差し伸べる手
「 桂さぁん。」 「 どうした。居たのか?見つけたのか!?」 どうしてそんなに、どうしてそこまで、必死なんですか。 私ちょっと、泣きそうですよ。悲しくなってきました。 「 少し休憩しませんか?朝から休まず捜して、もうお昼もとうに過ぎてますよ!」 畜生と叫びたくなる程、空は晴れている。だのに私の気持ちは反比例していて。 「 何を云う、。こうしている今もエリザベスは何処かで怪我を負って動けないで居るのかもしれん。 或いは幕府かその犬に捕らえられ……。」 くるりとこちらに振り向き、真剣な眼差しで見つめてそう力説するのは、私の命の恩人でそして最愛の桂小太郎氏。 天人との戦に巻き込まれ瀕死になっていた私に手を差し伸べてくれた、白馬の王子様。 かなり天然入ってますけど。 「 否、そんな邪推をしている暇などない。エリザベスー!何処だエリザベスウゥゥゥー!!!」 軽く首を横に振って、亦捜索へと戻っていってしまった。 真剣な眼差しで見つめられて、不覚にもドキッとしてしまった。 その整った顔から紡ぎ出された言葉は、私へのモノではないのにも関わらず。 一目合ったその時からそうだ。 私は桂さんの、あの真剣な眼差しに射抜かれてしまっていた。 私の好きな桂さんは、私ではない他の誰かを必死になって捜している。 額に汗まで光らせて。 いつも冷静沈着なあの桂さんを、ここまで必死にさせるなんて。 悔しい、それが私じゃなくて。 悲しい、それが、あの着ぐるみを被ったオッサン・通称エリザベスだなんて。 悲し過ぎて泣けてくる。 嗚呼、私はアレに負けている、の、か。 尚も懸命に捜し続ける桂さんの姿を見ていると、何故か胸がきゅっと詰まって苦しい。 桂さん。 もし私が居なくなったら、今と同じくらい必死に私を捜してくれますか? なんて、怖くて聞けないけど。 十中八九、見捨てられるの、目に見えてるもん。 「 エリザベェェェェス!!!」 必死な顔で、必死な声で、青いポリバケツを一つ一つ開けていく。 うん、桂さんは天然さんだから。 でも、そんな桂さんに惚れたのは私で。 好きな人の身体を心配するのは、惚れた者のサガなのです。 「 桂さん。」 もう一度、名前を呼んで着物の端を小さく引っ張る。 「 居たか!?」 振り向いた桂さんの顔は、やっぱり綺麗で。 でも其処には心底心配しているという色が見える。 その顔を見て私は無性に泣きたくなったけど、ぐっと堪えて笑顔をつくる。 「 腹が減ってはなんとやら、です。一度、休みましょう。少しでも良いですから。 お願いします。」 と。 「 しかし……。」 それでもと云う桂さんには、コレで駄目押し。 「 あそこのお店、お蕎麦が絶品なんですよ。 だから、ね?」 お願い、桂さんが心配なんです。 一度の休憩も無しに歩きっぱなしで。 「 ……判った。 しかし、食べ終えたら直ぐに再開するからな。」 ふっと息を吐き出して目を瞑り、渋々了承してくれた。 「 はい、ありがとうございますっ!」 私の我が儘を聞き入れてくれて、なんだか嬉しい。 これくらいの事で仕合せだと思える私は、やっぱり相当、桂さんに狂わされているんだろう。 「 行くぞ。」 そう云っていつもの様に手を差し出してくれる桂さん。 「 はい!」 その手にそっと自分の手を重ね合わせて、そば屋へと足早に歩いて行く。 「 ……エリザベス。」 ポツリと隣から漏れ聞こえてきた声には、酷く哀愁が含まれていた。 カウンター席に通され、並んでお蕎麦を食べている。 お蕎麦は桂さんの大好物なのに、殆ど残されていた。 そんなに、心配なんですか。 「 桂さん。 食事の時位、エリザベスの事は少し置いといて――」 いつもの様に元気良く食べて下さい。 そう続けようとしたら。 「 そんな事出来る訳なかろう。 ああ、エリザベス。食事はきちんと取れているのか……!」 怒られた上に、亦。 私は唯、桂さんの事が心配なだけなのに。 桂さんには、私の声は届いていないんだ。 桂さんにとって私なんて、他の攘夷志士の人達と同じでしかないんだ。 桂さんにとって私は、エリザベスよりも如何でも良い存在なんだ。 「 ご主人、会計を。」 そう隣から聞こえてきてハッと我に返った。 見ると桂さんはお蕎麦を完食し、2人分の会計を済ませている所だ。 「 ま、待ってください、桂さ――」 ピシャン 軽い音を立てて、ドアが閉められた。 桂さんはもう居ない。エリザベスを捜しに行ってしまった。 ほら、やっぱり。 私の声は、桂さんに届いていないどころか聞こえてすらいない。 桂さんにとって私は、唯の背景でしか。 いやだ、厭だ。そんなの、厭だ。 桂さん、桂さん、桂さん。 桂さん……。 気づいたら緩やかな丘の上の野っ原に立っていた。 随分前に太陽も落ちていたらしく、月が高い位置まで昇っている。 ふらふらと歩き廻ったのか、足が棒の様で、痛い。 そのままその場へヘタリ込んだ。もう、立っている気力さえない。 桂さんに逢いたい。 けど逢えない。 逢ったら泣いてしまいそうだ。