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生い茂る草が倒れる音が通り過ぎて行く。 陽の光さえ遮断された深い深い森の中を走り抜ける2つの音。その音から少し離れ、もう1つ。 「 ど……して、こんな事に……!!」 「 過去を悔やんでも呪っても致し方無いだろう?足元に気を付けて。」 転がるように走るエドガーと。 顔を蒼くするを軽く窘め、尚且つ気配りも忘れぬエドガーはその体躯に似合わず俊敏な動きを見せている。 その隣を息を切らせ、辛うじて足を前へと動かしているは、そろそろ限界が迫り来ているようだ。 ゼイゼイと酷い呼吸音を上げている。 「 ……エ、エド……ガ………… 」 少し肌寒い位の深い深い森の中で身体中大粒の汗が流れ、もう限界だと言いたげに隣を見て彼の名を呼ぶ。 その小さな呼び声を聞き漏らさず受け取ったエドガーは、へと手を差し伸ばした。 「 大丈夫……ではなさそうだな、。」 嗚呼、やっと休める。 苦しいけれど顔色を明るくし、差し伸ばされた手に手を重ねるは、転がるように最早惰性だけで動いていた足を徐々に止めた。同じように駆けていた足を止めたエドガーは、心配げにを見詰めるとふうと一息吐いた。膝に手をつき上体を水平に倒すはゼイゼイと大きく不規則に息を吐き出し、乱れた呼吸を整えようとしている。 「 すまない、こんなに走らせてしまって。」 申し訳無さそうに話すエドガーは膝を折り、辛苦の表情を見せるを下から覗き込む。と、繋がった手がギュッと握りしめられた。 「 、大丈夫か!?」 「 …………ゼ……ハ………………ダイ……ジョ…………ハ……………… 」 乱れた息が邪魔をし伝える事すらままならない状態だが、もう一度手をギュッと握りしめるとはにこりと微笑んだ。そして上体を起こし空いている手で流れる額の汗を拭うと、ある所へ行こうとエドガーの顔を見ようと視線を上げたその刹那、身体が急な浮遊感に襲われ心臓が大きく収縮した。 「 !?!?」 「 だがもう少しだけ我慢してくれないか。」 そう言うエドガーの声が近いかと思えば眼前に整った顔と絹のように滑らかな金色の髪があり、の心臓は先程とは違い大きく跳ねた。そうかと思えば力強く抱きしめられ、冷たい風を感じる。 束の間、漠然とエドガーの横顔に見入っていただったが、肌と鼻で冷たい風を感じるとハッと我に返り、今自分が如何いう状態に置かれているのかを把握する。すると余計に、心臓が壊れてしまいそうな程音を上げ始めた。自身は一歩も足を動かしていないにも係わらず、全力疾走をしていた時よりも遙かに大きく。 「 エ、エドガー……!?」 「 すまない、少々居心地が悪くて窮屈だろうが少しの間辛抱してくれ。」 そうじゃなくてと顔を紅くするに申し訳無く微笑みかけると、エドガーはしっかり掴まっていてくれと続け、更に速度を増し深い深い森の中を駆けて行く。 ――まるで そう考えるはあながち間違いでは無い事に気付き、このシチュエーションに更に紅潮した。 金糸の髪の王様が女性を横抱きに深い深い森を疾駆する。 その女性が薬師である自分なのだと、耳まで紅く染めはエドガーの首にしっかりと抱きつき俯く。 「 ……エドガー、あのね……?」 「 如何かし――怪我でもしたのか!?」 「 っそうじゃないの!」 怪我はしてないわと必死に伝え、幾分落ち着いてきた呼吸を正し、ゴクリと一つ呑み込む。 「 樹に登ってみては如何かしら?」 エヘヘと恥ずかしそうに笑うを見詰め、エドガーは眼を白黒させた。 「 落ちるんじゃないかとハラハラしたが、上手く登るものだな。」 「 薬になる木もあるからね。そっちこそ、王様なのに木登りが上手だなんて。」 「 昔取った杵柄というやつだ。」 高い樹に登り枝に腰掛ける2人は、くすくすと声を潜め笑い合う。 