ただ、けたいだけ






真選組女性隊士
女性ながら一番隊の三席に名を連ねる。
実力を云えば副隊長や隊長になっても可笑しくないのだが、責任を取らされるのが嫌だという理由で三席に甘んじているらしい。
直属の上司は鬼の副長こと土方十四郎。



ちぎれ雲が浮かぶ青空。梅雨時にしては珍しく晴れた天候に、市民ならずとも真選組も空気を深く吸い込み、ここぞとばかりに掃除や買い出しを日頃の仕事と並行してこなしていた。
それは勿論、隊長であろうが副局長であろうが、ましてや局長であっても変わらず、市中見廻りや特殊任務の合間に行われる。

「 ふう、屯所の掃除は取り敢えずこんなもんかな。」
黒い髪をサラリと揺らし手拭いで流れる汗を拭き取るは汚れた水の入ったバケツに雑巾を突っ込み立ち上がる。
それを片しながら次はなんだったっけと巡らせていると見知った顔を見つける。まぁ屯所の中なのだから見知ったも何もないのだが。
「 土方タイチョー!」
犬のように元気良くにこやかに近付く先には鬼の副長土方十四郎と諜報員の山崎退。
退くんも、お疲れ様ですと会釈をして何気無く隣に並ぶ。
「 お疲れちゃん。」
「 おう。」
微笑む山崎と煙草に火をつける土方。
聞けば2人は見廻りから帰ってきたところだそうな。
お茶でも飲みますかと訊ねれば、そうだなと短く返される。
ちゃんは屯所の掃除だったの?」
「 うん、はたき掛けと箒掛けと水拭きを一通り。やっぱり晴れた日は良いよねぇ。」
洗濯物も乾くし布団も干せると、まるで主婦のように続ける。
「 次の予定は。」
紫煙と溜め息を吐きながら土方が聞く。
ええと、ちょっと待って下さいと云いながら懐に手を突っ込むは一枚の紙を取り出す。それには本日一日の予定が余す事無くびっしりと書き込まれていた。
何を隠そう、本日のお掃除&買い出し大作戦を思いついたのはで、それを局長の近藤に報告する事も無く直ちに準備遂行したのもで、総ての指揮指令もが執り行っていた。うげぇ、面倒臭ぇと吐き出す隊士がほとんどであったが、沖田のバズーカセットと土方の抜刀により皆頭を下げて承諾していたとか。
かく云う土方もからこういう事をしたいと申し出された時は正直面倒臭いと思ったのだが、笑顔の下で苦無が妖しく光っているのを見て汗を掻きつつGoサインを出していた。局長には何も知らせず副局長に知らせる辺り、の近藤に対する仕草が見え隠れしている。
「 あー、土方タイチョーと退くんは買い出しだね。」
ちゃんは?」
「 私?私はーとー、あ、稽古道場の掃除だ。あれ、私亦次も掃除なの?」
おかしくない?皆のモチベーションが下がらないようにバラバラに組んだ筈なのに私は亦掃除?てかこれ見ると私は朝から晩まで掃除しっ放しになってるんだけど、他人のカリキュラム組むのに精一杯で自分の失敗してるじゃんこれなにこれ馬鹿?
と一人ツッコミしていると土方にスケジュールの書かれた紙を取り上げられた。
うわー、次も掃除かよー、掃除でも別に良いんだけどそれなら洗濯にでもしとくんだったなーと山崎に愚痴をもらしていると、ふと視線を感じる。辿ればそれは紫煙を面倒臭そうに吐き出す土方のもので、おもむろにその口が開かれる。
「 俺と山崎は外に行ったばかりだ。それで亦買い出しなんか、やってられるか。
 どっちかと代ってやれ。」
「 え?」
つまりそれは土方なりの優しさで、見れば休憩のキの字も見えないへの労いだった。
「 良いんですか?」
「 ああ。」
喜ぶの犬のような笑顔を見て思わず弛む口元を、山崎はしっかりと見ていた。
これは多分―――否、きっとそうなのだ、と。
自分だってと2人きりで買い出しに行き擬似ではあれどデート気分に浸りたい。途中で買い食いなんかもしちゃって青春を満喫したい。けど如何見たってこの人も同じ事を考えているようだ。嗚呼、権力とは悪だなと項垂れていると、明るい声が隣から上がる。
「 それじゃあ私が買い出しに行くので2人は道場の掃除よろしくね。」
目が点になり、煙草の灰が掃除したばかりの廊下に落ちる。


