鼻緒が結ぶいと
「 ちゃーん!今日はもう上がってくれて良いよ、おつかれさまー。」 「 はーい、お疲れさまでしたー!お先に失礼します、女将さん!」 昼下がりの平日。 お店が暇なのでいつもより早く仕事を終わらせてもらえて、ちょっとラッキー。 平日のお昼過ぎって、何処も人が少ないから好きだな。今日は何処でご飯食べようか。 ブツン。 「 ぅひゃぁあ!?」 ドシン―― えと、今……あ! 「 すみません、ぶつかってしまって!あの、お怪我などされておりませんか?」 前を歩いている人にぶつかっちゃった。 ……と云うか、躓いてコケた先に人が居てその人の背中におもいきり倒れ込んだと云うか。 「 いや、大丈夫だ。」 すぐに身体を離さな―― 「 ぅわあっ!?」 「 !おい!?」 ガシッ。 「 ……度々申し訳御座いません。」 「 いや、良い。」 恥ずかしい。 身体を離してみればその勢いで今度は後ろに倒れそうになって……。 しかも今度はしっかりと手で支えてもらっちゃってる。 「 大丈夫か?」 「 あ、はい。私は大丈夫です……。」 「「あ。」」 お礼を云おうと顔を上げれば、声がユニゾン。 知ってる、知ってるよ私。私知ってるよこの人。 「 すみません、ありがとうございますっ。」 腕を掴まれたまま頭を垂れる。 やだ、早く帰りたい。早くこの場から離れたい。 「 おい。」 そんな気持ち全開で顔を見ずにさっさと通り過ぎようとしたら、いきなりギュッと強く、握られている腕を更に握られて引き戻された。 厭だ怖い。斬られる……!! 「 はははいっ!?」 本当に斬られる?斬られちゃうの私!!? 「 鼻緒が切れてる。」 そうそう、鼻緒と一緒に私も斬られ――― 「 ……え?」 そのまま地面に視線を向けると。 私の右の下駄の鼻緒が、見事に切れていた。 何これ、イジメ?ねぇ、イジメ? 神さま、居るのかどうか知らないけどこれ、私へのイジメでしょねぇ!ねえ神さま!? 「 あ……いやあの、もう家も近いので大丈夫です。本当、すみませんでした。失礼します!」 兎に角この場から離れたい。一秒でも早く離れたい。 そう強く願ってるのに。 「 亦転んだりしたら大変だろ。応急処置くらい出来るから貸してみろ。」 ねえ神さま。私何か悪い事しましたか。 「 いえそんな……悪いですし本当大丈夫ですか――」 「 あ゛?」 ――ら。 「 ………………お願いします。」 怖い、怖いよお母さん。 今、明らかに睨まれたよお母さん。 声も低くなってたよお母さん助けてぇ!!!!! 「 ――直してる間、俺の肩にでも手ぇ置いとけ。片足だけで立ってて亦転んだりしたら事だろ。」 「 ……すみません、ありがとうございます。」 仰せの儘に、閣下。 「 し、失礼します……。」 うわああ、怖、怖っ!! 天下の真選組副長、土方さまに鼻緒を直して戴くだなんて。しかもその間肩に手を置かせて戴けるだなんて。 もう、色んな意味で恐怖。 土方さんを初めて見かけたのは、私が働きだした頃だったっけ。 お昼や夕食を取る為、他の真選組の人達と一緒にやって来た。 その後も何度と無く見てる。 けど。 話しをしたのは今が初めて。 雰囲気もそうだけど、寡黙で、なんか全体的に怖くて出来るだけ関わらない様にしてた。失礼だけど。 女将さんや店長は『優しくて良い人だ』って云うけど、やっぱり怖いもんは怖い。 何をされたって訳じゃ勿論無いけど、でも、やっぱり……怖いもんは怖いじゃない。 ……けど。 見ず知らず(私は知ってるけど土方さんはイチイチ覚えてないだろう)の私の鼻緒を直してくれたり。 倒れそうになった私を支えてくれたり。 鼻緒を直してる間肩を貸してくれたり。 本当は、とても優しい人なんだろうか。良い人なんじゃないのかな。 話してみれば、意外と普通だ……し。うん。 私がビビり過ぎ、なのかな? そりゃ多少未だ、ううん、未だ未だ怖いけどさ。 「 ――よし、これで良い。」 でも…… 「 ……?おい、終わったぞ?」 うん、終わった。……って、何が? ――――あ。 「 はっ、すすすみません!ありがとうござ――ぁああ!?」 「 !!」 本日2度目。 学習しましょうね、ワタシ。 亦もしっかりと土方さんに支えて戴きました。 「 すみませんすみません!本当にすみません!!」 「 いや……大丈夫か?」 「 はい、大丈夫です。すみません、ありがとうございます。」 阿呆だ、私。本当に阿呆だ。 土方さんもきっと呆れていらっしゃる事でしょう……。 「 ……意外とそそっかしいんだな、は。」 否、普段はこんな事ないんだけど……。 ん?あれ? どうして名前知って……る? それに意外とって………??あれ? 「 ……あの……。」 「 あ?」 いや、あの、これ、突っ込んだ方が良いんですかお母さん。 「 な、名前………。」 「 名前? ……!!」 え? あれ、あの、今、あれ?私、幻覚見てますか? え?いや、そんな……そんな反応されると、その、間違った想像してこっちまで顔赤くなっちゃうじゃないですか。 ねえ、土方さん!! 「 いや、……その……ほら、アレだ。能く行く店でキミが働いてて……その、だから……――」 知っ……え?え? 「 ごぞ、んじ、だったん……です、か?」 やだ、なんか、そんな、急に。 「 まぁ、贔屓にさせてもらってる店だし。そこで、主人や女将がキミの事……ちゃん………って、呼んでるから。」 いや、うん、はい、そうです。そうです。 そうです、けど。 まさか。 「 それで……。その、気を悪くしたならすまん。」 「 え?あ、いや、そんな……。」 うわ、うわ、土方さんがそんな。謝るだなんてそんな。 「 いえ、嬉しい、です……。」 って、何口走ってんだ私。ひー、顔が熱いよう! 「 っ、それはっ……!」 「 ……」 「 ……」 土方さん。 一度元に戻ったのに、亦赤い顔してるし。 実は土方さんって、可愛い人? 「 あの、それじゃぁ、改めまして……。 私、 と申します。」 「 ……土方 十四郎………です。」 |