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「 夢のまた夢ね、天下統一なんて。」
螺旋、か。」
幸村が日々の鍛錬をしていると、音も無く一人の女、螺旋が何処からとも無く現れた。
その様相は能く見れば忍のそれで、齢は幸村の一つ二つ下といったところだ。
軽く身体を弾ませ、とんとんとリズミカルに動きながら幸村の背後へとそっと近づいている。それに気付いているのかいないのか、幸村は尚も熱心に槍を振るう。
「 幸村自身は無いの?天下統一への野望とか。」
顔色を変えず、言葉の真意を見せぬ調子で訊ねる。
背を向け槍を振るう幸村は、間をとる事もせず軽く笑った。
「 ははは、私はそんな器では無いよ。それ位、螺旋ならば能く知っているだろう?」
絶え間無く槍を振るいながら、少し笑んで。丁寧にも問に答える。
空は雲ひとつ無い快晴が遥か彼方まで、地の最果てまで続いている。
「 それなら如何して御館様の下に就いて、御館様の王道・天下統一を手伝っていたの?」
ふと刹那、幸村の槍の動きが止まった。
それはとてもとても短い時間で、普通の人間であれば見逃してしまう程の刹那的な停止ではあったが、確かに幸村は槍を振るうのを止めた。次の瞬間にはもう既に動き出していたそれではあるが、突然の螺旋の出現にも驚かなかった幸村が、確かに何かに驚いたような反応を示していた。
けれど、まるで何かを払拭するかの如く槍を大きく振るい、幸村は口を動かす。先程とは違い、暫く間をとった後。
「 私はお館様の治める国をお傍で見たかったのだ。唯それだけさ。」
「 ふうん。それじゃ、幸村自身は本当に天下統一の夢や野望は持ってないの?」
「 そうだな、戦の無い平和な世になればとは思っているが。
 そんな事を、突然どうしたのだ?螺旋らしくも無い。」
「 別に。」
「 !?」
突然に、螺旋は幸村の背中へと大手裏剣を振りかざした。
と、同時に何かを察知したのか幸村は振り返り、寸でのところでそれをやりの柄で受け止める。ギリギリと、高い金属の擦れる音が青空の拡がる下響いている。
「 ―――何事だ、突然。」
「 別に、何時もの事じゃない。何をそんなに驚く必要があるの?」
いつもの調子でしれと云い放つ螺旋は構わず力を籠める。
いつもの事、そういつもの事。一人で鍛錬している幸村にちょっかいを出すのはいつもしている事じゃない。今さら驚かれる事なんて何も無い。
そう心を押し殺すも、その顔は何処か影を含んで見える。
目も当てられないのよ。
まるでそう云われているように、大手裏剣を受け止める幸村は感じていた。
「 ならば、どうして……。」
「 ?なによ。」
「 泣き出しそうな顔をしているのだ、螺旋。」
刹那、一際大きな火花が散った。
同時に幸村は盛大に吹き飛ぶ。
不意に腹に足を入れられ吹き飛ばされ、それでも受身を取り着地した。瞬間、棒手裏剣の雨が降り注がれる。
「 っなにをする!?」
槍で弾くも、一つ二つと幸村の身体からは血が滲み出している。
防御から一転、顔を上げ前を見据えてみれば螺旋の姿は何処にも無かった。
螺旋!?どうした――――私はなにか気に障るような事を云ってしまったか?」
周りを見渡して。
充分に聞こえるだろう声量で叫ぶも、空に風が走るだけで誰からの反応も無い。
槍を地に突き刺し、すまなかった、この通り謝るから出て来てくれ螺旋と声を嗄らし叫んでも、風が一啼きするばかりで螺旋は姿を現さない。

螺旋……。」
そう呟きもれた言葉は
「 ……バカ。」
それでも確かに螺旋に届いていた。
幸村から幾許か離れた樹の上、苦虫を潰したような顔でもらしたのは先の言葉。膝を抱え、顔を伏せた螺旋は悪戯な風に髪を揺らしている。