「 あー!やーっぱり娑婆の空気は美味しいなぁおい。」
両手に袋を抱えながら思い切り伸びをする。
ちぎれた雲がぷかぷかと浮かぶ空は江戸には似つかわしく無い程に青いままだ。
そう長くは続かない青空と、それでもこれからやってくる焦がれる程に眩しい季節に胸を馳せれば自然と笑みがこぼれる。
仕事とは云え外に出られて良かったなとしみじみと思う。

「 ――――う、あ……」
「 ――――っと、すまない。」
街の角を曲がろうとした時、運悪く誰かと接触してしまった。
反射的に身を退くが既に遅く、両手に抱える袋から三つ四つとこぼれ落ちた。
「 此方こそ申し訳ありませんでしたっ!」
ぶつかった事への謝罪をすると、条件反射か身を倒し、袋の中から更に一つ二つ落としてしまう。
「 いや、大事無い。」
「 あ、いやあの大丈夫ですから、自分で拾えます。」
恥ずかしくて顔から火が出そう。
腰を落として片膝を付くも、笑みを堪える声音を落とした男性に総て拾い上げられてしまった。それを、払って袋の中に戻すと男性は手を添えて優しく立たせてくれた。
普段では考えられぬ行動に余計胸が高鳴るのを嫌な程感じつつ、すみませんすみませんと会釈をする。
すると亦こぼれ落ちそうになり、男性に声を出して咎められた。
「 礼儀正しいのは褒められた事だが、時と場合によりけりだな。大丈夫か?」
「 は、はい。重ね重ね本当に、申し訳御座いません。」
恥ずかし過ぎて今すぐ逃げ出したい。
これが土方ならば飾る事も無く馬鹿と直球で寄越されるだろう、これが沖田ならばなに馬鹿な事やってんだィと腹の立つ声音で寄越されるだろう、これが山崎ならちゃん大丈夫?と困ったような笑顔が寄越されるだろうと考えていると、頭に少しあたたかいものを感じた。
それは梅雨の合間に覗かせた太陽のようにあたたかく、そして柔らか。
地面を這っていた視線をゆっくりゆっくり上げていけば。優しい微笑みとぶつかる。
とても紳士的で真選組には間違いなく無縁な笑み。
「 元を質せば俺が注意を怠っていた事に起因する。気に病まないでくれ。
 量の多い買い物の時は男手があった方が良いな。」
貴女の細い腕では荷が重過ぎると云ったところで、男性の顔色が変わった。
どうしたのだろう、気分でも悪くなったのかと声を掛けようと口を少し開けば、その表情は険しいものへと変えられる。
「 どうか、されましたか……?」
私は何か失礼な事をしてしまったのだろうかと、思い直して胸が何故か痛んだ。
「 ……いや、なんでもない。俺はこれで失礼する。」
云うなり男性は流れるような長い黒髪を靡かせ踵を返して足早にその場を後にした。

まるで映画のワンシーンのようだと思いつついると、ふと思い出す。あれ、そういや私、ありがとうと伝えていなかったのでは無いか、と。謝りはしたけどお礼の言葉を述べるのを忘れていたでは無いかと、思い返し再び恥ずかしさに項垂れる。
そこで目に留まった。
茶色い地面に一つだけ異なる色がついている事に。
屈んで、膝を地に着けそれに手を伸ばす。小さな金属音を上げそれは手の中へ。
「 ……キーホルダー?」
つい先程までは無かったものだ。落ちた物を拾おうとした時は確かに無かった。
とすれば、これはあの男性のものだ。
顔を上げ立ち上がるが最早男性の姿は無い。
他人の物を拾っておいて自分が落とし物をしていれば世話が無いと、何故か頬が弛むのをどこかで感じていた。これを持っていれば亦何処かで会えるのではないだろうか、その時は今日のお礼と共に渡そうなどと思い空を見上げる。
ちぎれ雲が浮かぶ空は澄み渡るほどに青い。



あの男性にいつ会えるだろうか、大事な物だといけないから早く会いたいなと思い過ごす日々。
いつ会っても良いようにと、拾ったキーホルダーは後生大事にいつも持ち歩いていた。
時々それを取り出し眺めては笑みをもらす。

