ヤンージャン




   
可笑しい。

今日は朝から梵の様子が可笑しい。
何時もの様に起こしに行ってみれば、しげしげと穴が開くかと思う程私の顔を見てきたし。
愛姫様と2人で朝の山菜取りと云う名の散歩から帰ってきてみれば、朝食も取らずに執務室に篭りっぱなしだと云うし。

なんだ……鬼の霍乱ってやつか?
愛姫様がお呼びに行かれても直ぐ行くって返すだけで一向に出て来ないし。もうお昼過ぎてるんですけどね。愛姫様も心配なされているんですけどね。猫もほんのりと機嫌悪くなってるんですけどね。小十郎も心配してるし成実ちゃんも遊び相手が居なくて暇を持て余してるんだけどね。

その総てが私へと向けられてんだけどねぇ、梵。

取り敢えず何でも良いからさっさと出て来いや。正直身体が幾つ在っても足りないわこの人達の相手するのは。
こんな日に限って綱元は所用で居ないしさ。切ない。


「 それでねぇ、政宗様ったら未だ出て来て下さらないのよ。」
「 ああ、はい、そうですね愛姫様。」

、政宗様は?」
「 執務室でしょ、猫。」

……」
「 ……仕事してんだから良い事でしょうが。私を睨まないでよ小十郎。」

「 よー!」
「 その手に持ってる木刀はなんだ成実ちゃん。」


会う人会う人。
私に梵を連れ出して来いと云う。成実ちゃんに至っては笑顔で暇だと一言吐いたかと思えば間髪入れずに斬りかかってくるし。危うく暗殺するところだったじゃないか成実ちゃん。きみの実力で私に勝てるとでも思ってたのか成実ちゃん。木刀を転がして私の足元で伸びてるけどそれは私が悪いんじゃないぞ成実ちゃん。
でもこんな状況を見れば誰だって私を責めるもので。
愛姫様にこっ酷く叱られて小十郎は伸びた成実ちゃんを医務室まで運んで猫は―――猫は良くやったとか云ってたっけ。いや、うん、そうだったか。
如何でも良いけど、兎に角梵が可笑しいからそれが皆に伝染って皆も可笑しくなってる。ピリピリしてる。
あいつは何をしてるんだあいつは。未だ続くのか、続けるのか。
その間私は皆の苛立ちの捌け口にならんといかんのかこら。さっさと出て来いよ梵助。こんなんじゃ私だって居心地が、悪い。


「 ……!」
自室でそんな事を考えながら仰向けに寝転がってると、ふと足音が遠くから聞こえてきた。
しかもこの妙に独特な足の運び方は、あいつのだ。私に悟られぬ様にしているのか、何時も足音を消そうとしている足音。でも残念ねぇ。私も忍の道に足を入れてもう随分になるから。どんなに消そうとしたところで一般人が一朝一夕で消せる訳ないでしょ。余計に怪しく聞こえて目立つんだってば。


 ―――って、居ねぇ!?」
例の如く、私の部屋の襖を何の前触れも無くスパンと小気味良く開けたな梵め。
好い加減、梵の我が儘に付き合うのも――――と云うか今日は更に特別に、付き合いたくないんだって。もう既に迷惑被ってるし。ねぇ。
慌てふためいている様を上から眺めるのも、なかなか乙なものだけど。ちょっといい気味。

「 Where are you,hey!(どこにイんだよ!)
 って、大声出したら小十郎達に気付かれちまうな。
 おい、居ねぇのかよ!?」
小十郎達に気付かれる?―――と、なにかまずい事でもあるのか?
そういや、昼食時に小十郎が梵を呼びに行った時、俺が出て行くまで誰も入ってくるな近寄るなとか云われたって云ってたっけ。何故かご丁寧に襖、閉めちゃってくれてるし。何時もなら開けはしても閉める事なんてまずしないのに。何度云っても開け放してくれちゃってたのに。

