いくらいったって


ねぎで戦える訳ねぇだろ






『 姐御』
「 あぁ、どうしたのエリザベス?」
『 トイレットペーパーが切れそうです』
「 判った、暇だし私が買ってくるよ。ついでに夕飯の買い物もしてくるからコタにそう伝えといて。」
『 判りました』
「 じゃ、行ってきまーす。」


良く晴れた昼下がり。
厠の紙を買う為にカランと乾いた音を立てて下駄を履き街へと繰り出す。
本来ならばこんな雑用、がするまでもなく攘夷浪士の下っ端達がするのだが、今日は天気も良く暇だったので久し振りに身体を動かしてみるかと編み笠を引っ掴んで出たのだった。

は攘夷浪士の桂率いる桂一派に組する実質ナンバー2だが、それを鼻にかける訳でも無く気さくで、桂の天然ボケに鋭く斬りかかる突っ込み役も兼ねている何処にでも居るようなごくごく普通の女性である。
ただ、整った中性的な顔立ちをしており腕もなかなかに立ち火薬爆薬劇薬にも精通しているという事を除いて、だが。
それを除けばごくごく普通の人間だ。そこら辺に転がっている様な一般人と同じ、普通の人間、だ。

男物のしっかりとした生地で作られた着流しを身に纏い、は軽快に街を歩く。
「 おじさん、トイレットペーパー1つ。シングルのソフトで。」
「 あいよー。」
などと、まるで八百屋で野菜を買うように便所紙を買う、普通の女性だ。
機嫌良く代金を渡し品物を受け取ると、柔らかに笑みありがとうと労いの言葉も忘れない。
編み笠をかぶり長い黒髪を一つにまとめ結い、上機嫌に右手に持った12ロールのトイレットペーパーを振り回しながら鼻歌を携え街中を歩く。
今晩のおかずは何にしようか、と店先に並ぶものを見て行きながら。


「 桂が街に出てる?」
「 はい、先程そうタレコミがありました。」
「 ガセじゃねぇんだろうな。」
「 はっきりした事までは判りませんが……。」
「 ガセならガセでそいつを斬るまででさぁ。」
真選組屯所前。
山崎、土方、沖田と大勢の隊員が帯刀して尚且つ士気を高めていた。
土方は咥えた煙草に火をつけながら、情報を持ち帰ってきた山崎へと確認の言葉をかける。それに答える山崎は自信なさげに、でも最近街での目撃情報は少なくないんですよとメモを見ながら云う。そんな2人を見ながら、その可愛い顔に似合わず物騒な事を云ってのける沖田はロリポップを口に入れ頬が膨らんでいた。
けれど職務中になにをと注意する者は一人もおらず、流石チンピラ警察とでも云ったところか。
兎も角、これから大捕り物になるであろう事に、この場に居る者は皆、土方の掛け声に盛大に応え気合を入れ直していた。


「 おじさん、この長ねぎと大根と……あとリンゴ二つちょうだい。」
「 あいよー。」
街角のとある八百屋にて、は今晩のおかずになるであろう物を調達している。
相変わらずに上機嫌で、お兄さん綺麗だねぇと八百屋の主人に云われても、やだあもう私こう見えても女なんですよおじさん、あ、じゃがいもも一山くださと笑って答え、軽い世間話もこなしてみせる。
そんな彼女は、所謂攘夷浪士に組しているが、至って普通の女性なのだと云い張ってみましょう。

「 あれがそうか?」
「 ええ、タレコミ内容からすると、あれでしょうね。」
八百屋から少し離れた路地に、土方と山崎、それに数人の隊員達の姿があった。
山崎はタレコミ情報を記したメモと買い物客とを交互に見やり、間違いありませんよ土方さんと隣で煙草を吸う土方を見る。ふうと一煙吐き出し、土方は隊服の内ポケットへと煙草を持つ逆の手を入れ、小さな無線機を取り出した。
「 沖田、それに各隊員に告ぐ。
 ターゲットは八百屋で買い物してる客だ。編み笠かぶった薄蒼色の着物に蒼の帯だ。
 沖田を斬り込みとして総員掛かれ。気を抜くな。」
そう無線で伝えると、煙草を地面に押し付け無線機を内ポケットへと素早く仕舞い立ち上がる。その右手は腰に差している愛刀へと静かに伸ばされていた。