変な形のキーホルダーだな、こういうのがあの人は好きなのだろうか。
「 ジャスタウェイ眺めてなにニヤニヤしてるんです。」
縁側で雨音を聞きながらボーっとしていると、隣からそんな声が降ってきた。
見上げればロリポップを銜え頬を少し膨らませた沖田が、和菓子とお茶を持って隣に腰を下ろす。
「 沖田隊長。……ジャスタウェイ?」
なんですかそれと云うと同時に差し出された和菓子を遠慮なく頬張る。口の中にはもちっとした甘さが拡がった。
の手の中にあるもんでさァ。」
ロリポップに日本茶と、アンバランスな組み合わせを敢行する沖田は閉められたガラス戸の外を見る。これ、ジャスタウェイって云うんですかと云うの問いに、そうですぜィと返しては日本茶をすする。ジャスタウェイ、かぁと呟く隣人は残りの和菓子を口の中に放り込むと、もぐもぐと口を動かし日本茶を咽喉の奥へと流し込む。
「 もう行くんですかィ?外は雨ですぜ。」
「 雨でも犯罪は無くなりませんからね。」
ごちそうさまでしたと一礼をし、数歩離れてから沖田隊長も仕事に戻ってくださいねと投げかけた。



土方と組で市中見廻り。
今日も空は生憎の雨模様。灰色の雲が分厚く太陽を覆い隠す。
きっと今日も会えない。次会えるのは晴れた日かな。あの人は太陽だから、晴れた日にしか会えないんだ。
あの日から一度も会えない事に幾つ溜め息を吐いたか判らない。唯キーホルダーを返すだけなのに、何故こんなにもその事ばかり考えてしまうのかは知らなかった。会って、これを渡してお礼が云いたい。それだけなのに、もしかしたらもう江戸には居ないのかもしれない、他の地に――或いは他の星に移ってしまったのかもしれないと思うと少し胸が苦しくなる。
「 なに溜め息なんか吐いてやがる。」
自然にもれただろうそれに、紫煙と共に棘が吐き出された。
「 ……毎日毎日雨の中土方タイチョーとデートだなんて嫌だなぁと思って。」
「 デートじゃねぇよ。」
「 あー、早く晴れないかなぁ。」
肩を落としながら歩くの隣では、仏頂面の、それでも何処か嬉しそうな土方が紫煙を吐き出しながらゆっくりと歩く。

雨の日は事件が少ない。
仕事中ではあるがはジャスタウェイキーホルダーを取り出し、眺めては亦一つ溜め息。
それを横目で見つめる土方が物騒なもん持ち歩いてんじゃねぇよと紫煙と溜め息を吐き出す。
「 物騒な物?」
「 爆弾じゃねぇかソレ。」
「 ……キーホルダーですよね?」
「 元は爆弾だ。」
こんなもん眺めながらニヤニヤするのはテロリストだけで充分だと吐いて掠め取る。そうすれば少し怒気を含んだ声が返してよぉと上がり細い腕が目の前へと伸ばされる。それを難なくかわし、天下の真選組隊士がこんなもん持ってんじゃねぇと捨てるフリをすれば、土方アアァァァァ!と絶叫される。
上司を呼び捨てるとは何事だと思いながらも、その手に返してやれば酷く安心した顔をして、そんなに大事な物なのかとその様を眺めつつぼんやり思う。
「 そんなに大事な物なのか?」
傘を差す逆の手で、の髪を掻き乱す。
それでもノーリアクションなは大事に大事にキーホルダーを仕舞い、嬉しそうに微笑む。
「 拾い物だから、いつか相手に渡さないと。」
そう云って、嬉しそうに微笑むを見て、土方は面白く無さそうに紫煙をくゆらす。



「 土方タイチョー!買い出し行ってきますっ!!」
「 ちょっと待て……!」
梅雨の合間の晴れ空。
土方の部屋の前を走り去りながら一言そう叫びは外へと飛び出す。
自分の名を呼ばれ反応するも、戸を開けたその刹那にもう姿は遥か遠くで、名を呼んだところで止まりはしない。
「 アイツは、なにをそんなに嬉しそうに……。」
今日は互いに非番の筈。
それなのに何故そんな日にまで仕事をするのか、土方は理解に苦しんでいた。


晴れた日に私服で街を歩くのはどれ位振りだろうか。
うきうきとした気持ちで店先を覗きながら、それでも行き交う人々の顔をひとつひとつチェックする。
今日は久方振りの晴れ模様だ。今日ならきっとあの人に会える。今日は太陽が顔を出しているから会える。
そんな根拠の無い自信を胸に街を歩く。

「 ―――っと、すみません。」
「 すまない。」
角を曲がったところで人とぶつかった。
下げた頭を上げれば、太陽と出くわす。
「 あ!」
思わず、声がユニゾン。
互いに驚きを隠せないで居る。
の心臓は熱く速く脈を打つ。
退がる男性の手を反射的に掴んだ。
「 あああああの、あのっ――」
「 っ俺はこれで失礼する!」
赤く火照る顔で上手く回らない口を動かし言葉を紡ぐが、掴んだ手は払われ身体を翻される。一瞬の出来事に思わず呆けるがすぐに動かない身体を律し追いかけるも、数メートルといかず撒かれてしまった。
「 ……折角会えたのにぃっ!」
半ば泣きながら叫んだ声は、梅雨の合間の能く晴れた空に虚しくとける。



