サムライブルー






は悩んでいた。
昼過ぎに、何気なくカレンダーを眺めていて気付いたのだ。
今日が、狂乱の貴公子こと桂小太郎の誕生日だという事に。
勿論それまで玉のように綺麗さっぱり忘れていたのだから誕生日プレゼントなどというものを用意しておらず、ケーキもお酒も豪華なディナーも、ある筈が無い。というよりも、今までに誕生日を祝った事は無かったりもする。

それにこの年になって正直誕生日とかどうなんだろう。
そりゃ付き合っててラヴラヴバカッポーならプレゼント贈ったり洒落たレストランで食事して良い雰囲気になってそのままホテルでしっぽり……なんて一連の流れも判る。当然だろう。―――まぁ、ホテルの件は別にしても。
でも私は別にコタの恋人でもなければ付き合っている訳でもない。コタと一緒に居ると色々な意味で退屈しないで済むから隣に居る訳で、別に好きとかそんなんじゃないし。でも嫌いって訳では決してなくて、変な意味でなくコタの事好きだけどその好きっていうのはあの好きって意味ではなくてだからそれはつまりそいういう事でだね……云々。
と、当初とは全く違うところへ思考を着地させはいらん事まで悩んでいた。


つまり簡単に要約すると。

「 付き合っても無い異性から誕生日プレゼント貰ったら如何思う?と云うか欲しい?」
と云う事。
「 貰えるモンは何でも遠慮なく貰う、両手広げて。」
返されるのは、あまりというか全く当てにならない答え。
「 で、は俺になにくれんだ?自身か裸の―――」
「 どうして私が銀時にやんなきゃならないの。」
両手を広げ抱きつこうとする銀時の顔面に誕生日でもないのにと加え拳を送りつけは溜め息を吐く。
相変わらず良いパンチだと云いながら沈む銀時は、赤く染まった鼻にティシューを詰めている。

どういう訳か悩みに悩みぬいた挙句、は最も頼ってはならない相手を頼って此処、『万事屋銀ちゃん』を訪れていた。
云わずもがな、長年桂の隣を張っていたは銀時とも親しい。と云うか、先の天人との戦にも参戦していたのだから、云うならば戦友というやつだろう。他に頼れる人間は居なかったのかと聞きたいところだが、それは一応テロリストなのでなんともかんとも。隣で――主に鼻から出た――血の海に沈む銀時を見つめながら、頼る相手を間違えたかとも思うも最早後の祭りである。少し前のであれば真選組の連中にも聞く事は可能であったが、明らかな宣戦布告をしてしまった今ではそれももう叶わない。
叶ったところで果たして当てになる回答をもらえたかは不明であるが。

「 やっぱり変かなぁ、しかもこの年で。」
「 年は関係ねぇだろうよ。それに貰って嫌な気分にはなんねぇよ。誰からであれ、やっぱプレゼントは嬉しいしな。」
首の後ろを叩きながら、ぼやくに真面目に答える銀時の目はいつになくしっかりとしている。
普段は死んだ魚のようなそれをしているものの、今は少し、輝いてさえ見える。
そうかなぁ、可笑しくないかなぁと上目遣いで見つめてくるの肩を抱いて、もう一息とばかり銀時は押す。
「 ああ。それにから貰って嫌がる男なんて居ねえよ。」
「 そ、そんな事……。」
「 だからここは相手の好きなモンでも贈ってグッと心を鷲掴んでだな、
 一気に距離を縮めてそのままヅラとホテルにしけこんで来い。」
ニタリと。
の顎に指をかけ云ってのける銀時は、新しい玩具を見つけた子供のように笑う。
どうやって弄んでやろうかと、腹黒く企てているのだ。
「 だっ……な、なんでそこで……そういう風に考えるのよ!」
妙な事を云われ、銀時のもとへ来る前まで考えていた事を思い出したはかあと頬を紅潮させ、顎に掛けられている銀時の指を払い除ける。
それがまるで図星だと映ったのか、銀時はニタニタといやらしく笑うのを止めない。
「 ほーう、図星かちゃん。なんだかんだでやっぱりちゃんはヅラの事―――」
「 違う、そんなんじゃない!銀時の勘繰り過ぎだ!!」
「 じゃあ俺がこのままにキスして押し倒してうふーんあはーんな事しても良いって訳だ。」
「 ――っ!?」
の視界が90度傾く。背中には安いソファの硬い感触が当たっている。
目の前には銀時の顔のドアップと、汚れた天井が遠くに見える。
赤い顔のままのの頭の中は、ぐわんぐわんと思考が駆け巡っており集中力や判断力が著しく低下していた。
「 いただきまーす。」
「 どっ――――それとこれとは話が別だっ!!」
ゴスリ。
目を閉じ口を尖らせた銀時の顔が近づいてきたところで正気に戻ったは、ニーを決め込む。
鈍い音がしてからドサリと床の上にケツを突き出した状態で落ちた銀時は大事なところを両手で押さえピクピクとしている。少し乱れた着衣を正し、は銀時のケツにカカトを落としてからテメェの誕生日には餡子10キログラム贈り付けてやるから糖尿病になってしまえこの助兵衛と捨て台詞を一言残し、万事屋を後にした。

