先の世界大戦で失ったモノは少なくない。 否、例え少なかったとしてもそれはとても大きいモノかもしれない。 「 …………」 シルバーアッシュの長い髪を揺らす、傷だらけのギャンブラー・セッツァーもその一人である。 何の因果か、ギャンブラーであるにも係わらず世界の命運を掛けた戦に身を投じる事となったセッツァー。 そんなセッツァーに想いを寄せ、セッツァーも同様に想いを寄せる女性が居た。 名を、と云う。 彼女もセッツァー達と共に、世界大戦に挑んだ。 しかし不運な事にその志半ばで果ててしまった。 共に戦い共に生活し共に笑い合った仲間。そして共に想いを寄せ合った、大切な人。 世界大戦では辛くも勝利を収めた。甚大な被害は出たけれど、帝国軍・ケフカの魔の手から世界の人々を救えた。 多大な犠牲も払った。 云うなれば彼女もその内のひとりである。 歴史から見ればそうでしかない。小さな小さな犠牲者の内のひとりだ。 けれどセッツァーにとってはそれだけでは無い。 ダリルという相棒とも呼べる女性に続き、という恋人と・愛しい人と呼べる女性をも失ってしまった。 もう二度と失いたくないと、もう二度と失わぬようにと己を律し必死で守っていたのに、守り抜けなかった。亦両手から取り零してしまった。 「 ……」 世界大戦には勝利した。 けれど安息へと復興へと向かう世界の中、お前だけが居ない事実。 何度夢であれと願ったか、何度己の無力さを呪ったか。 こんな事であればいっそ世界ごと俺も崩壊すれば良かったと、何度嘆いた事か知れない。 活気が満ち、色付き始めた世界の中で、セッツァーの中だけは依然世界は色を失ったままだ。 色褪せた世界で繰り返し見るのは、お前を失う夢ばかり。 やっとダリルの幻影から解き放たれたというのに、今度はお前が離してくれない。 「 セッツァーの誕生日っていつ?」 「 なんだ急に。」 「 良いじゃん、ちょっと気になったの!」 「 2月8日だよ。」 唐突な質問にありのまま返すと、少し脹れた声が寄越された。 激戦の中での一時の休息。この時が永遠に続けばと柄にも無く思うと苦笑いがもれる。 そっかと呟くは傷のついた頬を緩め楽しそうに笑う。 「 それじゃあ次の誕生日には一緒に居られるね。」 屈託の無い笑顔でこう云われる。 突然の事で言葉が出ない。思わず息を呑んでしまった。 それでもは嬉しそうに、仕合わせそうに笑って手を伸ばす。 「 いつでも余裕たっぷりなポーカーフェイスのセッツァー=ギャッビアーニはどこいった?」 なんとか云えよと続け、額を指先で弾いた。 小さな痛みが額に走る。 嗚呼、これは夢ではないのだと、何処かで冷静に考えている奴が居る。 「 ――ま、それまでにこの戦が終わっていればな。」 徐々に嬉しさがこみ上げてきて、でもそれを悟られるのが恥ずかしくて皮肉めいた言葉が口をつく。 「 なぁに後ろ向きな事云ってるのよ、終わってるに決まってるでしょ。」 それを笑顔で受け止め、自信満々に答える。 その笑顔はいつも、根拠が無くとも何故か信じられた。信じさせられていた。 「 それはそれは亦大きくでましたな殿。」 「 あ・た・り・ま・え・よ! いつでも希望を持っていないとすぐ圧し潰されるもの。 それに終わってるか如何かじゃなくて、終わらせるのよこの私が。」 ふんと鼻で笑う彼女はこの絶望的な状況でもめげず、常に周りを励まし元気と笑顔をふりまいている。 その何処から出てくるのか判らない絶対的パワーに、いつからか毒されていた。 けれど不思議と、心地良かった。 「 頼もしい限りだな。」 「 嬉しいでしょう。」 「 どうかな。」 「 嬉しくないの?この私と一緒に誕生日を過ごせるのよ?」 不敵な笑みをチラつかせる。 けれど不思議と、の前でだけは変な片意地を張らず、ありのままの自分で居られた。ダリルの幻影を打ち破れたのも、きっとのお陰だろう。 「 ……嬉しいに決まってるだろ。」 「 あらあら、いやに素直ねセッツァーさん。」 「 。」 我慢出来ずに、強引に抱き寄せた。 けらけらと笑う明るい声が、至福の時へと導いてくれる。 「 なにか欲しいものはある?誕生日に。」 大人しく膝の上に乗るは優しく髪を梳く。 優しい目を見つめてから、の頬に残る傷痕に口寄せた。 「 お前が居ればなにも要らない。」 「 ふふ、此処に居る。