「 、何をしておる。」
「 ああ、梵ちゃんおはよう。」
「 たわけ、ワシの名は政宗じゃ!何時まで梵などと幼名で呼ぶのじゃバカめが。」
「 ふふ、ごめんごめん。」
鼻歌混じりに洗濯物を干していると梵ちゃんが寝間着姿でやって来た。どうやらお目覚めのようだ。
今日は特に予定も無い休日なのだからもう少し寝過ごしていたって良いのに、お子様だから早起きしてしまうのだろうか。そう考えると、可笑しくて笑いがこみ上げてくる。
奥州を平定した覇王と云えど、実物は12歳の何処にでも居るような子供なのだと思えて。
「 おい、。」
「 んー?」
挨拶の為止めていた手を再び動かし始めると、亦名を呼ばれた。
「 何をしておる。」
背中で返事をすると、先刻と同じ言葉。
「 何って、洗濯物干してるの。見て判るでしょ?今日は絶好の洗濯日和だし。」
ぱん、と濡れた着物を広げ、竿に干す。
朝日は清々しく輝いていて、空気は一切の澱み無く澄んでいて、気持ちが良い。
「 それ位判っておるわバカめが。ワシが起きてきたのだぞ、他にする事があるじゃろう。」
「 えー?朝の挨拶ならもう済ませたし、他に何が?それにこれ、私の仕事だから。」
「 そんなもの、他の者にさせれば良いわ。」
ぱん、と濡れた着物を広げると、左腕が下がった。
何事だと下を見ると、梵ちゃん。
「 あのねぇ、私だってこのお城に雇ってもらってるんだからその分働かないと―――」
「 ならワシの相手をせい。雇い主はワシなのじゃからな。」
そのまま袖を掴まれて、引き摺られる。
「 ちょ、ちょっとちょっと梵ちゃん!私怒られちゃうよ!」
「 誰にじゃ。ワシが許すと云うとるんじゃ、誰も口出せまい。」
「 それって職権乱用じゃ……。」
「 ワシの相手も仕事のうちじゃ。それとも解雇されたいのか?」
参ったな。そう云われると、何も云い返せない。所詮私は雇っていただいている身だ。
「 でももう少しで終わるし〜。」
「 ワシは腹が減っておるのじゃ。おい、其処の者!」
「 おいおい。」
それでも梵ちゃんは一度云い出すと聞かない、聞いてくれない。
私がどれだけ良いと云っても、女中さんに私の持っていた洗濯物を押し付けて続きをやっておけと命じた。口を挿もうものなら、バカめがっ!とその愛らしい隻眼で睨まれてしまう。ああもう、一体如何したと云うのだ梵ちゃんよ。いつもなら私の仕事が終わるまで待っててくれるのに……女中さん、ごめんなさい。苦笑いひとつこぼすだけで引き受けて下さる貴女は女神様ですごめんなさい本当にすいません。貴女のお名前を存じ上げませんがごめんなさい。
ちょっと小十郎兄さんの苦労が判るわ。
「 梵ちゃんご飯なら一人で―――」
「 バカめ!家臣は殿の云う事を黙って聞いておれ!」
「 ……我が儘。」
「 なんじゃと?ワシに意見するとは良い度胸じゃな。」
「 は?私は別に意見なんて。唯我が儘と云っただけで。」
着物の袖から何時の間にか手に変わっていて、そのまま手を引かれ後ろをついて歩いているとふと梵ちゃんが立ち止まり振り返った。
その笑顔は、そこはかとなく何か企んでいたりしません?
実際に私は見た事無いけれど、小十郎兄さんや成実ちゃん達から噂に聞いた事があるような、……あるような。
「 今日の朝食はに作ってもらうとするか。」
ちょっと。
「 朝食ならもう用意されてるでしょ、それは無理よ。」
「 握り飯くらい作れるじゃろう。」
だから、そういう風に不敵に笑うなっての。
「 私が作るより、料理長に作ってもらった方が美味しいじゃない。」
「 これはもう決定事項じゃ。ワシに意見した報いじゃ、バカめ。」
どれだけ我が儘なのよ、うちの殿様は。
「 さらっと謳ってくれるな。それに嫌よ、梵ちゃんに握り飯作るとか。」
「 何故じゃ!?」
「 ――っ、何故って、塩が足りんとか握り方が固いとか、私が作ると何時も文句ばかり云うじゃない梵ちゃん。」
それでも、手を引かれて後をついて往く私はなんなのだろうか。
「 ふん、が下手なのが悪いのじゃろう。ワシに非など無いわ。
それにの下手な料理を食して意見してやるワシは優しいではないか。料理修行に付き合ってやってるのじゃ、ありがたく思え。」
「 まぁ、其処までわたくしの事をお考え下さっていたのですね、政宗様。」
「 そうじゃ。」
「 そうですか。」
「 そうじゃ。」
で、結局作らされてる私は一体如何なのよ。
作ってる間は大人しく待ってるんだけどなぁ。ずっと見張られてはいるけども。
一体全体、如何したって云うのよ。突然握り飯を作れなんて。
まぁ確かに今までも何度かそういう事もあったけど。突然遠乗りに誘われた事もあったけど。突然部屋に呼び出されて執務中にも係わらず掃除をしろとか云われた事もあったけど。
何時も何時も突然に突拍子も無い事云い出して、何がしたいのか全然判らん。
そういうのって、私がするべき事じゃ無いよね?しかも小十郎兄さんの話によると私と出会ってからそういう事云い出し始めたそうじゃない。なんなのよ、私をからかいたいだけなの?
