ちゃん、どー思う!?」
「 どう……って…………羨ましい限りだなって」
「 そうじゃなくてっ、そうじゃなくてぇ!!」
小さな木製のスプーンを握りしめ、は歯痒そうに顔を顰める。
かぶき町の甘味処の一角、隅のテーブルで対面に座すは口に運びかけていた白玉を器の中に戻した。
「 そうじゃないって言われても、一般論は"頗る羨ましい"であってる筈よ。」
「 だからそうじゃなくて……あーもう、何て言えば良いのか……!!」
握りしめたスプーンごと拳を小さく振り回し、は頭を抱える。それを苦笑しながら優しく見守るは戻した白玉を掬い上げ、今度こそと口へと運んだ。程よい弾力が歯に伝わり、絡まった汁粉が口の中に拡がる。
「 ……そう!どー思うじゃなくて、じゃあ、どーすれば良いと思う!?」
「 …………」
もぐもぐ、ごくん
口に含んだ白玉汁粉を能く味わってから飲み込み、真っ直ぐにを見つめる。賑やかな店内で、ただ其処だけが静かな時間を共有する。7番テーブルに抹茶アイスと心太一丁〜なんて店員の元気な掛け声が飛び交う中、じっと、沈黙を守り見つめあう女子2人。
「 ……どうすればって、それは他人に聞くような事じゃないでしょちゃん……。」
「 それは分かってるけど、でもひとりじゃ考えられないんだもの、助けてよ!!」
カラン、と握りしめていた小さな木製のスプーンを落とすように手放しの手をガッと握りしめるは、必死だ。
対するは突然手を握られ少々驚いたが、ただ優しく苦笑するばかり。
ちゃん!!」
「 ……どうすれば良いか、じゃなくて、大切なのはちゃんがどうしたいか、だよ。」
「 それも分かってる!!っでも、土方さんと銀さんだよ!?どっちかなんて選べないでしょ!?」
「 困ったわねぇ。」
「 ホンットに困ってるの!!どーすれば良いと思う!?」
今にも泣き出しそうな顔で縋るの頭をよしよしと撫で、は微笑む。
「 じゃあ、質問。土方さんの事は、どう思ってるの?」
の瞳をじっと見つめるは一度唇を閉じ、暫く考えてから言葉を紡いだ。
「 カッコイイと、思ってる。……最初は、すぐ暴力的な行動に出るし口も悪いし、怖いなって思ってたけど、
 少しずつ土方さんを知るにつれ、男気があって、とても素敵で強い人だなって……」
「 じゃあ、銀さんは?」
「 普段はちゃらんぽらん演じてるけど、ホントは一本筋が通ってて責任感が強くて、頼り甲斐があって、
 やる気全開の時は生き生きしてて瞳もキラキラ強く煌いてて……」
「 カッコイイ?」
「 ……うん……」
そっか、と柔らかく笑っての頭をもう一度撫でた。の手を握ったままのはいつしか俯き、頬をほんのりと紅潮させ恋する乙女全開だ。瞳が潤んだ姿は、私が男だったら迷わず抱きしめるとに思わせる程。
「 こんなに可愛いちゃんを悩ますなんて、許せないね。」
ちゃん……!」
「 でも焦って答えを出しても双方プラスになる事は無いと思うから、じっくり考えるべきよ。
 それとも、いっそ2人と付き合ってみる?」
ちゃん!!」
「 冗談よ。今は未だ答えられないっていうのも、一つの答えだと私は思うわ。」
「 ……うん、ありがとう……。」

それにしてもあの真選組の鬼の副長こと土方十四郎と死んだ魚のような眼をした十万屋銀ちゃんの坂田銀時の両名から、同時期に『付き合ってくれ』と告られるとは、やっぱり羨ましい限りだとはひとり笑う。
仕事の昼休みに相談したい事があるから空けといてくれと言われ何事かと思ってみれば、恋の悩みとはなんとも可愛らしいではないか。もう時間だからと先に退店したて空いた席を眺め、くすりと小さく声をもらす。
「 ……2人共恰好良いから、誰だって悩むわよ。贅沢な悩みだけれど。」
「 誰が恰好良いんだ?」
残っている白玉汁粉を完食すべくスプーンで掬い口元まで運ぶと、不意にそんな返事が寄越された。だがは誰かに同意を求めた訳でも話し掛けた訳でも無く、ただ独り言を小さく呟いてみただけだったのだ。それなのに、かち合う内容の返事が寄越された。驚いたが振り返ると紫色の羽織がひらりと動いた。
