生きてくためには仕方無い。
いつからか、苦痛でしかなくなっていた。
あんなに好きだったのに。あんなに愛していたのに。
今となっては、そう思い込んでいただけなんじゃないのかとさえ思える程、冷めきってしまった。
あの燃える様な感情は、総てマヤカシだったのだろうか。
そうではないと、思いたい。
こんな疑いの心を持つなんて、俺はどうやら相当、狂っているらしい。
確かめる事もせずに疑う事しか出来ないなんて、とんだクソと思った。
いつからだろうか、俺達2人の間に不協和音が生じたのは。
大学2年の時ゼミで知り合って。その4ヵ月後にきみから告白してきてくれて付き合うようになった。
時には喧嘩もしたけれど、それでもきみの隣には俺が居るのだと信じきっていた。
疑いなんて、微塵も無かった。
それから4年経って。
お互い社会に出て2年目。忙しい時期だとは判ってる。
連絡する回数も逢う回数も、日を追う毎に減っていった。
それでも繋がっているのだと、それでも愛し合っているのだと、きみの隣に居るのは俺なのだと、信じてやまなかった。
半年前。
街で偶々見かけたきみは、仕合わせそうに笑ってた。
隣に居るのは俺じゃなくて、俺の知らない男だった。
それでもきみは仕合わせそうに微笑んで、腕を組んで仲良さ気に歩いていた。
自宅に帰ってから、ずっと考えた。
アレはなんだったのだろう、アレは誰だったのだろう。
考えたって答えなんて出る筈も無い。きみに聞けばすぐに判るのに。
だけど怖くて聞けなかった。
何が怖かったのかなんて今になってしまってはもう判らない。けれど酷く怖かったんだ。
その後に連絡を取ったり逢ったりしてもきみは以前と変わらぬ態度で。
だからアレは俺の見間違いだったんじゃないか、兄弟だったんじゃないかと思えいつしか忘れていた。
けれど3ヶ月前。
再び見てしまったんだ。
きみが俺の知らない、半年前に見た時と同じ男とキスしているのを。
何度見間違いであれと、祈った事か。
暫くそのシーンが頭から離れず、生きた心地がしなかった。
それが多分決定打だ。
それ以前から鳴っていたのかも知れないけれど、きっとそれが不協和音の始まりだろう。
その後何度か会ったけれど、相変わらずきみの態度は変わらない。
以前の様に俺を欲しがって。
俺はそれに唯、すがる様に応えるしかなかった。
俺の隣にはきみが、きみの隣には俺が。
そう信じて疑わなかった筈なのに。疑う隙間なんて、何処にもなかった筈なのに。
情事が終わった後のきみは以前と同じ顔で、けれども違う言葉を吐いた。
俺ではない、俺の知らない男の名前を。
頭を、金槌で殴られた気分だった。
ガンゴンと五月蝿く鳴る音に、めまいを覚えた。
嗚呼、いつからきみは、何時からキミは。
それでも涙の一つも出ない自分に、狂う程苛立ちを感じた。
それから今日までの一月半、唯苦痛で仕方が無かった。
きみの声を聞くのも、きみの顔を見るのも、きみの文字を見るのも。
あんなに好きだったのに、あんなに愛していたのに。
それが脆くも儚く崩れ去った。
どうして好きだったのか、どうして愛していたのか。
今となってはもう、判らない。忘れてしまった。
きみのどこが好きだったのか、きみのどこを愛していたのか、何故愛していたのか。
総てを考える事が莫迦らしく思えた。
苦痛に耐えるのも、恋人同士を取り繕うのも、莫迦らしく思えた。
だからきみから『逢いたい』と云われた時、好都合だと、そう思った。
会えば何を口走るか判らない。
けれど、きみときみの幻影にさよなら出来る。
唯それだけで、良いと思った。
眼の前に居るきみは頬を紅潮させ、肩で息をしている。
此処は俺の部屋。
脱ぎ捨てられたショールと、幽かに残る唇の感触。
俺の左頬にはきみの右手の温もりが、痛く、微かに残ってる。
「いつから知ってたの……?」
肩を大きく上下させ、きみの瞳は激しく揺れてる。
「確信を持ったのは3ヶ月前。2人がキスしてるの偶々見た。
でも疑い始めたのは……、半年前、かな。」
何故だろう。
そんなきみの姿を見れば見る程、哀れに思えて笑いが込み上げてくる。
「じゃあ、じゃあ。
知ってて今まで私とヤッてたの!?」
ああ、うん。
「そうだよ。」
パシッ――
「ならそっちの方が、よっぽど野獣じゃない!ムカツクッ!!」
そう怒鳴りながら、きみは肌蹴た胸元を隠す。
野獣――所詮その程度の言葉しか出てこないのか。そんなに、動揺してるのか。
数分前、部屋に居たきみは静かにショールを床に滑らせた。
そしてジリジリと俺に近づき、貪る様にキスをしてきた。
目を閉じて、力を抜いたら何かが音も立てずに消えた。
自ら服を脱ごうとするきみを見て、俺からキスを止めたんだっけ。
そしてこう、云ったんだ。
「他に愛してる男が居るのに、躯が劣情に耐え切れなくなったら俺のトコロに来るんだ。
まるでサカリに飢えてるウサギのようだね。ああ、ウサギにはサカリが無かったっけ?