「 ああああああのっ!」
「 失礼する。」


「 あああのっ!」
「 っ失礼する!」


「 ああのっっ!」
「 さらばだっ!」


「 あのっ!!」
「 ……!」


その後も、梅雨の合間の晴れた日には街で男性と幾度と無く出会った。
一日のうちに複数回会う日もあったが、それでもキーホルダーは返す事が出来ないまま。それどころか回数を重ねる毎に交わす言葉も少なくなり、最終的には無言で立ち去られた。
仕事中であろうが、出会えば少なからず追いかけた。これでも真選組の一員だ、体力や足には自信がある。
けれどそんなの自信をその男性はことごとく破り、ものの数分も掛からずに毎回撒いていた。
隊士としての自信が揺らぐ。
なにより、拾ったキーホルダーを返したいだけなのにどうしてここまであからさまに避けられるのか、自分が何をして彼に嫌われてしまったのか、そっちの方がにとっては重要だった。



とある捕物道中。
雨の降る闇の中それは行われた。
それ程大物では無いが犯罪に大きいも小さいも無く、土方の指揮の下それは静かに始まった。
土方が待つ場所へと犯人を追いやるのがに与えられた役割。十数人の隊士を率い、雨の降る家屋の上を走る。
別に考え事をしていた訳でも体調が悪かった訳でも無い。唯雨で滑りやすくなっていただけ。そして偶々、が運悪くそれに足を取られただけ。二階の高さから路地へと落ちただけだ。騒ぎ立てる事でもないので構わず追え、すぐに追いかけると落ちながら叫んだ。

落ちた時に地面とは別の感触がぶつかったので、嗚呼ゴミの上にでも落ちたか助かったと胸を撫で下ろした。
顔に大粒の雨が当たる。
浸っている場合では無いと両手をつき上体を起き上がらせると声が上がる。バラバラと降りしきる雨の下で、異なる声音が二つ。
驚いて腕を引っ込め下を見ると、人の顔。ああしまった、一般人を巻き込んでしまったと罪の意識に駆られ腰を浮かすも、下敷きにした人物と目が合って、思わず息を飲む。そして次の瞬間、思い切り叫んだ。
「 ああああああああ―――っんぐ!?」
「 叫ぶなああぁぁぁぁー!!」
バラバラバラと大粒の雨が降りしきる中、男性の太腿の上に腰を落としたは上体を起こしたその男性に手で口を塞がれる。きょろきょろと周囲を警戒するかのように見渡す男性は暫くそのままでいたが誰も来る気配が無い事を確認してからへと向き直る。
その顔は、いつになく険しい。
口を塞ぐ逆の手はしっかりとの二の腕を掴んでいる。
「 ……手を離すが叫ぶなよ?」
そう凄まれ思わず頭を縦に動かす。
すると籠められていた力がゆっくりと抜かれ、手が下げられる。
「 あああああ――」
「 叫ぶなと云っただろうがあああぁぁぁっっ!!!」
反射的に口を開いたら再び塞がれた。
違う、違うんだと首を横に振るも、今度はなかなか離してくれない。
けれどこの状況下で驚くなという方が酷だろうと内心思いつつ、今度こそ、今度こそキーホルダーをちゃんと返そうと懐へと手を動かす。と、させるかと云ってその手を制される。
口を塞がれ手を握られ、何が如何なっているのか訳が判らず混乱が混乱を呼び頭は真っ白で、顔は火が出そうな位熱い。身体に雨が当たれども、痛いとも冷たいとも感じない程の極度の緊張。口を塞がれた事も手伝ってか、上手く息が出来ない。
苦しくて、思わず空いている手で男性の二の腕を掴んだ。
「 ……どういうつもりだ。俺を、逃がすまいと云う事か?」
雨の音に消されてしまいそうな、それでも近い距離ではっきりとそう聞こえた。
如何いう意味なのか判らなかったが、今度こそキーホルダーを返すまでは離れられないと思いコクリと頷く。
「 女のくせに、なかなかしぶとい。」
びくりと、顔が歪む。
繋がれた手に少し力が籠められ、酷く鋭い痛みが走った。思わず男性の二の腕を掴んでいた手を離す。
男性は眉根を寄せ怪訝な表情で見つめてくる。そのせいで胸は高鳴るが、掴まれたままの腕からは鈍痛が続いている。
握られている痛みとは違うと、顔を少しだけ下へと向ければ異変に気付く。
何かが、腕に刺さっている。
瞬時に血の気が退き後ろに倒れる。
が、それは男性により阻まれた。
「 いきなり、どうしたというのだ。」
迷惑そうに怒気を含んだ声音が寄越されるも、しっかりと両の二の腕を掴まれ支えられている。不謹慎ながらも、少し嬉しい。
「 ……腕に、何か刺さっているのが見えて……」
力無く笑う。
男性は疑問符を浮かべながら視線を眼から腕へと下ろし、ああと一言もらした。
それから暫く無言が続き、そっと口を開く。
「 こういうのは慣れているんじゃないのか?」
それと同時に、局部を見つめながら二の腕を掴んでいた手を離す。
確かに慣れてはいるが、何故その事をと思ったところで自分が着ている服を思い出し、苦笑いをもらす。
「 ええ、まぁ。でも、突然過ぎて吃驚したと云うか……」
「 少し痛むぞ。」
「 あ、はい。」
男性の手がの細い手首へと添えられる。
周りに散る番傘の残骸のひとつをの腕から一気に引き抜く。その痛みに再び顔を歪めた。
雨に流れる鮮血を見ながら、ビリビリと痛む局部に懐から取り出されたハンカチを宛がう男性の指先を見つめながら、いつもは土方タイチョーがしてくれるから、なんだか変な感じだなと惚と思う。
ハンカチが赤くじわりと染まる。
それを見て、慌てて我に返る。
「 あ、その、すみませんハンカチ……」
そういやこの人は土方タイチョーじゃないのだと改めて思い、急に申し訳無さが生まれ謝る。
「 ……構わん。刺さった物は元々俺の物だしな。」
つまり俺のせいでこうなってしまったのだからこれ位なんでもない、当たり前の事だと云いたいのだろうが、それを聞いて再びは謝った。壊してしまった番傘はこの男性の物だったのだと気付いたから。例え事故だろうが壊してしまった事に変わり無い。
この男性に対しては謝ってばかりだと自嘲しながら、今更ながらに怪我が無いかを聞いてみた。
「 俺は別に……貴女こそ他は大丈夫なのか?」
「 あ、はい、他は特に……。」
こんな状況だと云うのに、他人の心配ばかりするこの男性は出来た人物だなぁ、あの人達に爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいとこっそり思う。

