背負うもの、背負われるもの






河原に落ちている女を銀時は見つけた。


今日は仕事が無いので、と云うより今日も仕事が無いので、仕事を探してくる様新八に凄まれ尻を蹴られて万事屋を放り出されたのが小一時間前。
仕方なく、仕事を探すと云う名の下に街へと繰り出した銀時であったが、まぁそうそう簡単に見つかる筈も無く。
ブラブラと行く当ても無く気の向く儘足の向く儘歩いていると、何時の間にか河原へとやって来ていた。
川は何の心配をする事無く、一途に流れて往き、草は暖かく吹く風に優しく揺れている。

「 河原に落ちてるモンはエロ本だって相場が決まってんだろ。」
道に沿いサラサラと流れる川をボーっと何の気なしに眺めていたそんな中で。
一際異彩を放っている存在に銀時は気付く。
川の青と草の緑の中に埋もれる様に、しかし確かに其処に在る白と黒。自分と似た恰好をした女が、河原の草むらの中で俯いているのに。
後姿ではあったが、銀時にはそれが誰だかすぐに判った様で、軽い溜め息と共に先の台詞を漏らしたのだ。その声に気付き女はぐっと背を反らせ音源へと顔をやり、それが銀時であると確認すると亦元の体勢へと無言で戻った。
「 お前はエロ本か?エロ本なのか?エロ本ならエロ本らしくエロ本の様な恰好でもしてたら―――」
どうだと続く銀時の声は、雨によってパリパリにされたエロ本によって遮られた。
目を瞑り口の端と片手を挙げながら面倒臭そうに、それでも何処か嬉々として喋っていた銀時の顔面に、それが勢い良く投げつけられたから。
時に人生には勢いも必要だとは云うけれど、何も今このタイミングでと誰が云う事も無く、その後エロ本は乾いた音を立てて無事に地面へと落ちる。重力に逆らう事も無く。
見事、顔面にエロ本がクリティカルヒットした銀時は表情その儘に固まってしまっていた。が。
「 随分な挨拶じゃねぇか、さんよぉ。」
片眉を激しく上下に動かし、明らかに怒りを噛み殺しているであろう様子の明らかに不自然な笑顔で、河原に座り込んでいる女へと足を動かした。その女の名を呼びながら。
呼ばれた女――は気にする素振りも見せず、フンと鼻で笑う様に息を吐くと先程の様に身体を仰け反らせ手を付き、銀時が傍へと来るのを待ち構える。
笑う事も無く、真顔で。
それに応える様に少し急な坂を身軽に下り、銀時はの隣に難なく降り立つ。

「 お互い様でしょ。人をエロ本扱いするからだ。」
少しの間を取り、座っているは見上げながら銀時へと返す。
さわさわと柔らかい風が、河原の草と長いの黒髪を揺らした。
「 別にお前をエロ本扱いしたんじゃねぇよ。唯、河原に落ちてんのはエロ本だって云っただけで―――」
「 落ちてるんじゃない、座っているんだ。」
ボリボリと頭を掻く銀時に間髪入れず返される言葉は、誰かを髣髴とさせる物言いである。
しかしそんな事を気にする間も与えず、は銀時を睨みつけていた。きっと鋭く。
その強い眼差しに臆する事無く見つめ返す銀時は、の言葉に一度止めていた手を再び動かし頭を掻きながらその場に座り込んだ。
足をぽいと投げ出して、面倒臭そうに盛大な溜め息を漏らし。
反対に、小さな息を吐き出したのはで、座り込んだ銀時を目で追った後亦俯く。

どさと何かが土の上に落ちる音が鳴ったが、は気にも留めず下を向いている。
隣に居る銀時は、背中を土につけ頭の後ろで両手を組み寝転がっている。洞爺湖と書かれた木刀は勿論、隣に並べる様に横たえさせ。
昼寝でもするつもりなのだろうか。
「 あー、今日は気持ちが良い陽気だなぁ、おい。昼寝にもってこいじゃねぇか。」
目を瞑り独り言を呟く様に話す銀時は既に昼寝のそれに入っている様で、もぞもぞと自分の寝易いポジションを探している。