「 ……ま、自分の気持ちに気付いただけでも一歩前進、ってとこか?
 この貸しは高くつくぜ、ヅラ。」
涙目で呟く銀時はニヤリと笑って、落ちる。



万事屋を飛び出したは、赤い顔をしたまま街を歩いていた。
銀時のバカ、助兵衛、天然パーマネント、変態、糖尿になってしまえ、変態オヤジ、天パ、寧ろ捕まれこの天パ!
などなど、天パと繰り返しながら心の中で罵詈雑言を吐き出している。
それでも徐々にではあるが顔の赤みも薄れた頃、ふとその足を止めた。
好きかどうかは此の際横に置いといて、プレゼントの事だ、と。
なんだかんだと云われはしたが、確かに銀時は誰からであれやはりプレゼントは嬉しいと云っていたではないか。その事を覚えていたは、もう夕刻になっている事に焦りながらも真剣に考え始める。
コタはなにを贈れば喜んでくれるのだろう。
今のの頭の中には、それだけが強く占めている。

桂の好きなもの。
そういって先ず思い浮かぶのが蕎麦だ。けれどほぼ毎日のように蕎麦を食している桂の誕生日にまで蕎麦とはこれいかに。
考えを巡らせたは眉根を寄せた顔でぷるぷると首を横に振る。次だ、次にいこうと。
次に浮かんだものは、エリザベス。そういやアイツは意味不明な巨大生物が何故か好きだ。エリザベスなんて明らかにおっさんが布を被ったきぐるみなのに、愛おしそうにエリザベスと名前を付け可愛がっている。その溺愛っぷりやテロリストの身でありながら変装してまでテレビに出演して仕舞う程である。
ならば他の星の変わった生き物をと思った時、これ以上変な生き物が増えて迷惑するのは他でも無い自分では無いかと気付いたは勢い良く首を左右に振る。

ウーンと唸るも、それ以降何も浮かんできやしない。
ぽてぽてと止めていた足を前へ進ませ、は首を捻りながら歩く。
それでも時は刻一刻と無情にも流れ過ぎてしまう。
夕陽はするすると傾いていき、夜の帷がもうすぐそこまで降りてきている。西の空は紅蓮の炎に包まれ、最期の一命を燃やさんとしている。
「 お兄さん。」
難しい顔をして重い足取りで歩いていると、古びた店の前で人の声が聞こえた。
ひょいと顔を上げて声のもとへ目をやってみると、笑顔の能く似合う小柄な初老の男性が、にこやかに店の奥で手招きをしている。
「 苦い顔をしてどうしたんじゃ。なにか悩み事か?」



桂のとある隠れ家にて。
やはり日本の食卓には蕎麦を常備させるべきだと舌鼓を打ちながら、桂はエリザベスと共に蕎麦をすすっていた。
しかしその食卓を囲むのは、なんとも侘しく2人きりだ。
落ち着かないのか、美味いなと云いつつも桂は、先程からちらりちらりと時計を見ては玄関の方へと目と耳をそばだてている。誰かの帰りを、今か今かと待ちわびているように。

『 桂さん』
「 なんだエリザベス。」
そんな桂の心境を察知したのか、エリザベスは食べ終えた食器を下げてから、不意に桂の肩を叩いた。
『 捜して来ますよ』
「 ――っ!」
核心をつかれ声を失った桂は盛大に驚く。
けれどすぐにやんわりと表情を和らげ、ふるふるとゆるく首を横に振った。
「 いや、構わん。あれも子供じゃないのだから放っておいても案ずる事は無いだろう。」
『 でも』
「 良いんだ。能くある事じゃないか。」
『 桂さん……』
それでもどこか憂いを覗かせる桂は、言葉裏腹に本当は今直ぐ捜しに行きたかったのかもしれない。
けれど、出て行ってすぐにあれが帰って来たら、入れ違いになったらどうしようだの、わざわざ捜しに行くのもなにか変ではないかだの、そんな気持ちがあった。