ガサガサと草が倒れる音が近付いてくるとエドガーは口元に立てた人差し指を添え、は言葉を閉ざし小さく頷いた。 ――ザッザッザッ ドッドッドッ 草を倒し地を掴む大きな足。 これだけ機械文明が発達した今でもこんな古の凶竜のような生物が生きていたのかと感嘆したくなる姿の 顔を見合わせ、2人は安堵の息を吐き出す。 「 やっと撒けたか……。」 「 でも暫くは此処で様子を窺った方が良いよね?」 「 ああ、そうだな。」 ひょんな事からロック達パーティーとはぐれてしまったエドガーとは、迷い込んだこの森で先の巨大な魔物と出くわしていた。一見して強靭だと解ったが、倒さねば先に進めないだろうと踏んだ2人は力を合わせ――とは言えどほぼエドガー1人で――攻撃を仕掛けた。が、全くと言って良い程歯が立たず、それどころか反対に深手を負わされてしまった。そこで、これでは埒が明かないと考えたが魔法で攻撃したところ、それはもう瀕死の重傷を負う強大な魔法攻撃を返され、パニックに陥りながらも何とか逃げ出し、魔法と薬で体力を回復しつつ、先の魔物と出くわさぬよう細心の注意を払って走っていたのだ。 だが、今まで戦闘とは縁もゆかりもない生活を送っていたに、何処まで続いているのか解らないような深い深い森を一気に走り抜けるだけの体力など無く、途中で息が上がってしまいご覧の有様である。 足を引っ張って申し訳無く思いその旨を伝えれば、気にする事など一つも無いと微笑み返されてしまう。 それでも心苦しさなど消える筈も無く、歯痒い感情が燻り出す。エドガー1人ならきっと、と。 手持ちのハイポーションをエドガーに差し出し、自身もそれを飲み体力を回復する。 「 ありがとう。」 「 お礼を述べるのは私の方よエドガー。私なんかを守ってくれてありがとう。 誰かを守りながら闘うなんて、何時もより疲れるでしょ。」 「 。"私なんか"と言うのは止めろと言ったよな?俺の記憶が正しければ、確か。」 「 ……ごめんなさい、其処は訂正するわ。でも 」 「 レディーを守るのは、男に与えられし 最も優先され、己の総てを、命を掛け守るべき」 「 わ、わかった、わかったから!」 真っ直ぐに眼を見詰め、芝居かかった口調で告げるエドガーから眼を逸らし、は別の汗を背中に感じた。 如何してこの人はこんな状況でも普段と何ら変わらずに居られるのだろうと、ある種の尊敬と羨望も抱きつつ、太い樹の枝に身体を預けるは、何処かで擦った小さな創に薬を塗布する。 「 流石は"薬師"、だな。」 「 ん?ああ、コレ?でも無尽蔵に有る訳じゃ無いよ、勿論。」 「 を見ているととてもその様には思えないが。」 「 材料と道具が揃わなければ作れないし、それ程便利なものじゃないよ、私は。」 「 女性は其処に居てくれるだけで男の心を癒してくれる魔法の薬だ。」 「 馬鹿言ってないで、手、貸して。」 呆れた笑顔を見せるはエドガーの手を取ると、小さな創のひとつひとつに丁寧に薬を塗りこんでいく。 その仕草や優しく触れる指先に、王様の表情筋が何時に無く優しく柔らかになる。 「 まるでドクターだな。否、ナース、か?」 「 どちらでも無いわ、私は唯の薬師よ。」 塗り終えると薬を腰袋に仕舞い、は視線を伏せた儘くすりと笑う。 けれど内心はそれどころではなかった。 容姿端麗、頭脳明晰、おまけにマシーナリーとしても一流の一国の王と2人きりなのだ。幾ら同じ志を持ち旅する仲間だとは言え、出会って日が浅くては話題一つにも苦労するだろう。 それに戦闘方法を持たなかったが、事ある毎に負い目を感じ謝罪を繰り返していたのを窘めたのもエドガーであった。仲間にし、仲間になったのだから何も負い目を感じる必要は何処にも無いと、我々は一蓮托生の仲なのだから、自分の得意な分野で力を発揮すれば良いと。けれどそうは言われても、闘えるか否かの差は大きいとは今も考えている。