Silver accessory






「 凄い雪ね。」
「 ああ。」
「 ……怒ってる?」
「 別に。」
轟轟と殴りつけるような吹雪を呆と見つめるセッツァーと。白い世界を見つめながら自身の両腕を擦るを見てセッツァーは気取られないように小さく息をひとつ吐いた。


「 銀が欲しい!」
と嬉しそうにが飛空艇のドアを勢いよく開けたのが一週間程前。
どれだけその理由を聞けども笑顔でだって欲しいんだものとの一点張りで譲らない彼女に多少のしこりは残しながらも渋々了承し何処で買うのだと問うてみれば、買うのでは無く自分で見つけるのだと云われ言葉を失ったのが懐かしく感じられる。


そして押されるがままにファルコン号を飛ばし、銀の発掘をし終えてみればこの有様だ。猛吹雪。
確かにファルコン号から降りた時に少し肌寒いと感じた。けれどまさか、たった一週間暗い穴倉に篭っていただけでこれ程世界が色を変えるとは誰が予想出来ようか。否、出来ない。現に今、予想できずに途方に暮れている人間が少なくとも此処に2人程居る。
発掘用の道具と発掘した銀を足元に置き、唇から白い息をこぼす。"寒い"とは口にしないがその細い躯は小刻みに震えている。見下ろしていれば、不意にあげられた顔と合う。申し訳無いと、歪められた顔。
「 ……強行突破?」
「 したいのか。」
「 いや………暫く待ってみる?」
「 それしか無いだろう。」
数秒見つめ合った後に続く会話。間をもたせようと云うよりはこの先如何するかをストレートに訊ねてきている分、自分よりもセッツァーの意見を尊重しようとしているのだろう。それはこんな事に巻き込んでしまったという罪悪感からなのか。
ふうと息を吐き両腕を擦るを横目で見つめ、溜め息を吐きたいのは此方だと思う。しかしそうは思いながらも憎めないのは姉弟だからなのか。自身も酷く寒さを感じているが、セッツァーはコートを脱ぎに掛けた。
「 セッツァー?」
「 風邪でもひかれたら事だからな。」
「 でもそれじゃセッツァーが」
「 俺は大丈夫だ。」
「 嘘!」
「 女は身体を冷やすものじゃない。」
肩に掛けられたコートを両手で持ち抗議の声を上げるの頭を乱暴に撫でれば、恨めしげにじっとりとした眼差しを返される。明らかに大丈夫では無い寒さだとは自分でも判っているけれど、少し待てば暖かな部屋へと転がり込める、もう少しの辛抱だと自分に云い聞かせ笑った。暫くきつく睨まれていたが、やがて諦めたのかはひとつ溜め息を吐きコートを羽織ってありがとうと白い息をこぼした。

「 ……………止まないわね。」
「 ……………ああ。」
「 ………………………弱まる様子も無いわね。」
「 ………………………ああ。」
一面銀色世界で綺麗素敵、と云った状況とは程遠く。待てども待てども外で殴り倒す雪はその勢いを弱める姿を見せず、それどころかより一層力を増しているように見受けられた。
出口で足止めをくらってから、少なくとも数時間が経過している。流石のセッツァーも唇が少し蒼白く変色してきている。防寒対策など特にせず、その上コートを隣で白い世界をうんざりと見つめるに貸したのだから当然と云えば当然だ。身体は芯まで冷え小さく震えるのがデフォルトで、手足の指先の感覚が少し可笑しく感じられさえしている。
今までに何度もと目が合い、その都度コートを返されそうになるが断っていた。けれど次、そうされて断る自信が、揺らぎ始めている。その感覚はもう、寒いというよりは痺れや痛みに変わりだしている。

「 ねぇ。」
意識して外の白い世界を見ていた。そうしなければ、恰好つかなくなるから。剥き出しの岩壁に背を預け、いつになったら暖かい部屋で身体を伸ばせるのか。そもそも俺は如何して今此処に居るのか、此処で何をしているのかと考えていたセッツァーの耳にふと、吹雪の呻りでは無い音が聞こえる。ひやりとする心臓を、けれどそれを覚られまいといつものポーカーフェイスで音源へと顔をやる。
苦笑する、
その意味が解らない。
謝意を述べようとするならば彼女の性格からして笑う事など決してありえない。その前に脳裏を過ぎる、彼女のこんな笑みを見た事があっただろうかと。不意に襲われる、恐怖。
「 ―― 」
「 寒くない?」
口を開きかけた刹那、それは音を発する前に彼女の言葉によって掻き消されてしまった。それと同時に、現れる笑顔。
息を呑む。