入れられりゃ、感じられりゃ誰のでも良いんでしょ?
可哀想な人。」
目を見開いてきみは俺に平手をくれた。
それは図星だったからなんだろうね。
「俺はさ、未だその時はきみが好きだったから。
そうする事できみを繋ぎ留めておくことが出来るなら、それで良いと思い込んでたからしたんだよ。
でも、きみは違うだろ?
唯快楽を得る、貪る為だけに――」
バシンッ
「うるさいうるさいっ!そんなの今考えただけでしょどーせ!
ヤツキだってただ私とヤリたかっただけなんでしょ!」
3度。
短い時間で3度はたかれた。
能く見ればきみは涙を流してる。泣けば総て許されるとでも思ってるの?
「そういう言葉が出るって事は、やっぱりとうに俺の事なんて好きでも無かったんだよな。」
確認の為にそう聞いたら、きみは意外な事を口にした。
「そうよ、もうヤツキになんて嫌気がさしてた!
だってここ1年位、仕事が忙しいって云って、ろくに私と逢ってくれなかったじゃない。」
気のせいか、『さみしかった』と聞こえた。気がした。
「生きてくためには仕方無い……仕事しなかったら食ってけないじゃん。」
なんて、真っ当な言葉が口をついた。
凄いな、俺。
いつからこんな事考える様になってたんだろう……。
「そんなのっ……云い訳よ!ヤツキじゃない、そんなのヤツキじゃない!」
ポロポロと、顔を歪ませて泣くきみに、今の俺はもう手を伸ばさない。
「会えばそれで良かったと?こうはならなかった、と?」
非情だろうか、でも言葉は止まらないんだ。
「そうだよ!
ヤツキが、ヤツキが逢ってくれてれば……私も他の人になんて走らなかった。
優しくされたって、心が動く事なんてなかったのよ……。」
ああ、そう。総て俺が悪いんだね。
「でも、好きでもない俺にイカされて、気持ち良かったんでしょ?」
――パンッ。
「信じらんない!最低!!バッカじゃないの!?
結局ソレしか頭にないんじゃん、キモチワルッ!
なんでこんな奴好きになったんだろ、バカみたい。」
4度、目。
「別れてやるわよ、別れてやる!
ハナからヤツキになんてもう愛もなにもなかったもん。
これで良いんでしょ?さよなら!」
バシンと乱暴にドアを閉めてきみは出て行った。
きっともう、2度と俺の元へは来ないだろう。
これが俺の望んだ結末。
そうだろ、総て俺が悪いんだろ?きみは綺麗な儘あの男の許へ行けば良い。
泥を被ったなんて思ってない。
ましてや、総て俺が悪いだなんてのもね。
別に如何でも良いさ。
これでやっと、きみの苦痛から解かれるんだから。
これが俺の望んだ結末なんだから。
設定:
ヤツキ=小町 八月。
成梨高校国語科担当教諭。現在24歳。
真面目。
きみ=ヤツキの元・恋人。
名前とかそんなのは決めて無い。
所謂一般的な、今風な感じの女性。ヤツキと同い年。
髪は明るい茶髪で細かいウェーブがかかってる、肩辺りまでのセミロング。
これだけ読むとこまちゃん、可也の鬼畜ですよね。
でもね、違うんです。
本来ならばこういうのは阪本先生の十八番ですよね。阪本先生がやってこそですよね。
なのに、こまちゃんです。
ほら、阪本先生も手痛い失恋したばっかだし。
なんだこれ、主人公(三月)以外酷い恋模様だな。
甘甘な話を書いた後には辛い話を書きたくなるのが人の性ってもんです(嘘)。
で、まぁ。
こまちゃんの恋人も、小説になって初めて出てきた訳でして。
初期設定では『恋人居るかも』程度だったのに。なしてこげなこつに(何)。
別にこまちゃんは鬼畜な訳じゃない。
こまちゃんは私・作者の代弁者かも。
自分が100%悪いとは微塵も思ってない。
唯、自分にも少なからず確かに非は有る。
ならば相手がそう云うのであれば、甘んじてそれを受け入れよう。
悪役に徹しよう。
そんな感じ。
生きてくためには仕方無い=仕事
というのがパッと浮かんだので、其処から恋愛に絡めてみました。
別に良いじゃないねぇ、仕事に生きたって。
恋を蔑ろにしてた訳でもないのです。
唯少し、割く時間が減ってしまっただけなのです。
なのに彼女は一人勝手に思い込み。
其処から歯車は狂い始めたのです。
どちらが悪い訳でもない。
ほんの些細なすれ違いで。
それが伝われば、幸い。
別に、HAKUEIさんの『ダブルラブショック』がイメージではありません。
かけ離れすぎてるしね。
書いてる途中で、多少
あー、なんか似てるやも
と思ったけど。
違いますよ。全然。
こっちの方が遥かにドロドロしてるよね。
と云うか女性像も違う。
いつもの様な改行無し。
これはこれで、良いと思う。
円月輪、新境地で御座候。