少しずつではあるが攻撃方法を確立出来ているとは言え、エドガーやティナ、セリス、リルム達の足元にも遠く及ばない。 間を保たすように胸ポケットから魔石を取り出すと、暗い森の中でもそれはキラリキラリと輝いていた。 「 ……凄いよね、魔法なんて。失われたものだと言われてたのに、今こうして私もエドガーも使えてる。」 「 ああ。……だがそれも、この魔石の中に封じ込められた幻獣の賜物だからな。皮肉な話だ。」 「 ええ……早く解放、しなくちゃね……。」 これで少しは保つだろうと思っただったが、予想外に早く話題は潰え、且つ暗い方向へといってしまった。 これは非常事態だと独りエマージェンシーオペレーションを発動してみても、その内容はカラッポだ。 如何しようかと魔石を見詰めながら考えあぐねていると、ひょいと眼前に別の魔石を差し出された。何事かときょとんとしていると、その魔石を手の中へと静かに置かれる。 「 エドガー……?私未だ魔法覚えきってないよ?」 「 はもうすぐレベルが上がるだろ?」 「 ええ……。」 それが何か関係するのかと疑問符を飛ばすだが、エドガーはにっこりと微笑み、が持っていた魔石を取り上げた。 「 セラフィムはレベルアップ時のボーナスが何も無いからな。だがゾーナ・シーカーは魔力が上がる。」 「 あ……。」 そうかと納得するに、パチリとウィンクを飛ばしエドガーは続ける。 「 は回復系魔法を特に多用してくれるから、魔力が高いに越した事はないだろ?」 「 ……そうね。」 「 は俺達を癒してくれる存在だからな。」 「 それは……それしか出来ないから……。」 ふふと柔らかく微笑んでいたは目を伏せ苦笑する。 「 。」 ぎゅっとゾーナ・シーカーを握りしめ、泣きたくなった。 弱音を吐くつもりも、愚痴を言うつもりも無いのに、事ある毎に口を吐いて出てくるのはそのような事ばかり。 そしてそのせいで周囲の空気を悪くしていると充二分に理解しているのに、繰り返してしまう。 「 。」 解っている、解ってはいるのだ。厭な程、痛い程、他の誰よりも。 窘めるように名を呼ぶエドガーの顔を少しも見る事が出来ず、ただただ魔石を強く握り締めるしかない。 「 。」 「 ごめん、エドガー……ごめんなさい……。」 「 ……解っているなら、もう二度と言わないと誓ってくれ。」 苦々しげにそう告げるエドガーに、返す言葉も無い。誓ってもどうせすぐにその誓いを破ってしまっては意味が無くなってしまう。けれど誓えないとも言えない、言ってはいけない。 「 ……。」 呆れたように溜め息を吐いた音が聞こえ、の心臓は収縮を覚える。 本当は、私だってこんなのは嫌なの、止めたいのに。それでも狂ったオルゴールのように、何度も何度も同じ事を繰り返してしまう。聞いている周りの人々をうんざりさせてしまう事を。 「 ……ごめんなさいエドガー。私、誓えない……。」 握る魔石が震え出し、深い深い森は霧を生み出す。 エドガーが何故と聞き返す前に、は続けた。呆れ返ったエドガーに嫌われ、軽蔑されるのを覚悟の上で。 「 誓っても、きっとすぐに破ってしまうわ……でもそれじゃ誓いを立てる意味が無くなってしまうでしょう? だから私は 」 「 何度でも誓ってくれれば良い。」 霞かかったの両目から露が落ちる前に、エドガーの強い声が割って入ってきた。それは余りにも突然の出来事で、の思考能力さえ奪ってしまう。 「 、何度も言っているが、キミが負い目を感じたりそう卑屈になる必要なんて何処にも無い。 総ての人間には向き不向きがあって、総てを独りでこなせる人間なんて一人も居ない、何処にも居ない。そうだろう?」 コン――と、の手の中の魔石に魔石を当て、エドガーは続ける。 「 こっちを向いてくれ。」 名を呼ばれ、肩が跳ねる。止まっていた魔石が再び震え出してしまった。 「 この幻獣達だって、それぞれに使える魔法も与えてくれるパワーも違う。