「 此処、風が直に入り込んできて寒いわよね。未だ当分止みそうも無いし、もう少し奥に行きましょう。」
が崩れてしまう。
そう直感したセッツァーが組んでいた腕を解き彼女へと手を伸ばすが、当の本人はのほほんとした調子で隣に置いてある銀の入った袋と道具へと手を伸ばすものだから、思わず足を滑らせて仕舞いそうになる。荷物を持ち立ち上がった彼女は相変わらず平和そうに、どうかしたのと小首を傾げ訊ねてくるだけだ。その姿を見て、自分の勘繰り過ぎだと、思い違いだったのだと気付いたセッツァーはなんでもないと盛大にこぼし、から道具を取り上げ洞窟の奥へと重たい足取りで進んで行く。間を置く事無く、私が持つからとの声が上がるがそれを無視した。
けれど先程の苦笑の意味が解らない。
少し奥まった、直接外の冷気が当たらぬ場所で足を止めを見る。此処なら外の音も聞こえるし大丈夫ねと微笑むと袋を地面に置き、セッツァーの手の中からランタンを取りそれに火を灯す。暖まるような、優しいオレンジの光。道具を地に下ろすと少し待っててと告げは更に奥へと姿を消した。慌てて追いかけようとするも、セッツァーは其処で待っててと、暗くて申し訳無いけど其処で番をしていてと強く云われてしまった。暫くして戻って来た彼女の両手には、この一週間で使用した薪が溢れんばかりに。駆け寄ってみれば、それは溢れんばかりでは無く、溢れていたのだと、彼女の後ろを見てつい笑みがもれた。
適当に薪を固めてファイアを放つ。すぐにオレンジ色の炎が点き、心も身体も暖かくなる。
。」
「 コートなら要らないわよ。」
「 ……いや、そうでなく、ひとつ聞きたい事があるんだが。」
「 ……銀の使用目的なら教えないわ。」
その言葉を聞き、何かを思い出したようにああとこぼすセッツァーはそれも気になるがと突き返されたコートに袖を通し続ける。
「 さっきの事だ。」
「 さっき?」
「 ああ。……此処に来る前、わらったろう。」
少し間を置いて、ああと答える。頬を緩め、目を細め。
その微笑みに、少々嫌な予感がセッツァーを襲う。
「 何、気になるの?」
「 ……ああ。」
他の者であればこうも素直にならなかっただろう。きっと駆け引きが生まれていた。けれど彼女は、にはそうしない。
そうしても、意味が無いと知っているから。
「 素直ね。」
がそれを望むから。」
「 あら、私は別に素直じゃないセッツァーも好きよ。心偽らなければ。」
「 ギャンブラーは偽るのが仕事だ。」
本質をよ、とは笑う。オレンジ色を映す頬も瞳も、優しく。
「 だってセッツァーが。」
そう云ってセッツァーの手を優しく握りしめる。
「 何時の間にか男の人になっていたのですもの。」
隣で優しく微笑みかけてくれるの中に、ほんの少し違う色を、何時だったかつい最近も見た気がする色を見た。それは幼子の頃には見た事も無く、多分これで2度目となるのだろう。しかし、とうの昔に成人を迎えた自分の片割れに"男の人になっていた"とは如何いう了見だろうか。自分が成長すればその片割れも同じように成長するのは自然の摂理。例え長らく離れ、逢っていなくとも。
「 意味が解らん。俺にはずっと子供のままで居ろと?」
「 ……そうね、そうなのかも。私の中のセッツァーはずっと、私の守るべき存在だから。」
「 ! 」
「 その守るべき存在に逆に守られるなんて、んー、如何言葉にすれば良いのか……」
ああそうか、思い出した。幼い頃見た事の無い色、最近何処かで見た何とも云えぬ色、それはと再会した直後に見た色だ。ポーカーで大負けした時に、初めて見た色だと思い出す。自分の記憶の中の俺と現実の俺とのギャップに不満をもらした時の。
俺に対する、不満の色だ。
「 私の、プライドをへこまされたと云うか、」
「 俺を否定するのか?」
セッツァーの中で、小さく生まれる。
「 セッツァー?」
「 前も――そう、再会しポーカーをした時もそうだ。現実の俺との記憶の中の俺の差違に、同じ事を云った。」
