小さなプリンセス
――黒の教団内 浴場前の廊下にて―― 「 !コムイ室長。」 「 ぎゃっ!っっさんっじゃあないか。キ、キミもお風呂に入っていたのかい!?ご機嫌麗しく存じ上げます!!!」 「 は、はぁ。……あ、コムイ室長。」 「 はいっ、なんでございましょう!?」 「 女湯のこう、髪を洗った後に使用する、髪を保護する……こんでぃしょなと申しましたか? その、残量が後僅かとなっておるのですが、如何致せばよろし―――」 「 っっあああ、コンディショナーね、コンディショナー!そうコンディショナー!!コンディショナーがもう無いんだね!? うん、解った!ボクが総合管理班に云って新しいの入れてもらっておくから!ありがとう大丈夫ダヨッ!」 「 は……いえ、宜しくお頼み申しまする。」 「 いやいやいや、あっはっはー!はは……あ。そうださん。この後なにか用事あるかい?」 「 私で御座いますか?いえ、御座いません、が……。」 「 なら良かった!丁度試したかった薬が――いやいやいやいやそうじゃなくて、違って。 ちょっと協力して欲しい事があるんだけど、良いかな?」 「 は、私めでお役に立てる事でしたら、なんなりと。」 「 よーし!それじゃあボクの実け――研究室へ行こう。ささ、今すぐに!」 「 御意に御座いまする。」 15歳 エクソシスト。 ―――神田 ユウが連れ帰ってきた、フランス人、女性エクソシスト。 入団3ヵ月と6日。 英語はまだまだ苦手。 ――数日後。 「 マリ、デイシャ。」 「 おー、神田じゃん。任務帰り?オツカレー。」 「 お疲れ、神田。どうした?」 いつもの様に任務から帰ってきた俺は、修錬場から出て来たデイシャとマリに声を掛けた。 いつもの様に、軽い労いの言葉が返ってくる。 「 見なかったか?」 荒げていた息を鎮め、2人にこう尋ねる。 と云うのは、3ヶ月前、俺が任務で行った先で拾った女の名前だ。 親兄弟をアクマに殺され、行く当てが無さそうだったから拾った。探索部隊にでも入れてやれば良いと思って。 それが何故かイノセンスの適合者、つまりエクソシストだと判明し、何故か俺が面倒を見る事となった。 そのは未だ実戦には出していない。修錬3ヶ月した位じゃ実戦は無理だ。特にのイノセンスは治癒系。アクマを破壊する術を持たない特殊なイノセンス。だから俺が任務に出ている間は教団内で一人ないし誰かと修錬を積んでいる。 俺が帰ってくれば、いつもいつの間にか、それも結構短い時間に俺の前に姿を現す。 筈なのに、今日は未だだった。 俺は2時間前には教団に帰って来ていたのに。 「 か?いや、私は見てないな。」 「 あー、俺も見てねぇな。」 「 ……そうか。悪かったな、時間取らせて。」 マリ、デイシャからは有力な情報は得られなかった。 修錬場に居た2人なら、に会ってたかと思ったんだが……別のフロアにでも居るのか? 「 ああ、俺らの他には誰も修錬場 修錬場へ足を踏み入れようとすると、デイシャが後ろからこう声を掛けてきた。 ……は? 俺は2人に振り返る。 「 いや、俺ら全フロア使って遊んでたんだけど、誰も見なかったから。なぁ?」 「 ああ。デイシャが隣人ノ鐘 居れば流石に気付くだろう?そうマリが付け加える。 おいおい、どうなってんだよ。 マリの云う通り、隣人ノ鐘を発動しまくってたなら、流石のでも姿くらいは見せる筈だ。 が、2人は見ていないと云っている。 この2人が嘘をつく訳が無い。そもそも嘘をつくメリットが何も無いからな。 の部屋にも、俺の部屋にも居なかった。勿論、食堂や談話室も覗いたが其処もハズレ。 となれば、修錬場くらいしか行く場所は無い筈だが―――居ない、だと? 「 そう云えば、ここ数日、の姿を見ていないな。」 ――!? 「 んー……云われてみれば、俺もの事、最近見てねぇな。」 「 それは本当か!?」 「 あ、ああ……ここ数日を見かけてねぇ……なぁ、な?」 「 ……ああ。」 