私にとってソコがドコかなんて関係無い。 ソコに"誰と居るか"が大切なの。 それだけが私にとって意味のあるコト。 繋がれた手。拾い上げられた身体。奪われた心と思考回路。 それが誰かなんてその時の私には知る由も無くて、だけど知りたいと心の奥底で強く思って、 震える心で行動を起こした。 繋がれた手をもう一度しっかりと取ってもらうために。その瞳に、私をしっかりと映させるために。 「 セッツァー寒い〜!ねぇねぇ、あったかいところに行こうよ〜。」 「 そうしたいのは山々だがな、コイツの調子がちょいと悪いんだよ。」 「 だからこそあったかいところに行くべきよ。」 「 その"行く"までが出来ないんだよ。」 雪の降り付ける中、ブラックジャック号の甲板に出てなにやら工具を広げているセッツァーの背中に声を投げ掛けるは、ぶるぶると身体を震わせ厚手の毛布に包まっている。かじかむ手に息を吹きかけ、歯を鳴らしながらもあーでもないこーでもないと眉間に皺を寄せるセッツァーの長い髪には雪が積もっていた。 カチカチと、震えるは雪の積もる甲板に足跡を刻む。 「 壊れちゃったの?」 「 ……部品の一部が磨耗してるだけだ。まだまだ飛べるぜ。」 「 じゃあ早く――」 「 が、そのストックが手元には無い。」 バタンと開けていた箇所を閉め、俺様としたことがと続けるセッツァーはやれやれと大きく息を吐く。その頭の雪を払うは明るくした顔を再び暗いものへと変え、深々と頭を垂れては指先の冷たさに眉を顰めた。 「 寒いようセッツァー。」 「 下に居りゃいいだろ、どうして附いて来てんだよ。」 「 ……独りじゃつまんない。」 「 今の俺にはお前の相手をしてる暇は無いっての。」 工具を纏め、立ち上がるセッツァーはそれでもの頭にうっすらと積もった雪を優しく払い、冷え切った手での指先を引いては転ぶなよと声を掛ける。 ひんやりと伝わる温もりが、の口元を綻ばせる。 「 少し出掛けて来る。」 「 え?」 飛空艇内部。 暖かい部屋でホットショコラをすするに、コーヒーを飲み終えたセッツァーがそう言い放った。見る間に、にこにこしていたの顔が氷のように固まってゆく。 「 買い物?だったら私も一緒に行くよ。」 湯気のくゆるホットショコラを口から離し顔色を明るくする。だがすぐに、冷えたものへと変えられるのだった。 「 今回は街まで距離があるから一人で行く。お前は留守番だ。」 淡々と役割分担を伝えるように話すと背もたれに掛けていたロングコートを取り広げる。スルッと袖を通すとポケットを触り、中身が有る事を確認すると小さく頷き、コートの前をしっかりと閉じる。 「 ど、どうして?私を置いていくの……?」 ガタンと、椅子が倒れる音が上がる。 音源へと目をやれば人の姿は無く、次に腰に緩やかな衝撃が生まれる。静かに視線を下へと移せば、切羽詰ったような顔のが居る。 「 街まで距離がある上にこの雪だ。それに最近は魔物の出現率が高くなってるからな。」 まったく暮らし難い世の中になったもんだぜと息を吐く前に、が割り込む。 「 セッツァーが居るから……一緒に居れば大丈夫でしょ?セッツァーのそばを離れないから!」 ぎゅっとコートを掴む手が微かに震え、瞳が不安げに揺れている。だがセッツァーは面倒臭そうに息を吐くとの頭を数回叩き、眉間に皺を寄せ口を開く。 「 この状況ってだけでも面倒に思ってんだ、これ以上問題を作るな。」 「 でもっ――」 「 闘えもしないくせに外に出てどうするつもりだ?怪我したいのか?ん?」 「 だからっ、それは…………。」 セッツァーが守ってくれれば済むことでしょ。 いつもなら言えるこの一言が、何故だか今日に限っては言えない。セッツァーの静かな怒りを肌で感じたからか、それとも他の理由からか。言葉が見つからぬは俯き、それでもセッツァーのコートから指を離そうとはしない。 