「 ……!?」
「 天麩羅蕎麦を一つ。」
「 ありませんよそんな物。」
「 では焙じ茶アイスを一つ頂こう。」
ありがとうございます、と笑顔で応じる店員が厨房へと元気にオーダーを告げ、冷水の入ったグラスとお手拭を置いて退がった。
ぐりんと、首を動かし正面を向く
「 かっ桂さん!?」
「 久し振りだな。」
「 もどっ……戻って、いつ戻ってらしたんですか!?」
幽霊でも見たかのように大声を出しただがすぐに我に返り、声を落として対面に座す桂へと向き直る。
「 今朝戻って来たばかりだ。」
外は蒸し暑くて敵わんなと言って冷水の入ったグラスを傾け、桂はにこっと笑った。途端、の顔色が変化する。
「 っっお、お疲れ様です…………お帰りなさいませ。」
「 ああ、ただいま。、元気にしていたか?」
「 はい……。」
初夏のように爽やかに、春のように優しく。
長く綺麗な黒髪をサラリと揺らし微笑む桂に、萎縮したように俯きモジモジと答える。まるでそう、先程ののように。頬と言わず耳や項まで紅く染め、瞳はうっすらと涙に濡れ、蚊の飛ぶようなか細い声。
好きな人を前にした、恋する乙女全開のそれだ。
「 変わった事は無いか?」
「 はい……。」
「 ……幕府の犬に厭な目遭わされた等――」
「 全然っ!私なら本当に大丈夫ですから!……それより、桂さんこそ……」
嬉し過ぎて舞い上がる気持ちをギュッと抑え、テーブルの下で手を握りしめるは真っ紅な顔を少し上げチラッと桂を盗み見る。すると端整な顔が怒気を含んだ歪みを見せていて、慌てて否定の言葉を綴り桂へと話題を挿げ替えた。
「 俺の事は心配するな。万事上手くいっている。」
を見つめ、ふ、と表情を緩める桂は運ばれて来た焙じ茶アイスを真顔で一口口にし、左手でピースを作る。
その表情と仕草がの緊張を溶かしたのか、らしくふわりと微笑んだ。
「 うむ。」
もう一口アイスを食べたところで、桂は器にスプーンを置き冷えた口を柔らかく開く。
「 やはりには笑顔が一番よく似合う。いつもその可憐な笑顔で居てもらいたいものだ。」
百合や竜胆の花が似合うような微笑み。
紅い顔をしたの顔が――と言うより身体全身がキャンプファイアーの炎のように燃え上がったのが、傍目にも見て取れる。ゼラチンを多量に入れられたゼリーのように固まり、祭の出店の金魚のように口をパクパクとさせ、一言も発せず、血潮よりも紅い顔と身体。誰が見ても照れていると一目で解る。
だが。
桂は眉間に皺を寄せまじまじとを観察し、グッとテーブルに身を乗り出してへと手を伸ばす。
?顔が赤いようだが熱でもあるのか?」
ペタリ
―――と、の額に右の手のひらを触れさせ、逆の手のひらで自身の額に触れると、桂は更に顔を難しくする。
「 ……うーむ、やはり熱いな。今から病院に行って診てもらうべきだろう。」
真剣な眼差しの桂だが、その手のひらの下のの心境は火事どころの騒ぎではなかった。ただでさえ熱い身体だのに、桂の触れている箇所から次から次へと止まるところを知らずと言った具合に熱が生まれては拡がって往くのだ。
が火に掛けられたヤカンであれば口からピーッと甲高い音と共に白い湯気を出し、同じく汽車であればやはり同様に口からポーッという爆音と共に白煙を勢い良く出し、ブラウン管のテレビであればブツンと映像と音を消しモクモクと危ない白煙を上げてご臨終しただろう。
あわあわと眼を忙しなく動かし、我に返ったは冷水の入ったグラスを握りしめた。
「 あぁあああのっあのっかっかかかつっかつっ桂さん!!わわ私なら大丈夫ですから!!!」
ビシャビシャとテーブルに撒かれる水。グラスを握り戦慄くの手もびしょ濡れだ。だがそれにも気付かぬは桂が手を離すと戦慄きながらグラスを持ち上げ口元へと運ぶ。
「 此処、冷房が入ってなくて熱、暑いんですよ、すっごく!だから身体が火照っちゃいまして……!