やっぱり可笑しい。なんか可笑しい。

梵よ。
私はそんなつづらの中になんか隠れないしそもそもその大きさじゃ物理的に入れないでしょ。嗚呼、勝手に人の書物棚まで漁って。
普通捜すなら、まず押入れとか床下とか天井裏を捜すべきじゃないのか?どうしてまず着物入れてる処から捜すんだよ。捻くれてるにも程があるだろ。
なんかこれもう、完全に枕探し状態じゃないか。
でもGoddamとか云いながらも散らかさないで直ぐに片付けてるところは褒めてあげよう。小さい頃から父君様と小十郎にしっかり教え込まれた事を未だに守ってるのね。良かったねぇ小十郎。貴方の教えは、ちゃんと受け継がれてるよ。

「 Ah〜……」
でも、そろそろ限界、かな。
「 Bull shit!」(クソがっ!)
「 それはこっちの台詞だ。」
たん、と軽快な音が小さく上がる。
押入れの襖を閉めながら小さく汚い言葉を吐く我が殿の背後を、私は幾度取った事があったか。それにしても相当キてるみたいだな。湯気というか怒気がゆらゆらと身体から揺らめいてるもん。
ちょっとやり過ぎたかも知れない。……けど、私もそれなりに必要と覚えのない苛立ちをぶつけられてきたんだから、これで御相子よね。
ねぇ、梵?
「 Oh yeah .やっとお出ましかい。今まで何処に隠れてたんだよmy partner?」
「 梵の捜し方は可笑しい。私はそのつづらの中にはどう考えても入れないでしょ。」
びしと小さなつづら、私を捜す為――多分だけども――いの一番に梵が開けた小さなつづらを指すと、お前ならお得意の忍術で如何とでもなるかと思ってなとか真顔で云うなよ。私は仙人か道士か。身体の大きさなんて変えられんっつーの。せめて笑いながら云ってくれ笑いながら。本気でそんな事考えてるのかと思うだろう。怖いわ。
それで、梵は何しに来たのよ。小十郎たちの目まで欺いて。
くだらない事だったら怒るぞこら。


「 まぁ、取り敢えず座れや。」
お互いに黙った儘見つめ合い牽制していると、不意に梵がこう云って部屋の隅に置いていた座布団をなんの躊躇いも無く鷲掴んだ。
おいおいそりゃないぜヘイミスタードラゴン。
確かに此処は貴方の城の一室だけど。貴方の持っている城の一室だけれど。それでも紛い成にも此処は私に与えられた部屋なのをお忘れかしら?
座って話そうぜとかそういう事ならまだ判らんでもないけど、座れやってなんだよ座れやって。命令か。命令なのかこれは。一体今から貴方様は何を申し開こうとなさるのですか政宗様。
仕事ですか?お仕事の話なのですか若様。なんか厭に部屋の雰囲気が変わったと思ったんだけど、それは私の気のせいではないと仰るのですか、
「 殿。」
「 Ah〜?」
そうとなれば、私も仕事の態勢で臨まなきゃ、だよね。仕事の。

「 別に普段通りの儘でいいぜ。仕事の話じゃねぇし。Be relax.」
「 ……は?」
おいおい、ちょっと待て。今何つった。
仕事の話じゃない?おまっ……今明らかに仕事の話する時の空気醸し出してたじゃん。部屋中にそれが満ち足りてたじゃん。
私もその心構えで、片手片膝付いたのに。そのつもりだったのに。
なんだこの微妙な空気は。不思議そうな顔してAre you ready?とか云うな。ついNoって答えてしまうじゃないか。
取り敢えず、なんだその……私も足崩して座るよ、梵ちゃん。