気付けば俺はデイシャに詰め寄っていた。 駄目だ、何やってんだよ。落ち着け。デイシャが冷や汗たらしてマリに同意求めてんじゃねぇか。 「 そうか、…………悪かった。」 「 いや、ダイジョブ大丈夫。気にすんなって。の事見かけたらゴーレムで知らせるから、な。」 「 ああ、私も捜してみよう。」 2人は笑って、俺の肩を叩く。 「 いや、いい。別に用が有る訳でもないしな。 ……けど、まぁ、見かけたら―――いや、やっぱ良い。」 言葉を濁した。 本当は一緒に捜して貰いたいが、特別な用が有る訳でもない。 2人に悪いし、なんて云うか、……なんか厭だ。みっともないと云うか、その……。 そんな事を考えていると、2人は分かったと一言だけ残し、笑って別れた。 しかし、数日も見てないなんて。 ――まさか、俺に何の許可も無く任務に出した……とか? 無くは無い、よな。 アイツならやりかねん。 ……そうならば斬る他選択肢が無い。 ともなれば、科学室、か。 「 コムイは居るか!」 科学班室へと急いだ俺は、ドアを蹴破り開口一番こう叫んだ。 「 神田だ!」 「 神田が帰ってきた!」 「 神田が来た!」 「 ヤベェ!」 「 殺される!!」 ザワザワと科学班の連中が声を上げる。が、コムイのあの間の抜けた声は返ってこない。 「 や、やあ神田おかえり。怪我は無いか?先に療養所に行った方が良―――」 「 コムイは何処だ。邪魔立てする奴は全員刀の錆に沈めてやる。」 騒がしかった科学室がしんと静まり返る。 俺の両肩をがっしりと掴んでいるリーバーの顔色が、みるみる青白く変わっていくのが見て取れる。 冷や汗も流れ流れ。 フン――やはり、か。 コムイが俺に何の断りも無くを任務に出し、それを科学班全員で隠そうとしたんだろう。大方コムイに脅されでも――と云うか仕事をしないとごねられたりして。 しかし甘いな。 科学班の連中なんて、俺の一声で全員が押し黙ったじゃねぇか。落とすのも訳ねぇな。 「 神田。」 青白い顔をしたリーバーが低く話す。 「 なんだ。」 「 先に云っておく。俺達の、科学班の名誉の為に。 俺達は何の関係も無い。全く。皆無だ。だから俺達に当たるのはお門違いだぞ。良いか?解ったな!?」 鬼気迫る勢いで俺を壁へと追いやりながら力説する。 なんの事か解らんが、云いたい事は解った。 「 解った。で、コムイは何処だ?」 リーバーの手を払い、再び訊ねる。 「 あれはコムイ室長が勝手に……俺達は止めたんだ神田に殺されるからって! なのにコムイ室長が、コムイ室長が……!!」 震えながら、リーバーはうわ言の様にそう繰り返すばかり。 な、なんだよ。 不審に思って周りを見渡せば、他の連中も青い顔して震えてやがる。 なにが、なにがあった? になにがあったんだ?は無事なのか!? 「 ――っおい。」 「 コムイ室長なら、司令室に居るよ……。」 そう呟いたリーバーの言葉を聞くや否や、俺は駆け出していた。 此処が教団である事も忘れ、夢中で駆けた。 「 コムイ!此処に居るのは解ってんだ!大人しくさっさと開けやがれ!!」 司令室につくと、その大きな扉には鍵が掛けられていた。 「 コムイ!聞こえてんだろ!!」 扉を両手で叩いても返事は無い。 「 クソがっ。」 一発蹴りを入れ、一歩下がる。 背負っていた六幻を右手に持ち、抜刀・発動させる。 俺を怒らせたお前が悪いんだぜ、コムイ。 「 はぁああっ!」 ドゴオッ 小気味の良い音と共に、司令室の扉が崩れ開く。対アクマ武器のイノセンスだ、こんな扉一つ壊す位、造作も無い。 灰色の煙が立ち込めるその奥に、一つの黒い影が動く。 ―― 災厄招来 界蟲「一幻」 ―― 横一文字に振るった六幻の切っ先から飛び出す先は、コムイ。 「 ぎゃああああぁぁぁぁぁぁ――――――!!!!」 の周囲。 いきなり殺したりしたら、俺の怒りが納まらねぇだろ。 本や資料が落ち、舞い上がる。 