独占欲






紙に垂れ落ちたインクのシミのようにそれは拡がる。じわりじわりと、ゆっくりではあるが確実に。少し目を離していただけであるにもかかわらず何時の間にか大きく、濃く、深く。止めようと思うが自分の力では如何にも出来ず、上から修正液を掛けるか新しい紙を用意するしか手立ては無い。幾らきっちりと万年筆の軸を閉めても、気付けば弛み黒いインクは白い紙の上にぽたりと落ち、じわりじわりと繊維を侵蝕して往く。



「 う、え!?あれっ、俺のボールペンどこいった!?」
書類にサインをする為に白衣の胸ポケットへと右手を伸ばしたテルだったが、そこにある筈の物が無く慌てて次から次へとポケットを渡り歩くように手を突っ込み探す。が、それは何処にも見当たらなかった。
「 ないないないない、俺のボールペンがなぁーい!!?!!」
「 解りましたから、取り敢えずこれをお使い下さい。」
ポケットというポケットを裏返し終えたテルは床に這い蹲り、医局内のデスクやソファーの下を隈なく探したが、やはり何処にもそれが見当たらず、立ち上がって両手を頭に乗せ叫んだ。その無駄な動きに頭痛と溜め息をこぼす一同の中、自分の椅子に座っていたは立ち上がり白衣の胸ポケットからボールペンを取り出しキャップを外して照るへと苦笑と共に差し出した。
「 ――お、ワリィ先生、サンキュー。」
頭に手を乗せた儘の状態でぐるりとへと向いたテルは表情を一変させ、差し出されたボールペンを受け取りうろんげな表情の佐野の持つ書類へとペンを走らす。
「 ボールペンくらいでいちいち騒がないでよねテル先生。」
「 ごめんって。でも俺、今日あのボールペンしか持ってなかったからつい――……。」
「 ペンは複数持っておくべきだろ。」
「 だから、今日はたまたま1本しかもって無かっただけだよ!!」
佐野と四宮に尤もなツッコミを入れられ怯むテルはボールペンを握ったまま拳を振り回す。その手からひょいとボールペンを取り上げるはインクが漏れますし危ないですよと微笑む。
「 ああ、ありがとう先生。しっかし、なんかそれ書き易いな。」
「 テル先生もそう思われますか?」
テルが指すボールペンのキャップをパチンと閉めるは、微笑みを明るいものへと変えた。
「 ああ!俺がいつも使ってるのと全然書き味が違ってビックリしたぜ。こう、手に馴染むっつーか……。」
「 そうなんですよ。変な力も要らないですし綺麗に滑るし、私のお気に入りなんです。」
これでキャップ式じゃなくてノック式だという事無しなんですけどねと声を出して笑うはそのボールペンを胸ポケットへと仕舞わず、再びテルへと差し出した。疑問符を飛ばすテルに、にこりと微笑む。
「 宜しければどうぞ。幾らカルテが電子化されているとは言え、ペンが無いと不便ですしね。」
その言葉に、その場に居た全員がざわめき立った。
先生、こんな良し悪しも違いも判らない人に貸す事無いよ!」
「 なんだと四宮ぁ!?」
「 そうよ――先生!テル先生なんて3本100円のボールペンで充分よ!」
「 佐野さんまで!?」
先生が愛用してるって事はそれなりの物なんじゃないの?
