涙は武器となる
私はアクマだ。 私は、千年伯爵によって作られた、悪性兵器AKUMAだ。 故に、私の主は千年伯爵様となる。私を作り出して下さった、産みの親。 そして敵対するのは、私達アクマや千年伯爵様さえも滅そうとしているエクソシスト。 対アクマ武器となるイノセンスを駆使し、私達を壊してゆく。 アクマとエクソシストは相対する者。 決して、相容れない2者。 私はアクマだ。 人間の皮を被った、人間を殺戮する、心なんて持たない兵器。 そしてプログラムその儘、人を殺戮していきレベルが一つ上がったレベル2のアクマだ。 「 なんでお前みたいなヤツがエクソシストなんだよ。胸クソ悪ぃ。」 部屋の扉を閉められる直前、長い黒髪の綺麗な男の子にこう吐き捨てられた。 そう。 私はエクソシストなのだ。 どんな運命の因果か、アクマである私が敵対するエクソシストに選ばれてしまって。 そしてエクソシストの1人であるとある男性に、エクソシストの総本部、黒の教団に連れてこられた。 私にとっては敵であるエクソシストの総本部に。 連れてこられた途端、検査や調査の繰り返し。 そんな私は黒の教団建物の最上階に幽閉されている。 そして検査や調査の度、完全武装したエクソシスト達に囲まれ拘束具に固められ、教団内を移動する。 その時だけ、私がこの部屋から外へ出る事が許される。 故に私には、自由などありはしない。 それも、私の正体から云えば至極真っ当な事なのだけれど。 私の居る事がかろうじて許されている部屋には、西と南に大きな窓があった。 けれど私がこの部屋に入る事になってから、特殊な物質を混ぜ込んだコンクリートが打ち付けられ綺麗に塞がれてしまった。 それは私が逃げ出さない為の心配りからなのか。アクマの破壊力からすれば、こんな壁、訳も無いのに……。 AKUMAは何を食さなくても死にはしない。 そもそもが死んでいるから。 然るに。 幽閉された当初は、躯には常に拘束具と枷がつけられ、更にはタリズマンによる結界も張られ身動き一つ取れない状況であった。 部屋の彼方此方には監視用のゴーレムも飛ばされていて……これは今もそうだけれど。 冷たいとか寒いとか、アクマだから感じはしなかった。 レベル2になっているという事は、私はこれまでに数え切れない程の人間を殺してきた訳だから、どんな冷遇を受けようと、文句を云う気は毛頭無かった。 此処で受ける事の総てが、所謂『罪と罰』なのだろうと思えたから。 私の生い立ちは、少々複雑なのかもしれない。 アクマであるにも関わらず、イノセンスに選ばれた神の使徒なのだから。 大地主の娘、は、一介の農夫セイジ=に恋をする。 しかし娘の恋心を知った父親は、に政略結婚を強いて、更にはセイジを暗殺してしまう。 そんな実の父親の横行を知ったは絶望、悲観し、セイジを強く求めた。 そこへ現れたのが、千年伯爵だ。 後は例の如く、アクマ――つまり私を製造したという訳だ、と、伯爵から聞いた事があった。 或る時私はレベルが上がり、自我を持った。 そして、恐怖した。 私の周りには血の海と屍の山。 それだけが幾つも出来上がっては灰のように崩れ去っていたから。 死臭と鮮血の臭いが鼻の奥を突いて、不覚にも嘔吐感を覚え、私はその場から走り逃げた。 しかし伯爵から逃げる事など端から無理な訳で、幾つか人間を殺せとの命も賜った。 親の命に背く事は出来ず、ましてや私は殺戮兵器。そんなプログラミングはされていなかったから、断腸の思いで手を下した。 人間の死を見るのも、私が人間を殺していたという事実を肯定するのも、酷く恐ろしかった。 怖かったけれど、それが真実なのだと涙を呑んで認めた。認めざるを得なかった。 その刹那、私が身につけていたブローチに涙が落ちて、瞬いた。 酷く明るく、酷く優しく光り輝くブローチに、私は唯唯眼を逸らし瞼を閉じる事しか出来なくて。 その光が収まった頃、1人の男性が眼の前に立っていた。 「 オレの名はクロス=マリアンだ。娘、お前はなんという?」 そして唐突にこう、口を開いた。 能く見ればそのクロス=マリアンと名乗った赤髪の男性は、私達アクマの天敵、エクソシストのその恰好をしていて。 嗚呼、私は壊されるのだと、運命を受け入れた。 「 私の名は、=セイジ=……です。」 訳も判らず口をついたのは、生前のこの躯の娘の名と、娘が愛した農夫のそれであった。 壊されるのだと目を瞑ると、不思議と、この地獄の様な運命から解き放たれるのだと感じ、暖かな安心感を得られた。 けれど。 返ってきたのは私の予想を遥か斜め上をいくものであった。 「 お前も神に選ばれた使徒、か。 皮肉な運命を背負わされたものだな。ならばオレと共にその運命を受け入れ歩め。」 こう言葉を降り注ぎ、そして不意に私の腰へと腕を回したのだった。 当然私は驚いた。 「 私が、神に選ばれた……使徒?―――私は、千年伯爵様によって作られた、神と対為すアクマなのよ? 知った風な口をきか――――っっ!?」 涙を流しながら反論していると、口を、クロス=マリアンと名乗る男性のそれで塞がれていた。 驚いて、外そうともがけばもがく程、男性は私に深く深く口付けて。 私がアクマだと知っている筈なのに――――。 そう思うと、涙が止め処なく、溢れた。 「 、女の涙は武器だ。例えその正体がアクマや魔女だとしてもな。 そして美人ならば更に、だ。」 耳元でこう囁かれ、流れ落ちる涙を指ですくわれた。 もし、作られたアクマの私に心なんてものがあるとするならば、この瞬間彼に、救われたのだろう。 その後、暫く世界を歩き回った後、私はこの黒の教団へと彼、クロス=マリアンに連れてこられた。 私の身の安全を第一に考えた時、此処が最善であると考えたそうだ。 アクマでありエクソシストでもある私が、アクマやエクソシストから狙われずにすむ、唯一つの場所。 クロス=マリアンは私を黒の教団へ置くと、いつの間にか居なくなっていた。 けれどいつからか、部屋の中では拘束具や枷を着けずにすむ様になったから、きっと彼が口添えしたのだろう。 偶に無言で部屋に運び込まれる花や家具や衣服と云った物も、きっと総て。 ふと昔を懐古していると、一つの近づいてくる足音が聞こえた。 レベル2になった今の私に、人間への殺戮衝動は皆無である。 そして私のイノセンスは、ブローチ型の『水鏡』 機能は対象物を映し出す事。 見た事の無い場所であっても、対象物さえ知っていれば映し出す事は可能で。 シンクロ率の上がった今では、対象物が漠然としていてもそれは可能でもある。 そう。 例えば、アクマ。 「 、久しいな。」 穏やかな口調と共に現れたのは、この世で唯一、私の名を呼んでくれる赤髪の男性で。 「 ありがとう、クロス=マリアン。」 不意に流れ出した涙は、口付けの合図となった。 |