それを彼等は嘆いているか?違うだろう。 それが個性だと、それが自分なんだと、寧ろ主張し、活かし、足りぬ場合はそれぞれ補い合っている。 人は独りでは誰も生きて往けやしないんだ。互いに支え合い、補い合うから生きて往ける。」 エドガーの言っている事も、言わんとし伝えたい事も、能く解っている。 けれど頭では理解していても、心が納得出来ないのだ。 「 だから、」 「 エドガーは闘えるし、魔法で回復も出来る……でしょ。私なんて必要無いじゃない……。」 言ってしまった。今までずっと言いたくて、でも言えなかった言葉を。 それを言ってしまったらお仕舞いだと、人間として許されぬ事だと思い今まで言わなかったが、ついに言ってしまった。それもよりにもよってエドガーと2人きりの時に。場所も場所なだけあって逃げ出す事すら叶わない。 きっともう怒りを通り越して呆れられてしまっただろうな。否、それすらも通り越してもう私に興味が無くなったかも、係わり合うのも煩わしいと思われただろう。そう思うと、自嘲の念しか生まれてこない。 力無く笑う口元が、痛々しい。 「 ……本当にそう思っているのか?」 「 …………そうよ。」 震える魔石を強く強く握りしめる。 今此処で道を違える覚悟は出来ている。――否、元々違っていたのだろう、大きく。そんな2人が相容れる訳が無かったのだ。何かの間違いで線が交わっただけで、それが元通り離れて往く。唯、それだけの事だ。 「 MPが無くなったらどうする!!」 さっさと諦めてしまえば良い。期待などしなければ良い。自分の可能性など、見えているのだ。 だのに何よりも誰よりも強い声が、それを許してはくれない。何よりも誰よりも強い声で、他の誰もせぬ事をいとも簡単に易々とやってのけてしまう。 未だ同じ道を歩みたいと、こいねがってしまう。 「 それに俺は魔力も高くないからケアルラでも回復量はたかが知れてる、そうだろ?」 「 ……そんなの、これから高めていけば良いじゃない……。」 「 ならばもそうすれば良いだろ?何故その言葉を自分自身に掛けてやらないんだ!?」 枝がしなり木の葉がざわめく。 ひんやりと冷たい風が通り過ぎ様に2人の髪を弄ぶように揺らした。髪の隙間から一瞬だけ見えたの表情は枝先の葉のように、揺れている。 「 …………わた、しは……闘えない…… 」 「 充二分に闘えている!!」 「 ……そんな…… 」 「 攻撃だけが戦闘では無いだろう?たとえ攻撃が出来たとしても自分がやられてしまっては意味が無い。」 「 ……でも…… 」 「 ……それにうわあっっ!!!」 「 ……エドガー……?」 不意に上がったエドガーの叫び声の後に、木の葉がこすれる音が上がり、その数秒後には草の上に何かが落とされたような音も上がった。が何事かと俯いていた顔を上げエドガーへと首を向ければ在る筈の彼の姿は無く、暗く深い深い森だけが続いている。 ゾクリと、の心臓が冷える。 「 エ、ドガー?エドガー!?」 首を上下左右に振り周囲を見渡すが姿は見えず、声も聞こえない。生い茂る深い草へと落ちたのか、はたまた呆れ返って姿を消したのか。そのどちらであってもの心臓は休まらないだろう。 「 エドガー!何処!?返事をして!!」 今居るのは地上10数メートルの樹の上だ。この高さから落ちれば、幾ら下が土で草が生い茂っていようともただでは済むまい。最悪、打ち所が悪ければ――――それにこの森には未だあの凶竜が居るではないか。 「 エドガーッ!!」 「 アイタタタ……、俺なら此処だ、此処に居る!」 「 ッエドガー、無事なの!?」 「 ああ、大した事は無いから安心してくれ。」 泣き出しそうな心で叫ぶと、案の定と言うか、下方より少々苦痛に歪んだ声が寄越された。すぐさま食い入るように下を見るが大声で返すと、笑みを含んだ何時もの柔らかい声が投げ掛けられる。 