コムイは小さく蹲っている様だ。 瞬時に間を詰め、左手でコムイの胸倉を掴み掲げ上げる。 「 心の準備は出来てんだろ?俺が帰って来たのは知ってる筈だもんな。」 ギリと左手に力が入り、自然口角が上がる。 右手に持つ六幻の切っ先をコムイの眉間に軽く押し当てる。 「 ゆゆゆる許しておくれ神田くん!悪気は無かったんだ悪気は決して!!」 「 あってたまるか。あったらブッ殺す。」 「 今も充分殺す気満々じゃないか〜っっ!!」 「 黙れ。」 ギャーギャーと喚き散らし癇癪を起こした子供の様に手足をバタつかせ、コムイは弁明する。命乞いと共に。 六幻の切っ先を眉間から首元へと移し、再び力を入れ直す。 「 この世にさよならはしたか?神への祈りは済んだか?最期に云い残したい事はないか?」 コムイの首に六幻の切っ先を触れさせ、力を込める。 「 ごっ、誤解だ神田くん!ボクはなにもっ――ボクには未だ可愛いリナリーが―――」 「 五月蝿い死ね。」 「 ギャ――――――――――――!リナリー助けてえええぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!!!!」 「 おやめ下さいませユウ様!!」 一瞬、総てが止まった感覚に陥った。 時間も、心臓の鼓動も、鼓膜の振動も。 聞こえる筈の無い声が、聞こえたんだ。アイツの俺を咎める声が。 幻聴なんて、俺も相当イカれてるようだな。自嘲的な笑いが漏れる。 やり直しだ。 再び、右手に力を込める。 「 斯様な事はおやめ下さいませユウ様!」 再度、俺を咎めるの声が耳に突き刺さった。 まさか。 「 神田、それ位にしてあげてくれないかしら?兄さんも反省して―――もとい、失神してるみたいだし。」 自身のイノセンス、黒い靴 「 生憎俺は無慈悲な冷酷人間なもんでな。」 「 違います!ユウ様は無慈悲な冷酷人間などでは御座いません! ですから斯様な事は今すぐおやめ下さいませ、お心をお静め下さいませ!!」 フンと鼻で笑いあしらう。 が、2度ある事は3度ある、と云うやつか?それとも、3度目の正直ってか? 確かにの声が聞こえた。先程よりも酷くはっきりと。 「 ……?」 訳が判らなくて、それでも縋りたくて、口を開けば名を呼んでいた。 「 ユウ様、剣を先ずお納め下さいませ。」 小さいが、確かに聞こえる。の声。 刹那、俺は六幻の発動を解き、左手を開く。後ろでドサリと何かが落ちる音がしたが知ったこっちゃねぇ。 リナリーは兄さんのバカと眉を顰め俺に近づいてくる。 「 ……おい。」 「 なら、―――――――――――――――――――― 無事は無事よ。生きてるわ。」 5mほど間を空けた処で止まる。 「 は何処だ?」 そう云うと、一つ溜め息をついた。 「 驚かないで欲しいの。……と云っても、無理だろうけど。私も驚いたもの。」 「 御託は如何でも良い。さっさと教えろ。」 「 怒るなら、兄さんだけを怒ってよね。は何も悪くないし、他の皆も何も悪くないもの。悪いのは、兄さんだけよ。」 再び溜め息をつき、リナリーは両手を肩口へと持っていく。 なんで今、髪を触ってんだよ。 「 おい。」 「 防げなくてごめんね、神田。」 言葉と共に歩み寄り、両手を俺へと差し出す。黒っぽい『なにか』を乗せた両手を、俺に。 「 …………?」 「 ユウ様、お帰りなさいませ。御勤め御疲れ様で御座いました。」 正座をし、深く項を垂れ、任務から帰ってきた俺を迎えるいつもの言葉を口にする。 リナリーの掌の上で。 「 ……夢、か?」 きつく眉を寄せた。瞼も閉じた。 目を見開き捉えた先には、やはりリナリーの掌の上で正座しているが居るのだった。 「 現実よ、嘆かわしい事ながら。……落とさないよう、気をつけて。」 俺の右手に自分の左手を添え、俺の右手を掌を上にして自分の右手につけながらリナリーは云う。 「 本当にごめんね、、神田。兄さんには私からもきつく云っておくから。」 