泣いて、酷い事を云ってしまいそうで怖い。 桂さんが私を好きなんじゃない、私が桂さんを好きなんだ。 なのに、なのに、判ってるのに。 どんどん独占欲が出てきてしまう。汚い感情が溢れてくる。 傍に居られればそれで良かったのに。それだけで良かった筈なのに。 私だけを見ていて欲しいと願ってしまった。 最低だ、私。私なんか、桂さんの傍に居ちゃいけないんだ。 傍に居たらきっといつか我慢しきれなくなって、桂さんに厭な思いさせちゃう。 そんなの駄目だ、そんなの厭だ。 だからもう、桂さんには逢えない、逢っちゃいけないんだ。 逢えば、傍に居れば、桂さんの迷惑になってしまう。 ――― 一際大きく風が吹き抜けた。 その音が、私を呼ぶ桂さんの声に聞こえたものだから、堪えていた涙が溢れてきた。 「 っ……かつらっ、さぁん……。」 涙で前が見えない。草が滲んで、一面緑だとしか判らない。 「 逢いたいよう、桂さん……逢いたいよぅ……。」 口をついて出てくる言葉は、この2つ。私は狂った様に繰り返す。 「 桂さん、逢いたい、逢いたいよぅ……。」 さわさわと風が草を揺らす。 ふと、桂さんのあの優しい匂いがした気がした。 「 。」 嘘だ。これは嘘だ。これはきっと、夢なんだ。 背中にぬくもりを感じた。 その暖かなぬくもりは、人のソレで。 私の手に手を重ね、私を後ろから包み込んでいる。 「 。」 そしてもう一度、私の名を呼んだ。 優しく、力強く。私の大好きな声で。 「 ッ……かつっ、さっ……!」 涙で声が出ない。 嬉しくて、嬉しくて、切なくて。上手く息が出来ない。 「 俺なら此処に居る。安心しろ。」 そう云って、一際ぎゅっと抱きしめられた。 嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて。本当に嬉しくて。 それでも言葉が出ないから、桂さんの手をきつく握り返した。 「 すまない、すぐに来られなくて。」 とん、と私の肩口に頭を乗せて、桂さんはそう云った。 「 あれから1時間程でエリザベスを見つけてな。なんでもない、単に寝過ごしていただけだった。 ああ、やっと見つかったか。連れ廻してすまなかったなと振り返った時。」 そこで一度、息を吐いた。 「 の姿が何処にも無かった。」 更に力を加え、桂さんは私を抱きしめる。 「 不安になった、急に。 今まで、何処へ行くのも一緒だったから。いつも、俺の後を微笑んで黙ってついて来てくれていたから。 今日もそうなんだと思い込んでいたのだ。」 「 ……かつ――」 「 それが普通の事であって、何一つ特別ではないと思っていた。 けれど違っていたんだな、それは。 エリザベスが居なくなった時の比などではない。 酷く、恐ろしく思えた。……が俺の前から居なくなって。」 どくんどくんと、心臓が脈打っている。 それは私のだけでなく、桂さんのもそうだ。背中から、痛い位伝わってくる。 「 街中捜してそれでも見つからなくて。 やっと此処を思い出して来てみればもうこんな時間になってしまって。 本当に、すまない。……。」 能く聞くと桂さんの声は少し震えている。 それが尚更嬉しく思えて。 「 私の方こそ、……ごめんなさい。 桂さんがどれだけエリザベスを大切に思っているのか知っていたのに……。 エリザベスの事に夢中で私の声なんて届いていないんじゃ、とか思えて。 そんな風に思えてしまった自分が酷く厭で情けなくて、もう桂さんの傍には居られないって、考えてたら……」 「 ふざけた事を云うな!」 不意に、桂さんの声に力が入った。 びっくりして顔を上げると、抱きしめられていた腕が解かれ、桂さんは私の前へ廻り込んで来た。 額にうっすら、光るものが見えた気がした。 「 俺は……俺も、先刻気付いたばかりだが、ふざけた事を云うな。 確かに昼間はエリザベスの事で頭が一杯だった。 だがそれは、が、だけは常に俺の傍に居るのだと思い込んでいたからだ。 だけは何処へも行かず、何があっても俺の手を握って俺の隣で微笑んでくれるのだと思っていたから。」 真っ直ぐに、真剣な眼差しで私を見つめる桂さんの瞳には、私だけが映っている。 「 出逢ってから今まで、俺が手を差し出せば必ず握り返してきてくれたのはだけだ。 それはこれからもずっと変わらない。 そう思っているのは、俺だけか?」 そう云って桂さんは、右手を私へと差し出す。 そう、あの日私の命を拾ってくれた時と同じ様に。 あの日私の心を救ってくれた時と同じ様に。 あの日と同じこの場所で。 私に再び、救いの手を差し伸べてくれるのは、桂さんしか居なくて。 「 違います。 私も、そう思っています。」 止まっていた涙が亦流れ出した。 だけど私は涙を拭うのも忘れて桂さんが差し出してくれた右手を、きつくきつく握り返した。 「 もう二度と離さん。」 聞き終えたと同時に抱きしめられた。 「 私も、もう二度と離しません。」 嬉しくて、仕合せで、涙が止まらない。 エリザベスに、ちょっと感謝した。 |