レイチェル――愛しのレイラ――








「死が怖いんだろ。
 それも自分の死でなく、他者の死が。
 独り、此処に置いていかれる死が怖いんだろ。」

眠り込んでいる、未だ何処か幼さの残る少女の上半身を抱き起こし、黒髪の綺麗な青年は云い放つ。

「自分の事はナイガシロにするくせに。他人(ひと)の事になると、途端に厳しくなる。
 失う事を怖れての、自己防御本能の一部みたいなヤツじゃないか?」

怪我をしている少女の右腕に、応急処置を施す。手馴れた様子で。

「だから――この先お前が、未だこの『姫』と付き合っていたいのなら。
 好い加減、覚悟をきめるべきだな。」

 少し固く、包帯代わりに巻いたハンケチの端を結び終えると、斜め後ろで立ち尽くしている青年に向かって吐き出す。

「覚悟って――なんだよ。
 それに、『付き合っていたい』って……。別に俺と姫はそんな関係じゃ――」

ない、と青年は苦笑する。総てを誤魔化す様に。

「別段。男女のそういう関係だけが、『付き合う』という事ではないだろう。
 こうして姫を間に置いての俺とお前の関係も、『なにか』の付き合いだ。そういう、意味合いだ。
 それに安心しろ。
 姫がお前みたいな人間を、恋愛感情を持って好きになる筈が無い。」

本音の毒を織り交ぜつつ、黒髪の綺麗な青年は続ける。

「上辺だけのペラい優しさで、姫の心の深い部分に触ろうとしたくせに。
 いざ、勇気を出して心の深い部分を晒してみれば。
 『厭だ。触れたくない。』と云って拒絶し、挙句逃げ出したのは誰だ?」

青年は押し黙る。黒髪の綺麗な青年は、尚も続ける。

「姫がそれでもお前の事を信じて、心を開いて、脆い部分をお前に見せようとした。
 お前も見せると、そう云った。
 だのに。更に拒んで。
 コイツのそういう行為総てを受け付けず、結局のらりくらりと逃げ廻って。
 コイツがどういう気持ちで己の深い部分を他者であるお前に見せようと決断したか。
 今までどういう性格でどういう風に過ごしてきただとか。
 一度だってそういう事を、考えてみた事は無いのか!?」

憤りが込み上がってきたのか、少し声を荒げて云い放つ。
それでも青年は、2人から視線を外し、沈黙を守り通す。

「コイツの性格上、自分の過去とか、性格とか、弱ってる姿とか、お前に対する苛苛とか。
 多分全部云ってないだろうけど。」

一呼吸、おいて。

「姫の一部を拒むなら、その総てを拒め。
 都合の良い時だけ『友達』面するな。
 相手の深い部分を見せられて、逃げ出すのであれば、今すぐ此処から去れ。もう二度とその面下げて来るな。
 お前が今までにとった行動で、どれだけ姫が傷ついて苦しんだか判ってんのか!?
 コイツの事だから、今までも、そしてこれからもお前に厳しい事なんて云わないだろうから俺が替わりに云わせて貰う。
 この先、未だお前が姫と繋がっていたいと思うなら、姫の総てから逃げるな。
 例え受け止め切れなくても、逃げ出すな。
 それが本気でぶつかってきてくれる奴に対しての、最低限の礼儀であり誠意だろう。
 その覚悟がないのであれば、今すぐ此処から消えろ。二度と現れるな。」

細い紐をピィンと張る様に。繊細に、けれども強く、云い放つ。

「……でも、それはお前の云い分であって、必ずしも姫の云い分とは云えないだろ?」

重く閉ざされた口を開き、青年は言葉を返す。

「お前はっ!!
 姫が泣いてるところを見てないからそういう事が云えるんだ!!
 近くに居るのに何も出来ない、泣いている理由も笑って誤魔化し答えてくれない、このもどかしさが判るか!?
 俺は……姫が泣くのをもうこれ以上見たくないんだ。
 だから、姫が泣く総ての原因を排斥すると決めた。一つの例外もなく。
 それが例え、過去に心を開こうとした相手であってもだ。」