「 そうだったのかい、そいつぁー失敬したな。それじゃ、美人なお姉さんにりんごを一つおまけだ。」
「 ありがとー、おじさん大好き!これからも贔屓にさせてもらうよ〜。」
と、笑いながら代金を支払い買った品物が袋に入れられる様を機嫌良く見つめるの髪は優しく吹く風に流されている。おまちどうさまと云って渡された袋をしっかりと貰い受け、ありがとうと同じ様に労いの言葉を掛けた。
が、店主の顔色の変化に気づいたは、自分の後ろから迫り来る殺気にゆっくりと振り返る。
「 桂ぁ、暢気に街中で白昼堂々買い物たぁ良い御身分だなぁおい。
 今日この場がテメェの墓場でィ。覚悟しやがれ。」
そう云ってのける沖田はロリポップを口の中で転がしながら、既に抜刀して構えている。周りにはその沖田の組員であろう数人の真選組隊士達が同じく抜刀し構えている姿も見受けられた。
おいおいこれは何事ですかと云いた気なは、尚も自分を取り囲む様に集まってくる多くの隊員達を確認した。
――これは所謂あれですか、御用改めですかと心の中で呟き、小さな溜め息を吐く。亦かと、小さく小さく口に出して。
「 観念しやがれ桂ぁ。此処からは流石に逃げられねぇだろィ。」
「 あのさ、悪いんだけど。」
刃音を立て刀を握り直す沖田に向かって、は飛び出した長ねぎの入った袋を抱え直し至極面倒臭そうな声音できり返す。
いつもながら、こいつ等は何処に目を付けてんだと心の中で呆れながら。
「 私は桂じゃないから。」
云うが早いか、沖田が斬りかかってきた。
それを寸でのところで右へと避けは事無きを得たが、綺麗に盛られていた茄子は宙へと舞い上がり無残にもボトボトと情けない音と共に重力に逆らう事無く落ちていく。
冷や汗をつうと流しながらそれを見るは、ガサリと音を立て再び長ねぎの入った袋を抱え直す。
もう一方の手には、12ロールのシングルのトイレットペーパーが握られている。
「 ―――ちょっと、危ないじゃないのよ!それに私は桂じゃないって云――」
「 桂は変装の名人だからなぁ。俺は騙されねぇぜ。」
「 私は女だ!」
左足を一歩前に出し捲くし立ててみるも、完全に桂だと思い込んでいる沖田達には通じずそれは変装だろィと軽く流されてしまった。
編み笠をかぶっている為相手から顔が能く見えないという事も手伝っているのだろう、声が違うだろう声がと抗議してみたところでそんな事は無いと斬り捨てられる始末だ。
それでも負けじと云い合っているうちにじりじりと間合いは詰められていき、離れていた所に待機していた土方や山崎達も何時の間にか群集の山に加わっている。
これはそれとなくなかなかにピンチなのでは、と考えるも、どうしても沖田達真選組の連中はを桂だと思い込み決め付けている。
身長が違うだろうと云ってみたところで元々それくらいだったじゃねぇかこのチビと罵られ、そうなれば誰がチビだこら今チビって云った奴出て来い面出せや面と要らんもんに応戦してみたり。
「 取り敢えず斬られとけィ。」
そんな、が沖田から目を離した一瞬の隙を見逃さず第二陣の斬り込みを入れるも、素早く察知したはそれをギリギリのところで避ける。
それと同時に沖田の右手を思い切り蹴り上げ刀を落とさせ、周りに群がる隊員の一部目掛け、12ロールシングルのトイレットペーパーを豪快に振り回した。
「 人違いの上取り敢えずなんかで斬られてたまるか!オラ、貴様等邪魔だ退けえぇぇぇ!?」
ドスリドスリと、殺傷力は無いものの破壊力は少々あるトイレットペーパー(12ロールシングル)を振り回しながら退路を築いている途中、力み過ぎて汗で滑ってしまったのか無情にもトイレットペーパー(12ロールシングル)はの細い指からスポーンと小気味の良い効果音がつきそうな程綺麗にすっぽ抜け、それは山崎の顔面へと着地した。
「 うわわ、トイレットペーパーがすっ飛んだ!?当っちゃった人ごめんなさいっ!でもっ!!」
その様を見届けながら顔の前で両手を合わせ小さく会釈するも、出来上がった退路へと振り返る。
「 取り敢えず人違いで斬殺されるとか勘弁なのでさよならっっ!!」
そしてこう叫びながら足早にその場を後にした。
その後ろ姿を沖田始め隊員達は追いかけて行く。桂待てコノヤローと雄叫び勇みながら。
八百屋の前に残ったのは顔面でトイレットペーパー(12ロールシングル)を受け止めた山崎と、鬼の副長と謳われ今回の大捕り物を指揮する土方だった。
少し赤くなった鼻を押さえつつ涙を堪える山崎は、何故か自分の横で自分に突撃を喰らわせたトイレットペーパー(12ロールシングル)を静かに拾い上げる土方を不思議に思い名前を呼んでみた。
「 ――――あの人は……。」
しかし返ってきた言葉は予想していたものではなく、意味深な言葉で。
土方は、が駆けて行った方向を、の後ろ姿を見送るようにじっと見つめていた。