 その、テル先生に渡したら、1日と保たずにご臨終しちゃうんじゃないかな……。」
「 片岡先生、ヒドイっす!!」
「 ……同感だな。」
「 ぐっ、北見まで……!!」
そうだそうだと同意する沖や青木達の野次に苦笑する。やんわりと首を横に動かし、テルの手をそっと取りその中にボールペンを優しく置いた。
「 そんなに高いものでは無いですし、テル先生も気に入って下さったようなので。
 その代わり、最後まで使ってやって下さいね?」
「 ああ!」
必ず最後まで使いきってみせるぜと息巻くテルに、今日の終業時まで保たないに5千円と四宮が投げ捨て、それに釣られるように私も俺もの声が上がる。その後にはテルの怒声が上がり賑やかな笑い声に包まれる流れになる。
いつもならそこで北見の雷が落ちるのだが、コーヒーを飲みながらパソコンのモニタを渋い顔で睨みつけていた。
椅子に座り苦笑するは白衣の胸ポケットから万年筆を取り出し、白い紙へと滑らせる。


その笑顔も、長い睫毛も、小さな胸も、透き通る白磁のような肌も、所持品のボールペンも。
総て総て、誰にも渡したくない。誰にも触れさせたくない。
湖の中に投げ落とされた泥のように、それは拡がる。閉塞された狭い水槽の中で溺れるような息詰まる感覚に陥るのは間違いだろうか。閉塞された狭い水槽の中に居るのは、俺か、キミか――……




「 結局、保たなかったな。」
「 ――――はい?何がですか?」
パシャパシャとノートパソコンと格闘するの背中に北見が投げ掛ける。その投げ掛けられた言葉をいくつも間を空けた後で受け取ったは振り返りもせず、聞こえませんでしたと含ませた言葉を単調に、若干面倒臭そうに返した。
深い溜め息がこぼれる。
「 料理が冷める、先に食べるぞ。」
「 んー……もう少し待って下さいー…………。」
しゅるりと音を鳴らしエプロンを外す北見は2つのグラスにミネラルウォーターを注ぎワインクーラーの中へ少々雑に押し入れた。氷がぶつかる音もお構い無しに、は未だディスプレイを睨みつけている。クラッシックの優雅な旋律の流れる中、パシャパシャパシャと乾いた音と暖かな湯気が静かにくゆる。
「 そこまでだ。」
「 あ―――― 」
ディスプレイに並ぶ小さな横文字と見つめ合っていた筈が、突然それが消えてしまった。反射的に間の抜けた声を上げてみれば、骨張っているが綺麗な指が遮るようにノートパソコンを折り畳み、キーボードの上に置いていたの手を掴み上げる。刹那の沈黙、ゆっくりとが顔を動かすと仏頂面の北見と出くわす。
「 …… 」
「 食事だ。」
「 ………論文」
「 食事だ。」
反論の余地も無く、けれどは駄目元で懇願してみるが無言の圧力で押し返されてしまった。項垂れるは解りましたと重々しく口を開き保存しますと続ける。パソコンをシャットダウンするのを見届けた北見はダイニングテーブルへと戻り、ワインクーラーからワインを取り出すと手馴れた様子で栓を開けグラスへと注ぐ。その北見の姿を見たはしょげながらも相変わらず画になるなぁと考えると同時に、今日の論文はこれ以上進まないだろうと諦めていた。
パソコンから離れると、ゆったりとした時間が流れる。
今まで耳に届かなかったオーディオから流れるクラッシックの耳障りの良い旋律に、食欲をそそられる暖かな料理の香り。北見が引いた椅子に座り、は苦笑した。本当に自分は人間として駄目だな、と。
「 食欲は出たか?」
「 はい、お陰様で。」
「 集中力が高い事は褒められた事だが。
 ヒトが生きていく上で基本となるものを蔑ろにする事は褒められた事じゃないな。」
「 すみません、肝に銘じた筈なのですが、どうも……。」
「 ……ふん、元より承知だ。」
そう言ってワイングラスを持ち上げる北見にありがとうございますと謝意を述べ、もワイングラスを持ち上げる。