幾ら荒療治とは言え、流石に10数メートルの落下はやはりやり過ぎだったかと己の身体を擦りながら息を吐くエドガーは苦笑した。最低だと罵られるだろうか、あの声から察するに―― 「 エドガー!」 「 ――!?」 ガサガサと近くの草が揺れたかと思うと、背の高い草の間から突如が現れた。そんな事態を少しも予想だにしていなかったエドガーの肩は盛大に跳ね上がり、心臓はゼロコンマウン秒アレしたとか。しかしそんな事はお構いなしに、はエドガーへと詰め寄ると涙を必死に堪えて治療を施し始めた。 「 …… 」 「 黙ってて、ケアル!ケアルラ!」 「 ……すまない、もう大丈夫だ。」 「 ケアルラ!レイズ!エスナ!リジェネ!レイズ!アレイズ!!ケアルガ!!」 「 、落ち着いてくれ!」 暴走気味にほぼ総ての回復魔法を口にするの肩を揺らし、もう大丈夫だとエドガーは焦ったように笑顔を作る。しかしそれでも、未だ使えぬ魔法をも口にするの混乱は治まらない。これは手に負えないと判断したエドガーが逆ににエスナを掛ける始末だ。肩で息をするの双肩をしっかりと支え、涙が溢れ出し赤く腫れた双眸を見詰めるエドガーの良心が少し痛んだ。 「 大丈夫か、?」 「 ……エドガー…… 」 「 驚かせてしまったな、本当にすまない。」 「 ……怪我は……生きてるの……?」 「 当然だろう、俺はこんな事では死なんさ。それに怪我はが総て治してくれたしな。ありがとう。」 「 ……エドガー、良かっ……!」 やっと安心したのか、ポロポロと涙をこぼすは両手で顔を覆い声をもらして泣き出した。ああ、と顔を歪めるエドガーは静かにを抱き寄せ、懺悔をするようにありがとうともう大丈夫だを繰り返し耳元で囁いた。 昂ぶった感情が納まった頃、冷静になったの中には羞恥の文字が大きく色濃く存在していた。 幾らエドガーが落下したからとは言え、パニックを引き起こして取り乱し、更には腕の中で幼子のように泣きじゃくったのだ。どのような顔をして言葉を交わせば良いのかなど皆目検討もつかない。未だエドガーの腕の中で身動き一つ取れぬ儘、如何しようかと考えるも時間ばかりがゆっくり過ぎるだけで何一つとして妙案が浮かんできやしない。 「 まさかがあんなにも取り乱すとはな。」 が赤面しつつあれやこれやと考えていると、エドガーが先に口を割った。その声が少々笑みを含んでいたものだから、余計に羞恥心が焚き付けられる。 「 ……だっ、て……エドガーが死んじゃうんじゃないかって……怖かったんだから!」 「 ははは、すまんすまん。しかしこの高さなら 」 「 打ち所が悪かったら死ぬのよ!?死んだら生き返れないのよ、わかってるの!?」 失う事への恐怖からか、紅く染まっていた顔は元へと戻り酷く鬼気迫る勢いで食って掛かった。その初めて見るの態度に眼を丸くするエドガーは、浮かべていた軽い笑みを消すと何時になく真剣な面差しに変わった。 サラリと、優しくの髪を指で掬う。 「 キミを酷く怖がらせてしまった事を心から詫びるよ。本当に、すまなかった。」 その表情に、仕草に、不謹慎ながらも色を覚えたは返答に困り、染まる顔を逸らした。 「 …………もうMP空だから、自分で回復してね……。」 未だ少し残っている傷口を見てそう呟けば、柔らかい笑みがもらされる。見知ったその反応が居心地を悪くして、は掴んでいたエドガーの胸元から手を離した。 「 こんな時こその出番だろ?自分で自分を癒すのは味気無いしな。」 「 なに馬鹿な事言ってるのよ。」 「 エーテルも持ってるんだろ?良いじゃないか、の怪我は俺が治すから。」 「 それこそ自分でするわよ。」 「 いや、それは駄目だ。――と、エーテルは此処か?」 「 ……?なっ、ちょっ!だっ――!!」 のベルトポーチや腰袋のうちの一つ、黒革の袋を手にするエドガーを制止しようと慌てるだが、王族らしからぬ無骨な指は素早く口紐を解くと中身が能く見えるようにと口を大きく広げていた。 