想ってます






「 ユウ様。」
「…… あ?」
「 コムイ室長がお呼びで御座います。」
声はすれども姿は見えず。
後ろから自分の名を呼ばれたので足を止め振り返った。
「 ……ああ。」
少し視線を下げれば、腰を落とし左拳と左膝を床に付いてコウベを垂れ、跪く黒髪の女が一人。
視界に映る。
暫くその儘見下ろしていると、ふと顔を上げた女と眼がかち合う。
眼が合うとすぐさま女は顔を伏せる。先程よりも深く。

「 ……立て。顔も上げろ。」
短く息を吐き、軽く眼を閉じる。
わずかに衣擦れの音がし、眼を開けると女は俯き加減に静かに立っている。
眼で確認していなければ、其処に居ることさえ判らない程、静かに。

「 あのな、。」
俺は再び、眼の前に居る女―― ――に短い溜め息を吐いた。
「 はい。」
「 何度も云ってる事だが。」
「 ……は。」
どこかぎこちないが短く歯切れの良い返事。
そう、いつも返事は良いんだよな、返事は。
「 第一に、教団内、特に俺の周りでは気配を消すなと云ってるだろ。」
「 申し訳御座いません。」
「 第二に、その態度だ。いつもかしこまっておどおどと。そんなに俺が怖いか?」
「 いえっ……!」
「 別に、まぁ例えば粗相があったとしても、いきなり斬ったりしない。――そもそも斬らねぇし。
 だから、かしこまったり畏縮したりするな。」
「 ―――は……。」
「 そもそも俺はお前のお館様でも御当主様でも御主人様でもねぇんだから。」
「 !それはっ……!!」
一瞬、の瞳が潤んだような気がした。
そして、初めて俺に対して異議の言葉を口にしようとした。
「 良いか、何度も云ってるが能く聞けもう一度云う。俺とお前は、主従関係には無い。在るとしても師弟関係だ。
 お前が草の者の末裔で騎士道を重んじる貴族の出でお前自身ががそうだったとしても、今は違う。エクソシストだ。
 俺も、お前――も。同等なんだよ、解ったか?」

「 ……はい。コムイ室長からの(ことづけ)は確かにお伝え申し上げました。失礼致しまする。」
暫くの沈黙の後。
は俺の前から消えた。すっと項を垂れ腰を落とし、左膝左拳を床に着けた刹那。
僅かに揺れてた腕には、拳がきつく握り締められていた。

アイツ、納得してねぇな。
いくら俺が拾ったからって、主はねぇだろ、主は。

……そう、アイツ――は俺が拾ったんだ。
任務で行ったフランス南西部の田舎で。
親兄弟、一族の者を皆殺しにされ、行く当ても失ったを……。
別に俺が育てようとかそんなつもりは毛頭無かった。
唯――……まぁ、なら探索部隊にでもなれるだろうと思って。忍びの技術を習ってるなら情報収集なんてお手の物だろうしな。
探索部隊なんて幾ら居ようと構わねぇし。次から次へと、パタパタと逝きやがる。
それでが逝ったところで、俺は痛くも痒くもねぇし。如何でも良い。

ところが、だ。
連れて帰ってみれば。見事にイノセンスの適合者で。
コムイからは生活の一切の面倒を見ろとか云われるし。
なんで俺なんだよ。面倒臭え。もっと他に適した奴等が居るだろ。
他人の世話してる暇があれば手前の為に使うっての。

でもまぁ、流石は忍びの末裔と云うべきか。
その血自体はもうほとんど薄まってるらしいが、代々極秘裏に受け継がれてきている技、術。
それに躯の捌き方はまぁまぁだったな。
イノセンスの扱い方も、躯で覚えていってる感じだ。まぁ、まだまだ実戦では使えねぇけど。