そばに居たい、ただ一緒に居たい、そう思うことすら、迷惑なのだろうか? 「 食料も暖房も保つだろうから憂慮する事は無い。ハッチを閉めれば魔物も入って来れないしな。 お前が居ない方が早く済むんだよ、それくらい理解しろ。」 「 ……でも…………」 「 何も弄るなよ、暖房が止まったらと――――面倒だ。」 「 ………セッツァー……。」 「 暫くすれば戻って来る。ブラックジャック号は俺の飛空艇だからな。」 咽喉を鳴らし笑うセッツァーはの手をそっと払い、壁に掛けていたマフラーを巻く。 「 甲板には出るなよ。」 「 ……いってらっしゃい……。」 「 ああ、じゃあな。」 「 気を付けて―――」 が顔を上げると既にセッツァーの姿は無く、がらんどうな空間に言葉を投げていた。 暫くして、ガチャンと重い音が響き聞こえてきて、何故だか自分が締め出されたような気持ちになった。 飲み干され空になったコーヒーカップ。それに対を成す、飲みかけで未だ湯気のくゆるホットショコラ。じわりと目頭が熱くなり、鼻の奥が鋭く痛む。 「 ……セッツァーにとって私は、邪魔な存在なの、かな…………」 答えの無い疑問。 いつもより広く感じる部屋に、哀しく響く嗚咽と涙の落ちる音。 窓の外では雪が勢いを増している。 びょうびょうと啼き止まぬ雪。カタカタと小さく震える窓は冷たく、覗く世界は白一色。 机に広げられている世界地図を見て、街までは片道3日程だと知った。セッツァーが帰って来るまでには未だ日がある。ベッドの中で小さく丸まるは窓が鳴る度身体を震わせ、枕を濡らしては独り朝を迎える。 セッツァーに逢いたい、セッツァーに早く逢いたい!そう思う一方、正反対な気持ちが生まれていた。 セッツァーに逢いたい――――けど逢いたくない、逢うのが怖い!!頭の中で、2つの想いがぐるぐると巡る。 セッツァーは私のことが邪魔なんだ、いらないんだ、本当は私と一緒に居たくないけど無理をしてるんだ、私はココに居ない方がいいんだ、セッツァーは嫌々私をココに置いてくれてるだけなんだ。 ぐるりぐるりと巡る思考が、9日目の朝にピークを迎え、昼前に答えを出してしまった。 魔物と闘う術も飛空艇の知識も機械を直す技術も持たぬ私は、セッツァーにとって足手纏い以外の何者でもない。生産性の何も無い、金の掛かる穀潰し。非生産的なお荷物、それ以下でしかない。セッツァーに負の感情以外何も与えられず消費するばかりなら、居ない方が何倍もマシだ。私はセッツァーの隣に居るべきじゃない。 ガコンと重い扉を開け、吹き荒ぶ雪の中に身を投げ出す。 『 今までありがとう 助けてくれたのがセッツァーでよかった セッツァーと出逢えて幸せだった 私のコトは早く忘れて、元の素敵な人生を送ってください 』 片付けたテーブルの上に、誕生日にと買った新しいカードとダイスを重しにしたメモを残した。本当は何も残すつもりではなかったが、万が一セッツァーが周囲を捜してはいけないと思い、簡潔なメモ書きだけなら良いだろうと考えた末の行為である。空中カジノを開くブラックジャック号ではカードやダイスの類は幾つあっても困らない、寧ろ喜ばしい事だろう。ぴょんと飛び降りたはブラックジャック号を見上げ、一度深々とお辞儀をすると白い息をこぼし、大きく足を上げて歩き出す。殴りつけるような雪に身体を預けながら、小さな足跡を点点と残し歩き続ける。これでセッツァーは仕合わせになれると信じ。愛するが故の決断だと、正しい決断だと自分に言い聞かせて。 歩き進んだ森の中。 寒さを凌ぐ為、木の根の中に腰を下ろした。 流れ落ちた涙も頬で凍っている。それを指で拭い、ひとつ溜め息を吐く。 もうセッツァーに逢えぬのなら、生きていても仕方が無い。セッツァーに逢えぬ人生などに意味は無いのだから、どうせ生きていたところで何がある訳でも無い。セッツァーに救われた命だから粗末にはしたくないが、そのセッツァーに嫌われていては元も子もない。