俺の右肩を2度軽く叩き、横を通り過ぎる。リナリーのイノセンスの発動は未だ、解かれていなかった。 その後、何かを蹴り上げる音がしたが知ったこっちゃねぇ。 俺は今、俺自身の眼を信じられないでいた。 だって、そんな、嘘……だろ? 人間が、がこんな、こんな……――― 「 あの……申し訳御座いませんユウ様。 4日前の夜分、コムイ室長が力を貸して欲しいと申されまして。 私で宜しければと橙色の薬液を頂戴致しますれば、斯様な事態に陥ってしまい……まして……。 ユウ様、あの、誠に申し訳御座いませんっ。」 小さな躯で、俺の右掌の上で正座をしていたは顔を伏せる。 ナリは小さくなっても、いつものの行動を目の当たりにしてやっと、これが、今俺の右掌の上に乗っているのがなんだと、理解した。 右手を目線の高さまで持ち上げ、凝視する。 尚もは顔を伏せたままで居る。 あ、ああ、俺の言葉を待ってるん……だな。 「 ―――、――……、――― ――――……。」 なんと云えば良いのか、言葉が浮かばず口を開いては閉じる。 「 皆様にも多大なる御迷惑をおかけしてしまいました。それにこのままではユウ様にも……。かくなる上は……!」 不意に起き上がったかと思うと、はその小さな体躯で走り出し俺の掌から飛び降りる。 そう、飛び降りる……って、おい!160cm以上の高さじゃねぇか!! 「 なにしやがんだ、この馬鹿が!」 間一髪、逆の手でを受け止める。 「 御放し下さいませ!このままではユウ様や他の皆様にも更なる御迷惑をお掛けしてしまいます!故に……!!」 ジタバタと小さな四肢を大きく動かし、は暴れまわる。 落としそうで怖くて、俺は右手でを握った。―――潰さない様、緩く、しかし落とさぬ様しっかりと。 「 死なれるともっと迷惑かかんだよ!」 そしてこう、口走っていた。 云って気付き、恥ずかしくなる。しかしは大人しくなった。"迷惑"と云う言葉に反応したんだろう。 「 お前はエクソシストだろう、死ぬならアクマを殲滅した後で刺し違えて死ね。それ以外は認めねぇ。」 「 しかし……!」 「 に今死なれると駄目なんだよ!」 口をついた言葉は、きっと俺の本音で。 でもそれ以上は、云えなかった。云いたくなかった。 「 と、兎に角、良いか、こんな事位で死ぬとか次ぬかしたら俺はお前と2度と関わらねぇ。」 「 !っ厭で御座います!」 刹那の間を置く事無く、返ってくる言葉は俺が予想していたそれで。 酷く、安心出来た。 「 なら、2度と簡単に死ぬなどと考えるな。良いな?」 「 ……御意に御座いまする。」 暫くの沈黙の後、顔を伏せは返事をした。 納得はしてないようだが、ああ、これでやっと、一段落。……と云ったところか。 振り返ると、リナリーがコムイをぞんざいながら椅子に座らせているところだった。 ちゃんと仕事もしてもらって、早急にを元に戻す薬を作らせなきゃいけないでしょ―――と、笑い。 戻す薬が無いから隠そうとしてたのか……斬りたい衝動に激しく駆られる。 「 あの、ユウ様……。」 「 なんだ、落ちそうか?」 「 いえ、そういう事では……コムイ室長の事で御座います。」 食堂へと向かう俺の左肩に座るが、言葉を紡ぐ。 「 ああ、は何も気にしなくて良い。俺がきっちり責任取らすから。」 低く笑って答える俺に、は声を上げる。 「 いえ、総てコムイ室長に非が有ります訳では御座いません故。 私にも非が御座いますれば、過激な事は極力なさらないで戴きたいので御座いますが……。」 お願いいたしますと、耳元で懸命に懇願してくる。 なんて云うか、余計腹立たしいよな。 「 ……解ったよ。過激な事はしねぇ。過激な事は、な。」 「 ありがたきお言葉に御座います、ユウ様!」 なんて、笑顔を咲かせるには悪いが、やっぱケジメは必要―――だよな? 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