!」
「 ……何」
空の高い秋の朝。
「 遠乗りに行かねぇか!」

「 ……遠乗り?今から?」
「 ああ、今すぐ。今日は天気も良いし、絶好の遠乗り日和だぜ。」
「 でも……子龍様に――」
「 趙雲なんて気にすんな!俺が許す!!」
「 ……孟起。」
「 な、行こうぜ遠乗り。」
「 もう、仕方無いわね。その代わり行くからには私を楽しませてよね?」
「 おう!任せろ!」

空の高い、澄んだ秋の朝。
は自身を呼び止める声に一度振り返り立ち止まったが、呼び止めた張本人を一睨みしてから再び忙しそうにその足を前へと進めた。
「 ――――あれ??」
慌てて、その後を追う馬超の顔は締まりの無い弛み顔から焦ったような眉根を寄せたそれへと変わる。
澄んだ秋の朝の風は、少し冷たい。
「 待てって。なぁ、今日は戦もねぇし良いだろ?」
追いつき、横に並んで歩き顔を綻ばせて云う馬超は朝だというにも係わらず、既にテンションはフルスロットルのようだ。そっとの腰へと手を廻すが、あっさりとそれを払い除けられてしまった。
鬱陶しい。
そう物語っているは顔だけに止まらず、体全身から迷惑オーラを遠慮する事無く放っている。
けれどそれに気付かないのか気にしないのか、馬超の口は一向に閉じられず大きく開かれるばかりで。
「 なあってば。聞こえてんだろ?無視すんなって。」
身振り手振りを交えながらなんとか注意を惹こうと必死だ。

「 ……はぁ。」
げんなりとした顔で溜め息をひとつこぼす。
は再び立ち止まり、馬超へと体を向け顔を見上げて口を開く。
「 孟起、仕事は?」
「 戦はねぇだろ。」
「 戦だけが仕事じゃないでしょう。」
もうひとつ溜め息をこぼし、は馬超の手をそっと取る。
「 文官さんや護衛武将さんを困らせないで。」
が俺の護衛武将になってくれれば仕事するかもよ?」
「 ……そうなればなったで仕事どころじゃ無くなるでしょう。」
「 なん――――っ」
「 ――――……」
「 ……溜まってんのか?」
「 我慢してるのは孟起だけじゃないのよ。バカ。」
恥ずかしそうに頬を染め小声で呟くは、云うなりもう一度馬超に口付けた。先刻とは違い、深く深く欲するように。

「 ――あ、子龍様。」
ふと、ずっと黙り込んでいたが口を開けた。
けれどその可愛らしい口から紡ぎ出されたものは馬超の字では無く、が護衛武将として仕官している上司、趙雲のそれであった。その言葉にびくりと我に返った馬超は、の目線の先を追う。
「 ああ、か。おはよう。」
「 おはようございます子龍様。」
ぱたぱたと小走りでは趙雲の元へと駆け寄って行く。
独りぽつんと取り残された馬超は、微笑ましく朝の挨拶を交わしている2人を見ながら、そういや俺、から朝の挨拶すらしてもらえてねぇっつーか、"何"っていう一言しかもらえてねぇなと、それとなく一緒に居た時間を振り返っては涙を呑み込んでいた。
「 馬超、おはよう。」
「 ああ、おはよう。」
爽やかな笑顔で趙雲が朝の挨拶を寄越したので、ボリボリと頭を掻きながら其方へと歩み寄る。と、それまで朗らかな笑顔で趙雲を見上げていたの顔が瞬く間に曇った。
俺が何かしたのだろうかと心で泣きつつ、威嚇を止めないにも朝の挨拶を今更ながらにしてみる。
「 おはよう、。」
「 …………おはようございます、馬将軍。」
明らかに棒読みな格式ばった返事。
もういっそ、泣いてしまおうか。
「 なんで趙雲は"子龍様"で俺は"馬将軍"なんだよ。"孟起"で良いって云ったろ。」
けれどそんな訳にもいかず、何時も疑問に思っていた事を勢いに任せて聞いてしまった。云って、返される言葉など容易に予想できるのにと後悔しつつ、それでもと問い詰めてしまう。なにかきっとと、淡い期待に縋りながら。
「 子龍様は(ワタクシ)の直属の上司です。馬将軍と私に接点など御座いません故。」
云われ、嗚呼やっぱりと頭を抱えれば、隣で趙雲が楽しそうに笑っている。
趙雲を恨むのはお門違いだろう、そんな事は判りきっている。百も承知だ。けれど、この遣る瀬無さと憤りは如何すれば良いのか、判らない。
「 それでは私はお先に失礼致します。子龍様、亦後程。」
「 ああ。」
「 あ、、遠乗りは――」
「 失礼致します。」
空の高い澄んだ秋の朝。
遠乗りと白昼夢にはもってこいの、そんな日常のヒトコマ。










―――――おまけ―――――

「なんっで未だに俺には刺々しい敬語使うかな。」
「そりゃ――――嫌がってるから、だろうな。」
「……趙雲よ、護衛武将の育成も武将の仕事だろ?」
「ああ、そうだな。」
「………してくれたって良いんじゃないか?」
「私は仕事はきちんとしているさ、誰かさんと違ってな。」
のあの反応は如何なんだよ。」
「他の方々には素直な態度を取るとても素直で良い子だよ。」
「なんでこうなったのか……唯遠乗りに誘っただけなのに。」
「そりゃあ出会いが出会いだったからなぁ。」
「……人の恋路を邪魔して楽しいか?」
「私は邪魔などしていないよ、誰かさんと違ってな。」
「…………嫌味か。」
「ああ、嫌味だ。―――だが。」
「あ?」
「協力してやらん事も無いぞ。」
「本当か!?」
「金輪際に手を出さないと誓うならな。」
「!!!」
「どうだ?」
「そ、そうだな……。」
「別に今迄の事に対して報復行為をしたって私は全然構わないんだがな?」
「すみませんでした金輪際二度と殿にはちょっかい出しませんのでどうかご協力願います趙将軍殿。」



白昼夢