「 かんだー!」

陽の昇った頃。
いつもの修錬を終えタオルで汗を拭きながら自室に戻ろうとすると大声で名を呼ばれた。
未だ朝も早いっつーのに迷惑を顧みない奴だな。
「 かんだー!まってええぇぇぇっっ!!!」
振り返ればスカートを揺らし全力疾走してくるの姿。
リナリーの昔の団服がそんなに気に入ったのか、教団に来て以来ずっと毎日着ている。
ヒラヒラと揺れる、短いスカート。
――――似合ってるとは言え、あれは防御的にどうなんだ?
「 かーんーだーっ!」
「 大声で叫ぶな、迷惑だ。」
ぽすりと腰に抱きつくの髪を撫でれば、肩で息をしながらごめんなさいとしおらしく謝り、数秒見つめ合った後にリンゴのような頬ではにかむ。それも上目遣いで。
今が早朝で、誰も居なくて良かったなんて思ってねぇよ。
「 かんだ、あのね、」
「 朝の挨拶。」
「 あ、おはよう神田。」
「 ……おはよう。」
わしわしと頭を撫でても嫌がりもせず、仔猫のように甘えてくる。弓形にゆるやかな曲線を描く目には長い睫毛。
立ち話もなんだとを抱き上げたところで修錬直後だったと思い出したが、気にする素振りも見せず首に抱きついてくるからどうでも良いか。
神田あったかいとか言ってくるお前の方があったけぇよガキが。



「 "あいらぶゆう"ってどういう意味?」

途中食堂に立ち寄り緑茶をもらい、腰を下ろした談話室の2人掛けソファー。
淹れた緑茶にフーフーと息を吹きかけ、冷ましていたが思い出したように俺に向き直り放った言葉がコレ。
どっからそんな言葉を仕入れてくるんだよ。
「 ……なんで俺に聞くんだよ。」
「 だって日本語話せるの、神田とりーばーはんちょうしかいないんだもん。」
「 リーバーに聞けよ。」
「 でも、あいらぶ"ゆう"って。だから神田になにか関係あるのかなって思って。」
「 ……誰から聞かされた。」
「 えーっと、あの、ぶ、ぶ……がんたいしただいだい色のかみの人!」
兎狩り決行。
言葉が通じないのを良い事に何言ってやがんだあのバカ兎は……!――いや、通じてても言う、か?
「 名前なんだっけ……?」
「 Foolish rabbitだ。」
「 ……ふー…………?」
「 Foolish rabbit.」
バカな兎バカな兎と繰り返す
暫くぶつぶつ言っていたがふと顔を上げると満面の笑みでふーりっしゅらびっとと言う。
上出来だ。
よしよしと頭を撫でると気持ち良さそうに目を閉じ、えへへと照れたように笑う。
その無邪気な笑顔に心がほぐされるが、俺も一応男だ。
男の前で無防備な姿を晒すのは危険だろ。
非常に危険だ。
俺の前では良いが、俺以外の男の前でそんな無防備に目を閉じてみろ、何されるかわかんねぇ。
特にアイツとアイツとアイツとあの人の前で、だ。

「 ねぇ、それで"あいらぶゆう"ってどういう意味なの?」
ソロソロと目を開けたは興味津々と目を輝かせ、ずずっと緑茶をすすると迫ってきた。
どうしたもんか。
「 この"ゆう"って、神田ユウのユウ?」
「 違う。このyouは、"お前、貴方、君"という意味だ。」
「 !神田の名前じゃないんだ?」
「 ああ、違う。今の俺から対して、つまりお前がyouだ。」
「 ……じゃあわたしからは神田が"ゆう"……?」
「 そうだ。」
暫く俯き考え込んでいたは眉を寄せ小首を傾げた。が、俺が肯定すると顔色を明るくして手を叩き、英語でゆうはあなたと確認するように嬉しげに口にした。
ゆうゆうとはしゃいでいるのを聞いていると、まるで名前を呼ばれているように錯覚してしまう。
けど、になら名前で呼ばれんのも、悪くねぇかもな。
「 じゃあ、"あいらぶ"は?」
「 …… I は自分の事だ。私、俺、僕……。」
「 ……………わたし……?…………あい…………?」
「 そうだ。」
自分を指差し頭の上にハテナを飛ばすその仕草が、堪らなく――――………………なんでもねぇよ。
あい、わたし、あいはわたしと繰り返し覚える
この先、総て俺が教えても良いとさえ思える。
邪魔でも面倒でもない。寧ろ、誰にも余計な事を吹き込ませたくねぇ。
スラングなんか覚えさせてたまるか。
「 あい、は、わたし。」
「 そうだ。」
「 ゆう、は、あなた。」
「 ああ。」
「 じゃあ、"らぶ"は?」
…………それも教えるのか?
教えなきゃなんねぇのか?
…………俺が教えんのか……?
「 ………………」
「 ……神田も知らないの?」
「 いや……。」
「 じゃあ、なあに?」
「 ……そうだな…………」

loveって、なんて訳せば良いんだ!?好き、か?でもそれだとlikeとかぶる……とても好き?間違っちゃねぇけど、なんかこうニュアンスが違う気がするし…………I love you.だろ、私は貴方をお慕い申し上げております、か。
でもそれだとI love cats.とかI love cooking.とかはどうなる、どうする!?
今回は慕うと教えとくべきか?他にも意味があるとか言ったらそれも教えてとか言い出しそうだけどな。……確実に。
ああ、なんで日本にはloveに該当する言葉がねぇんだよ!直接的な表現を避ける傾向にある民族だからか?