そんな銀時を尻目には何をしているのかと云うと、自身の右足を眺めていた。
さすったり、軽く叩いてみたり、足首を曲げてみたり伸ばしてみたり、両手で温めてみたりと、忙しく手を動かしつつ。
曲げ伸ばしをした瞬間、僅かに顔が険しくなっていた。
どうやら――――
「 ……捻ったのか?」
隣から、声がした。
驚いたが隣を向くと、寝ている筈の銀時が起き上がっており自分の右足を覗き込む様に見つめている。
しかしすぐに口をへの字に戻し、驚きの表情をかき消す。銀時の問いかけに、答えることも無く。
辺りには、風が草木を揺らす音だけが木霊している。

「 人の質問にはちゃんと答えましょうと母ちゃんに教わらなかったのか?」
「 ――っつぅ………!!」
不愉快だと云わんオーラを漂わせ銀時はの右足首を自身の大きな右手で掴みあげた。
刹那、鋭い痛みが走ったのか、顔を顰め押し殺された声が漏れる。
それを聞き確かめた銀時の顔は、何かを企む時のあの締まりの無いニヤケ顔へと変わっていた。
ざわつく心を抑え、は感情を噛み殺し触れる銀時の手を払い除ける。
が。
「 痛いのか?」
ニヤニヤと笑うだけでその手は放れず。逆にもう一方の手で軽々との手を掴む。
流石に腹立たしく思ったのか悔しいのか、は怒りの感情を露にさせる。
「 五月蝿い。」
さっさと放せと云わんばかりに低い声で凄み、もう片方の手を振り上げる。
が、その手をさっと身軽にかわし銀時はぷぷぷと締まりの無い顔で笑う。声を漏らし、肩を揺らし。
それが更にの反感を買うと知ってか知らずか、否、きっと知っているからこそのこの言動なのだろうが、銀時は酷く嬉しそうに笑う。無邪気とは程遠い邪な笑顔で。
そんな銀時の心情を判りきっているであろう、は肩を震わせるも声を荒げる事も無く。
あくまで静かに、落ち着いて対処しようと努めている。
「 放して。」
「 捻ったのか?」


「 ……捻りました。」
見つめ合う2人の間に優しい風が吹いて数十秒。
根負けしたがポツリと本音を呟いた。風に攫われる程小さな声で。
しかしその小さな小さな声を聞き逃さなかった銀時は、嬉しそうに笑いそして複雑に笑う。
ゆっくりと右手を放し、ゆっくりと息を吐き、複雑に笑う。
「 何をしてたら足捻って河原に落ちるんだよ。」
どれ位捻ったのか、どれ程痛いのか。
それを確かめる為銀時はの前へと回り込み、先程自身がしていた様に足首をゆっくりと曲げ伸ばす。の顔を真っ直ぐに見据えた儘。
ぴくと小さく眉が動くと、逆の方向に曲げたり左右に伸ばしたりと、色々試している。
は小さく痛々しい声を漏らし顔を顰める。

「 答える気がねぇのか。お前の細い足が俺の腕の中に在るって事、ちゃんと判ってんのか?」
意地悪に笑い、銀時は触れている自身の手にぐっと力を込める。
「 すみません答えますちゃんと答えるので痛めつけるのはやめやがれこのやろう。」
ぱんと顔の前で手を合わせ俯いたは下手に出た。
と見せかけ油断した銀時へ、脱いで隣に置いておいた黒いブーツを投げつける。と、ゴインと小気味の良い音が辺りを支配する。
そのすぐ後に少し重たい革の落ちる音も、追いかける様に走った。
ブーツを投げつけられた拍子に手を放してしまった銀時は、じっとりとした眼差しを向けるも、盛大な溜め息を吐き出すのみである。
「 んで?ちゃんは何をしてて足を捻ったんですかコノヤロー。」
ブーツを拾い上げ、とんと草の上に元の様に置きながら銀時は再び尋ねる。
言葉そのものは普段のそれであるが、本心では心配で心配で仕方がないのであろう。その表情は何処か必死でもある。
「 ……別に、何って事は無いん……ですよ。
 其処の道を歩いてたら躓いて、転がって、……捻った。笑わば笑え。寧ろ気が済むまで笑えば良いじゃない!!」
わっと声を上げ、その後すぐに立てた膝に顔を埋めてしまった。