「 いただきます。」

一つの物事に集中すると他の事柄を忘れてまで没頭するようになったのは中学の頃からだったかと苦笑をこぼす。
高校受験に向けた勉強で、気付けば小鳥のさえずりが聞こえていたのもしょっちゅうだった。初めは高い集中力だと褒めてくれた両親も、休憩は愚か食事も睡眠も取らずに続けていると心配をし、いつしか怒るようになっていた。
大人になり、その辺も解り気を付けていたつもりだったが全く直っておらず、今では両親ではなく互いに大切だと想い合う相手に心配を掛けている。いつも自分を見て注意してくれた人物が家族から恋人に代わっただけで、何一つとして変わっていないじゃないかと自嘲の念があふれてしまう。けれどどうしても、集中すると他が見えなくなってしまうのだ。

「 とても、美味しいです。」
「 ……そんな顔で言われても信じられんな。」
「 これは違……!その、だから………… 」
「 美味いなら美味そうな顔で食べろ。不味くても食べろ。兎に角食べろ。」
「 ……そんな言い方しなくても良いじゃないですかぁ。」
「 そういう事は人並みの生活を送り仕事中に倒れなくなってから言え。」
「 ! 」
「 医者の不養生とは能く言ったものだ。」
「 北見先生〜!」
不満気に顔を歪めるだが、北見は微塵も気にせず涼しい顔でワインを飲む。本当に美味しいから美味しいって言っただけなのにと口をもごもご動かすをチラリと見て、ふと眉を下げた。
本当は心配で気が気じゃない。けれどそんな心配している事を覚られては気恥ずかしい。恰好悪いだろう。だからついつい、捻くれた言い方をしてしまう。厳しく突いてしまう。優しく甘く諭してみようと思っても、口を吐いて出るのは辛辣な言葉共ばかり。これでは真意も伝わらないだろうと思うが、それはそれで都合が良かったりもすると考えてしまう。こんな歪んだ感情で良いのだろうかと真剣に悩んだ事もあったが、数十年付き合ってきた性格が一朝一夕で変わる筈も無いと諦めたのは、が幾度か仕事中に倒れた頃からだろうか。
甘く囁けば、彼女は変わるだろうか。頭ごなしに抑えつけるから彼女も変わらないのだろうか。
食事も終わり食器を片付けながら北見は小さく頭を振る。仕事に支障が出ないように俺が見ていれば済む話だと。
繊維を侵蝕するインクのようにじわりとそれは拡がる。自分自身でも気付かぬうちに、静かに、ゆっくりと、確実に。しかしそれは意外にも急速に拡がり、気付いた時には手の施しようがなくなってしまう。
蛇口を閉め手を拭く北見は、冷蔵庫を開けてさくらんぼを取り出し微笑むを眺め、複雑に笑った。

「 ……美味いな。」
「 !良かった、北見先生のお口に合って。不味いって言われたら立ち直れなったですよ〜。」
「 大袈裟な。」
「 だって、『こんな物を喜んで食べてるのか』とか鼻で笑われたら誰だって立ち直れないですって。」
「 …………俺を如何いう風に捉えているんだ。」
「 そういう風に捉われる御自身に問題がお有りだとはお考えになられないのですね。」
「 言うようになったな。」
「 そりゃあテル先生以上に身近で鍛え上げられましたから。」
仲良くソファーに腰掛け、映画を観ながらさくらんぼを口に含むは明るく笑う。その頭を軽く小突き、北見はそっと笑顔を消した。
ふと流れる沈黙。
口数の多くない北見と一緒に居るとそれ故沈黙が訪れるのは珍しい事ではない。けれど今回の沈黙に不穏な音を聞き感じたは大画面のテレビから隣でくつろぐ北見へと視線を移した。
「 ……如何した。」
「 んーん……。」
視線が重なり、北見の眉間に薄く皺が刻まれる。言葉を発しようとしただったが口の中にさくらんぼが入っているのを思い出し唇を閉じたまま返した。ふと伸ばされる北見の指はの顎にそっと触れ、閉じられた唇から出ているさくらんぼの茎を掴んだ。ぷちりと、音を立てそれが取られる。
