夢の続きでもみようか……
「 神田君。」 「 あ゛?」 昼食をとる為にトレイを持ちながら座る席を探していると、後ろから声を掛けられた。 名前で呼ばれなければ、無視しようと思った。 この声で呼ばれなければ、返事すらしなかっただろう。 俺はゆっくりと顔だけを、声のした方へと向ける。 「 なんの用だ。」 そう吐き捨てた瞬間、後悔が躯中を駆け巡るのが判った。 声のした方には、一人の女が俺と同じ様に昼食のトレイを両手で持って立っている。 俺よりも背が低くて、まぁ、一般的に見て可愛い顔をしていて、何かにぶつかった位で折れて仕舞いそうな程華奢な躯で。 本当は声だけで誰かなんて判ってたんだ。 お前だから、返事をした。お前だから、(顔だけとは云え)振り向いた。お前だから、声を掛けたんだ。 例えどんなに、威圧的に見えたとしても。それは総て、お前、だから。 「 あの、神田君も今から、お昼だよね?」 ほらな、少し顔が引き攣ってる。判ってんだよ。 「 見りゃ判んだろ。」 そう云って俺は椅子を引いて座った。 決定打。たじろいでんじゃねぇか。 判ってんのに、なんで俺はこういう云い方しか出来ねぇんだよ。 ラビやコムイやモヤシの様な優しい云い方が……って、別にヤツ等が良いとかそういう訳じゃねぇけど。 いや、何考えてんだ俺は。今はそういう事考えてる場合じゃねぇだろ。 「 あ、うん。そうだね、あはは。ごめんね、判りきった事聞いちゃって。」 そんな、すまなさそうな顔して謝んなよ。如何考えたって今のは俺が悪いんだろうが。 ……クソッ! こんな時に気の利いた言葉一つ云えねぇなんて、ふざけてるよな。 こんな気持ちになるなんて、如何かしてんじゃねぇのか俺。 誰が好き好んで、こんな奴と一緒に飯喰ってくれんだよ。 だってもう、別の違う奴と一緒に喰ってんだろ。 なんで一言『一緒に喰うか?』位の事が云えねぇかな。 「 隣に座っても良いかな?」 !? 声のした方へと、今度は上半身ごと勢いよく向いた。 「 あ……えと、厭なら別に……と云うか、ごめん。迷惑だったよね?やっぱり。」 だから、なんでお前がすまなさそうな顔して謝んだよ。 俺は未だ何も云ってねぇだろ? 別にお前を睨み付けてる訳でもねぇし。いや、そりゃかなり驚いたけど。 でも目つきの悪さは生まれつきなんだよ。 だから、逃げんなよ。逃げてくれるな。嬉しかったんだから。 「 おい。」 気付いたら、口が勝手に動いてた。 「 おい。」 お前を、少しでも良いから此処へ留めておきたかった。 お前が振り向いたか如何かなんて判んねぇし、確かめるのも怖くて。 「 何処で喰おうがお前の自由だ。好きにしろ。」 こんな事口走ってる自分が自分で恥ずかしくて。しかもコレが俺にとっての精一杯とか。 ラビが見てたらからかってくるんだろうけど、なんかもう関係ねぇ。 如何とでもなれよ、俺は一応云ったんだからな。 ……恥ずかしくての顔、見れてねぇけど。 カタン 「 !?」 コト 「 お隣、失礼しますね。」 そう云ってお前は俺ににっこりと微笑んでくれた。 今のその笑顔だけは、俺だけに向けられたもんだと思っても良いんだよな? 「 神田君と一緒に食べるのって、初めてだよね。」 そんな嬉しそうな顔されたら……。 「 神田君て、ちょっと、近寄り難い雰囲気もってるからさ。今日、声掛けた時も凄くドキドキしてたんだ。」 俺もだよ。というかやっぱり、"怖い"とか思われてんだな。 「 断られたらどうしよう!?とか思ってたんだけど、取り越し苦労だったみたいで、良かった。」 俺の方こそ。他の奴と食べてくれなくて。特にモヤシとかな。 「 神田君、あのね?」 は俺の左腕のコートの裾を小さく引っ張って、俺の眼を見つめてくる。 「 ――なんだ?」 うん、と少し頷き口を小さく開く。 「 あのね、神田君。」 小さく引っ張っていた指を、俺の手に遠慮がちに重ねる。 「 私、私ね……神田君の事が――」 ピピピピピピピピピピピピピピピピピピ・・・・・・ 「 は―――ぁ……。」 俺は盛大な溜め息をついた。 目覚まし時計は尚も五月蠅く時を告げている。 「 夢かよ。」 ある筈の無い、左手の感触を静かに思い起こしてみる。 「 ……情けねぇ。」 こんな夢まで見るなんて、俺も相当キてるんだな。 なんて冷静に分析してる場合じゃねぇ。 少しずつ内容を思い出してるうちに、体温が気持ち上昇したなんて口が裂けても誰にも云えねぇよな。 ピピピピッ カシャン―― 「 後5分……否、2分でも……。」 アイツは今頃、如何してるんだろうか。もう飯は喰ったのか。喰ったとすれば誰と喰ったのか。 そんな事、考え出せばキリが無い。 そんな考えを払拭させる為にも、俺は何時もの様に髪を高く結って、団服に袖を通す。 「 あ、神田君!?おはよう。」 部屋の扉を開けた途端、コレかよ。 「ああ。」とだけ返してはみたけど。 見る限り、食堂に向かってるみてぇだな……。 「 ――ック、時間はたっぷりあるってか……?」 声を殺して呟いた。 「 え?」 聞き取れなかったのか意味が判らなかったのか。まぁ、そんな事は如何でも良い。 「 おい、朝飯喰ったか?」 |