セッツァーがもう良いって云うまで、ずっと傍に居るわ。」 ずっと傍に居る。 そう云った彼女はもう、此処にも何処にも居ない。 「 」 ダリルを失って、生きる意味も失った。 総てが如何でも良くなって、目標も失って、自分の命すら如何でも良くなって。 生きているという実感が欲しくて、スリルと快楽だけを求めた。 身体に幾つ傷が刻まれようとも、何も感じなかった。 そんな傀儡生活を変えたのがだった。 人生を達観していたセッツァーは、その何処から生まれ出のか判らない自信を常に持ち合わせている、余裕綽々だと云わんばかりのと、始めはぶつかってばかりいた。 余裕を持っているのはそれだけ長く濃く人生をやってきた、どんなピンチもピンチとせず上手く切り抜けてきたセッツァーには、自分よりも年下のくせに同じように余裕風を吹かせているが気に入らなかったのだ。 どうせコイツは人生に絶望した事なんて無いのだろう、失いたくない大切なものを失った事など無いのだろう。 それなのに人生を判りきったような顔をしているのが、癪に障る、反吐が出る。 そう感じていた。 しかしいつだったか、夜中に一人飛空挺の甲板に出て行った彼女の後をつけた時。 ひっそりと涙を流しきつく自身を抱きしめる姿を見てしまった。 普段とのあまりのギャップに驚き、平素であればしないようなヘマをして彼女に気付かれてしまった。 目と目が合って、身体に雷が落ちたかのように動けなくて、それでもは涙を隠す事も拭う事もせず、いつものように明るく笑う事も無く、唯風にかき消されてしまう程小さな声で『誰にも云わないで』とだけ呟いた。 悲しみも、怒りも、大切なものを失う痛みも絶望も、彼女は総て知っていた。 それでも今日を生きる為に、誰かの明日が自分のようにならぬようにと、必死に自分を偽り云い聞かせ前向きに生きてきたのだと、知ったのはそれから暫くしての事。 余裕があるように見せていたのは、周囲を安心させる為だったのだと、知って初めて自身の愚かしさに気付いた。 彼女もナニかの幻影に囚われている、けれど自分を窘め律し、強く前向きに生きていく。それが私に出来るせめてもの餞なのだと、今日を生きる糧なのだと、聞いて彼女の脆弱さを垣間見た気がした。 彼女となら、亦共に歩める、共に今日を生きて往ける、そう感じたのはそれから暫くしての事。 そこでスリルと快楽だけを求めていたセッツァーの傀儡生活が終わったのだった。 「 。」 先の世界大戦の途中、は命を落とした。 守りきれなかった事を悔いている、誰にも見せはしないが涙も流れた。 皆で墓をつくった。 彼女がそうであったように、周りに沢山の花々を植えた。 彼女の躯を、土に還した。 ずっと傍に居ると、ずっと共に居ると云った彼女が、離れて往く。 彼女の最期はやはり笑顔だった。 きっと意識は薄らいでいただろう、それでもは、自信満々に微笑んでいた。 アレイズもケアルガも効かない傷を受け、血は止め処無く溢れ出していても彼女は微笑んでいた。 セッツァーの腕の中、薄れ往く意識と息の中はセッツァーに左手を握られ右手をセッツァーの頬に宛がった。 最期を看取った時、大粒の雨が空から降っていた。 まるでの最期を哀しむ涙のように。 彼女の温もりが消えぬようにと、セッツァーは強く強く抱きしめた。 月明かりの中、灯の無い部屋の中でセッツァーは呼び続ける。 まるでなにかに縋るように、必死に名前を呼び続けている。 背を向けた、開け放たれた大きな窓からは冷たい風が侵入し、白いレースのカーテンとベッドのシーツに波を生む。 白いベッドの中、一人の女性が眠っている。 長い髪を揺らし、セッツァーは生気の無い虚ろな眼でその女性を見つめる。 「 、起きろ。」 そう名前を呼び声を掛ける女性の姿は、先の世界大戦で亡くなったのそれである。 セッツァーに呼ばれ、女性はゆっくりと、薄っすらとその双眸を開く。 の躯は確かに土に還した。そしてその墓に掘り返された形跡は無い。 けれどセッツァーの虚ろな目の前に居る女性はと瓜二つである。頬には、いつかセッツァーが幾度も唇を寄せた傷痕もある。 ほうとする女性の目の焦点は未だ合っていない。 女性の口が、薄っすらと動く。 「 ……せ………つぁー……・・・・・・」 「 !」 ベッドに膝をつき女性を抱きしめる。 ギシ、と軋むベッドは窓から侵入してくる冷たい風を受け、白い波を生む。 