あの時の続きを今、そう、あの雪の日に帰ってきたのだと思えばどうという事は無い。元々あの日に死を覚悟していたのだから。死の前に、素敵な夢を見せてもらったのだと思えば、更にセッツァーへの感謝の念が高まる。 「 ……ありがとう、私の、素敵な王子様…………一度もお誕生日をお祝い出来なかったけど………。」 ぽつりと頬を伝う一筋の涙。呻る吹雪の中に、魔物の気配を感じる。 「 …………どうせなら、痛くない最期がよかったなぁ…………。」 笑うその目には涙が堪えられており、少しの衝撃でもあふれ出してしまうようだ。 獣の足音と唸り声が近い。サクサクと近付いてくる。一、二、三とその数を数え、死を受け入れるは目を閉じそっと涙を流す。 「 セッツァーに買ってもらったお洋服…………ごめんねセッツァー……。」 涎が落ちる音が吹雪の中に混じる。冷たく寒い感覚。もうすぐここに痛みと熱さが加わるのか。力いっぱい閉じた瞳からは光が消えている。この世に未練はもう、無い。 「 ……好きだったよ、セッツァー。」 低い唸り声が高い叫び声に変わり、何かが落ちる音がした。ザクザクザクと何かが急いで近付く音がする。 ああ、別の魔物に殺られるのか、魔物同士でも襲い合うんだなと思うと、少し口元が弛んだ。 「 !!」 ぐるんと身体の向きを変えられる。ああ、いよいよだ……。そう、覚悟する。 「 !おい、しっかりしろ!!!!」 セッツァーの声がして揺すられている。 魔物にしては変だ、おかしい。不思議に思いそっと目を開けてみれば、蒼白な顔をしたセッツァーが間近に在った。 ああそうか、私はもう殺されていたのだと理解するのにそう時間を要さず、死して尚愛しい者の顔を見るとは、意外と欲深かったのかと笑え、くすりともれる。 「 !?」 「 ……どうして………死んだのに、まだ寒いの……?」 「 っ死んでないからに決まってるだろ!!」 ガクンと揺れるの視界には黒だけが飛び込む。頬には冷たさと息苦しさ。身体は圧迫され、自由が利かない。死後の世界とはなんと動き難いものか。こんな世界ではこの先、生き難くて仕方無い、そう思うとああ私は死んだのだったと、声を出して笑った。 「 あはは……。」 「 ……何が可笑しいんだよ……。」 懐かしい香りに、はそっと腕を伸ばしセッツァーのコートを掴む。 「 セッツァーの、香りがするの…………おかしいよね、セッツァーは死んでないのに。」 「 可笑しくないだろ、お前も生きてんだからよ。」 グッと力を籠め抱きしめるセッツァーの声は上擦り、時折鼻を啜っている。頭上より聞こえるその音に、ふと考える。 「 ……セッツァー、泣いてるの?」 「 ――――っいてねぇよ。……バカが、こんな所で何してんだ。」 「 セッツァーに迷惑掛けないように、死のうと思って死んだんだよ。」 嬉しそうに告げるの言葉に一瞬身体を強張らせたセッツァーは、抱きしめる腕に更に力を籠めた。 「 ……そうか、バカなは死んだんだな?」 「 うん。……これでセッツァーは幸せに暮らせるの。」 「 そして俺様に再び拾われる、と。」 轟轟と耳を刺激する雪の音。微かに聞こえる、自分のものでは無い一定の心音。ゆっくりと、取り除かれる圧迫感。するりと指が離れ、視界に細い銀色が入り込む。空気に晒される顔が凍えるように寒く、何かに包まれているように腕だけに違和感を抱く。ぱちくりと目をしばたけば、ぽろりと両の目から涙が一粒こぼれ落ちた。 「 よく眠れたか?。」 頬を流れる涙にセッツァーの冷たい指が少し強引に触れ、払い落とされた。腕に覚えた違和感が何時の間にか背中へと移っていた。目の前には、酷く安堵したような、複雑な笑みを浮かべるセッツァーが、居る。 処理しきれない思考。反射的に、腕を持ち上げるとその手を掴まれた。 「 ……せ、つ……?」 そのまま、逆の手で目の前に居る人物の頬に触れてみる。指に触れるものが、ひんやりと芯まで冷たい。 