「 …………テル先生、か……。」
自嘲気味に細められる目は映画を見つめている。
「 ……テル先生が如何かしましたか?」
種を出しお手拭で指先を拭うは北見の腕に抱きつき、同じように視線を映画を映し出すテレビへと向ける。すると少し、北見の体重がへと掛けられた。
「 仕事から離れてまでその名を耳にするとはな。」
「 えー……すみませんと一応謝りましょうか。北見先生は公私を完全に分けたいヒトですか?」
「 出来るならば、な。」
「 へぇ、意外です。」
「 そうか?」
「 私、北見先生は仕事人間だと思っていたので。
 仕事ありきのプライベートと言うか、プライベートも総て仕事に費やしているのかと。」
「 身が保たんだろう。」
「 大丈夫です、北見先生は完璧超人なので。」
「 如何いう意味だ。」
ぷちりと茎を取り、もごもごと口を動かし種だけを取り出すとは笑って言う。
「 『体調管理も仕事の内』ですから。」
「 馬鹿にしてるのか。」
「 尊敬してます。」
溜め息を吐く北見に真面目に返す、その声音があまりにも真っ直ぐなものだから北見はゆっくりとへ視線の先を移した。
「 私にはきっと一生無理な事を簡単に、さも当然にやってのけてしまうので。」
そう続けるは薄っすらと開けられた瞳に映画を映し、北見に触れている逆の手でテーブルの上のさくらんぼを摘まみ口へと運ぶ。
「 ……この俳優、演技巧いなぁ……。」
さくらんぼを食べながらそう呟くを見つめ、驚いた北見はくすぐったそうに少し笑った。如何いった理由であれ、想い人から良い感情を抱かれるのは気分の良いものだ。その理由が例え小学生でも守れそうなくだらないものであっても。
「 体調管理如きで褒められてもな。しかもお前に。」
「 違いますよ、私だからこそ尊敬してるんです。私なんて本当、放っておくとみるみるうちに痩せ衰えていきますもん。」
「 胸を張って言うな。」
「 大学受験と国試は本当に修羅場でしたよ。」
以外の家族が、だろ。」
「 そうです。」
「 ご両親のご苦労が目に見える。」
「 甘いです。今の私なんて比になりませんよ。」
「 自覚があるなら自重しろ。」
「 ……私は体力に自信がありますから!」
直す努力を見せぬに、北見は小さく微笑み頭を小突いた。次に倒れたら生活リズムを強制させるとさくらんぼを食べながら言えば、傍で監視しない限り無理ですよとさらっと言ってのける。その自信も自慢も違うベクトルに向けられたものなら褒められたものなのにと心の中で苦笑する北見は考慮しておくと加えた。
「 私、北見先生に褒めて頂いたのって、字が綺麗だって事位ですよね。
 その後で直ぐに小さ過ぎて読み難いって駄目出しされましたけど。」
「 ……そうだったか?」
「 そうですよ。」
初めて北見先生に褒めて頂けて嬉しかったのに一気に天国から地獄に突き落とされた気分でした、と頬を膨らませ抱きつく腕に力を籠めるに、他の先生方やナースからの申し送りが多くてなと北見は笑い、の口元にさくらんぼをそっと運ぶ。
「 それから凄く意識しました。もう二度と怒られまいと必死で。その頃から使用するペンも考えるようになったんですよ。」
唇でさくらんぼを受け取ったはそれを飲み込んでから溜め息混じりに言葉を続けた。その話題に、北見は表情を刹那に厳しくする。じわりと、心の中で黒い(もや)が拡がるのを感じ取ったからだ。食事の前に自ら振った話題が、再び口を吐いて出る。
「 ――その愛用のボールペンも、テルの手に掛かれば半日と保たなかった訳だが。」
「 …………そうですね、私も流石にあれには驚きました……。」
哀しいですと含んだ声で、ガッカリと肩を落とす
「 だから止めておけと言ったんだ。」