「 はいよ、梵ちゃん。」
「 は――――」
「 ……は?」
「 ――っは、早く寄越すのじゃ、モタモタと作りおって!」
「 すーみーまーせーんーねっ!」
ガン、と思わず台に叩きつけてしまった。
でも、どうかしたのだろうか。
普段の食事ならば着替えてからちゃんと部屋でとるのに、私に作れと云う時は何時も決まって寝間着のまま、調理場でとってる。
小十郎兄さんや他の家臣の皆さんも料理長もお部屋でお待ち下さいと云うのに一向に頑として受け入れないし。作ってる時は何を考えてるのか大人しく待ってて、食べ終わってから塩が多いだの少ないだの云いたい放題。
仕事の重圧だろうか。でもとてもそうとは思えないな……仕事は楽しそうにこなしてるし。
それじゃ、他の事?
「 なんじゃ、人の顔をしげしげと見おって。」
「 え?あ、いや……。」
考え込んでたら突っ込まれてしまった。危ない危ない。
仕事の件で無ければ、他に何なのだろう。他の同年代の子達と同じように遊びたいとか?まさか、そんな梵ちゃんに限って。
「 塩が効き過ぎておる。それに握り方が甘いわ。少し齧っただけでもろもろと崩れおる。」
「 あーはいはい、すみませんねぇ政宗様。」
隙在らば天下を我が手にとか考え合戦に乱入しまくりの梵ちゃんに限って、遊びたいなんてそんなまさか。ねぇ。そんな暇があれば策のひとつでも練ってそうだ。
「 これなら未だ小十郎の方が上手く作りおるわ。」
「 へいへい、なら小十郎兄さんに作ってもらえば良いじゃない。」
「 っワシはの為を思ってじゃな!!小十郎は関係無いわ!!」
「 はあ?今小十郎兄さんの名前挙げたのは梵ちゃんでしょ――」
「 うっ五月蝿い!出過ぎた事を云うでないバカめがっ!!」
な、なによいきなり怒り出して。先に小十郎兄さんの話題を振ってきたのは梵ちゃんの方で――――……
ちょっと待ってまさかそういう事なのか。
突然飯作れだの遠乗りに行こうだの云ってた一連の事柄は、そういう事なのか。
ずっとずっと梵ちゃんは誰にも云わず独りでその感情を押し殺して絶えてたって事なのか。
もしそうであれば私は、凄く無神経な事を云ってしまったんじゃないのかちょっと待ってよ。
梵ちゃん、ちゃんと言葉にしてくれないと私バカだから判らないよ。今まで如何いう心境で私と小十郎兄さんの事、視てきてたの。
ちゃんと云ってよ、言葉にして伝えてよ梵ちゃん。
「 な、なんという顔をしておるのじゃ……。」
そんな、人の心配ばかりしないで自分の感情もちゃんと表に出しなさいよバカムネ。
「 わ、ワシはそんな……別に………なっ!?泣くでないこら!泣くなバカめが!!
いや、違う……今のバカめがはそのそういう意味では無くて、だから、その…………。」
此処は私が泣くべきところじゃないのに、ごめんね梵ちゃん。困らせてごめん。今まで気付けなくてごめんね。
もう良いから、もう我慢しなくて良いから。
「 ななな泣くでない!ワシは別にそ―――」
「 ……梵ちゃんは泣いて良いんだよ。」
もっともっと、感情を爆発させて、良いんだよ。心に素直になっても、誰も怒ったりしないよ。誰も梵ちゃんを嫌ったりしないよ。
「 なに、何を云い出すのじゃ!?それに泣いておるのはではないか!
その前に離せ、抱きつくでない!!」
「 梵ちゃんは、泣くべきだよ。ちゃんと、心を楽にさせてあげるべきだ。」
涙が止まらない。此処は私が泣く場面では無いのに、涙が止まらない。
如何すれば良いのか判らなくて、考えるよりも先に勝手に身体が梵ちゃんを抱きしめてた。
壊れてしまいそうな程、如何にもならない感情を何処かにぶつけたくて、梵ちゃんを抱きしめた。
「 ……出過ぎた真似を、バカめが。」
そう云った梵ちゃんの声は少し上擦ってて、声を殺して泣いてる。
「 塩が効き過ぎて鼻にツンときおるわ。」
「 うん、ごめん。」
愛しくて、切なくて、如何すれば良いのか判らなくて強く抱きしめたら、梵ちゃんは私の身体にしがみついた。
気持ちが通じたのか、梵ちゃんが泣いてくれて嬉しくて余計泣けた。
「 今日は、梵ちゃんがもう良いって云うまで一緒に居るから。」
「 ……。」
「 お弁当持って遠乗り行って、良い夢見られるよう寝る時は子守唄うたう。」
「 ……ワシは小童では無いわ。」
「 私が、そうしたいの。」
「 ……勝手にしろ、バカめが。」
夢見るようにうたえば