好きになるのは簡単だけど、それを維持して昇華させるのは酷く難解だ。
許せていた事が徐々に、途端に許せなくなってしまう。

どうして人は変わってしまうのだろう。私と彼の場合、私が変わってしまったのか、彼が変わってしまったのか。
昔はその姿を見られるだけで仕合わせだった。彼の顔を眺められるだけで仕合わせだった。

時を重ね、共に過ごし、想いが報われた。
私から告白して、そしたら彼らしく突っ撥ねた、それでもどこか少し照れたような調子で答えてくれた。

「 お前がそうと決めたならそうと好きなようにすれば良い。俺が決めたんじゃねえ。」

―――と。照れた様子が、不覚にも可愛いと思えた。


近づけて、彼の隣に並べて、立てて、歩けて。
本当に仕合わせで嬉しくて喜びにあふれていた。

自分にも他人にもとても厳しい人で、それが周囲に能く能く誤解を与える事もあったけれど、誰よりも強く厳かで、優しさを持ち合わせている彼が好きだった。
私もそこへ近づけるようにと強く思った。

戦争には犠牲がつきものだ。犠牲があるからこその救いなんだよと、いつか彼が云った台詞が酷く私の胸を打った。
哀しい程に現実的で、ウォーカー君はそれは違うと怒り悲しんでいたけれど、それでもその内に隠した優しさをふと見せる彼が泣ける程愛しいと思った。
出来れば犠牲など出さずに済むのであればそれが最良だと、それでもどうしても両手ではすくいきれないものがあるのだと、綺麗事ばかりでは誰も生きていけやしないのだと悲哀を噛み殺している姿が彼の強さの根底なのではとも思った。

そんな彼が好きで、彼も私を好きになってくれて、想いは報われて。

これで総てがうまくいくのだと思い込んでいた。
総て、綺麗なまま仕合わせに終わりを迎えるのだと思い込んでいた。


いつからだろう、違和感を覚えたのは。
いつからだろう、違和感を覚え始めたのは。

隣に並んで歩けるだけで良かったのに。言葉を交わすだけで良かったのに。
姿を見られるだけで、仕合わせだったのに。

いつからだろうか、違和感を覚え始めてしまったのは。
今はもう、彼の総てが肯定出来ない。彼の総てを否定してしまう。

こんな筈じゃなかったのに。
彼と一緒に、仕合わせになりたかっただけなのに。

今はもう、総てが苦しいよ。

彼のひとつひとつが、判らなくなってきた。彼のひとつひとつが、私の理解の範疇を超えていった。始めは理解出来ていたものが、なんだか判らなくなってしまった。
彼のひとつひとつが、総てに引っ掛かるようになってしまった。

足手纏いは斬り捨てる。

そう云っていた彼の強さも悲しみも判っていたのに、判っていた筈なのに!

それがいつからか、許せなくなっていた。
ひとつひとつの事柄はほんの些細で小さな事なのに、少しずつ少しずつ、彼の事が許せなくなっていた。

そうなってしまったのは、私のせい?彼のせい?

戦争に犠牲はつきものだと吐き捨てた彼に、嫌悪感を覚えた。
判っていた筈なのに。私もそうだと思っていた筈なのに。
いざ目の前にしてみると、どうしてだろう、彼が吐き捨てた言葉に乱暴に突っ掛かってしまった。それでも犠牲は出さない事に限ると、判りきった言葉を浴びせていた。

その時の彼の鼻で笑うリアクションが、私を更に苛立たせた。


彼の強さが好きだった。彼の強さが心地良かった。

それなのに、そうと感じられなくなったのは何故?

彼の傲慢さが、彼の冷血さだけが私の中で強く浮き彫りにされてゆく。
少しずつ、少しずつ。けれど明確に、着実に。

悲しい程に苛立って、彼の事を考えるのも億劫になって。

距離を置いた。
今度も私から告白した。

彼は彼らしく、突っ撥ねた調子で答えた。

「 お前がそうと決めたならそうと好きなようにすれば良い。俺が決めたんじゃねえ。」

――――――と。


終わって、ほっとすると同時に何故か締め付けられて、涙が一滴こぼれていた。

好きになるのは簡単だけど、それを維持して昇華させるのは酷く難解だ。










   
すれ違い









身体が重くなり冷えて往くのがぼんやりと、それでもはっきりと判った。
薄れ往く意識の中、忘れた筈の彼の事が胸の痛みと共に鮮明に蘇る。

共に闘い、共に過ごし、そして共に――――それぞれの道を歩いた。

久しぶりの同じ任務。いささかの違和感を覚えつつ唯いつも通り単調にこなしていた。
私がしくじった。唯それだけの事。

足手纏いは斬り捨てる。

そんな彼の言葉を思い出したら、涙があふれた。
理由なんて判らない。瀕死の状態だし、そのせいだと思う。
かげり往く意識の中で、彼の声が 聞こえた      気がした                                。   
















「 勝手に諦めてんじゃねえ!俺はもう諦めねえよっ!!
 だからお前も諦めんじゃねえよ!!!」


懐かしい温もりに触れて、涙が一滴こぼれた気がした。






療養所の天井が見えて、私の身体に激痛が走る。