徐々に動き出す頭に、顔から火が出そうになる。止まった涙が再び溢れ出してくる。 「 ど、ど、どうして……っ!?」 「 俺は退屈が嫌いなんだよ。知ってるだろ?」 「 ……答えになってない………… 」 「 なってるさ、充分。」 にこりと笑うセッツァーはの涙を指で掬い取り、子供をあやすようにポンポンと頭を撫でる。 自分は死んでいなかった、それどころか再びセッツァーに助けられたのだと理解するは今の状況に耳まで真っ赤に染め、距離を取る為に後退りしようとするが、何故か出来ない。チラリと目を後ろにやれば、誰かの腕が見えた。 「 っ気まぐれ!気まぐれで歩いててたまたま私を見つけたのよね!?美女だと思ったら私で残念だったと」 「 飛空艇から続く足跡を追って来た。お前で心底良かったと思ってるぜ?それにしても五月蠅い口だ。」 「 ウソウソ、そんな嘘つかなくていいから!だから離ひいぃぃっっい゛!!?」 ぐんぐん顔が近付いたかと思えばペロリと涙を舐め上げられ、身体に変に力が入り顔の熱も増す。突っ撥ねようとしても恥ずかしさから上手く腕に力が入らない。ちゅ、と音がしたかと思えば耳元に熱が生まれた。 「 もっと色気のある声出せよ。」 ゆっくりと、低く紡がれる脳髄をくすぐる甘い言葉と吐息。弄ばれる思考と身体の反応が恨めしい。 ぐっと腕に力を籠め、なんとか密着する身体にスペースを作ろうとするが、軽くあしらわれ繋がれたままの指先がセッツァーの冷たい唇に触れた。 「 きゃああぁぁああっ!!」 「 これくらいで叫ぶなよ、塞ぐぞ?」 「 な、に、を……!?」 「 ――その口を。」 指が放されたかと思えばにっこりと笑った顔のセッツァーが近付き、反射的に目を閉じ顔を背ける。が、顎に何か冷たいものが触れたかと思うと次の刹那に唇に冷たく、温かな感触が生まれた。 訳が解らず声にならない声を心の中で上げ、力いっぱいぎゅっと身体に力を入れきつく目を閉じる。 数時間にも感じられる長い時間。 ツンと啄ばまれ離れた唇の感触が未だ残っているようで、恐る恐るゆっくりと睫毛を上げるは指先で自身の唇に触れ、ククッと聞こえた笑い声に反応し視線を上げる。 「 足りない、か?」 「 っばか!!」 カッと身体に熱が走り手で口を覆う。目の前ではクツクツと咽喉を鳴らすセッツァーが楽しそうに微笑んでいる。 その行動の意味が理解出来ないは、真っ赤な顔でセッツァーの胸を叩く。 「 放してよ!」 「 いやだ。」 「 放して。」 「 断る。」 「 放して!」 「 もう一度キスすれば放してやらんことも無いかもな。」 「 !!」 両手で力の限り突っ撥ねいやぁと叫ぶだが、頬に何かが触れ一瞬力が抜けてしまい、仕舞ったと思う暇も無く、閉じた口を塞がれてしまった。閉じた唇から可愛いなと伝えられ、ツツと舐められ背中に何かが走る。羞恥に頭が壊れてしまいそうだ。怖くて目も開けられない。 「 帰るぞ。」 ぽん、と頭を大きな手のひらが包み込む。ぎゅっと瞑っていた目をそろそろと開けてみれば、ふわりと綺麗に微笑むセッツァーの顔が近く、刹那に身体が浮遊感を覚える。慌てるはセッツァーのコートにしがみ付き、それから自分が横抱きに抱き上げられているのだと気付いて再び慌てるのだった。 「 っっセッツァー!?」 「 この方が安全だろ、雪も深いしな。」 「 こっ転んだらどうするのよ!!?」 「 共倒れだな。」 「 笑ってる場合じゃないでしょ!?早く、降ろして!!」 「 キスすれば」 「 ばかあっ!!」 バシンとセッツァーの頬を叩き、早く降ろしてよと涙目で訴える。だがセッツァーは気にも留めず、上機嫌に雪を踏みしめて行く。鼻歌を奏でん勢いで。 「 最高の誕生日プレゼントだな。」 「 っ何が!?」 「 が。」 雪が吹雪く音が支配する中、バシンと乾いた音がひとつ、暗い森の中に響き渡った。 |
恋
雪の中から
拾い上げる