「 エーテルターボやエーテルスーパーなんかも――……おや、これは空か?」 「 え?嘘!?」 「 ……?」 だが黒革の袋の中は黒一色で他の物は何一つとして無かった。エドガーがそれを確かめると声を上げるが蒼白な顔色でベルトから袋を外し手に取った。びろんと、だらしなく大きな穴が空いている。 「 何処かで引っ掛けたか、それともアイツの爪にやられたか。」 「 ………………ウソ……信じられない………… 」 しげしげと眺めるエドガーに対し、血の気の引いた顔で小刻みに震えながらポツポツと紡ぐ。 「 確かにエーテルは貴重な物だが、魔物が落としたり町で買えば」 「 エドガーの誕生日プレゼントを落とした!?」 何処で!?嘘だ!?と大きな穴の空いた黒革の袋を様々な角度から凝視するはハッと何かに気付くと四つん這いの体勢で草の根をかき分けて周囲を捜索し始めた。 ポカーンと、効果音がつきそうな程、呆気に取られるエドガーは、自分からどんどん離れゆくを呆然と見詰め、その後ろ姿が草に隠される寸前で我に返り慌てて後を追いかけた。 「 おい、?どうしたんだ?」 先程のの言葉の真偽を確かめる為か、取り敢えずこう言葉を掛けてみるエドガー。すると切羽詰ったような声音が返された。 「 だからエドガーに渡そうと思ってたプレゼントが失くなったの!今日誕生日なのに!!」 そう大声で叫んで、は気付く。気付いて、蒼白な顔が見る見る間に紅潮していく。そして如何してこうも自分は馬鹿なのかと、何処かに頭の良くなる薬は無いものかと心の中で自問自答を繰り返し盛大に項垂れ盛大に呪った。 ガサガサと鳴っていた音は止み、辺りを静寂が包み込む。 「 …… 」 「 違う!」 エドガーの言葉を遮り、否定の言葉を思い切り叫ぶ。たとえそれが意味をなさぬとしても。 「 ありが 」 「 違うってば!!」 微笑むエドガーに反射的に振り返ったの顔色が、更に変化した。眼も脅え、口はあわあわと声にならぬ声で言葉を綴っている。その反応に異変を感じ取ると同時にエドガーは背後に尋常では無い気配を感じ取った。その気配が誰のものか、何なのか、それはの表情を見れば一目瞭然だった。 「 、立てるか?」 「 ………… 」 息を呑み脅える眼差しを見せるはエドガーの問い掛けに気付けぬ程余裕が無い。それを瞬時に理解したエドガーは鋭利な爪が振り下ろされる前にを抱き上げ、駆け出した。 「 !多少の怪我は覚悟しておいてくれ!」 「 った、多少で済むの!?エドガー独りで逃げ 」 「 レディーを置いて逃げ出す男は男じゃない。それからもしもの時の為にエーテルでMPの回復も頼む。」 「 魔法攻撃は逆効果じゃ……!」 「 ヘイストとケアルラだ。」 生命の危機に曝されているというのに、を抱き深い深い森を疾駆するエドガーはなかなかに楽しそうで、笑みを絶やさないで居る。だが、言われた通りエーテルターボでMPを回復するは今にも卒倒しそうな強張った表情を貼り付けた儘だ。否、それが正しい反応ではあるのだが。 しかしエドガーはにこりと微笑むと、何処にそんな体力が残っているのかとに問われる程更に足を速め、嬉しげに口を開く。 「 ところで。」 「 なに!?」 「 言ってはくれないのか?」 「 は!?何を!?魔物の迫り具合!?」 「 そうじゃなくて、おめでとう、と。」 「 はあ!?この状態の何がおめでたいの!?」 の小さな悲鳴と草木が倒される音の続く深い深い森の中。 強大な魔物から逃げる一組のパーティーは対照的な表情を浮かべていた。 を抱きしめる腕に力を入れ直し、決して離すまいとする金糸の髪の王は綻んだ口から楽しげな音を綴る。 「 今日は俺の誕生日、だろ?」 「 っバカじゃないの!今のこの状況理解してる!?誕生日も何もないでしょ!?プレゼントも落としたし!!」 |