き想い




   
「 奥州筆頭 伊達政宗殿とお見受け致す!真田源二郎幸村が御首、頂戴致す!」
「 Ha!上等、かかってきな。」
割れる様な青空の下。
青き竜と紅き狼が各々一頭ずつ、対面している。
合戦場の、ぴりと張り詰めた独特の空気の中。
周りに人は居ないのかと云うと、2人の男から少し離れた所には居るのである。
青き竜、伊達政宗の家臣達が。
しかしならが突然の幸村の乱入に、片倉景綱や伊達成実と云った武将であれど対応出来ないでいたのだ。
「 いざ、尋常に勝負!」
「 It's Show time!」
2人がそれぞれに口を開き得物を構え直す。
刹那の間。
「 御覚悟。」
凛と通った風が吹き降ろすと同時に、冷たい鉄が1本撃ち下ろされる。
幸村は何事かと躯を強張らせ目を見開く。2人の間の地面には、1本の冷たい鉄が黒く怪しい光を放っている。
と、突然その辺りが暗くなる。ふっと雲が太陽を隠すかの様に。
「 Oh , shit!」
そう吐き捨て、政宗は小さく頭を抱える。
「 何事でござるか!?」
幸村は目を白黒させ、身構えた。



「 政宗殿、政宗殿おおぉぉぉっっ!!」
ズドドドドドド―――
土煙を上げ、馬に跨り紅い双槍(そうそう)を手にした幸村が向かう先は政宗が城、仙台城。
門をぶち破り城内の一歩手前で馬を乗り捨てるや否や、嬉しそうな笑顔を湛え単身城内へと乗り込み行く。
阻む武士達をバッサバッサと薙ぎ倒しては、一心不乱に天守閣を目指しているようだ。

「 ぅうおおりゃあああ!撃破撃破ぁっっ!!!」
城の中を破壊しつつ、駆けて行った先の天守閣では、政宗が静かに待ち構えていた。
はぁと息を整え、幸村は笑う。歓喜に似た、その色で。
「 政宗殿。
 拙者、そなたに出会えた事に感謝致す。」
云って構え、おもむろに駆け出す。一閃の紅の筋を残し。
「 ……はぁ。」
対する政宗はと云うと、構える素振りも見せずあまつさえ深い溜め息を吐き出しているではないか。
面倒臭そうに佇むその姿からは、とても青き竜の姿を見る事は叶わず。
ふいに右手を挙げた後に、こう通る声で加えた。
なら今日は居ねぇよ。」
挙げた右手で髪を掻き上げながら、一人の名を。
刹那、政宗に向かって突進していた幸村は急に制止を試みた。全身に力を入れ、フルブレーキをかける。
目を見開き凝視する先は、面倒臭そうに吐き捨てた、政宗。
「 そ……。」
先に見せた歓喜の色は瞬時に掻き消え、愕然とした色が急速に浮かび上がる。
「 それは眞でござるか!?」
ガランと乾いた音が響く。重く低い音が、2人だけの空間を包み込む。
泣き出しそうに政宗に縋りつく幸村は両手に持っていた双槍を床に落としていた。

戦意喪失。
この言葉が能く似合う。
―――かと思われるが、能く能く考えてみると若干の違和感を覚える。
幸村には元々政宗に対する戦意が在ったのか、と云った事である。
政宗の言動を見るに、そうでは無いと窺える。
幸村の姿を見るなり溜め息を吐き、且つ剣を構える事もしなかった。そして決定打はなんといっても次のものである。
なら今日は居ねぇよ。』
こう云い終えた次の瞬間、幸村は構えていた双槍を床へ落とし膝を折って政宗にすがりついていたのだから。
これらの事柄から導き出される答えは、そう、つまり―――――

「 Hey Yo.
 毎度毎度、好い加減にしろよこの莫迦が。に会う口実に俺を使うな。迷惑だ。」
ぺいと幸村を引き剥がし、政宗はすたすたと歩き出す。
「 まっ政宗殿……!」
焦ったのか幸村の声は上擦っている。
どうやら、図星の様だ。
わたわたと忙しくその躯を動かし、政宗の周りに纏わりつく。
「 誤解……誤解でござるよ!拙者は唯政宗殿と、そう、政宗殿と相見えたいが故っ――」
「 じゃあどうして自分の得物を取りこぼしたんだよ。Ah?」
「 う……あぁ……。」
それはその、と俯き口篭る。頬も僅かに桃色に染まっている。
そんな幸村の姿を見た政宗はやれやれと云わんばかりに首を振り、小さな息を吐いた。
なら虎のもとへ遣いにやった。お前ももう此処に用は無いだろ。とっとと帰れ。」
しっしっと手を振り戻る様にと促す。
訳が判らないと云いたげにぽけと情けなく口を開けている幸村に。
「 Hurry up!」(早く行け、今なら未だ間に合うだろ)
床に転がっている幸村の赤い槍を拾い上げ、情けない顔を寄越している持主に怒号と共にそれを投げつける。
が、突然の政宗の言動についていけない、対処出来ないでいる幸村はその槍を受け取ることが叶わず、顔面で受けてしまっていた。
痛いと訴える双眸は僅かに濡れている。
「 H U R R Y .」(さっさと出てけ)
政宗は再び落ちた槍を拾い上げ、刃を幸村の顔目掛け、低い声で凄む。
背後に、青い竜をちらつかせながら。
「 わ……判り申した!」
震え上がりながらも声を振り絞り、幸村は大きく首を縦に振る。
向けられるその刃が自分を貫くその前に、しっかりと受け取り立ち上がる。笑顔とは程遠いその顔で。
「 失礼仕るでござる……!!」
一瞬の間をおいて、だっと一目散に駆け出す。
怯える様なその目つきに、政宗は再び溜め息をついていた。
「 判ってねぇようだな。……もとんだ奴に惚れられたもんだぜ。」
やれやれと肩を竦ませた後、しかしふと口角を持ち上げる。困ったような、嬉しいような、複雑な表情を。


「 政宗殿ぉぉぉ!」
下方から自分の名を呼ぶ声に政宗は面倒臭そうにそれでも相手をする辺り、実は結構良い奴なのだろう。
天守閣からひょいと下を見やれば、馬に跨った幸村が此方を見上げ片手を大きく振り回している。
「 在り難き計らいにござるううぅぅっっ!拙者、やはりそなたと出会えた事に感謝致すよ!!」
惜しげも無い満面の笑みでそう叫ぶと、はっと一声上げ馬を走らせ駆けて往った。
砂煙を上げ訳の判らない動物の鳴き声に似た雄たけびを撒き散らしながら。
「 ……お熱い事で。」
不思議なリアクションを見せ、政宗は一人天守閣を後にした。





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