優しく握りしめられた手を、乱暴に払う。
「 俺は変わってはいけないのか?俺が変わる事は罪なのか!?
 俺は何時までもの中の幻影のままで居なければならないのか今の俺は、俺のアイデンティティーを、
 は今の俺のアイデンティティーを否定するのか!?」
「 馬鹿ねぇ。」
苛立ちのような哀しみのような、妙な感情。猛る感情は何故か涙を誘う。泣きたい訳でも無いのに。
一息に捲くし立てれば、予想の遥か斜め上を行くリアクションに、反射的に苛立ちが高まった。これ程自分が感情的になっているにもかかわらず彼女はまるで自分には関係無い事のように、きょとんとした眼を向けるから。
「 っそうやって」
「 変わらない人間が何処に居るの。」
払った手に再び重ねられる温もり。それを乾いた音で払い除ける。けれど強引に、温もりは重ねられる。
「 セッツァー、貴方の自尊心を傷つけてしまったのなら謝るわ。」
そう告げるオレンジに染まった顔は何時に無く真面目で。それでも次の瞬間には優しい色へと変えられる。
「 でもね、私はセッツァーを否定している訳じゃない。唯少し、その……」
云い難そうに、詰まらせられる言葉。中々に返ってこない彼女の言葉に、その態度に、急くように積もる苛立ち。
「 なんだ。」
「 だから、その、――っっ戸惑ってるのよ、如何いう態度を取れば良いのか。」
判らなくてと続けられるの顔は、反射する炎の色では無い赤味を帯びている。
それを見て、急に肩の力が抜けた。
「 だって、突然再会したセッツァーは大人なんですもの。そりゃ、私だってセッツァーだって良い年した大人よ?
 だけどね、私はあの頃と殆ど変わってないのにセッツァーは随分と違うから。」
妙に焦って――――これが唯の他人ならすんなり受け入れられるけど、双子の姉弟だから如何接すれば良いのか能く判らなくて……私が姉なのにでも中身は子供のままで、セッツァーは弟だけどちゃんとした大人になってて、昔みたいにお姉さんぶったらセッツァーに嫌な思いをさせてしまうかもしれない、如何接すれば、如何扱えば、私は如何いう立ち位置に居ればセッツァーに不快な感情を与えずに自然に振舞えるのかずっと、狼狽していたのだと、顔を真っ赤に染め瞳を潤ませるものだから。
「 なのにやっぱりああ、私はセッツァーに不快感しか与えられていなかったのね。」
「 ぷっ。」
自然に笑みがこぼれた。自嘲でも嘲笑でも無く、心が穏やかになる笑みが。
「 な……」
「 いや、悪い。そんな事、全く考えもしなかった。」
「 だって……怒ってないの?」
「 もう消えた、そんな感情。反対に、驚いてるくらいだ。」
握りしめられた手を強く握り返し、微笑む。
「 俺の中のはずっと変わらない、そう、変わらないんだ。ずっと昔からお姉さんだと、大人だと感じていた。
 同じ年でありながら如何してそんなに落ち着いていられるのか、不思議で仕方無かったよ。」
「 それはずっと、お姉さんを演じてたから。お姉さんだからセッツァーを守らなきゃって。」
「 そうだったのか。」
「 ずっと、肩に力を入れてた。」
「 そうは見えなかったが。」
見せなかったの、と恥ずかしそうに力説する。
「 変わらなくて良い、変に力む必要も無い。ありのままので居てくれ。」
「 セッツァー……。」
「 うろたえるを見られるなんて、新鮮で楽しいしな。」
「 セッツァー!」
顔を赤くしたが怒るが、セッツァーは笑っていとも簡単にあしらう。超えられぬ壁であると信じて疑わなかった壁がこんなにも脆弱なハリボテで、直ぐに回り込めるものだったなんて。姉である事に変わりは無い、これからもずっと姉で居続ける、それは変わる事の無い現実。けれどその姉を、とても近くに感じた。これからはそう、姉に対する見解も変わるだろう。
「 守り守られで良いんじゃないか?」
頬を真っ赤に染め不満げにそうねと云ったの顔は一生忘れられない。