別にそれならばエリザベス一人に捜しに行ってもらえば良いのだろうが、今この部屋に独り取り残されては、もう二度とどちらとも、誰とも逢えなくなってしまうのではないか。そう、心の何処かで桂は感じていたのだ。
無言で立ち尽くす桂に掛けるべき言葉の見つからないエリザベスは、五月蝿く鳴り響く時計の針の音と夕食時になっても戻ってこないあれに云いようの無い苛立ちを覚える。
『 それじゃあ、明日の朝食を買ってきます』
その無言に居た堪れなくなったのか、エリザベスはこうプレートを桂に見せるや否や、その場から逃げ出すように足早に部屋を後にした。

独り残された桂は、云いようの無い焦燥感に駆られながらも、微動だに出来ないでいる。
コチリコチリと、時計は無情にも無機質な音だけを上げ進んで往く。


どれ程の時が経ったのか。
一時間にも一日にも、一年にも似た時が過ぎた頃、独り部屋に取り残された桂のもとにカラリと玄関を開ける軽い音が舞い込んできた。瞬時に重苦しかった空気は掻き消え、桂の顔にも若干の笑顔が戻る。
「 エリザベス、遅かったではないか!」
「 え、リザベスなら夜風に当たってくるって、すぐそこですれ違ったけど……。」
歓喜に似た色の声を上げながらドタドタと桂が玄関に向かうと、其処には驚いた顔をし草履を脱いで上がろうとしているが、居た。
互いに予想だにしない出来事だったのか、目をぱちくりと瞬かせている。
「 お、遅かったな。」
「 ごめ、ん。ちょっと色々とあってさ。」

ギクシャクとしたやり取りの後、2人突っ立っているのもなんだしと奥の部屋へと移った。
それでも何故だか妙に居心地の悪い空気が、2人を包み込み部屋を支配している。
は桂を、桂はを、妙に意識しているのだ。
天然パーマネントが変な事云うから、とか、エリザベスが妙な気を回すから、とか。
それでもと、は手に持っている包みを見つめ、桂の顔を見つめ、よしと意気込み重く鎖していた口を開ける。
「 あのさ、コタ。」
ドキドキと高鳴る胸を必死に堪え、それを読み取られぬよう平然を装い。
「 なんだ。」
返す桂も、ぎこちなさが見え隠れしている。
「 これ……。」
そう云ってが差し出したのは、風呂敷に包まれた青いビン。
包んでいる風呂敷をハラリと解くと、青いビンに白いラベルが貼られ、そこに蒼い墨で『サムライブルー』と大きく書かれた文字が飛び出してきた。
あの、古ぼけた店の小柄な店主から買った、日本酒だ。

声を掛けられたはしばらく店主と世間話に華を咲かせたその後、其処が酒屋である事に気付いたのだった。
酒ならば、桂も喜んで飲むだろうと思いつき、店主にどれが美味いか、どれが蕎麦に能く合うかといった事を相談していたのだ。そうこうしているうちに陽はすっかりとっぷり暮れてしまい、走って帰ってき今に至ると。

「 これ、は?」
「 その……今日、コタの誕生日でしょ?その事に昼過ぎに気付いて、どうしようって考えって……。
 でも、お酒だったらコタも飲むだろうと思って買ったんだけど、その、―――――――
 ……………要らなかったら、私が、飲む、から。」
尻すぼみになりつつも、何とか云い切ったの頬は僅かに紅潮している。
今まで、十数年一緒に居て誕生日にこう改まってプレゼントを渡された事が無かった桂は、大いに驚いている。逆を返せば桂もに誕生日プレゼントを渡した事など無かったのだが。
如何リアクションを取ればいいのか。そんなもの、考えたって判る筈もない。
ならば感じたまま素直に、返すべきであろう。
「 いや、ありがたく頂戴しよう。が、わざわざ選んでくれたものだしな。」
フッと息を吐き出せば、それまでが嘘だったかのように自然と笑みがこぼれる。
の手からサムライブルーを受け取り、桂はいつものように微笑む。
それに安心したのか、もぱっと明るく笑顔を咲かせた。

「 コタ、誕生日おめでとう。」
「 ああ、ありがとう。」
「 これからも、よろしくね。」
「 こちらこそ、
 ―――さあ、それじゃあ早速飲むとするか。」