 お水を飲めば治まりますから!ほらこれ、いただきまーす!!ってあれ?これお水が入ってませんでした、おかしいな
 すいません店員さーん!」
誤魔化す為に饒舌になるはグラスを持つ逆の手を上げ店員を呼び、呼ばれてやって来た引き攣った営業スマイルを見せる店員にぎこちない笑顔を見せ水を要求した。が、グラスに注がれる冷水は先入後出方よろしくテーブルの上に不規則な透明のマーブル模様を描く。
「 ……?」
「 あれ?どうしたんでしょう……あ、もしかして地震?地震ですか?危険です、桂さんテーブルの下に潜って下さい!」
「 何!?、早くテーブルの下に潜るぞ!!」
「 は、はいっ!!」
夫婦コントか!とこの場に新八が居れば大声で突っ込んでくれるのだが、店員は見て見ぬ振りをし、濡れたテーブルを綺麗に拭くとグラスに冷水を注いでそそくさと退がった。
真面目な顔をしてテーブルの下に隠れる桂、その桂から隠れるように顔を背ける
周囲の客は2人を好奇の眼で見つめている。
「 ……どうだ、揺れは収まったか?」
「 ……そ、そうみたいですね……。」
「 そうか。だが油断は禁物だ。ところで。」
「 はい?」
が頭を押さえ膝の間に顔をめり込ませる勢いで沈めていると、ツンツンと腕を押された。
2人の距離が近過ぎて、震える声で返事をするだが、その言葉に桂は続かなかった。暫く口を噤み次の言葉を待っていたが、一向に発せられる様子も無く、不思議に思い顔を上げ桂へと小さく振り返るの眼前に、食べかけの焙じ茶アイスが現れた。
「 …………かつ」
「 これを食べろ。」
ずずいと、押し出されるアイス。
眼を白黒させるが聞き返すと、再び食べろと、告げられる。
「 ど、どうしてですか……?」
恐る恐るそう訊ねると、テーブルの下に身を潜めたまま酷く真剣な面持ちでスプーンを持ち、桂はアイスを掬う。
そしてその儘、アイスを掬ったスプーンをへと差し出した。
「 空調が効いておらず暑いのだろう?これを食べて身体の中から体温を下げると良い。」
酷く真面目に、冷静に言う桂。
だが言われたは冷静ではいられなかった。否、冷静で居られる筈が無かった。何故なら食べろと差し出されたスプーン、それはつい先程まで桂が使用していたスプーンだからである。それをその儘使用して食べろとは、つまり、桂との間接キスをする事に他ならない。
目を回す勢いで、の顔が真紅に染まる。
「 ででででもそれそれそれはっっ、桂さんが頼んだものですし!!」
「 気にするな、暑いままだと辛いだろう。」
「 だっ大丈夫ですよ!?っほら此処、此処は冷房も効いてて涼しいですから!あー、涼しい!本当に涼しいわあ!!」
「 それにこれは案外美味いからな。ほら、毒ではないぞ?」
そう言ってスプーンを自分の口に含み、桂はもう一度そのスプーンでアイスを掬ってへと腕を伸ばす。
「 いっいえっあのっっ!!!!」
、ほら、あーん。」
「 いいですよ桂さんっ!!」
「 あーん。」
「 かつらはっっんんっっ!??」
「 良し、いい子だ。」
の口にスプーンを突っ込んだ桂はが口を閉じたのを確認するとスプーンから手を離し、そっと腕を動かし優しくの頭を撫でた。
(かっかっかっかっかかっっ…………間接キッスウウゥゥッッッッ!!!?)
