私の腕の中には、血塗れの神田が居る。 私の腕の中に居る神田は、辛うじて息をしている。所謂虫の息ってヤツだろうか。 更にその向こう側には、神田と私の血を浴びたアクマの残骸が無数に転がっていて。 血塗れの神田は勿論、私の四肢からもかなりの血が流れ出ている。 それもそうだ。 私達2人は今の今までアクマ達と対峙していたのだから。 最後の一匹、神田をこんな風にしたアクマは、少し強かった。 だから私は苦戦して、神田に助けられたのだ。 足手まといになる様ならば迷わず殺す――なんて云っていた彼に。 どういう心境の変化で私を助けてくれたのかなんて知らない。けれど確かに、神田は私を助けてくれたのだ。 神田と少し離れた所で私はアクマと対峙していた。 名前はなんて云ったっけ。 忘れたけど、取り敢えず少し強くて、私は苦戦していて。 四肢からは血が流れ落ち、円月輪のイノセンスも巧く構えられなかった。 そんな一瞬の隙をアクマは見逃さず、私への攻撃を。 避け切れないと悟った私は、どうしてか、涙も出なかった。 悲しくも怖くもなかった。唯そうなのだ、とだけ思った。 これも、一種の職業病なのだろうか。そう思うと、少し怖い。 けれど次の瞬間。 界蟲『一幻』が飛んできて、アクマにぶつかった。 少しよろけたアクマだったが、それでも尚私へとその鋭い爪を向ける。 私はたまらず、眼を閉じた。 その爪が振り下ろされた時、生温かい雨が降った。 ビシャビシャと纏わり付く様な厭な音がしたかと思うと、次に神田の叫び声が聞こえた。 ――災厄招来、と。 眼を開けると神田は私の眼前で私に背を向けて、その長くて綺麗な黒髪を揺らしていた。 ところどころにクリムゾンレッドの斑点が付いた髪が、一際大きく揺れた。 と同時にドンと大きな音がして、突風が吹きつけてきて、神田はそのままの体勢で私へと倒れ込んできた。 慌てて神田を受け止めようとしたけれど、そんな力も無くしてしまったのか、受け止めきれず神田ごと私も後ろへ倒れてしまった。 神田の団服は見事なまでに裂け、クリムゾンレッドに染め上げられていた。 流れ出る血が、悲惨さを物語っている。 しかしそれでも六幻は強く握り締められていて。 私は神田を抱きしめた。訳も無く、抱きしめた。 息も切れ切れ、か細い呼吸音と止め処なく溢れ出す血液の音だけが聞こえて。 私の腕の中には今、血塗れの神田が居る。 ならばこちらも、どんな事をしてでも助けなくては、顔向け出来ないじゃない。 ――取り敢えず止血だ。 このまま神田を抱きしめていたって仕方が無い。抱きしめていたって神田の血は止まらない。 そう思った私は着ている団服を脱ぎ、地面に広げ置く。 ボロボロに破れ血も付いているけれど気にしていられない。 次に神田の団服を脱がし、私の団服の上にそっと寝かせる。 その間も、私と神田からは血が流れ続けている。 神田の躯に巻かれている白い包帯も、神田の血で紅く染まってしまっていた。 ビリビリと着ているブラウスの綺麗な部分を裂き長い布を作る。 更にその白くて綺麗な躯には、アクマの爪痕が酷くはっきりと残っている。 神田の出血は止まらない。 痛いとか、酷いとか、怖いとか、悲しいとか、そんな事は思わなかった。 唯、血を止めないと、と。 それだけを考えていた。 だからこの後どうしたのか、詳しくは覚えていない。 取り敢えずの止血を終えた後、私は団服と神田とアクマに奪われていたイノセンスを背負い村を目指していた。 村へ、民家へ、病院へ。私の四肢からは尚も血は流れ落ちているけれど、気になんてしていられない。 そして病院のドアが開いた瞬間、私の思考は白く消えた。 気が付いた時、列車の中で神田に膝枕をしてもらっている状態だった。 神田はやはり眉間に皺を寄せ腕を組んでいる。どうやら寝ているみたいだ。 お互いに団服も躯もボロボロで。 あれ、そういやこの人、肋骨とかも折れてた気がするんだけど。もう動けるの? そもそも、あれからどの位経ったのだろう。見ると私の四肢にも処置を施した跡がある。 起き上がると、躯に激痛が走った。そんなに酷かったのか。 団服もまるでボロ雑巾のようだ。このデザイン気に入ってたのになぁ。 などと思いながら、そのまま水を貰うのと今日が何日なのかを聞きに外へ行く為、個室のドアに手を掛けた。 「 。」 と、背中から。神田に名を呼ばれた。 振り向くとそこには眉間に皺を寄せ腕を組んで此方を睨みつけている神田が、居た。 「 起きたんだ。」 「 お前こそ。」 「 !?」 そう云ったかと思うと、ヒュッと何かを投げつけられた。 見ると、透明な液体の入ったビンだった。きっと水だろう。 神田は、なんだかんだ云って優しかったり気配りが上手かったりする奴だ。 「 ありがとう。」 笑って、神田と対角線上に座った。 コップが欲しいところだけど、見た限りでは見当たらないので仕方ない、か。 そのままビンに口をつけ、一口こくりと飲み込んだ。 「 能く寝てたな。」 と、列車の窓の外を見流しながら神田がポツリと呟いた。 きっとこれは、厭味にカモフラージュした優しさで、心配していたのだと云いたいのだろう。 なんてそれは、私の勝手な思い込みに他ならない。 「 うん。 力使い果たしたみたいで。」 あははと苦笑してみせた。 不意に神田はその視線を私へと戻した。 意外なほどに真剣な眼差しで、不覚にも少しドキリとした。 「 悪かったな。大量に血を流した挙句ブッ倒れて。 止血して俺を村まで背負ってったんだってな。そんな躯のくせに。」 苦虫を潰した様な顔を一瞬見た気がした。 けど、こうして神田が素直に礼を云ってくるのは珍しい。どうしたのだろう。やはり血が足りていないのだろうか。 「 あはは、でもそこで私の意識はフェイドアウトしちゃった訳だし。 なんかね、あの時は、取り敢えず神田をこのままにしちゃいけないって事しか頭になくて。 もう、無我夢中ってヤツ?」 「 そのお蔭で俺はこうしていられる訳だし。」 なんて、本当に珍しくしおらしい事云っちゃってくれてる。 そんなに、気にしなくていいのに。 「 でもさ。 先に助けてくれたのは神田だよ?神田が庇ってくれなかったら、私は間違いなく今頃冷たく硬くなってただろうし。 私の方こそ、ありがとう、だよ。ね、だからそんな事気にしないで。」 私が笑うと、やっと息を吐き出してくれた。 その姿を見たら、なんだか安心出来て。 「 まぁ、それもそうだな。俺が身を挺していなけりゃは今頃あの世の住人だろうし。」 「 あははは、酷いなぁ。」 「 しかし流石に、3日間も眠り込まれたらな。嫁入り前の娘に何させてんだって云われるだろ。」 「 えー、神田がそういう事気にするの?」 「 うるせぇよ。」 なんて。 本調子に戻ったみたいで良かった。 やっぱり、神田はこんな感じが良い。 こんな距離感が、心地良い。 |
小さな優しさ