨てる。
が。

「 私も連れて行って……いや、私を連れて行って下さい!」
真剣な眼差しで、少女は神田に懇願する。
「 こんな女より、私の方が神田さんのパートナーには相応しいです!
 あと、私にはルイーゼ=ヴァッセルマンって名前があります。好い加減覚えて下さいよ!」
「 黙れ。」
ピリと、神田の纏っている空気が変わる。

「 俺のパートナーだとか何勝手に決めてんだ。俺の事は俺が決める。俺だけが決められんだよ。何が名前だ知るか、十年早ぇ。」
バジリスクの様に、メデューサの様に。
冷たい眼を投げかける。
「 それに……ハッ。入団して間もないガキが任務に就くだと?笑わせるな、足手まとい以外の何物でもねぇな。」
ガッと少女、ルイーゼの胸倉を掴み嘲笑と共に言葉を吐き。
「 寝言は寝て言え、クソが。」
力いっぱい壁へと押し放す。
短く舌打ちをして、振り返りもせずに歩き始める。


一通り、2人のやり取りを黙って見守っていたは少女、ルイーゼを見下ろす。
自分より少し低い身長の少女を。
「 ヴァッセルマンさん……ごめんね、神田はいつもあんな感じだから……。
 でもヴァッセルマンさんには未だ任務は早いと私も思うの。」
肩にそっと手を添えて、は視線を合わせようと少し屈み優しく微笑む。
異国の少女が聞き取り易いように、幾分ゆっくりとした速さで話すことを心がけながら。
「 ……っなんで、私のこと……?」
顔を上げ、眼を見開き自分を睨みつけるルイーゼに、は軽く笑ってあしらう。
「 ああ、うん、神田とそこそこ長くてね、色々話したりするから。それに女の子の入団は珍しいからね。」
名前はすぐに覚えるよ、と付け加え微笑む。
「 !!」
その言葉を聞いたルイーゼは顔を伏せ、小さな握り拳を作る。

「 ……ヴァッセルマン……さん?」
「 ―――から……。」
「 え?」
不思議に思い声を掛けると、小さく震える声が返ってきた。
と。
「 私は認めないから!アンタが神田さんのパートナーだなんて、私は断じて認めないっっ!!」
ビシッと中指を突き立て、肩で息をしたかと思うと神田とは反対方向へと全力で駆けて行った。
ひとりを残して。
「 ……元気な子だなぁ。」
ふっと笑ってもらした言葉は普段の早さのそれで。
駆けて行くルイーゼの小さな後姿をは眉を下げて見送る。

!何してる、行くぞ。」
少し気を抜けば、神田からの檄が飛んでくる。
顔を向けると、立ち止まり此方へ振り返っている神田が待っている。
「 はいはい、すぐ行きますよ。」
くすりと小さく笑い、小さくもらしては足を前に進める。
「 今行く!」
はっきりと声を上げ、は神田の隣へと駆け出す。






第二話→