「 あの、それより……」
「 !では俺はこれで失礼しよう。」
「 あっま、待って下さい!」
云いかけたところで遮られ、亦いつもと同じパターンで去られてしまう。
けれど今日はいつもと違い雨。雨は未だその姿を消そうとはしない。
ボタボタと、互いの身体に容赦無くその冷たい雫を叩きつけている。
その上体勢もいつもとは全然違う。
男性が逃げ出そうにも男性の太腿の上にはが座っており、動こうにも動けないのは火を見るより明らか。それでも思わず両手で男性の袖の裾を掴み、目が合って慌てて手を離す。
「 俺は急いでいるのだが。」
「 すみませんっ!でも、番傘とハンカチのお代を――」
「 要らん。」
これ以上係わっては命に関係すると内心思いつつそう吐き出すが、相手は一向に核心を突こうとはしない。いささかそれに不審に思うが、自分を油断させておいてから――そうとも考えられると、相も変わらず厳しい表情を崩さない。
ですが弁償致しませんとと続けるを必要無いとスッパリ斬り捨てる。
それもそうだ、何処の世界に真選組の施しを受ける攘夷志士が居るだろうか。
ならばもう用は無いだろうとを退かそうとしたところで、それならと声が上がる。
「 ……なんだ。」
「 せめて、せめてこれだけでも返させて下さい!」
迷惑極まりない、そんな表情の桂の前にプラリと揺れるキーホルダー。
「 これは……」
思わず言葉を飲む。
いつの間にか無くしていたと思っていた物が今目の前で揺れている。
「 初めて会った日、これが落ちているのに気付いて……」
「 それで、ずっと俺に渡そうと……?」
「 ……はい。」
なかなか渡せませんでしたけど、やっと渡せたと微笑む。
これは罠かそれとも天然なのか、考えるけれどその笑顔に圧されてしまう。

雨は、いつの間にか小降りになっていた。
「 ……あり、がとう。」
「 私の方こそ、色々と、ありがとうございました。」
少し赤くなった顔で、やっとお礼を云えたと脱力する。
それを見て悟ったのか、桂は力を抜き微笑んでの濡れた髪を撫でた。
「 わざわざ何度も何度もすまなかったな、ありがとう。」