そう紡ぐ北見の表情はテルのドジッぷりを思い返した呆れでは無い厳しい色を濃くしている。そう、紙に滲んだインクが拡がるように、止める手立てを持たぬ感情が腹の底で燻っているのだ。気にしないフリをしても幾度も幾度も折を見て顔を覗かせる黒い感情。に覚られまいとすればする程、大きく深く、色濃くはっきりとしてくる。
「 ……勿体無い……。」
苦虫を噛み潰したような表情でさくらんぼを口にする。すると隣から、けらりとした声が上がった。
「 でも未だ部屋に予備がありますし、形在る物は何時か崩れますから。」
「 そういう意味じゃ―――― 」
その暢気な声音に、針が振り切れたように思考が弾け飛ぶ。荒げた声に驚いたが肩を跳ねさせ此方を見つめているのに気付き、北見は誤魔化すように咳払いをする。自身の愚行に、羞恥に顔が熱を帯びてしまう。
「 ……安い物じゃないだろう。」
「 そう、ですけど……。」
「 お前はもっと怒るべきだ。大事な物を壊されたんだ。」
「 ……確かにご臨終したと聞いた時はイラっときましたけど。
 ……テル先生に差し上げた時点で遅かれ早かれそうなると覚悟はしてましたから。」
俺ならそうはしない。お前から貰った物は何よりも大切にすると強く思う北見は、そんな気持ちも誤魔化すようにさくらんぼを手に取り口に入れる。その感情が何と呼ばれているか、気付いているから。醜悪なマイナス要素だと、馬鹿馬鹿しいと思えど自分の中から消え去りはせぬ感情に苛立ち戸惑っている姿が、情けなく映る。俺のペンが使えなくなった時は貸すだけで後で回収したくせに、何故テルには与えたのか。何故お前がテルに与えねばならんのか、お前の私物をテル如きに与えてやらねばならんのか。思考がそこまで脹らみ、それが唯の嫉妬心だと、独占欲だと再認識して北見は自己嫌悪に陥るのだ。
「 ……北見先生?」
「 …………なんだ。」
優しく身体を揺すられ、北見は我に返った。自分を見つめる不安に揺れる瞳に自分だけが映っているのを見つけ、口角が緩く上がるのを自覚し、ふと声を出して自嘲する。俺はこんなにも、仕事以外でも貪欲だったのか――――――と。
「 北見さんとお呼びするべきでしょうか。」
「 ………は?」
突然の意識外の申し出に、つい間抜けな声が口からもれてしまった。けれど目の前に居るは何故か真剣な面持ちで、薄っすらと気迫めいたものすら感じ取れる。その表情に、少々気圧されてしまいそうになる。
「 ……突然、なんだ……それは………。」
しどろもどろに言葉を紡ぐ北見は、それでもその申し出に頬が弛むのを感じていた。
付き合い始めそれなりの時が経ち、何時まで職場の呼称をプライベートでも使うのだろうかとは前々から思っていた事。けれどそれを自分から言い出すのは抵抗が有り、気付くのを待っていたのだ。しかし何故今このタイミングで、しかも名前ではなく苗字にさん付けなんだと、同時に不満も沸き起こる。
「 先程北見先生が仕事とプライベートは分けたいと仰られたので……。」
それなら俺がを名前で呼び始めた時に気付け、言葉にしなけりゃ解らんようなオツムじゃないだろうと項垂れる。
「 え、え……駄目ですか………?」
「 ……逆だ、馬鹿者。」
不安に拍車を掛けた表情で縋るを抱きしめ、北見は溜め息を吐いた。それじゃあお呼びしても良いんですねと嬉しげに訊ねるに、ずっと待っていたと本当は言いたい。苗字でなく名前で呼べとも言いたい。言いたい、もう咽喉まで出掛かっている。が、何かが邪魔をしてそれは言葉に出来なかった。ただ、ああと無感動に答え、喜ぶの額にキスするのが精一杯だった。
「 病院では呼ばないように気を付けないと…………本当、北見先生ってそういうところも器用ですよね。」
「 くだらんところで感嘆するな。」
「 ……あ、北見さんだった。…………難しいなぁ。」