護る為ならば、手段は厭わない、そう、凄む。

「……。
 それは……お前の………違う、そうだな。そうだ。
 俺も……何時までも逃げてばかりでは……。
 でも――……。」

「ならば割り切れ!
 『お前とは深い付き合いにならない、なりたくない。』と云ってやれ。
 そのほうがよっぽど互いの為だ。
 なぁなぁの関係でいたいのであれば、そう断言してやれ。」
「違う!!」

自分の総てを以って否定するかの如く、青年は声を荒げる。

「俺は……俺は、姫となぁなぁの関係でありたいんじゃない!
 本音でぶつかりたい!受けとめてやりたい!!
 でも、今までしてきた様に、ギリギリのところで逃げ出してしまうんだ。
 怖くて……他人と深く関わりあうのが怖くて……。
 最後の一線を越えられなくて――越えたくなくて。
 どうしてもそこで、避けてしまうんだ。」

言葉を、詰まらす。

「それの何処が、なぁなぁで無いと云うんだ?」

澄んだ声で、黒髪の綺麗な青年が言葉を返す。

「深いところ、触れて欲しくないところには触れずに仲良く宜しくしたい?
 最後の一線は越えて欲しくない?
 ふざけるな!寝言は寝て云え!!
 それがなぁなぁの関係でないのであれば、どれがソレに当たる?」

厳しい現実を、目の前に突きつける。完膚なきまでに。

「俺だって、このままで良いとは思わない。けど、今までこう生きてきたモノを今すぐ変えられる訳でもないだろう!?」

泣いているのか、怒っているのか。その表情からは読み取る事が出来ない
けれど。

「ならばコレが。今が変わる良い機会だろうが。
 行き成り総てを変えろとは誰も云わん。
 先ずは相手を拒絶するな。最低限、連絡は返せ。
 其処から始めてみたらどうだ?」

一転、優しくなだめる様な物云いになる。

「まぁ、一度既に離れてしまった他者の心を再び繋ぎ、留めておく事は並大抵の覚悟では出来んがな。
 それでもやると云うのならば、俺はこれ以上お前に厳しい事を云う必要はないがな。」
「一度離れて……って、どう云う事だよ?」

当然と云えば、当然の質問をする。

黒髪の綺麗な青年は、笑って返す。

「其の儘の意味だ。
 そら、何度も何度も痛く、逃げられれば、ソレから心が離れていくのは、自然の摂理と云うモノだろう。
 姫だって人の子だ。お前と同じ様に心がある。
 その心のバランスを取る為なら、本能はなんだってするだろ。
 『誰かを失いたくない』
 そう思うからこそ、さっきの様に己の身を挺して他者を庇う。
 『これ以上は耐え難い』
 そう思えば、その物事から手を引かすのが防御本能だ。
 例えそれがそう、対人関係でもな。」

嘲笑うかの様に、暮れ往く空は真紅に燃える。

「人の心は儚くも脆い。
 どれだけ強いと思っている人物にも、弱さはある。
 その部分をお互い受け入れ、認め合うのが『付き合い』なんじゃないか?
 ヒトは、儚くも脆い。けれど、他者を慈しむ事が出来る。
 優しくも強いものだと俺は思う。」

黒髪の青年は、ぽん、と青年の頭に手を掛ける。

「最終的に、お前を動かすのはお前以外の何者でもない。
 他者の言葉など、所詮戯言にしか過ぎない。
 其れを如何、受け止めるかで、ヒトは何時だって変われるんだと、俺はおもうがな。」


ぐんぐんと空は、真紅の炎に覆われていく。

「結局は、己の覚悟だろ?」 




























継ぎ