「 ノーイジー!」

体躯の良い、黒衣に身を包んだ男性の背中に、ドスリと少女が降って来た。
対照的に、真っ白いワンピースに身を包んでいる少女が。

か。久しぶりだな。」

背中に降って来たへ首を向けるマリは、にこりと微笑む。
対照的に、の表情は強張る。

「 どうして驚いてくれないのー?つまんなーい。」
眉根を寄せ口を尖らせ、ぷうと頬を膨らませる。

「 ははは、すまない。しかし、もう何度となくには驚かされてきたからな。慣れてしまったよ。」
そんな彼女の髪をくしゃりと撫で、マリは微笑みを絶やさない。
大人しくマリに髪を撫でられるは、マリの首に腕を回し尚も彼の背中にぶら下がっていた。

「 折角2階から飛び降りてきたのにぃ。」

よいしょとよじ登り、マリにおんぶの形を取らせる
マリの隣に居るせいか、はたまた彼女のとる行動のせいか、18という年齢よりも随分と幼く映る。

「 驚かそうとするのは構わないが、なんと言うかそういう……危ない事はしないでくれないか。
 今回は偶々着地が上手くいったから良いが、もしバランスを崩していたら」
「 んもう、お説教は沢山ですよう!」

眉根を寄せ、懇願するように言葉を綴るマリ。
だがは、パッと、マリが常日頃ずっと着けている集音機(ヘッドフォン)を取り上げた。
ぷくりと大きく頬を膨らませながら。

「 ――……?」


「 …………なによう、ちょっとは慌てなさいよね。」

平然と、何をするんだと滲ませた声音で名を呼ぶマリが、頗る恨めしく思えるのヘソはますます曲がる。
つまらないと、子供のように駄々を捏ねる。

「 ソレが無いと生きてゆけない、と言う訳では無いからな。だが、返してくれるか?」

優しく優しく、そう諭すように告げるマリは微笑みを携えた儘、繊細な指での髪を撫でた。
ぷっくりと膨らんでいるの頬が、僅かに桜色に色付く。

暫くマリの首にぶら下がっていただが、静かに冷たい教団の床に降り立つとマリの前へと回りこみ、小さく咳払いを一つ落とす。

「 屈んでちょーだい。」
「 ああ、解った。」

くすりと音を漏らし微笑みを深くするマリは言われるが儘に上体を低くしたかと思うと膝を折り、
(かしず)く形を取った。
瞬間、ボッと音が鳴りそうな程の顔色は変化する。
だが、気取られまいと必死に冷静さを装い、両手でヘッドフォンを持つと丁寧にマリの耳へと装着させる。

「 ……何もそこまでしなくても……膝が汚れるし、恥ずかしくないの?」
「 何が恥ずかしいものか。」
「 ………………誰にでもそういう事、するの?」
「 まさか。にしかしないよ。」
「 !!!! 」

にこりと、光を反射させぬ瞳を細め見上げるマリ。
ヘッドフォンから離したの指と呼吸が、石化したように動きを止める。
比例して、早くなる鼓動。
熱を孕む顔。

?如何かしたか?」
「 っなんでも無いよ!!」

の心音が平常時とは異なる音を奏でているのに気付いたマリが心配げに声を掛けると、我に返ったは少し裏返った声で叫んだ。
それが亦彼の気を惹くと解ってはいるのだが、上手くいかない。

そんな自分と、自分をそんな風にする彼に、少しだけ苛々してしまう。


いっそ素直になって、小さな手で、か細い腕で、華奢な体躯で力いっぱい彼を抱きしめられたなら

彼の隣に並びたてたなら――


光を宿さぬ瞳を見詰め、は桜色に染まっていた顔を顰めた。

?」
「 何でもないよ。」

覗き込むマリの手を取り立ち上がらせ、次はきっと驚かせて見せるとは笑顔を作る。
チグハグに聞こえるの心音に引っ掛かりながらも、危ない事はしないでくれよとマリは微笑む。

暫くぶりの再会に華を咲かせいると、突然、の腰元に鈍痛が走った。

「 ったぁ―――――――――――!?」

「 ああ、なんだ居たのか。小さ過ぎて視界に入らなかった。それよりマリ、ちょっと良いか?」

猫の様な月の眼でこう言い捨てる、マリと同じ――しかし若干異なる――黒衣に身を包んだ長い黒髪の美少年が、片足を上げて立っていた。
その上げられた足は丁度、の腰辺りの高さで止められていて。

「 なにすんのよバカユウ!!」
「 神田、いくら幼馴染と言ってもだな……。」
は抗議の声を上げながら、右手は鈍痛の走った腰を押さえ、左手は鈍痛の衝撃によりバランスを失った為に向かい合っていたマリの身体に触れらている。
マリはバランスを崩し自分へと倒れ込んで来たを受け止め、バランスを崩す原因となった人物へと咎めの言葉を濁して口にする。