「 Easyにいくぜ。武田と親善試合をする。」
……ちょっと待て。
なんですか。なんですか。今、なんと仰ったのですか。
不敵な笑みを湛えてなんと仰ったのですか。もしかしてその事について今日は朝から部屋に篭りっぱなしだったのですかそうですか。
人の反応見て楽しそうに笑うなこの、加虐変態性欲者、残虐者(サディスト)
「 なん―――」
「 聞こえなかったのか?
 武田と、親善試合を、する。'You Okey?」
「 ……パードゥン?」
Pardon me.(今なんと仰いましたか?)
嘘だ。ありえない。嘘だ、こんなの嘘だ。ありえちゃいけない。
幾ら梵が目立ちたがり屋で人をおちょくるのが好きで隙有らば天下を我が手中にとか考えてる様な奴でも、そんな訳。そんな事する筈が無い。
私はそう信じてますよ殿。嗚呼。
だからとか云って楽しそうに繰り返して云うな。壊れた絡繰り人形か。何度だって握り拳をわなつかせて聞き返してやるぜ。
パードゥンで乗り切ってみせる嗚呼誰か、誰か助けてくれ、愛姫様!ええい、この際成実ちゃんでも良いわ。
「 I beg your pardon. Ya-ya,No. I don't understand very well.(今なんて云った?否――違う、理解したくない!!)
 如何いうつもりでそんな事云うのよ。そもそも今朝はそんな事の為に引き篭もってたのか!?」
「 Honey beeそうがなるなよ。小十郎達に聞こえちまうだろ。」
「 聞かれたら、来られたら何の不都合があるのよ?」
「 俺はいの一番にお前だけに聞いて欲しいンだよ、。」
「 〜〜〜……っはあ?」
答えに困る様な訳の判らん事を云ってくれるなこんな時に。
ウィンクしながらbrotherとか云うなせめてsisterにしろ。

企んでる、企んでるんだろ何か。どうせくだらない事を性懲りも無く企んでるんでしょうこの隻眼のサディスティックマスターめ!
貴方が何の企みも無く親善試合なんか申し出るか。良いとこ進前死合だろ天下統一への足懸かりを造るとこだろ。
朝からそのクレバーな頭を使って一体どんな事を企てたの、正直に話してみなさい総て。頭ごなしに否定して差し上げるから。

「 そう構えるなって。唯の親善試合だからよ。他意はねぇぜ?That's all over.」(これで全部だ)
「 You are a liar.」(嘘)
「 It's truth.」(嘘じゃない)
「 No.」(嘘)
「 Trusu me.」(信じろよ)
「 信じられるか!
 これが武田じゃなくて上杉や織田だったのなら二つ返事で信じられたわよ。でも武田でしょ?
 I don't believe you,never.」(誰がテメェの事を信じるかよ下衆が!)
って、どうして私はさっきから梵につられて外来語を使ってるんだよ。
けど彼奴が絡んでくるとなると、何を差し置いても断固として拒否しなきゃ。じゃないと私の理性が保てなくなる。そんなのは駄目だ、もっと駄目だ。
なんとしても、なんとしても考え直させなきゃ。私の保身の為に。

「 Ah-ha-ちゃんよぉ。
 自分の立場ってやつ、自覚してるか?お前が俺に意見―――」
「 黙れ!
 あーだこーだ云われたくないんだったらその懐に入れてる書だけを私に渡して届けてこいって云や良いでしょ!
 嫌がる私を見て、楽しんでるんでしょ貴方は。」
エスパーかとか驚いて云うな。それ位判るっつーの。何年一緒に居ると思ってんのよ。何年貴方に就いてると思ってんのよ。
貴方の事を判ってるのは小十郎だけじゃないんだからね。

「 ……。」
「 否だ。」
。」
「 否だ。」
。」
「 否。」
。」
「 否。」
。」
「 厭で御座います。」

やっぱり最終的にはそれできますか。
抜刀しちゃいますか抜刀。私も応戦しちゃってますか四肢が勝手に。
梵の刀と私の苦無が交わり合って火花がヂリヂリと散ってる。

例え押し負かされたって、私は屈服しないからね。認めないからねこんな話。企んでる事全部晒け出すまで何が何でも拒んでやるんだからね梵。主が命でも、お前を斬ってでもその企みを海の藻屑へと還してやりますわよ私は。本気だから。
本気の私が冗談の梵に負ける訳無いでしょ。
彼奴に会わずに済むなら私は必死だよ悪いけど。