「 取り敢えずご飯ね。」
「 ああ、限界だな。」
そう云って飛空艇に飛び乗ったのはそれから5日も経ってからだった。銀を発掘する為にと持ち込んだ食料も底を尽いてしまい、丸一日以上飲まず食わず。吹雪が弱まった瞬間を見逃さず、凍りついた飛空艇を何とか融かし全速力でその場を後にする。手近な村をと舵を握る自分にが差し入れてくれたホットショコラが身も心も優しくとかした。


「 ところで。」
「 ん?」
「 その銀は何に使うんだ?」
暖かな暖炉の側、満足のいくまで食べ終えたセッツァーがコーヒーで一息つきながら何気無く訊ねた。これだけ束縛され振り回されたのだ、聞く権利くらいはあるだろうと見つめる先のは言葉を濁し、俯く。
その態度に、驚く。今まではどれ程しつこく聞こうが頑として"教えない"と答えていたが、如何しようかと迷っているのだ。それは満腹感から油断したのかそれとも5日前の会話から何らかの変化を経た結果なのかはたまた、眠いからなのか。少し重たく下げられている瞼に必死に抗いながら、如何しようかと口を動かす。
「 眠そうだな。」
「 ええ、ベッドがあればすぐに眠れるわ。」
「 そうか。」
「 セッツァーも眠そうよね。」
「 そりゃあな。」
「 そうよね。」
「 ああ。」
ゴン、とテーブルの上に置かれる銀の入った袋。思わず、目を見張る。テーブルの上からへと視線を移せば、その顔から迷いは消え意を決したようだ。
「 付き合ってくれてありがとう。」
「 謝罪は無いのか。」
「 あら、そっちの方が好みだった?巻き込んでしまって悪かったわ、ごめんなさい。」
「 ……いや、良い。はなから気にして無いさ。」
云って後悔した。親しい間柄の者に対し、彼女は思ってもいない事を平然と云ってのける性格では無かったと彼女の言葉を聞いてすぐに思い出したから。無理矢理誘い出されてから今まで、彼女があえて"ごめんなさい"と謝らなかったのは他でも無い俺自身の為だったのだと痛感する。巻き込まれたとは云え、彼女が故意に巻き込んだ訳では無い事は百も承知だ。そんな彼女が自分に対して罪悪感を抱いているのも、解っていた筈なのに。
「 セッツァーは優しいのね。」
「 ……それは良い。」
優しいのはどちらだ。痛々しいの表情を見て自分に毒を吐く。彼女が自分をぞんざいに扱う筈無い、と。
「 本当はこれでアクセサリーを作ろうと思っていたの。」
含みのある云い方に、その意を探る。
「 もう必要無くなったのか?」
「 うーん……そうね、時期を逃してしまったわ。」
「 ……吹雪のせいで間に合わなかったと?」
「 ええ。」
しょげるを見て、だから買えば良かったのだと呆れて云う。その方が正しかったのかもしれないと溜め息を吐くに、誰の為のアクセサリーなのか、思わず巡らす。
互いに良い年だ、良い人が居ても何の不思議も無い。否、に子供が居たとしても可笑しくない話だ。姉である贔屓目を抜きにしてもは目を惹く。寧ろ姉でなければ云い寄っていた程だ。事実、彼女を砂漠から引き上げてきた色惚け王は彼女にただならぬ感情を抱いている。認めぬ事だが。
そう云えば互いにそういった類の話題を振っていなかったと、考え始めてドツボに嵌る。彼女に恋人が居たら、旦那や子供が居たら、その伴侶がどうしようもない屑のような奴だったら、そもそも何故砂漠で行き倒れていたのか。
「 折角の誕生日プレゼントが。」
びくりと、肩が跳ねた。考え事に没頭し、不意をつかれたから。
我に返ったセッツァーは誤魔化すようにコーヒーを一口飲み、笑顔を作る。
「 誕生日プレゼントだったのか。」
「 ええ。」
「 そりゃ遅れたら渡しにくいよな。」
「 後から渡されても余り嬉しくないわよね?」
から貰えるなら、嬉しく思わん男は居ないだろう。遅くとも関係無いさ。」
「 本当!?」
「 あ、ああ……。」
沈んでいたがあまりにも嬉しそうに瞳を輝かせるものだから、一瞬相手に殺意が湧いた。こんなにも美しい笑顔で想われる奴はどんな男なのだろうかと、の苦労を知っているのかと。貰って、喜ばなければアルテマで地獄の淵に招待してやろうと思っていると、再びの突拍子も無い申し出に顔を引き攣らせる事となるのだった。
「 急いでフィガロ城に行きましょう!」


まさかあんな色惚け王に!?否、アイツの誕生日は確か今の時期では無かった筈だ。――では誰に?
悶々と思考を巡らすセッツァーはと共にフィガロ城を訪れて既に数日立つ。相変わらず、隙在らばにちょっかいを出すエドガーを見張ろうと城の中に居るのだが、中々そのエドガーの姿が見つからない。国王としての執務もあるが、それ以外の時間に何処に居るのか。で部屋を一室借り、此処に着てからずっとその部屋に篭りっぱなしだ。セッツァーが近付こうものならば鬼神の如く凄絶なオーラを纏い追い返していた。そして憎き敵、エドガーに対し妙に親しげだったりする。面白くない。

「 セッツァー!」
中庭のベンチで青い空を仰いでいると、の嬉しそうな声がした。ついとそちらへ顔をやれば満面の笑顔。プレゼントを渡し終え、喜んでもらえたのだろうか。そんな報告を受けるのは、少々複雑な気分である。
「 終わったのか?」
「 ええ、エドガーの協力のお陰でね。」
駆け寄ってきたを抱きとめる。エドガーの協力のお陰――とはつまり、プレゼントを渡した相手はエドガーでは無く。そう思うと、随分と安心した。にこにこと仕合わせそうに微笑むの頬に唇を寄せた。
「 お疲れ様。」
「 ふふ、ありがとう。それで、はい、これ。」
「 うん?」
「 遅くなったけど、誕生日おめでとう、セッツァー。」
晴れ渡る青い空の下、の優しい声が響く。