しかしそんな2人の言葉に我関せずと言った感じで、神田は続ける。

「 今日任務は?」
「 無いが……。」
「 なら付き合え。」

僅か5秒。
命令口調で話を片付ける。

「 行くぞ。」
「 待たんかこのバカンダめ。」

ゲシ――と、今度は踵を返した神田の膝の後ろに痛みが小さく走った。

「 なにしやがるこのチビ助!」

勢いよく振り返ってはに食って掛かろうとする神田と、その神田に食って掛かろうとする
と、そのを羽交い絞めするマリは、冷や汗を幾ばくか掻いている。

「 誰がチビ助だ、このバカンダ!」
「 チビにチビ助と言ってなにが悪い!」
「 なにおう!?」
「 やろうってのか?」

喧々囂々と、互いの胸倉をつかみ合いながら睨み合う2人。

「 落ち着け、2人共。」
羽交い絞めから腕ごと抱きしめる形に変え、マリは2人をなだめに入る。

「 コイツが喧嘩売ってきたんだよ。売られた喧嘩は30年ローンでも買い取る主義でな。」
「 違うよ、ユウが先に仕掛けてきたんじゃん!」
「 んだと、チビ助。」
「 なによ、バカンダ。」
「 短いスカートなんか穿いて太い足晒して、恥ずかしくねぇのか?」
「 誰の足がなんだって!?これでも毎日鍛えてるんだから。いつエクソシストに選ばれても良いように!」
「 ハッ。誰がお前みたいなチビ助を選ぶかよ。
 ま、そんな太い足見せられたら、流石のアクマでも哀れんでくれるかもな。」
「 だからチビとか関係無いじゃん!
 それに、スカートが短いのは私の責任じゃないし。何故だか解んないけどコムイさんから渡されたんだよコレ。
 コムイさんが勝手にこんな風にしたんだから、文句あるならコムイさんに言ってよ!」
「 足が太いのはお前の責任だろ。醜い物を見せられる者の身にもな」
「 五月蠅い!」

神田の言葉を遮り、は今までよりも大きな声を張り上げた。
その声は少し震えており、目には涙があふれんばかりに湛えられている。


女の涙は武器、とは良く言ったもので。

他人の意など我関せずを貫こうとする神田だが、 そんなの顔を見た瞬間、顔付きが変わった。
困惑のような後悔のような、それに。

しかし刹那にそれを噛み殺し、いつもの仏頂面で盛大に舌打ちをする。

「 神田。」
「 …………解ってる。」

2人の変化を敏感に察知したマリは神田の名を呼ぶ。
呼ばれた神田は神田で、マリの言わんとしている事を解っているのか苦虫を潰した様な顔をマリに向けている。

「 …………言い過ぎた。…………俺が」
「 良い。解ってる。」

俺が悪かった。
そう続けようとした神田であったが、の言葉によってかき消されてしまった。
少し上擦ったの声に。

。最後まで言わせてやれ。」

強く締めていた腕を解き、マリはポンと優しく肩を叩く。
目を押さえ、くっと一息飲んだ後に顔を上げ、はゆっくりと口を開く。

「 やだ。――――――私だって、言い過ぎたもん。だから……。」

其処まで言って、言葉に詰まる。
そして。

「 私も謝らないから、ユウも謝らなくて良いの。……それじゃ、駄目?」

潤んだ瞳でマリと神田を交互に見上げ、はすまなさそうに話す。
如何しようかとマリと神田は目配せ、へと再度視線の先を移す。

「 いや、まぁ……。」
「 お前が良いならそれで良いんじゃねぇのか。」

「 ……うん。うん。良し、オッケ!」

ぐっと腰を落としガッツポーズをとる
そこにはいつもの、明るい笑顔が戻っていた。
2人はほっとしたのか、表情を緩める。

「 じゃ、私は仕事に戻るよ!ノイジーは久しぶりの休暇なんだから、無理強いはさせないでよユウ。解った?」
「 解ってるよ。」

にっこりと満面の笑みで、人差し指をビシッと立て神田に詰め寄る
それに不貞腐れた様子で応じる神田。

「 ノイジーも、適当に休まないと駄目だよ。解ってる?」
「 ああ、大丈夫だ。」
「 ん、それじゃあ行くね。」

手を振ると短いスカートをひらりと翻し、元気に駆け出す。
それを並んで見送るマリと神田。


「 あ、そうそう。」

何かを思い出したのか、言ってピタリと立ち止まりは振り返る。

「 今日、楽しみにしておいてね!」

満面の笑みを湛えながら手を腰に当て仁王立ちをする。
どういう意味なのか判らず訝しげに居る2人に、はにやりと笑いこう言い放つ。

「 ユウの部屋、掃除しておいてあげる。ほら、総合管理班の仕事だし。
 ついでに部屋中、ファンシーなぬいぐるみずくめにしといてあげるよ!」

ピースと不敵な笑みを決め、満足そうに一人頷く。

「 ノイジーの部屋はキレイに、ちゃんと綺麗にしとくから!」

そう付け足し、再び走り出す
ぽかんと呆けている2人を置き去りにして。


「 ……いや、ちょっと待てよおい!こらっ!!」

今更の様に焦る神田に、声を漏らし笑うマリ。
その笑顔は、とても楽しそうで。

「 相変わらず、仲が良いんだな。………羨ましい。」
「 ああ?唯の腐れ縁だ。」

抗議の叫び声を上げており、マリの掛けた声の総てを聞き取れなかった神田は大きな舌打ちを付け加え返す。


「 今日の修錬は、本気でいくぞ。良いだろう?」
「 あ?あ、ああ……。」

にっこりと微笑みながらもどこかトゲのある笑顔で凄むマリに、少し違和感と戸惑いを感じながらも頷く神田。

「 さあ、いこうか。」

バシリと神田の背中を叩き一人先に、マリは歩き出す。口角を上げ上機嫌に笑いながら。