それにしてものイノセンス、あれは意外だったな。
貴族の出でしかもいきなり俺に剣を捧げたりするから、だからてっきり刀剣や苦無、手裏剣とか攻撃系だと思っていたが、まさか癒しのイノセンスだったとは。
『天使の聖杯』……っつったか?
物理的な傷を癒す……とか。
今は自分自身の傷しか癒せないが、いずれシンクロ率が上がれば他人の傷を癒す事も可能―――とか云ってたか、コムイが。
そうなりゃ、否応無しに戦地に狩り出され自分の躯が崩れるまで使われるんだろうな。
例え血が……致死量に達する量の出血をさせても、他のエクソシスト達の傷を治させる為。
教団が考えそうな事だ。

しかし、自分の血を杯の中に入れないと発動しないなんて、なんてエグイ設定だ。
幾ら表面上の傷が癒えたところで体内の血液量が一瞬で元に戻る訳でもないだろうし。普通の人間であればそんな事まずありえない。
つまり使い続ければ続ける程、自身への負担は比例して増え続ける訳だ。
不便というか……使い勝手の悪ぃイノセンスだな。実戦向きじゃねぇ。特に長期戦なんて言語道断だな。
……そこら辺もシンクロ率が上がれば改善されたりすんのか?

まぁでも、時計のイノセンスの女とペアで使えばある種無敵、ってか?
闘い終わった後の2人はどうなるんだよ。死んでも良いのか?
所詮、俺達エクソシストは千年伯爵共を倒せば用済みだもんな。そりゃそうか。
闘い終わった後の面倒までは見ませんってか。

……クソが。



コムイの元へ行く途中、食堂の前を通った時の姿を見つけた。
相変わらず一人で。
まぁ、群れてるよりはマシだが……俺以外の奴と話してるところ、そういや見たこと無いな。
……大丈夫なのか?
そりゃ確かには能く話す方では無いし―――と云うか殆ど話さねぇな。無駄口なんて叩いた事ねぇ。
五月蝿くなくてそれが良いんだが。
否、でももう少し位口数が多くても良いかもしれねぇな。
感情もあまり出さねぇし。
前にモヤシやラビと偶々修錬場で一緒になった時に、『表情がずっと一緒で変わらなくて怖い』とかほざいてやがったか。
蹴り飛ばしてくれてやったけが。

表情がずっと変わらないって、ありえねぇだろ。変わってるって。
現に笑った顔とか怒った顔とか悔しそうな顔とかは何度も見てるし。
流石に泣いたところはあの時一度しか見てねぇけど。
まぁ確かにモヤシやラビみたく大きくは変わらないけど、そこが良いんだろ。
元々感情は殺して生きる様、叩き込まれてきたんだろうし。
でも笑った顔は結構可愛いし、悔しそうな顔はそれでもどこか綺麗だし。
ちゃんと見ろよな、モヤシの奴もラビも。
なにが怖いだ。全く失礼な奴等だ。


「 あ、きたきた神田くん。」
「 何の用だコムイ。」
コムイの元へ行くと書類に埋もれながらも顔だけは俺へと向けている。
さんの事なんだけどね〜?」
「 ……なんだ。」
の事?
まさか、もう任務に出すつもりか?未だ教団に来てから3ヶ月しか経ってない。幾らなんでもそれは未だ早過ぎだろ。

「 いっっっっっつも!同じ顔しててさぁ。職員達の間でも怖くて近づき難いって、専らなんだよね。
 僕も正直、表情が変わらずずっと同じっていうのは問題だと思うんだ。うんうん。」
……は?
「 確かにね、さん、独特な空気持ってて、ちょっと怖いよね。全然笑わないし。
 僕のリナリーみたいに笑ったら、まぁリナリー程ではないにしろ可愛くなるとは思うんだ〜……って、神田くん!?
 あれっ?なんで神田くん六幻に手、掛けてるのかな!?
 アハ、ハ―――おち、落ち着いて神田くん!
 イノセンスはアクマを壊すためにあるギャ―――――――――――――――――――………!!!!」