白い波間に見える女性の手足は透き通るように白い。 「 ……、――」 「 っぁー……せっつぁー……セッツァー……」 狂ったように愛しい人の名を連呼し、焦点の合っていない女性の身体を強く強く抱きしめる。 それに呼応するかの如く薄く開かれた口からは、力無くセッツァーの名が刻まれる。 窓辺ではひらひらと、レースのカーテンが揺れている。 「 セッツァー、……セ、」 不意に訪れる静寂。 焦点の合っていなかった目に宿っていた僅かな光が消えている。 「 ――――……」 傷だらけの頬をつうと一筋の涙が流れ落ちる。 抱きしめていた身体は人間のそれとは違い冷たかった。 身体に触れた瞬間、こうなるであろう事は理解していた。けれどもしかしたらと心の何処かで淡い期待をしてしまった。 流れ落ちた涙の理由をセッツァーは判っていない。流れるとも思っていなかった、涙などもうとうに枯れ果てたと思っていた。 が死んで、セッツァーの心も再び傀儡へと戻ってしまっていたから。 それでもどうしてもの事を諦めきれずに、セッツァーは古の秘術とフィガロの科学技術の粋を併せ、彼女のクローンを創り始めていた。 その成果が、ベッドに横たわる女性だった。 結果を云えば失敗である。 の姿をした女性は目を閉じる事も無く、永遠に焦点の定まらない朧げな瞳で天井を仰いでいる。 セッツァーの頬には、一筋の乾いた涙のあとが見える。 「 ……、今日は何の日か覚えているか?」 椅子に力無く腰を下ろし、床を見るでもなく見て呟く。 「 2月8日。俺の誕生日だ。」 月だけが静かにセッツァーを見守っている。 「 もうすぐ日付が変わる。 禁忌を犯した――それは判ってる。けど俺は、俺は――……」 両手のてのひらを見つめる。 ポタリと、水滴が落ちた。 「 俺はただ、お前に傍に居て欲しかっただけなんだ。 一言おめでとうと、祝って欲しかっただけなんだ……」 力無い声で、きつく手を握りしめる。 「 お前が居ればなにも要らない―――俺は未だ、お前が必要なんだよ!」 ザアと、一段と強い風が吹いた。 レースのカーテンは大きく踊り、ベッドのシーツも大きく波を打つ。 セッツァーの長い髪も激しく乱される。 まるでの優しい手で大きくかき乱されるかのように。 「 ――」 誕 生 日 お め で と う セ ッ ツ ァ ー 通り過ぎる風は今までと違い冷たくなかった。 失っていた温もりのような、忘れまいと身にも心にもしっかりと覚えこませた温もりのような、温かな風。 「 ……?」 ふと何かに包まれている感覚に顔を上げる。 辺りは変わらず、月明かりだけが落ちているのみだ。 それでも自分を包む感覚はとても懐かしく、とても温かく、とても心地良いもの。ずっと欲しいと願っていたもの。願えども2度と手に入れられぬと思っていたもの。 「 セッツァー。」 あふれる想いがあふれる。 もう2度と出逢えぬと、それでも捜し求めずにはいられなかった。 「 ――――?」 眩しい笑顔は、昔と変わらず自信に満ち溢れている。 これは夢か幻か。 どちらでも構わない、俺は今確かに、此処に居る。と共に。 「 良い男が泣くもんじゃありません。」 「 ……!」 微笑んで、抱きしめてくれた。 ずっとずっと焦がれていた。 あふれる想いがあふれる。 「 だらしが無い。いつでも余裕たっぷりなポーカーフェイスのセッツァー=ギャッビアーニはどこいった?」 「 ずっと、逢いたかった……」 涙なんて枯れ果てたと思っていた。 想いがあふれて、苦しい。 「 ばぁか。 セッツァーが忘れない限り、私はずっと傍に居るわよ。約束したでしょ?」 額に小さな甘い痛みが走った。 忘れちゃったのと訊ねるに、彼女の最期が重なる。 ――もう良いって云うまで、ずっと傍に居る 忘れないで―― 微笑んで、彼女は云った。 想いがあふれ過ぎて忘れていた。彼女の言葉を、彼女の気持ちを。 そして見失っていた。信じる事を、忘れぬ事を、今日を生きる事を。 「 ……悪い、忘れてた。」 「 思い出したならそれで良し! それじゃあ私はそろそろ……誕生日、おめでとうセッツァー。」 目を閉じて交わした口付け。 温かな風が吹き抜けると、部屋は再び静寂を取り戻す。 白いベッドの中に、彼女はもう居ない。 「 ありがとう、。」 目を閉じて、流れ落ちる涙の理由を、セッツァーは心に刻み付ける。 |