「 泣き出しそうな顔をしてるのはどっちよ……。」
敬い慕っていた主君を失った幸村はそれと同時に武士(もののふ)としての在り方や自分自身さえも見失っていた。
大切なものを失う前からその過程をずっと傍でちょっかいを出しながら見ていた螺旋にとって、今の幸村の姿は見るに耐え難いものである。信じていた人、信じてきたもの、志、自分自身の気持ち、そういったもの総てを見失い如何すれば良いのか・如何したいのかすら見い出せないで居る主君を如何支えれば良いのか判らない自身に、酷く苛立ちを感じていた。
言葉を与え導くのは簡単だ。しかしそれはなんの解決にも繋がらない。
御館様が居れば――そう考えてしまう弱さに泣きたくもなった。
子供のように泣き出しそうな顔で、それでもそれを払拭させるかの如く懸命に槍を振るっていた幸村を見て心臓が締め付けられた。どうにかしてその顔に笑顔を、犬のような明るい笑顔を取り戻したくて出した筈のちょっかいが、逆に『泣き出しそう』だと心配されてしまっては元も子も無い。無力も良いところだ。怒りを通り越して呆れてくるではないか。
「 私がこうだから、幸村が仕合わせになれるのも亦、夢のまた夢ね。……ごめん幸村。」
忍として長年殺してきた感情が堰を切ったかのように溢れる。頬を伝う、一粒の滴。
螺旋!此処に居たのか!!」
現に引き戻すのは、想いを寄せる主君の我が名を呼ぶ声。
びくりと肩を震わせ顔を上げると、少々傷をつけ幾筋もの汗を流している幸村の、顔。慌ててそれでも気付かれぬよう伝った滴を拭い取るも、頭の中は軽い混乱を招いている。
「 ど……うして幸村が―――」
と、つい口が勝手に動いてしまった。
確かに私は幸村に気付かれず此処に身を隠した。少し、感傷に浸っていたかもしれない。けれど幸村が近づいてくる気配に微塵も気付かないとは。幸村は樹に登る際に枝かなにかで傷を負ったにもかかわらず。
吃驚すると同時にそう頭が冷静に状況判断を下し始める。
こんな事だから、こんな程度の低い忍だから幸村は仕合わせになれないのだと、心の何処かが痛んだ。
そんな螺旋の心中もお構い無しに幸村は樹によじ登り一本の枝へと腰を下ろした。
「 吃驚するだろう。」
ふっと息を吐き、困ったように笑う。
「 ああ、ごめ、ん。」
その笑顔が苦しくて、幸村から視線を外し目を伏せる。
「 突然消えたりして、螺旋まで私を見放したのかと。」
「 え?」
忍として、失格だと瞬時に判った。それでも驚きを隠せず、思うがまま在るがままの反応をしてしまった。
幸村は、困ったような笑みから自嘲のようなそれへといつしか表情を変えていて。
「 お館様が亡くなられ、勝頼様もお守りする事が出来ず。私は、私は私の信じてきたもの総てを奪われた、失ったのだと思い込んでいた。」
眉を寄せ苦しそうに、それでも続ける。
「 今でもその気持ちは残っている。この先、私は何を信じて往けば良いのか、正直判らない。
 けど、今ひとつ確かな気持ちに気付いたのだ。」
そう話す幸村は、ふと力を抜いて右腕を差し伸ばす。
差し伸ばした先には乱暴に拭い取られた涙の跡の残る螺旋の頬。
「 これ以上失うものなど何も無い。そう思い自暴自棄になっていた節がある。だがそれは間違いだったのだ。
 私は未だ、そなたを失いたくは無いのだ螺旋。」
幸村の仕合わせは夢のまた夢。
そう痛い程切実に感じていた。
けれど今幸村が螺旋に向けている笑みは悲しみや自嘲のそれといった類のものでは無いと、一目見て誰もが判るだろう。
螺旋の涙の跡の残る頬を撫でながら柔らかく笑む。
「 これからもずっと、隣に居て欲しい。」
つうと頬を伝い幸村の無骨な指に流れ落ちるのは、哀しみのそれではない。
「 ――――情け無い主君を支えるのが、忍の仕事ですから。」



夢のまた夢