「 チクショー、折角のこんな晴れた日の気分の良い買い物途中だったのに。
 誰かさんと幕府のクソ犬共のせいで台無しじゃない。しかも今回の目的だったトイレットペーパーは落としちゃうし。」
買い直す事程面倒臭い事は無いんだよと呟くは、逃げる途中に落としたのか捨てたのか編み笠は無くなっており綺麗に束ねられていたその髪もほどかれバサバサと風になびいていた。
手ぐしで髪を梳くの足取りは、怒りと疲れの為か随分に重い。
「 大根も長ねぎもこんなに削られちゃって、もう長ねぎじゃなくなってるじゃないですか。
 ……と云うか真剣に大根や長ねぎで応戦出切る訳無いじゃん。」
ぶつぶつと愚痴を独り漏らしながら短くなった長ねぎを愛おしそうに撫で溜め息を重ねる。
それでも立ち止まる事は無く酷く周囲を気にしている辺り、どうやら沖田達隊員の勘違いは解けておらずその細い女性の足で勇ましいチンピラな男達を撒いてきたようだ。

流石、長年桂の隣を張ってきただけの事はあるといったところだろうか。
疲れた様子の重い足取りで、俯いたままは角を曲がる。
と、なにか柔らかいものとぶつかった。
それが感触と僅かに香る煙草のにおいから人だと判断したは反射的に身体を一歩退き、すみませんと一言謝す。
「 いや、こっちこそ。怪我はないか?」
「 いえ、大丈夫です。」
短くなった長ねぎの入った袋を抱えながら笑み顔を上げた瞬間、の表情は凍りついた。
なら良かったと安堵の色を見せる人物が、真選組鬼の副長こと土方その人だったのだから。
氷の様に固まってしまったはなんのリアクションも取れず、ただただその場に立ち尽くしている。どうしよう、私この人に斬られるんだろうか、あの天然ボケと間違わられたまま斬られてしょっ引かれてしまうのだろうか、ああどうしようトイレットペーパー買いに行けないじゃんごめんねエリザベス。と云うか買い物如きにこんなに時間かかってごめんなさい。そう、顔に表れていた。
「 ……ああ、貴女は。」
「 ――!?」
不意に土方が左手を動かしたのを視界の端で捕らえ身構えようとするも、変に力が入り身体が上手く動かず逆にバランスを崩してしまった。
かくりと折れた右膝に、重力に逆らえる筈も無くの身体は全体重を移動させ、やがて地面へと沈みゆく。
「 ―――っ大丈夫か?」
筈だったが、それは土方の骨太な右腕に支えられた。
突然の、しかも予期せぬ事態に凍りついたの頭はすぐにはついていけず、体重の掛かるまま重力に身を任せてしまい、土方の腕の中にすっぽりとその小さな体躯はおさめられている。
重い足と身体を引き摺って街の角を曲がっただけなのに、思いがけない事がこんなにも起こるのだろうか。
そんな事を頭の片隅で思いながら、は我に返りゆっくりと怪しまれない様にと心がけ土方から離れ、大丈夫ですありがとうございますと付け加えた。
「 ぶつかった拍子に何処か捻ったりしたんじゃ……。」
「 いえ、そんな事は。本当に大丈夫です。」
未だ自分を支えてくれている為に繋がっているであろう土方の右手に、一抹の不安を覚えつつはお気遣いありがとうございますと会釈をする。買い物袋を右手にぶら下げたまま。
その買い物袋からは幾分短くなった長ねぎが、顔を覗かせている。