「 Damn it!負けを認めろよ。」
「 お生憎様。影は去り際も潔いのよ。」
壁際に追い詰められそうになって、私は写し身の術を発動させ梵の背後に廻り、腰に一発蹴り込んでやった。
つんのめって膝を付いた梵はそれでも、刀を手放さず私を罵る。

一見すれば私の方が優位に見えるだろうけど、結局私は梵に勝てないんだ。
武力や純粋な戦闘力で云えば私の方が梵よりも僅かに上だけどそんな事は関係無い。どうしても、私は梵には勝てないんだから。如何足掻いてみても。
主とか忍だとかそんな事抜きに考えてみても、私は梵には勝てない。
私は、梵の申し出に本気で嫌がる事なんて出来ないんだから。
如何してか、心の中の何処かでいいやと諦めて受け入れてしまう。今も、今までもずっとそうだった。
これは、梵の天性なのか、人を従えさせる力と云うか、そういうのがあってしまう。
嫌厭ながらも頷いて、ついてきて。それでも未だ私が梵の下で甘んじているのは、きっとそういうところを含めて私も楽しんでいるからなんだろう。
私は、梵のやる事なす事を傍で見て一緒にやって、それが好きなんだろうな。
きっともうそういう思考回路になっちゃってるんだよ。残念な事に。
梵の破天荒さに、心底楽しみを見出しちゃったんだろうな。
今回の事も、結局は溜め息吐いて了承するんだ。しちゃうんだよ悲しい事に。
彼奴には会いたくないのに、梵がすると云い出したんだから私も傍で見てみたいって、思っちゃってるんだよね。
どんなにcrazyでimpossibleな事でも、ついて行きたくなっちゃうんだよね。

「 あーあ。」
溜め息が出る。大きな、溜め息が出る。
I feel to too lazy. ってか。
どうしようもなくて、苦笑いがもれる。だから厭なんだよ、コイツの傍に居るの。
何時も何時も何かに巻き込まれて、命を落としそうになった事もあったっけ。
だから厭なんだよ、梵の傍に居るの。
その感覚が忘れられなくて、そのゾクゾクする戦慄が忘れられなくて、何故か私まで亦と求めてしまうから。
だから厭なんだよ、梵の傍に居るの。
楽し過ぎて、今さら鞍替えなんて出来ないんだから。
だから、厭なんだよ。梵の傍に居るの。
梵が居なくなったら、如何すればいいのさ。

「 まったく、仕方無いから私が折れて差し上げますわ、政宗様。
 梵の情けない姿も拝めたしねぇ?」
「 そーかい、そりゃ良かった。これで総て丸く収まったって訳だな。めでたしめでたし。」
苦無を仕舞って、足を開いて座っている梵に手を差し出すと私のその手を取って梵は立ち上がる。
そして機嫌良く笑って刀を鞘に仕舞う。
私は、多分この笑った顔が好きだから、子供の様に無邪気に笑う顔が好きだから、梵の総てを受け入れてしまうんだろうな。きっと。
だから私は、梵に勝てないんだ。

「 Okie dokie.
 それじゃ、コイツを武田に届けてきてくれ。」
「 は?」
ペンと白い書を額に押し付けられた。
「 ちょっと待ってよ。私は試合の事は了承したけどこれを届けるとは一言も―――」
「 頼んだぜ、俺のお庭番のちゃん。」
はああぁぁぁ!?
舐めてんのかこの野郎!!
「 否だ、断る!」
「 Please Mr.Post man.」
「 誰がミスターポストマンかこのやろー!ぶった斬ってやる覚悟しやがれ!!」
「 Oh!Let's partyってか!?楽しくいこうぜ!」





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