「 ………………………………好き………………………?」
「 …………す、き……?」
誰に問うでも無く出た言葉。
聞き逃さないはそれを拾い上げ、俺の腕を握る。
顔を横に向けを見れば、ハテナを飛ばし俺の言葉を待っている。
俺の、次の、言葉を。
「 ……"らぶ"は、好き?」
「 あ゛ー――………。」
「 ……違うの?」
「 ん゛ー……。」
どう説明すれば良いのか。リーバーなら上手く教えんのか……。
いや、でもは俺に聞いてきたんだ。わざわざ朝早く起きてまでな。
リーバーでなく、俺に。
「 ……そうだな、なんて言えば良いか……。」
その無垢で真っ直ぐな黒い瞳を見てると、言葉が出てこなくなる。
コレがloveだとは言わねぇが、バカ兎の感情がそうだとも言わせねぇ。そんな安いloveがあってたまるか。
中身が伴ってねぇんだよ。
っつーか余計な事語ってんじゃねぇよクソが。
「 …………likeが、好き、で……。」
「 ………………らい、く………?」
の顔が少し渋くなる。
突然聞きなれぬ新しい単語が飛び出せば、誰だってそうか。
「 ……そう、likeが好き。…………で、loveはそれよりも強い、と、言うか、深いと、言うか…………。」
「 らいく、は、好き……?」
なんて言えば良いんだ。言葉で説明すんのがこんなに難しいなんて。
……やっぱ好きなモンを挙げてきゃニュアンスも理解出来る、か?
俺が好きなのは……目の――じゃなくて、蕎麦、だ。
「 俺が蕎麦好きなのは知ってるよな?」
「 !うん、知ってる!わたしもおそば好きだよ。」
「 毎食蕎麦でも飽きねぇ俺は、I love Soba.だ。」
「 あいらぶそば…………?」

って、こんなたとえで良いのか!?
神田はあいらぶそばで、あいはわたしだから、わたしはらぶおそばで、神田はおそばが好きだから、でもらぶは好きよりもつよい?ふかい?だから云々と、悩ませて悪い。
だけど俺もよく解んねぇんだよ。大好きとでも言えと?
でもそれはちょっとニュアンスが違うような気がすんだよな……でもとりあえずは大好きとでも教えとくか………?

「 ……"らぶ"は大好き…………?」
「 あ゛ー……そうだけど、なんつーか違うんだよな……意図するモンは近いんだが………」
「 つよくてふかい好き……。」
「 ああ…………悪ぃな、適当な言葉が見つけられねぇ。」
「 ううん。日本語には"らぶ"が無いんだね、きっと。」
「 …………そうだな。」
渋い顔をふんにゃりと崩し黒い髪を揺らす
俺がの父親なら間違いなくI love you.だ、世界中の誰よりも。
バカ兎にもモヤシにもスーパーシスコンにもリーバーにも魔王にも負けねぇ。負けるハズがねぇ。
それでも愛らしい八重歯を覗かせてI love you,daddy.とか言ってくれるんだよな。
「 "らぶ"はつよい好きに近い、けど、"らぶ"は"らぶ"。」
確かめるように呟き、うんと頷くと顔をあげ、た。
「 ありがとう神田!」
くらりと後ろに揺れる視界。
飛びつくは首に抱きつき、らぶりょーかいと楽しそうにはしゃぐ。
ソファーに沈む俺の左手。空いてる右手で頭を撫でれば、きゃーと言って腕に力を籠めた。
コイツは本当にエクソシストなのか。
この先、アクマと闘えんのか?


「 あ、そうだ。」
するりと首から離れると俺の髪を一束掬い、にこりと微笑む
「 わたしは神田に"あいらぶゆう"だけど、神田はわたしに"あいらぶゆう"?」
「 っは?」
「 だから、神田はわたしのこと、あいらぶゆう?」
「 ……お前は、俺に、……I love you.…………なのか……?」
「 うん!」
迷い無く破顔するに何故か胸が鳴る。
どうせ、オチなんて見えてんだけどな。
でもその笑顔を守りたいと、らしくなく思うのは悪い事だろうか?
ずっと見ていたいと思うのは、戯事に過ぎないとしても。
「 神田といっしょにいると楽しいもん!だからあいらぶゆう!神田は?」
「 ………そうだな、I love you. か。」
「 どういう意味?」

loveにだって色んな形があるだろ。
必ずしも色事であるなんて誰が決めたんだよ。
だから俺は、間違っちゃいねぇ。

「 お前と食べる蕎麦は格別に美味いって事だ。食べに行くか。」
「 うん!」



I LOVE YOU

貴方の言葉で伝えて










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Regnerischer Tageにサンプルの意を籠め提出した作品
19世紀末の日本には未だ『愛』という言葉、文字が無かった!
そして神田さんは日本語ペラペラだという設定で!
しかしたとえ有ったとしても、神田さんが知っていたかどうか(笑)