体温が下がるどころか急上昇沸騰直前といったの口から出ているスプーンの柄を握り、無理なく引き抜く桂はアイスをもう一度掬い、先程と同様にへと差し出しあーんと言う。が、は口をきつく閉ざし頑なに首を横に大きく振る。少々その儘腕を伸ばしていた桂だったが、あまりのの必死さに何かを思ったのか、そうかと一言漏らすと小さく溜め息を吐き、その儘己の口へと渋々冷たいアイスを運んだ。
「 !!!!?!!!!!!??!!!」
その姿を見つめ、再びの体温が急上昇したのは言うまでもないだろう。


「 あの、すみません……結局ごちそうになってしまいまして……。」
「 気にするな、俺が払いたかっただけだからな。」
甘味処を出たは深々と頭を下げ、色々と御入用なのに、ご馳走様ですと加えた。
その儘店先で手持ち無沙汰に俯き加減に立ち尽くしていると、顔の前でヒラヒラと手が動いた。ゆっくり顔を上げてみれば、にこりと花を背負って微笑む桂の顔と出くわし、息を呑む。
はこれから未だ仕事か?」
「 !はい、今日も5時半まで仕事です。」
「 そうか……。」
そう言うと桂は思慮深げに腕を組んだ。そんな何気無い仕草の一つ一つが本当に画になるなと、は頬を染め小さく溜め息を漏らしぎゅっと指を折った。
突然ではあるが、桂と再会した時から言おうと思っていた事。次に桂と逢えた時に言おうと思っていた事。
今日逢えた事は神様がくれたビッグで甘いプレゼントなのだと自分に言い聞かせ、は思い切って口を開いた。
「 送って行こう。」
だがが言葉を紡ぐよりも先に、ポンと手を叩いた桂が音を奏でる。
意表を衝かれ、口を開けた儘目を大きく見開き数秒桂の眼を見つめ、ぱちぱちと眼を瞬かせるは、小さくはい?と聞き返した。
「 もう昼休みも終わるのだろう?だから会社まで送ると言ったのだ。最近は何処も彼処も物騒だからな。」
「 ……え?いえ、でも、桂さんの……ご予定は……?」
「 特に無い。行くぞ。」
その物騒の一端を担っていたのはいつかの貴方では無いのかといった突っ込みもなく、話は進む。
「 え?でもっ、何かをなさる為に江戸に戻って来られたのですよね?」
「 一応な。行くぞ。」
「 で、でも……?」
「 良いから、行くぞ。」
「 !?」
優しく強く、の手を取って桂は歩き出す。
驚き少々つんのめりながらもぎこちなく足を動かすの顔は茹た蛸よりも鮮やかに紅く染まり、口内で声にならない叫びを上げている。音を上げ小さな砂埃を立てる足元は桂の一歩後ろを付き随う。


町の喧騒の中、迷いなく進む2つの足音。
繋がれた手が熱を孕み汗を生み、少しずれた。と、良し離れる!と心の中でガッツポーズをしながらも何処か残念に感じるの表情が一瞬明るくなったが次の瞬間、更に心臓がこれでもかと早鐘を打つ羽目に陥る。
ぎゅっと強く、ずれた手を握り直されてしまったからだ。
きゃあああああと心の中で絶叫するは冷静になれと必死に繰り返し、気を紛らわせる為に何か話をしようと頭の中の引き出しを泥棒のように素早く総て開け放つ。
「 かっかつ――おたっお誕生日おめでとうございますっ!」
パニックを起こした頭で、気付けばそう叫んだ後であった。
足を止め、振り返った桂は面喰った顔をしていたが、蒼白に変わるの眼をまっすぐに見つめるとあふれんばかりの笑顔を見せ手を放し、驚くの細い身体を勢い良く抱きしめた。
「 えっっ!?あのっ桂さん!?!?」
「 覚えていてくれたのか!嬉し過ぎてデカイ花火を連発で上げたい気分だ!!」
人通りが少ないとはいえ、街中でいきなり抱きしめられたの思考回路は焼き切れる寸前、心臓は壊れたのかと思える程大きく不規則に脈を打っている。だがそれに気付かぬ桂は強く強く抱きしめ、感情の儘素直に笑顔を見せる。
「 ありがとう、俺は世界一の仕合わせ者だな。」
身体を離し眼を見てそう告げると、再び人目も憚らず強く抱きしめた桂は上機嫌に口を開く。
「 最高の誕生日プレゼントだ。ありがとう、ありがとう!」
珍しく感情を顕にする桂に抱きしめられ、色々な意味で窒息しそうなは働かぬ頭を放置し小さく叫んだ。
それが桂に更なる感情を与えるとも知らず。
「 お誕生日プレゼントは、一応、ちゃんと用意してますっ!」

100万$の夜景よりも100万$の笑顔を見つめていたい




その夜
「 ところで
「 はい?」
「 誰が恰好良いんだ?」
「 え?……あ、真選組の土方さんと銀さんの事です 」
「 ほおう?」
「 それがどうかしましたか?」
「 ……その2人は俺よりも恰好良いと言うんだな?」
「 え?ちがっ!!」
「 そうか……はそう思って…… 」
「 違います!!世界中の誰よりも桂さんの方が恰好良いです!!!」