冷え性な彼女




   
胸にクロスがあしらわれた黒衣に身を包んだ少年が1人、長く薄暗い廊下に足音を高く響かせ歩いている。
時刻は東の空が橙に燃え始めた頃。
黒刀を一本背負い、迷い無くその足を進める。


カツカツカツカツ――――カツ
と、並列する扉のうちの一つの前で立ち止まった。
 
そう書かれたプレートの下げられた、冷たい扉のその前で。
黒髪の長く綺麗な少年――神田ユウと云う――は、その端整な顔には似つかわしくなく険しい表情を見せている。
眉間に幾筋か縦皺を、刻み。
「 オイ、起きてるのか。」
能く通る声で、そう紡いだ。
どうやらこの部屋の主に用がある様で。
しかしそんな神田の気持ちとは裏腹に、冷たい扉からは何の反応も返されない。

ピクリと、動くのは神田の眉と米神。
「 オイ、。」
再度呼びかける声は、先程よりも大きくて力の篭ったそれである。
しかし、だ。
先程と変わらず、部屋の主から寄せられるのは無言の支配。冷たい扉はうんともすんとも云いやしない。
小刻みに動く青筋が、どうやら限界が近いと訴えている。
「 好い加減にしろよ。」
口角を上げ笑いながらも、その躯からは怒りのオーラが全開である。
肩はわなわなと震え、眉間の皺も深く、米神には青筋がくっきりと浮かび上がっている。

ガン
拳を作り、しかしながらその拳を傷つけぬ様腹で殴りつけた無言の扉は、ビリビリと小さく震え上がっている。
ガンガンガンガン
あふれ出す様に、神田は扉を叩き続ける。
!テメェ好い加減起きやがれ!何様のつもりだ!!」
扉を激しく叩きながら、とうとう怒鳴り上げ始めた神田。
これでも彼にしては、能く耐えた方だと周囲の者は云うだろうけれど。
「 さっさと起きろ!」
暫く怒声と扉を叩く音を織り交ぜた後、一際大きくダァンと叩き、神田はぴたりとその動きを止めた。
そう云えば、こんなに大きな音を上げて隣人達からの苦情はこないのだろうか、という疑問は野暮というものだろうか。


少しの間、耳をそばだてていた神田は部屋の中から微かな物音がしたのを確かめると、不意に握り締めていた拳を解きノブへとその綺麗な手を伸ばした。
「 入るぞ。」
云うが早いか、かしゃんと躯に響く音を立て冷たい扉は開けられる。
薄暗い廊下の窓からは、橙色の光が幾ばくかあふれ始めていた。

。」
溜め息交じりに吐いたのは、幾度と無く呼んだ冷たい部屋の主の名で。
後ろ手に閉めた扉は、ぎいと耳障りな音で鳴いていた。
部屋は廊下よりも暗く、何処に何があるのか慣れていなければ判る事も無く。
それでも神田はところどころに無造作に置かれている家具に躓く事無く主が眠るベッドへと、迷いも無く進む。
「 起きてんだろ。」
白い布団に向かって面倒臭そうに漏らす、その声には諦めに似た色が含まれている。
「 ……寒いじゃん。」
小さく篭った声が、白い布団の中からやっと返された。
頭の先まですっぽりと潜り込んでいる部屋の主に対し、盛大な溜め息をこれでもかと神田は漏らす。

「 ガキか。」
「 子供は体温高いんだから寒さに強い。」
「 じゃあババァか。」
「 しばくぞこら。」
いつからか、顔からは青筋も皺も消えており、端整なそれに戻っていた。
が、相変わらずの口の悪さで、布団の中に居る部屋の主と軽口を交わす。
「 とっとと起きろ、このバカが。」
「 うあ゛、寒……酷い返して。」
べりと音がしそうな程綺麗に、神田は白い布団を剥ぎ取った。
現れたのは、躯を小さくして自分を睨みつけてくる一人の少女。そう、この部屋の主、である。
黒く長い髪が白いシーツに能く映えていて。
両手で躯を摩り、愛しい温もりを奪い取った神田を恨めしげに睨み上げ布団を返せとその眼で語る。

が。
「 時間だ。」
顔も崩さず、神田は布団を重力へと預け冷たい床へと返した。
「 さーむーいー。」
「 毎日毎日聞き飽きた。冬は誰だって寒いんだよ。」
起き上がる気配も見せぬの横に悪態をつきながらも神田は静かに腰を沈める。
そしてシーツの上を流れるの髪を一房サラと悪戯に掬い上げ、軽く口付けを落とす。さも当然の如く。
その様を見ていたは恥ずかしがる素振りも嫌がる素振りも見せず、唯神田の顔へと手を伸ばす。
伸ばされた手を握り締め、神田は軽々とを抱き起こし、自身の腕の中へとその細い躯を仕舞い込んだ。

「 おはようございます。」
「 ……。」
未だまどろむ頭で朝の挨拶を云い、握り締められていない方の手を神田の背へと回す。
腕の中で小さく動くに、神田は無言で再び髪へと口付けを落とす。
慈しむ様に、そっと。


「 好い加減、1人で起きろよ。」
「 だって、寒いじゃん。ユウが居ないと凍っちゃうの。」
そして悪戯に笑って、優しく髪を梳き流す。
そんな神田に甘える様にしがみ付き、は漏らす。
「 ユウが居ないと、凍えちゃうの。」