どうやら、恥ずかしいらしい。
否、それもそうだろう。
何も、特に何も無い平地の道路で躓き更に河原へと転がりその拍子に足を捻ってしまったのだから。そうなれば誰であろうと恥ずかしいだろう。しかも親しい人間にバッタリと会って――否、遭ってしまえば尚の事。
能く見ればの頬は僅かに色づいている。
これは相当、恥ずかしかったのだろう。

「 笑わねぇよ。笑わねぇから、家に帰んぞ。」
ぽんと俯いたの頭に自身の手を乗せ、銀時は声を掛ける。優しいその声音で。
意訳するとつまり、家に帰って手当てをしよう、と。云っているのだろう、きっと。
驚いたのか、はゆっくりと顔を上げ銀時の眼を見つめる。死んだ魚の様な眼を。
「 ぁ……ぅあ、いやー、足、痛いから……。」
「 此処で寝るつもりか。」
その手をその儘きつく押し付け、乱暴に髪を掻き回し、力尽くでも連れて帰るとその意思表示をする。
やめろと声を上げ手を払い除けようとするが、力で敵う筈も無くわしわしと掻き回されるだけで。
はたから見れば、良い歳した大人が2人河原で何をしているんだと、云われるだろうが。
当の2人は真剣なのである。

「 早く来い。」
片膝を付きの脱いだブーツを持ち背中を向ける。
そう、つまりこれは―――
「 ……おぶされ、と?」
―――おんぶ。
そう、おんぶである。銀時はおんぶをする形をとっている。否、待ち構えていると云った方が正しいだろう。
首だけを後方へ向け、早くしろと目で急かす。
行き成りの申し出に、は戸惑うばかりで動けないでいる。
目をぱちくりとさせ、口を小さくぱくぱくと開けて何かを云いたげに、居る。

「 早く。」
「 ……重いよ?」
「 良いから、早くしろ。俺は帰って3時のおやつのチョコレートを食いたいんだよ。」
「 ……じゃあ1人で帰れば―――」
はっと、息を呑んだ。
ふと顔を上げてみれば、銀時が酷い顔で見つめて?いたから。
故には最後まで言葉を紡ぐ事が叶わないでいた。反射的に、すみませんと口の中で呟いてしまったくらいだ。
「 なんだぁ?ちゃんはおんぶじゃなくてだっこを御所望ですか?お姫様抱っこが良いのか?」
「 おんぶでよろしくおねがいいたします。はい。」
ヤンキー宜しく、顔を上げ斜め下を見下し指を鳴らしながら意味も無く凄む銀時に、は怯んでしまい自らおんぶを願ってしまった。
小さな声で、俯きながら。
結局は、銀時に流されてしまうのである。
「 失礼、します……。」
「 おう、しっかり掴まってろよ。」
おずおずと遠慮がちにおぶさるの身体をしっかりと支え、軽々と立ち上がると自然な流れで声を掛ける。
よっと一声出し、下りてきた坂を上り舗装された道へと足を下ろす。
一歩一歩確かめる様に、の右足首に響かない様に気を配りながら、銀時は歩く。

太陽は何時の間にか、明るさを増しながら傾き始めていた。
お互いに何を話す事も無く歩いていたが、ふと思い出したかの様に口を開く。
「 こうしてると、昔を思い出すよ。一度、こうしておぶってくれた事、あったよね。」
銀時の背中で、銀時の木刀を持ちながらは云う。
昔を思い出しているのか、目を細めたその顔は優しいそれである。
「 そんな事もあったか。」
ふっと短く息を吐き、銀時も懐かしそうに笑う。
まぁあの時はこんな風にゆっくり歩いてなんかなかったけど、と楽しそうに語るのはで。
そうだったなと、嬉しそうに相槌を打つのは銀時で。

「 平和に、なったんだよね。」
切ない雰囲気を纏いながらも、は笑って言葉を続ける。
銀時の背に、自身を預け。
「 ……表立った戦が無い分、あの頃よりはマシ、かもな。」
背中にを背負い歩きながら、銀時は云う。考えるように、思慮深く。
笑うでも怒るでもないその纏う雰囲気は、彼独特のものでもあって。


橙色に染まる空は、まるで泣いているような錯覚をも感じさせる。
それでも2人は、笑って言葉を交わす。いつくしむ様に、仕合わせを感じている様に。

「 元気にしてたのかよ。何の連絡も寄越さねぇでよ。」
「 仕事が重なってたから。―――銀時の噂は、ちらほら聞いてたけどね。」