「 名前は?」
「 は?」
「 貴女の、名前。」
本当に今日は予期せぬ事が多いなと思ったのも束の間。再びは予期せぬ事態と遭遇していた。
未だ土方の右手は自分の左腕をしっかりと掴んでおり、それはもしかして逃すまいとしているのですか土方殿と云いたいのに、不意に土方が目を見据えながら突飛な事を云ってくれるものだから、亦思考回路は少しショートしそうになっていた。
それでもなんとか声をもらし聞き返してみると、どうやら名前を聞いてきている様だ。
これは、私が桂に組している者だと知っての質問なのか、その右手も私を捕らえる為のものなのか、瞬時にそんな事が脳裏をよぎる。この人は、チンピラ警察真選組の頭脳と云われている人物なのだから。
ここは正直に答えるべきか否か。
そう考え押し黙っていると、どうしたとせっつかれる。
「 名前、云えねぇのか?」
「 ……・ゴンザーゴー・マーガリット・3世です。」
「 おーそうか、そりゃ大層なお名前だなってあんたそれは明らかに偽名だろ。」
ですすみません。ほんの出来心です。」
泣きたいところをぐっと堪え顔を逸らすは、土方の眼力に負けたのかここは逆らわず大人しく云う事を聞いておいた方が良いと踏んだのか、本名を白状した。
どこから出てきたのか全く判らない横文字の長ったらしい名前を云ったそのすぐ後で。
かぁと意味深に吐き出す土方の表情はいつもの怜悧なそれで、その心の中は微塵も覗けはしない。
その後は何故か無言が続いたので、たまらなくなったが土方を見上げると、やっぱり無言だけが続いた。
助けてエリザベス、と心の中で泣いたその時、あのと土方が口を開く。
「 悪かった……よ、行き成り追い回したりして。
 その、――――――、がさ、桂って指名手配中の男に似てたもんで……本当にすまなかった。
 あとこれ、忘れ物。」
そう云って持ち上げた土方の左手には、トイレットペーパー――勿論12ロールのシングル――が握られていた。
えええと思わず声を出しそうになったは土方の顔と土方の左手の先を交互に見つめる。これは一体全体どういう事ですかと云わんばかりの表情で驚きを隠す事さえ、忘れて。
暫くそれを繰り返しているとのだよなと念を押されたので黙ったまま頷くと、それを空いている左手にそっと優しく握らせてくれた。
いつも見る土方の姿は、桂を追いかける荒々しいもので。
そういや前に、今回みたいにコタと間違えられて追いかけられた事もあったっけとは思い出していた。けれど思い出される土方の姿はそのほぼ全てが荒々しい鬼神の如しで、今眼の前で見られるものとは到底結びつかない。
それでも土方の表情はその怜悧さの中に優しさがあるものだから、に少しの混乱を与えるには充分だった。
は、土方に礼を云う事さえ忘れて唯土方の柔らかい表情を見つめている。
「 それから、他の奴等には伝えとくから。今回は桂じゃなかったって。
 もしかしたら、今までも桂と間違えてを追い回してたかもしれねぇな。」
「 え?あ、ああ、はい、まぁ……。」
「 ………マジかよ。」
呟いた土方はふっと溜め息を吐き、悪かったと幾度目かの謝を加える。
こんな土方は初めて見ると驚いているは、嗚呼そうだったとやっと我に返り不意に長ねぎが覗く袋の中に手を入れかき回す。
それを不思議そうに見つめる土方に、はいと袋の中からりんごを一つ取り出し差し出した。
これはと戸惑う土方に無理矢理握らせ、にっと微笑みこう伝える。
「 トイレットペーパーを拾って届けてくれたお礼です。
 八百屋のオヤジからタダで貰った物なんで、遠慮なく貰っちゃって下さい。」
と。
それを聞いた土方は、小さく息を吐き出し目を細め、同じく笑んだ。
「 ああ、ありがとう。」